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トルバドーれ!  作者: 袴田八峰
第十幕「恋とか恋とかそんなのばっか」

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26/26

一席


「村長万歳!!」


 ポメロの両眼が、見たこともない通貨の記号へと形を変えました。目の前の卓上に並べられたのは、鈍い光を放つ十枚の金貨。故郷では銀貨三枚ですら村の誇りだったポメロにとって、それは心臓が跳ね上がるほどの異常事態でした。


「あははは! これ、全部僕の? 僕が貰ってもいいの!?」


 興奮のあまり、ボロボロのギターケースを背負ったまま踊りださんとするポメロでしたが、その手より早く、老いた、しかし力強い掌が金貨を覆いました。


「だがこれはアタシが預かっとく」


「そんな──っ!」


 無慈悲な宣告を下したのはドリーです。これは先般、伝説の歌姫クレオパトラの付き人を務めた際の正当な報酬の分配金なのに。


「リノの分も預かってる。世間知らずのガキに大金を持たせりゃ、三日で身を持ち崩すからね。必要な時なら出してやる、まずは相談しな」


「それじゃ、下宿代をここから!」


「却下。働かざる者食うべからずだ。生活費くらいは、自分の歌で稼いできな」


 ポメロは、夢と現実の狭間で力なく項垂れました。



───── ♬ ─────



 ドリーさんに「自分で稼げ」と放り出されたポメロが、真っ先に向かったのはやはり音楽の聖地、カーネギーの心臓部でした。


 夕闇が迫る中、石造りの重厚な建築が連なる一角に、ひときわ熱気を孕んだ場所があります。十四番舞台。そこは、孤高の表現者たちが徒党を組むための出会いと別れの交差点です。


「じゃかじゃかじゃん! 聞いてください僕のギター!」


 ロビーに足を踏み入れるなり、ポメロは背中の相棒を掻き鳴らしました。田舎仕込みの勢いだけは一人前なストロークが、高い天井に反響します。ですが、返ってきたのは喝采ではなく、鋭い怒号の礫でした。


「うるさい! ガキ、弦を止めろ!」


「ロビーでの演奏はご法度だ。ここは商談の場なんだよ!」


「腕を見せたいなら、とっとと舞台へ行け。ここはセリの市なんだ、ノイズを撒き散らすな!」


「……あ、ご、ごめんね」


 ポメロは慌てて弦を押さえ、小さくなりました。見渡せば、そこかしこで鋭い視線が交差しています。楽器ケースを枕に寝転ぶドラマー、煙草を燻らしながら掲示板のメンバー募集票リクルート・ペーパーを睨みつけるベーシスト。

 

 ここは夢を語る場所ではなく、自分という商品をいかに高く、あるいは確実に売り抜けるかを競うオークション会場の待合室なのです。


 舞台に向かったポメロは、順番待ちの最後尾に並びました。舞台に立てるまでの待ち時間は、なんと四時間。


「……長いなぁ」


 周囲を見れば、手慣れた連中は「圧縮言語」を口の中で反芻しています。限られた持ち時間で、いかに自分のスペックを叩き込むか。一秒の遅れが、一日の食い扶持を左右する世界。ポメロもまた、己の武器を脳内で研ぎ澄ませます。


 そして四時間後。ようやく順番が回ってきました。眩い照明が、舞台上のポメロを射抜きます。


「ポメロ! アコ専ボ副創アリアリ!」


 腹の底から声を張り上げ、名乗りを上げます。ここまでで、すでに十秒。

 

 ちなみに彼の放った言葉を翻訳すれば、「名前はポメロ。アコースティックギター専門で、ボーカルも可能。ついでに作詞も作曲も対応できます」という、盛りだくさんの自己アピールです。


 ポメロは素早くギターを構えます。だが、ストラップを肩に回し、ピックを指先に固定し終えた時点で、さらに二十秒が経過していました。


 客席で品定めする連中が心中で、冷徹にそろばんを弾きます。


(──ラップタイムが悪い!)


 評価は微マイナス。慣れた「売り手」ならば、舞台袖で既に戦闘態勢を整え、足が床に着いた瞬間に一音目を鳴らしている。この二十秒の空白は、致命的な未熟さの露呈でした。


 ですが、ポメロは怯みません。彼は彼なりに、この短時間で「何を売るべきか」を考えてきていました。


(歌を聴かせる時間は無い。だったら、技術を分からせるんだ!)


 ジャカジャカとストロークを開始する。奏でるのは楽曲ではない。コード進行そのものです。


「C、D、Eマイナー、次はBセブンス……!」


 アルペジオで繊細な指使いを見せつけたかと思えば、即座に力強いストロークで同じ和音を響かせる。


(ありがとう、エピタフ。君が嫌がらせのように垂れ流していた、あの四角四面な音楽理論の講釈。あれを右から左へ受け流さず、頭に叩き込んでおいたおかげで、今の僕の指は迷いなく正解のフレットを捉えている)


 ピッ!


