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トルバドーれ!  作者: 袴田八峰
第四幕「ここらで一杯、茶が欲しい。」前編

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10/12

一席


 春の陽気に誘われてか、今日はそぞろ歩きの街人が多いようです。


 石畳の通りを行き交う人々の足取りは軽く、どこからともなく楽器の音が混じります。


 遠くでは管楽器の調律、近くでは誰かが弦をはじく音。


 雑多で、まとまりがなくて、それでいて奇妙に心地よい。


 いつものカーネギー。


「ええと? つまり? 僕は? 何を?」


 グリーンの垂れた目は落ち着きなくきょろきょろと動き、視線の先を追いきれません。腰まで伸びた赤みの強い茶髪の三つ編みが、背中でゆらゆら揺れています。


 主人公のポメロくんです。


 手にする薄い冊子は【楽壇登録案内】。


 視線は文字の上を滑るだけで、意味がつながりません。やがて思考が追いつかなくなり、きょとんとした顔のままフリーズ。


 キャパオーバー!


 頭から煙でも出そうな気配に、振り返り苦笑するしゃがれ声。


「ま、ざーっと眺めてるだけじゃなにが大事かわからんもんさね」


 ポメロを先導しているのはドリー。


 総白髪をきつくひっつめ、布をかぶせた頭。


 小柄な体に似合わず背筋はぴんと伸び、ギョロリとした目がポメロを射抜きます。

 

 下宿先の【奏鳴荘】寮母にして、寮生のお母さま。

 

 ババではない。ここがポイント。


 間違えると火掻き棒をケツに食らうことになるので留意されたし。


「あはっ、あははは……なんか、文字がいっぱいで」


「当たり前だ。規則ってのはだいたい文字がいっぱいなもんだよ」


 ドリーはため息混じりに言いながら、ポメロの手から冊子をひったくりました。


 ぱらぱらとページをめくり、すぐに閉じます。


「いいかいボウズ。あんたが今やらなきゃいけないのは、これを全部理解することじゃない」


「え、そうなの」


「まずは最初の一歩。【楽壇】に登録。それだけ覚えな」


 ポメロはきょとんと目を丸くします。


「登録しないとダメなの?」


 冒険者が登録するのは冒険者ギルド。音楽家が登録するのは楽壇。


 平たく言うとそういうこと。


「ダメだね。遊びで弾くだけなら誰も文句は言わないさ。けどね、金を貰うなら話は別さね」


 ドリーは顎で前方を示しました。


「そこにあるのが楽壇事務所だ。受付で登録したいとたずねれば、ボウズでもわかるように手続きしてくれるだろ。行っといで」



───── ♬ ─────



 お役所慣れしていないポメロが登録を終えるまで約一時間。ドリーは苛立つことも無く待っていてくれました。


 ポメロは少しだけ胸を張って事務所から出てきました。

 

 ぶかぶかの革靴が石畳の上でこつんと鳴ります。


「これで僕もプロのトルバドール!」


 じゃかじゃん!


「なに寝ぼけたこと言ってんだい」


 即座に、細い腕からは想像もつかない鋭さでケツスラップ!


「いてっ」


 町中で火掻き棒を持ち歩かない常識がドリーにはありました。


「ボウズの悪いところは調子に乗りやすいことだ。気分が上向きな時ほど足元を見な!」


「気を付けます」


「ボウズの良いところは素直なところだ」


 ドリーは鼻を鳴らし、くるりと踵を返します。裾をまくった動きに無駄がありません。


「ほら、ついてきな。要所を案内してやる。どうせあんた、何もわかっちゃいないんだろう」


「ありがとです」


 ポメロは七分丈のズボンからのぞく足を軽く弾ませ、ドリーの後を追いました。


 通りを進むにつれ、音の密度が変わっていきます。静かな旋律から、どこか洗練された合奏へ。


 さらに歩くと、明らかに大規模な音の塊が空気を震わせていました。


 ドリーが足を止めます。


「いいかい。まずはこの街の中心だ」


 視線の先、遠くに巨大な建築群が見えます。

 

 それぞれのステージ毎に意匠と雰囲気が違っています。


 そして、客層も。


「この先の区画が【ナンバーズ】の舞台群。カーネギーの一流音楽家たちが立つステージさ」


 ポメロは目を輝かせます。


「すごい……でっかい」


「あそこはね、ただの舞台じゃない。階層で格が決まる世界さ」


 ドリーは指を一本立てました。


「これが【一番舞台】。神域。【六歌仙】の連中がいる場所だ」


「六歌仙」


 ポメロが小さく繰り返します。


 ドリーはそのまま、しゃがれた声にわずかな重みを乗せます。


「カーネギーで一番の肩書きだよ。音楽の頂点さね」


 伝統、革新、歌唱、演奏、作詞、編曲。

 六部門の頂点です。


「音楽の頂点」


「そうさ。冠を被るって言い方をする」


 ポメロはしばらく黙り込みました。


「あそこ、立てるかなあ」


 ドリーは鼻で笑います。


「夢を見るのは自由さね。ただし、足元見失うんじゃないよ」


 再び歩き出しました。


「じゃあ、次は足元を見ておきな」



───── ♬ ─────



「なんか、さっきと全然違う」


 ドリーが次に案内したのは、馬車が出入りできない道の先。

 

