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トルバドーれ!  作者: 袴田八峰
第四幕「ここらで一杯、茶が欲しい。」前編

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11/13

二席


 『ヤダ!』という魂の咆哮で奏鳴荘を震撼させたあの日から、早くも一週間が過ぎました。

 

 当初は腫れ物に触れるようだった住人たちとも、今ではすっかり馴染んでいます。

 

 リノと日だまりで微睡み。

 エピタフの小言に悪態を吐き。

 ドリーに愛ある説教を喰らい。

 デッカの軽薄な冗談を受け流す。


 エレクトラは?


 エレクトラはなぁ…… 嫌われてるって感じでもないんだけどなぁ。

 

 ちょっと距離感を掴みかねています。


 日中のポメロは、音楽の都・カーネギーの喧騒へと繰り出します。


 街の至る所で響く辻ライブの熱量に胸を焦がします。


 夜半のポメロは、奏鳴荘の自室に籠っています。

 

 湧き上がる刺激を五線譜へと叩きつけます。

 

 指先に新たなタコを作りながら、故郷にはなかった無数の旋律を、彼は飢えた獣のように吸収し続けていました。

 

 充実したアーバンライフ。


 日々覚える成長の実感。


 ──だったのですが。


「はァ? 金が無いだと?」


「辻ライブでもなんかいい感じの曲を聞けたりすると、ありがとって気持ちになるでしょ? じゃあ感謝の気持ちをちゃりーんとしないと」


「貴様は! 自分の立場が! 分かってるのか! 分かってないだろう、そのきょとんとした苛立つ表情を見てる限りはな!」


「でもでもだって、感動には対価、これ常識でマナーだってエピタフ言ってたじゃん!」


「そんなのは自分で稼いでから言うことだ! 分かってるのか! お前の猶予はあと3週間なんだぞ!」


「ゆーよ?」


「わかってなかった──!?」


 エピタフが天を仰ぎ、まるで心臓の鼓動を必死に抑え込むかのように左手で胸元を強く掴み、苦悶の表情を浮かべます。

 

 定型的な古典派のヤレヤレ仕草!

 

 洗練された上から目線!


「ね、ねえ大丈夫? そこが痛むってのは──ヤバい! 医者はどこだ!?」


 しぐさを額面通りに受け取ったポメロはエピタフに駆け寄り肩を抱きます。

 

 純真か!? 

 

 純真だな。ヨシ!


「ガキどもが!」


 昼飯前の空腹と苛立ちが渦巻く食堂の騒乱に、ついに調理場の主が痺れを切らしました。

 

 ドリーが二人の口論に割って入ります。手にはいつもの火掻き棒。


「坊ちゃんは態度が悪い!」


 火掻き棒をエピタフの尻にスマッシュ!


「ボウズは頭が悪い!」


 火掻き棒をポメロの尻にスマッシュ!


 ケツを押さえてうずくまる二人。

 

 喧嘩両成敗!



───── ♬ ─────



 嵐のような制裁が終わり、三人だけの少し遅い昼食が片付いた頃、ドリーは改めて厳しい現実をテーブルに並べました。

 

 幸いにして、昼食の準備中に叩かれたお尻の痛みは、食後のハーブティーを啜る頃にはすっかり引いています。


「エピタフの言ってたことが理解できてなさそうだから言っとくよ。ボウズ、来月からはきっちり家賃を払うって約束、忘れちまったなんて言わないだろうね?」


「……あ」


「三週間っていうのは、その支払い期限のことさね。働く当てはあるのかい?」


 ポメロの全財産は、今やパン二斤を買えば消えてしまう程度しか残っていませんでした。


「全然です、はい……。でも、ドリーおばさん、僕……」


 項垂れるポメロを、エピタフが横から鼻で笑います。


「ふん、無計画極まりない。これだから田舎の野生児は困る。あのデッカ氏ですら自らの稼ぎで生活しているというのに。……デッカ氏ですら!」


「なんだよ、偉そうに言ってるけどエピタフだって特───」


 ポメロがカチンときて言い返そうとした瞬間、ドリーが火掻き棒を自らの手のひらにピシャリと叩きつけました。


 その硬質な音に、二人は言葉を飲み込み、示し合わせたように背筋をピンと伸ばして椅子に座り直しました。


「そうやっていつもお利口でいてほしいもんだがね」


 ドリーは心中で毒づきながら、居住まいを正したポメロを、値踏みするように眺めました。


 このボウズ、ポメロのパトスは本物です。

 

 ですが、世間を知らなすぎます。

 