 短いホイッスル。終了十秒前の合図です。


「ポメロ! アコ専ボ副創アリアリッ!」


 最後にもう一度、自分のラベルを観客の脳裏に焼き付けるように叫ぶと、ポメロは脱兎の如く舞台を飛び降りました。



───── ♬ ─────



 翌日。十四番舞台。


「ポメロ!アコ専ボ副創アリアリ!」



───── ♬ ─────



 翌日。十四番舞台。


「ポメロ!アコ専ボ副創アリアリ!」



───── ♬ ─────



 翌日。十四番舞台。


「ポメロ!アコ専ボ副創アリアリ!」



───── ♬ ─────



「……ドリーさん、新しい楽器を買いたいんです」


「遊びじゃないだろうね?」


「生活の為です」



───── ♬ ─────



 それから一週間。特訓を経たポメロは再び十四番舞台へ。


「ポメロ!ギ両刀コ可創アリアリ!」



───── ♬ ─────



 ポメロが手に入れたのは、艶やかな漆黒のボディを持つエレキギターでした。


 本来、ポメロのような弾き語りスタイルのトルバドールにとって、アコースティックギターは身体の一部であり、故郷そのものです。

 

 それは軽量で、電源を必要とせず、どこへでも連れて行ける遊歴の象徴。それゆえに伝統を重んじる者ほどアコースティックに固執する傾向すらありました。


 しかし、ポメロは既にアーバンスタイルのトルバドールとしての洗礼を受けています。

 

 この音楽の都カーネギーにおいて、電源は空気と同じようにそこかしこに溢れています。舞台はもちろん、街角の辻々にさえ無料の給田ステーションが設置されており、静寂よりも増幅された轟音こそが通行人の足を止める鍵とすらなっています。

 

 雷神ライデンの奇跡。

 

 音楽の神ミューズの夫であるライデンは、妻の頼みを受けて、演奏の裾野を広げるべく、世界に電力を提供し、音楽以外のあらゆる用途にロックをかけました。

 

 それから100年。マイスターと呼ばれる楽器製作の匠たちは、電力を取り込んだあらゆる楽器を開発していました。

 

だからここにはロックも、パンクも、メタルも、スラッシュも、何でもあります。


 かつてリノの歌を指してこれ以外に【魔法】はないと言いました。

 あれは嘘だったのか!?

 いいえ、違います。

 これは【奇跡】です。神の御業はこの世界に溢れています。

 

 閑話休題。


 何よりポメロを動かしたのは、若者を中心に爆発的な広がりを見せている【革新派】の新たなる【バンドブーム】の存在です。

 

 かつての楽団という言葉の定義は変転し、今やボーカル、ギター、ベース、ドラムの四ピース構成を指す代名詞となっていました。


 ポメロの目論見は、こうしたバンドに必ず発生する欠員を自身がヘルプとして埋めることでした。急遽ギターが抜けた現場に、即戦力として飛び込むこと。

 

 その読みは、再び立った十四番舞台ですぐに形となりました。


「おい、お前。スコアは読めるのか?」


 声をかけてきたのは、胸元をこれでもかと開いた白一色の襟立カッターの男と、やや後ろにやはり純白の衣装の二人組。片や手にウッド素材のエレキベース。片や腰に差したる10本のスティック。新定義でいうところのバンドのようです。


「五線譜なら、一通り。コード理論も指に馴染んでいます」


「コード、得意なん? 主旋律聞けばストローク刻める?」


「はい、得意です」


「クール」


「クール」


 彼らの名は【サクセスバンド】。正式名称はもう少しお耽美な横文字ですが所詮短い付き合いのヘルプ相手。特徴を捉えた仮名称で十分でしょう。


「採用だ! 本メンは別途募集かけてるが、三日後の二ストの辻ライブ告知済みなんだよ。ギターが失踪して、流石に探す時間も待つ時間もないんだ。このチャンス逃せねー」


 二馬車線ストリートの辻ライブ。人通りの多い、華やぎの界隈。そこは辻ミュージシャンとしての2軍ステージ。出来が良ければ演奏だけでメシが食えるの境界線。


「サクセス」


「サクセス」


 ポメロは彼らと固く握手を交わしました。


 こうして、赤茶色の三つ編みを揺らす少年トルバドールは、初めて電気という新しい翼を背負い、商業の舞台へと足を踏み出すことになったのです。


「ステージ衣装は当然貸してくれるんですよね?」


「クール」


「クール」


「そこ! 誤魔化さない!」

 


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