 一段だけ高くなった下町の空き地。


「そりゃそうさ。ここは下積みのスタート地点。【路地ステージ】さ」


「ろじ」


「舗装されてない、馬車も通れない、近くに盛り場も飲食店も無い。だから客らしい客もいない。そんな場所さね」


 舞台で演奏するのは初心者テクノユニット。オーディエンスは3人ほど。

 

 ピコピコと軽いシンセが浮き、ドコドコとキックは走り気味、ハイハットはチキチキと乾いて噛み合わない。

 

 フィルもドロップも決まらず、BPMだけが空回り。ノブをひねっても音圧はスカスカで、クールぶった立ち姿だけはまあ合格点。


 演奏を終えた若者たちはスタイルを崩さぬ為か、オーディエンスに挨拶もせずに撤収作業。


 オーディエンスも慣れたもので拍手なしで散会。


「あの楽器は何? 軽そうなピアノに見えるけど、聞いたことない音がしてる」


「あれはシンセサイザーさね。ビリビリの力で音を鳴らしてる」


「ビリビリ……?」


 ドリーが壁の装置を指す先はシンセから伸びたコードにつながっています。


 ライデンステーションと呼ばれるコンセントです。


「あれが雷の神様、【ライデン】様の恵みだ」


 ポメロの目がさらにきょろきょろと動く。


「すごいなあ……」


 その時でした。


 ボウン!

 

 ステージ付属のライデンステーションから上がる黒煙と青電!

 

「機材がおしゃかだー!」

 

 頭を抱え込む恰幅のよい中年男!

 

「盗ビリ野郎かよ」


「爆発当然!」

 

 撤収作業に勤しんでいたテクノ者たちがケツに火のついた物理の中年男を毛虫を見るような目で見下げ果てる!


「え、なになに?」


 破損した機材から推察するに、中年男は何かしらの自作工業機器を持ち込んで、ライデンステーションに接続したのでしょう。

 

 音楽とは関係のない作業に、電力を利用するために。


「雷様は嫁さんの笑顔の為だけにビリビリを下賜してくれてるからね。音楽以外に利用するのはご法度なのさ」


「お嫁さんって?」


「音楽の女神【ミューズ】様。この街の守り神だよ」 


 つまりこれは物理的な天罰!

 

 強欲なおっちゃんは命があっただけめっけものだったと言っておきましょう。


「はえー」


 ポメロはぽかんと口を開けたまま、その光景を見ていました。


「ビリビリだね」


「バカだよ」


 ドリーは吐き捨てます。


「ルールを知らないか、舐めてるかのどっちかさね」


 ポメロは煙の残る空間を見つめながら、ふっと笑います。


「神様、ちゃんと見てるんだね」


「見てるとも」


 ドリーは鼻を鳴らしました。


「この街はね、夫婦の神様に守られてるんだよ。姿は見えやしないがね、あんたがいい音を出したり、うまくやったりすると、どこからともなく手を貸してくるお節介な神様さ」


 ドリーはふいに立ち止まり、軽く喉を鳴らします。


 ♪――


 短く息を吸い、四小節ほどのアリアを転がすように歌います。


 しゃがれた声の奥に、かつての輝きを思わせる響きが乗りました。


 すると、ほんのりと空気がきらめいたではありませんか。

 

 次いで、細かな光が舞い、すぐに消えました。


 超常現象!


「こうやって感謝の気持ちを奉納するんだよ」


 ポメロは目を丸くします。


「へえ……」


「祈りなんかより、新しい曲を聴く方が嬉しいらしいからね」


 ポメロは少し考えてから、胸元の相棒に手を添えます。


 そして、ほんの一瞬の短いフレーズを奏でました。


 素朴で、まっすぐなアルペジオ。


 女神様、雷様、ありがとう、と。


 次の瞬間、ドリーの時より少し強く、ふわりと光が弾けました。


 ポメロの胸の奥はじんわりと温かくなりました。

 

 理由はわからないのに、心がほどけるような感覚がします。


「……あはっ」


 ポメロは思わず笑いました。


「気に入られたんだね」


 からかうように、けれどどこか優しく。


 ポメロは照れたように頭をかきます。


「なんか、うれしい」


「だろうね」


 ドリーは今日何度目かの鼻を鳴らしました。


「いいかいボウズ。あんたの音だよ」


「はい」


「機械も舞台も器だ。中身はあんた次第さね」


 ポメロは一瞬だけ黙り、すぐに笑います。


「あはっ。じゃあ、いっぱい入れないとね」


「欲張りだねえ」


「いい音、いっぱい」


「まあいいさ。その図太さは嫌いじゃない」


 ふと、通りの脇に咲いた花弁が風に舞い上がり、ひらひらと二人の間を横切ります。


 ポメロはギターケースを背負い直し、前を見ました。


 前しか、見ていません。


「ねえドリーおばさん」


「なんだい」


「僕さ」


 あはっと笑って。


「この街で音楽、やってくよ」


 ドリーは振り返らずに言いました。


「頑張んな」


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