 感謝だの感動だのと言って、雀の涙ほどの全財産を他人に放り出すのは綺麗事ですらなく、ただの無知です。

 

 というかアホ。

 

 奏鳴荘には、それぞれに煤けた現実を抱えながら、それでもなにがしかの音楽で小銭を稼ぐ連中が揃っています。

 

 デッカのチャラい叩きも、エレクトラの暗い紫煙も、ただの道楽じゃない。

 

 生きるためのわざ──つまり、金を稼ぐ手段でもあるのです。


 未だに不動の姿勢で坐しているエピタフにしてもそうです。

 

 伝統派の看板を背負い、厳しい徒弟制度のしがらみの中で、若くしてマエストロたちの顔色を窺いながら泥臭く立ち回って、ようやく自分の居場所を確保しています。


 平たく言えばみんな頑張ってるんだよ。

 

 お前以外はな!


 ドリーはポメロを見やりま―― もう姿勢を崩してる!?

 

 曲の萌芽でも産まれたのか、辻演奏から拾ったものか。ふんふんふんと小声でリフを繰り返しています。


 そういうトコだぞポメロ!


 ありがたい説教の最中にも関わらず!


 火掻き棒を握る手に思わず力が入るドリー婆さんでしたが、深呼吸と共に自らクールダウン。


(このボウズに必要なのは、説教じゃなくて「現場」だね)


 ドリーは火掻き棒の先端を、ポメロの鼻先に向けました。


「いいかい、ボウズ。三週間で家賃を稼ぐ知恵も力もないってんなら、まずはこの街の現実ってやつを、その節穴みたいな目に焼き付けてきな」


「げんじつ」 


「明日から日替わりで、同宿きょうだいたちの仕事に密着して見学させてもらうんだよ。デッカがどうやって小銭を巻き上げ、エレクトラがどんな泥水を啜って歌に昇華しているのか……その目で見て、学びな。あ、当然、断る権利なんてありゃしないよ」


 寮母は母親。同宿は兄弟。その家族がどうやって生きているのかを知り、己の羅針盤と成して欲しい。

 

 ドリーの行き過ぎたお節介もまた、一つの業なのかもしれません。


「ならばマエストラ・ドリーよ。我らが【伝統派】の最前線・養成所の見学も、是非にとお願いしたい。この耳音痴の蒙を開いてやるには、荒療治が必要だからな」


「えー? 伝統派っていったらお前みたいな音叉脳の巣窟だろ? 僕が行ってもしょうがないじゃん」


「音叉脳とはなんだ!」


「先に耳音痴とかいったのはエピタフじゃん!」


 ガキどものぎゃーつくわーつくを無視し、ドリーは思考を巡らせました。


 伝統派と、それに対立する革新派。

 

 ポメロはその革新派の最右翼と言えました。

 

 あの『ヤダ!』という叫びに音楽のセオリーなんて一つもありません。

 

 嫌悪感のみを突き詰め、それ以外を排するなんて歌詞に至っては、もはや狂気の沙汰。


 しかも楽曲を吐ききった後は、挫折の悲しみも苦しみも怒りも忘れて「希望の朝だ!」とかスッキリした顔で言っちゃう始末。


 平素の純朴な言動に騙されちゃいけない。

 

 こいつはどこかタガが外れてる。

 

 放っておけば人間の枠から外れてしまう危うさがあると、ドリーは感じています。


(……リノは、もういいんだ。あの子は歌そのものとして完結しちまってる)


 ドリーの脳裏に、ひだまりで微笑む孫娘の姿が浮かびます。

 

 あれはもう、人の手でどうにかできる存在ではありません。

 

 救うとか導くとか、そんな世俗の物差しが届かない場所にいます。


(だが、このボウズなら、まだ間に合うだろ)


 伝統派が持つ様々な制約は、このボウズが社会性を保つための金型になるかもしれません。


「いいだろう坊ちゃん。その提案、乗ったよ」


 ドリーはエピタフに許可を与えると、逃げ腰のポメロを鋭く睨み据えました。


「いいかい、ボウズ。見学に行ったら、場所ごとにきっちり【感想文】を書いてアタシに提出しな。ただ見てるだけじゃ、あんたのその空っぽの頭に何も残らないだろうからね」


「ええっ、感想文!? そんなの……」


「そんなのじゃないよ! 返事は!」


 ドリーが火掻き棒を床に叩きつけると、ポメロは弾かれたように叫びました。


「はいやります! 書かせていただきます!」


 こうして、ポメロの社会見学という名の荒療治が決定しました。




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