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本中山サッドソング

作者: みみお

 逢瀬はほとんどが僕の部屋でだった。

パンだったり、肉まんだったり、チャーハンを作ってきてくれたり、

いつも何かしらの手土産を持参してくれ、そのほとんどが食料だった。

僕は紅茶を入れたりしながら彼女が持参してくれた土産を頂いた。

他愛のない短い歓談の後セックスをする。大体そんなパターンが出来上がっていた。

 八月の湿った暑い夕暮れ、彼女が部屋を訪れ暫くすると外は篠突く雨が降り出した。

雷鳴が鳴り響き窓から差し込む陽光も急激に薄暗くなった。

子供らは田舎に行っているらしく、今日はいつもより長く居られると彼女が言う。

薄暗い室内と激しく叩きつける雨音。じっとりと湿る空気と空調の冷風。

粘度の高い淫靡な空間に二人共抗わずに身を任せ、何度も何度も僕は達した。



 もっと早くに出会えていたら、その時は俺と結婚してくれる?

そんな手垢のついたような台詞も大した恥ずかしさもなく口をついた。

彼女は含羞むように頷いた。

 あ、でも、そうすると、今の子達は生まれてこないことになるんだね。平気?

僕が言うと、彼女の表情は一瞬で寂しさを色濃くし、それは、嫌だな、と言った。

 じゃあ、やっぱり俺たちはこうして出会うしかなかったのかもね。

そう僕が言うと、彼女は僕を気遣うように優しく笑い抱きしめてくれた。

僕は拗ねたつもりはなかったのだが、彼女は労わるように笑ってくれた。

彼女が今の旦那と知り合う前に僕と会えたとしても、僕とは一緒になれないという彼女の言葉。

落胆や寂しさはほとんどなかったんだ。

そんな僕の利己的な感情なんかより、彼女が自分の子供を何よりも大切にしているんだなあ、

と認識できたことのほうが嬉しかった。僕はその言葉を聞いて本当にホッとしたんだ。

やっぱり優しい人だった。この人と知り合えてよかったと思った。



 僕の糾弾されるべき性格は醒め易いことだ。彼女とのセックスに惰性感を覚え始めていた。

その頃僕は、バイト先のパートで働く主婦と仲が良くなり始めていた。

その主婦は相談したいことがあるといい、電話番号を教えるとその日のうちにかけてきた。

 息子が私の下着を盗んで部屋に持ち込んでいる。気づかぬふりをするべきか?

といった内容だった。旦那には話さないのか、思春期だから興味を持つのはわかるが、普通は母親のものは敬遠するのではないか、息子とは仲がいいのか、マザコン(それともこの女創ってんのか)。

予期せぬ相談内容にも一応誠実に答えたつもりではあったが、どうも、うーん、微妙なのだが、一抹の違和感がある。

その後も何度か同じような内容の電話がかかってきた。

まだ下着が返ってこない、どうやらもう一枚持っていったらしい。

それらの相談事も、聞いているとどうやらそれほど深刻ではなく、会話の後半はその主婦の不倫相手の話だったり、旦那に変態趣味がある、などの下ネタばかりだった。いくらお人好しの僕でも遠回しに誘われているということくらい分かる。

 そして誘いに乗った。



 二股なんて器用なことができる人間ではないので、彼女には、少し距離を置きたい、と濁した。いや、汚らしく逃げた。

彼女は暫く落胆していたが、その後無理に笑ってみせて、何か考えたいことがあるんだね、分かったよ。

そう言うと、ベッドに仰向けのまんまの僕の唇に彼女は、よく笑ってくれたその唇を貼り付けてきた。

口紅もリップクリームも塗っていない彼女のその唇はかさついていた。

――違うんだ。俺はドブなんだ。そんな人並みの理由なんかないんだ。ただ別の女としてみたくなっただけなんだ。

浮気をするのが嫌だから、余計に傷つけるのが嫌だから、否、本当はそれらに付随する事柄で僕が傷つくのが怖いから君とは別れようと提案しているんだ。そうはっきりと言えないのは怖いからなんだ。ニュアンスで伝わるだろ?っていう甘えなんだ。君を遠ざけようとしているのに君に甘えているんだ。君に憎まれたり、嫌われたくないだけなんだ。救いようのない傲慢で最悪で不快で不誠実で嘘吐きでクズで弱虫でカスで人非人で、もう地球から出て行け。気持ち悪い。

 それでも彼女はたまに、パック詰めの寿司や、パスタや、ガスボンベなどをドアノブに引っ掛けていってくれた。

俺は、俺は絶対に呪われろ。  居留守を使うようになった。

ある日、これから行くから会ってくれ。とメールが入った。

別れたいならそう言ってよ、あんな説明じゃ納得できないよ、避けられてるのは辛いよ。と言って大きな両目から涙を零した。

ああ、俺はこれを恐れていたんだ。これを避けたかったんだ。

それでもまだ己の保身を天秤に掛けている俺に、好きな人ができたの?と彼女は聞いた。

俺は胸の中につかえていた痰の塊や、タールの塊や、吐瀉物を吐き出しながら頷いた。



 主婦とはセックスばかりをしていた。話題は噛み合わずつまらなく感じた。

それでも体の相性は良かったと思う。ノーマル、アブノーマル、大抵のことはした。

ある時主婦が、俺と結婚したかったなんて言った。

僕は、かつて彼女だった人との会話をしたあの暑い夏の夕暮れにもの凄いスピードで引き戻された。

 僕はこの人を好きになれるだろうか?半ば縋るような願いも込めて、訊いた。

で、でも結婚しちゃうと、今の子供たちとはもう二度と会えなくなっちゃうよ。

うーん…、別にいいよ、あたし子供は、あんまり…。

 なんだろう、この気持ち。俺は急激に興味を失っていった。

それからも主婦とはセックスばかりをする関係を続けた。

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