6かけがいのないロニオとの時間
私はタウンハウスに帰ると可愛いロニオが出迎えてくれた。
屋敷は執事のダートが取り仕切ってくれている。
侍女のシャルとメイドのメグ。庭師のロンが特にロニオのお気に入りだ。
それから厩務員をしているギートの子供のバローとも仲が良い。彼はさいきん馬丁になったばかりだ。
一日の大半はシャルやロンが相手をしてくれている。
おかげですっかり甘えん坊だ。まあ、それは私も言えないんだけど。
「お姉様おかえりなさい」
「ロニオただいま。今日は何をしてたの?」
私と同じ深紅の髪に紺碧の瞳をした顔がほころぶ。
「バローに馬に乗せてもらってぇ‥それからロンのお手伝いをしたよ。黄色いチョウチョがいて追いかけたんだ‥」
「逃げちゃった?」
「うん」
少ししょんぼりしたロニオを抱っこする。
さすがに5歳にもなると抱き上げるとずっしり思い。
顔だって幼顔から少しずつ少年の兆しが垣間見えてこうやって過ごせるのももう少しなんだろうなって気がする。
「あのね。エディオ殿下が週末に遊びにおいでって、ロニオと同じ年の弟がいてピューリ殿下って言うんだけど一緒に遊んでほしいって」
「ピューリ殿下と?」
早速今度の週末にピューリ殿下と一緒に遊ぶ約束をしたことをロニオに話す。
「あのね‥この前ね。ネクス伯爵家に子供もお呼ばれしたでしょ?」
「ええ、それが?」
時々王妃様は伯爵家で子供たちを呼んでお茶会をする。気さくな集まりで主にピューリ殿下と年の近い子供たちを持っている貴族が呼ばれる。
「その時ピューリ殿下もいたよね。あの時僕が貰ったおかしを殿下がよどりりしたんだ」
ロニオは頬を膨らませる。
「ぷっ!そ、そうなの。ピューリ殿下ったらいけない子だわ。ロニオは怒ったりしなかったの?」
「だって、王族に逆らえばふけいなんでしょ?」
いつの間にそんなことを。
「まあ、知ってるの?偉いわねロニオ」
「だから僕、殿下と遊びたくないんだ」
なるほど、それでさっきから。
「そうね、人の物を取るのは良くないわね。今度そんな事をしたら私がピューリ殿下に話すわ。これでどう?」
ロニオの顔が強張る。
「だめだよ。そんなことをしたらお姉様がふけいだって言われるんだよ。よぉしぃ‥もし今度ピューリ殿下が嫌なことをしたら僕が言ってやるんだ。だからお姉様は何もしなくていいから。ね」
ロニオは心底心配らしくじっと私を見つめて真剣に話をする。
なに?こんな可愛い事を言うなんて。もう、ぎゅっと抱きしめてこのままずっとロニオと一緒にいたい。
「もぉ、ロニオったら、何も心配しなくていいのよ。殿下だってまだ子供だから悪い事をしたら怒られて当然なんだから。あっ、そうだ。王宮に子犬がいるんですって」
「こいぬ?」
「ええ、すごく可愛いらしいわ。どうするロニオ?」
ずるいと言えばそうだが、エディオ殿下の誘いを断るのも悪い気から仕方がない。
「行く!行く!行く行く」
「じゃあ、決まりね。仲良くピューリ殿下と遊びましょうね」
「うん。僕、いい子にするよ!」
こうしてロニオの頭は子犬の事でいっぱいになった。
私はそれからプリンを作る事にした。
もちろんネイルは取って髪も後ろで一つに束ねるとエプロンをつける。
貴族の令嬢が料理と思われるが、私は母が亡くなってからロニオの喜ぶ姿が見たくてお菓子を作るようになった。
そして今ではお菓子だけでなくある程度の料理も作れるようになった。
これも領地の使用人やタウンハウスの人たちの使用人に理解があるからだ。
ほんと。感謝しかないって思ってる。
それにしてもプリンは何度作ってもいつも失敗ばかりでまだ一度も完璧なプリンが出来たことがない。
ヴィントが食べに来ることは万に一つもないとは思うがなぜか気になったのだ。
夕食後、コックのバートンに調理場を借りて早速取り掛かった。
「お姉様。僕も一緒に作りたい」
「ロニオごめんね。今回は絶対成功させたいの。だからロニオは応援してくれる?」
「わかった。僕しっかり応援するね」
「ええ、ありがとうロニオ」
いつもはロニオ荷もお手伝いしてもらうけど今回は失敗したくないので見るだけにしてもらう。
まずはカラメルシロップから、焦がし過ぎないように頃合いを見計らって‥よし!
カップに均等に流し込む。
ロニオの目が何一つ見逃さないようにじっとそれを追って行く。
可愛い。絶対成功させなきゃ。
今度はミルクをひと肌に温めて砂糖を溶かしバニラビーンズを入れる。
卵を溶いてミルクと混ぜ合わせてふるいにかけて何度も裏ごしをする。
裏ごしは回数が多いほど滑らかさがアップすることに気づいた。
しばらく寝かせて休ませカップに注いでいると、ロニオがテーブルにかじりつくように身体を乗り上げてカップを見つめている。
「ロニオ。ここまでは完璧よ」
「うん。絶対うまくいくように僕がお祈りするからね」
ロニオは手を合わせて神様に祈ってくれる。
私は頼もしい応援を受けながらカップをバットに並べる。
そしてお湯を張ったバットに入れてオーブンで‥
途中で開けたい気持ちをぐっとこらえガラス越しに中を覗く。
表面はきれい。泡立ちもないし‥ああ、でも硬すぎたら‥
そわそわしながらロニオと一緒に時間を待つ。
そしていよいよオーブンから取り出す。
やけどをしないように気を付けてカップを取り出し荒熱を取って行く。それを今度は保冷庫で冷やす。
「お嬢様、そろそろおやすみにならないと」
侍女のシャルが声を掛けてくれた。
「まあ、もうそんな時間?私ったらつい夢中になってたわ。ロニオもう寝る時間よ。さあ、楽しみは明日にしましょう」
「うん、きっと大成功だね。明日の朝が楽しみ。僕、もうベッドに行くね。お休みお姉様」
「ええ、ロニオお休み」
ロニオは目をこすりながらシャルに部屋に連れて行ってもらう。
しばらくするとライラがやって来た。
彼女は私に使えてくれている侍女でダートの奥さん。それに私に取ったら母親変わりと言ってもいいくらいの人。
「お嬢様、今回は成功ですね」
「あらライラ。どうしてそう思うの?」
ライラはプリンを見てはいない。
「だってすごく嬉しそうなお顔ですから」
「でも、食べてみるまではねぇ‥明日の朝食にみんなで食べましょう。もし失敗したらごめんなさい」
「そんな事、みんなお嬢様の作るプリンすごく好きなんです。今から楽しみですね。それからロニオ様はもうお休みになりましたから」
「ええ、ライラいつもありがとう。私も休むわ」
ここには私のかけがいのない幸せがあった。