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トルバドーれ!  作者: 袴田八峰
第五幕『おやすみとおはよう』

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12/14

一席


「募固電べ!」「売ボ!」「ボ単?」「無理筋」「売ギ両刀助希望!」


 14番舞台の広いロビーは黒山の人だかり。まるで切り刻まれた符号のような意味不明な短い言語で訴えかけたり話し合ったりしています。


「セリか何かで?」


「メン募だよ」


 デッカがニシシと歯を見せて笑いました。


ここは音楽の都・カーネギーにおける巨大な交流拠点、公式名称「14番舞台」。


 裏通りの辻ライブを最底辺とするならば、ここは下の中から中の上まで、あらゆる層が相方を求めて集う、音楽家たちの巨大なハブ(交差点)でした。


「……メンボ?」


「メンバー募集の略称な。ポメロちゃん、ここでは言葉を削るのがイキなのさ。貧乏人にとって時間は金より貴重だからな。ちなみにここは公式に仕事の斡旋や募集をするのはルールで禁止されてるんだ。あくまで純粋なマッチングの場、建前上はね」


 ポメロは気圧されていました。ここにあるのは、彼が夢想していたような音符が飛び交う和やかな空間ではなく、自らを記号化して相棒を探し出す、剥き出しのバイタリティでした。


 ちなみに冒頭のメン募を翻訳すると───


 『固定バンドでエレキベース弾ける人募集します』


 『ぼくボーカルです、仲間に入れてください』


 『ボーカルしかできないの?』


 『厳正なる選考の末、今回はご希望に添いかねる結果となりました』


 『ギター弾きです。エレキもアコースティックも両方弾けます。固定メンバーではなく助っ人として契約お願いします』


 となります。圧縮言語ここに極まれりですね。


「ま、俺はいつも限オル打オルジャで打ってるけど……お、引き合ったぜ、ラッキー」


 壁には一面、おびただしい量の紙が貼ってあり、ところどころに空きがある。デッカはその一枚をビッと破るとポメロに手渡した。


「あ、デッカさんの似顔絵?」


「そそそ。変に経歴を文字で書き連ねても誰も読んでくれないからね。こーゆー営業努力が大事なワケ。わかる? ポメロちゃん」


「限オル打オルジャ……? 似顔絵が営業……?」


 意味不明な呪文と、およそ音楽家とは思えないデフォルメされた自画像に、ポメロは目を丸くするしかありませんでした。しかし、デッカのその「似顔絵」が貼られていた場所には、確かに誰かが接触を求めた痕跡が残っているのです。


「まず、この紙は募集票ってゆーんよ。待ちの姿勢のメン募なワケね。ロビーの受付にお願いすればタダで貰えるけど、規格を守ってりゃオリジナルもおっけー。こーやって似顔絵入れてもいい。なんかある?」


「じゃ、あの。この『限オル打オルジャ』というのは?」


「その場かぎりのスポット参加希望が「限」。どんな打楽器もいけるぜ!ってのが「オル打」。ジャンルを問わずやりますぜ!ってのが「オルジャ」」


「凄い! 石でもなんでも叩けるってホントだったんだ」


「打楽器系はなポメロちゃん。なんでも叩けないと生きてけないしわーいポジなの。こー見えて苦労人なんよ、俺ちゃんは」


「じゃあ、この手書きの赤文字は?」


「それは応募の人が書き込んだ連絡方法や日付でな──」


 デッカは軽薄な物腰だけれども、ポメロの質問に一つ一つ答えてゆきます。


「確かに主流はポメロちゃんみたいに一人で全てをこなすトルバドールだけどよ、音楽には様々なジャンルがあって、大抵の場合、歌と演奏は分離されるもんなの。歌いたい奴は星の数ほどいる。だが、歌一本で立身することはこの都じゃあ難しいんだ。見ろよ、ほら」


 ポメロは、首から「ボ単」と記した札を下げたお尻の大きな女性が、通り過ぎる音楽家たちに必死で食い下がっているのを目にしました。


「私、肺活量には自信あります! 三部合唱のアルトなら、どんな難曲でも───」


「うちさぁ、ダンスも必須な訳。合唱部員はいらねぇのよ」


「私、肺活量には自信あります! 三部合唱のアルトなら、どんな難曲でも───」


「無理筋」


「私、肺活量には自信あります! 三部合唱のアルトなら、どんな難曲でも───」


「悪いな。俺たちが探してるのは声より華。他を当たってくれ」


 無情な断絶。お尻の大きな女性は一瞬だけ唇を噛み、けれどすぐに次のターゲットを探して人混みへと消えていきました。お尻大きいのに。感傷に浸る暇などここにはありません。


「お前もああなる。誰だってそうなる。メン募の勝ち筋を知らないやつは」


 ぴしゃりと。デッカはポメロに現実を叩き込みます。それはドリー婆さんからの仕込みでもあり、デッカの実感でもありました。


「実力? そんなもんがありゃあ群れなくても生きていける。実績? 無いよりゃマシだが決めてにゃならねえ。じゃ、いっちゃん大事なのはなんだと思う、ポメロちゃん?」


「……その、絶対に歌いたいっていう、熱意、ですか?」


「まあ、ポメロちゃんならそーゆーと思ってたよ。それが現状ポメロちゃん最大にして唯一の武器だからな。だが答えはブー! 残念! ポメロちゃんは熱意を抱え落ちして山へと帰って行きました…… となる。ここでメン募する場合はな」


「じゃあ、なにが正解なんですか?」


「そりゃあれよ。知名度よ。とにかく知られなきゃ話にならない。もし上手いことマッチング出来たとしても、固定メンバーか定期ヘルプになんないとその後が続かない。顔を売るためにゃこの努力嫌いな俺ちゃんだって努力する。例えば高い金払って絵師に似顔絵描かせたりな。自腹切って募集票買ったりな」


「はえー……」


「まあ、ポメロちゃんがここを利用したいなら、歌じゃなくて演奏を売ることだな。限とか助でアコと。とはいえ、ギター弾きはボーカルに次いで多いから、倍率はすげー高いんだが。ベースとか覚えるのもいいかもな。あれはギター覚えてりゃすぐ弾けるようになるらしいし、売り手市場だ。生きてくために主ギ副ベしてるやつも多い。ま、参考までにな」


「しゅぎ……ふくべ?」


「主ギがメインギター、副ベがサブでベースもやるってことさ。何でも屋は重宝されるの。……さて、いい時間になったな。ちょっと早めの夕食掻っ込んで、夜の社会見学としゃれこんじゃおうぜ!」


デッカはポメロの背中を豪快に叩くと、広場を横切り始めました。


「夜の?」


「そそそ。人生で一番大事なお勉強を俺ちゃん師匠がずっぽし叩きこんでやる。マスターと呼んでくれてかまわんよ? ……なーんてな!」


14番舞台の敷地を抜け、夜気を胸いっぱいに吸い込んだデッカはとたんに元気を取り戻し。大きな背伸びを一つして。ちゃらついたを通り越したにちゃついた笑みを浮かべると。


「んー、余裕のない人混みは肩凝っていかんね」


ツッタラカタタタ…… ポッポコポン♪


左右十指を蜘蛛の様にぞわぞわと動かして、腰のミニコンガをムーディーに鳴らすのでした。



───── ♬ ─────




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