一席
気づけばポメロは自分の部屋の隅っこで、膝を投げ出して放心していました。
いつ、どうやってここまで戻ってきたのか彼は覚えていません。
(あ、しまった。食器の片づけ、全部ドリーおばさんに任せちゃった)
いくら自分の歓迎会だったとはいえ、それくらいは手伝うべきでした。
ポメロは学も礼節も知らないけれど、それくらいの良識は持っています。
「おりこうさん」なのです。
でなければ、いくら村唯一のギター弾きだったとしても、村人総出で出立を見送ってもらえるわけがないのです。
だからこそ、彼は今、より深く落ち込んでいます。
(ドリーおばさんに辛い思いをさせてしまったな)
「全部さ」という冷酷な批評も。
その後のポメロに何も声をかけず一人にしてくれたのも。
困った顔で頭を撫でてくるリノを弾き剥がしてくれたのも。
全てドリーの不器用な優しさなのだったと、衝撃から醒めつつあるポメロには理解できました。
一流というほど研ぎ澄まされてはいないけれど、ポメロには少年期特有の感受性があります。
熱情に流されていなければ。
自分に酔っていなければ。
調子に乗っていなければ。
周りの空気や人の気遣いを、それなりに鋭敏に感じられる子だったのです。
(調子に乗ってたなあ)
ようやく気付きましたか。
井の中の蛙。お山の大将。
彼のような鼻の伸びきったお子様を指し示す格言や逸話は一山いくらで廉売されています。
ここに来てポメロは、自分の置かれた境遇──
過去と現実に、向き合うことが出来たのです。
(あ、ギターの表面が下を向いてる)
ポメロは、部屋に転がされていた愛器を引き寄せようと、手を伸ばしました。
しかし、指先が弦に触れる直前で、恐ろしいほどの戦慄が全身を駆け抜けます。
あんなに馴染んでいたはずのネックが、まるで得体の知れない冷たい劇物の塊のように感じられ、どうしても握ることができません。
指先は無様に震え、自分の意志を裏切るように硬直していました。
「……あれ?」
それは紛れもない恐怖心でした。
これ以上自分を否定されたくない。
唯一の拠り所が壊れる瞬間を見たくない。
心が無意識に、傷つくことを拒んで防衛本能の盾を掲げていたのでした。
いつだってギターは彼のそばにありました。
最高の相棒。いや、自分の分身でしょうか。
初めて触れた「あの時」。
遊歴のトルバドールのお兄さん──師匠──からその重みを手渡された瞬間、旅の匂いと、弦から伝わる痺れるような震動がポメロの全身を支配しました。
収穫祭でみんなを踊らせた「あの時」。
焚き火の爆ぜる音に負けじと、一心不乱にかき鳴らすリズムに合わせて村中の笑い声が弾け、自分が世界を回しているような全能感に満ち溢れました。
旅の道中で行商人一家にタダ乗り交渉した「あの時」。
疲れ果てた一家の子供たちを、得意の道中歌で笑顔に変え、楽器一つで道を切り拓ける喜びを確信して、誇らしく胸を張りました。
どの「あの時」だって彼の胸の前にはギターがありました。
「動け」
ポメロは震える左腕を、震える右手で押さえつけます。
「動けよ」
握りしめたまま固まった拳を床に押し付けて、強引に開かせます。
「僕はこいつに」
ギターのネックに運んだ左の指を、右手で一本一本折り曲げて。
「言いたいことがあるんだ」
ついに握ったギターを、相棒を、その胸に強く抱きしめました。
「ごめんな、相棒。お前をうまく奏でてやれなくて。お前は全然悪くないのに」
仮に同じ境遇の少年がいたとして。おそらくはその多くはギターに幼稚な八つ当たりをするでしょう。お前のせいだと。
あるいはギターを握ることなく、視界に入れることも拒否してひとり膝を抱えるのかもしれません。
でも、ポメロはそうしません。できません。
そういう子なのです。村で仲間を愛し、愛されて育まれた子なのです。
ギターはポメロの謝罪に何も応えません。
冷えて固まり、震えるポメロを温めることもありません。
それは道理です。
ここはファンタジーの世界なれど、都合のいい魔法などは寡聞にして存じ上げませんし、ポメロはただの農民の次男坊で、ギターはマジックアイテムでもなんでもないのですから。
だというのに。
「……嫌だ」
きっと、感受性の高さ故の錯覚か、こうあって欲しいという思い込みなのでしょうけれど。
「僕はおまえと離れたくない」
ポメロの震えは確かに止まり。
「誰に何を言われても、どんな仕打ちを受けたとしても、誰にも届かなかったとしても」
ポメロの瞳に確かな炎が灯りました。
「おまえのいない人生なんて、嫌だ」
ポメロの熱情が、噴き出します。
「嫌だ!」




