4プリンを一緒に
私はプリンをもってヴィントを追いかけた。
確か彼は食事が終わるといつも中庭でぼぉ~としていた気がする。
大きな木の陰の幹に寝そべっていたりベンチで寝転んでいたり。
そう言えば昼食の後は寝転がっているイメージしか浮かばない。
私は彼を知っていたようであまり知らなかったと思った。
ふっ、いつもはびしっとしている彼のイメージから想像できないな。
そんな事を思いながら彼を探した。
私には好きな人がいない。
だって13歳のとき母が亡くなって弟が生まれて。
それからは私は弟に構いっきりで他には目を向ける余裕もなかった。
学園に入る前には王子の婚約者候補になっていたし、そうなると他の男性に気を向けるわけには行かないと思うじゃない。
それに、みんなが私の深紅の髪色や透き通って見える銀色の瞳に良い印象を持たないだろうってわかってたし。
だからみんなの前でも私は少し卑屈になっていたと思う。
それが傲慢な態度だって勘違いされたんだろうけど‥
だから男の子にはよく気まずい思いをさせた。
まあ、同じ伯爵家のローザンヌとリスティとはそのうち打ち解けて仲良くなっていたけど。
でも、タウンハウスに帰ればロニオがいてくれるからいつだって癒される。
ロニオはすぐに熱を出したりお腹を壊すから合間には薬草の事を調べたりロニオが喜ぶ食べ物を作ったりで忙しかったんだから。
だから好きな人なんて必要もなかった。
そんな事を思っているとベンチに寝そべっているヴィントを見つけた。
なんて声をかける?あんなことを言っておいて一緒にプリンを食べようと言えない。
何だか気配がして後ろを振り返る。
ウソ。ローザンヌとリスティ。それにアントールとタロイまで校舎の陰から私の様子を伺っている。
ローザンヌが行ってと手を前に押し出す。
はぁぁぁ~仕方がない。ここはみんなの顔を立てて。
私は勇気を振り絞ってヴィントに声をかけた。
「あの‥」
ヴィントの目が開く。
「えっ?あの、なに‥」
彼は勢いよくがばりと身体を起こしてベンチから立ち上がった。
「あっ、ごめんなさい。脅かすつもりはなくて‥その、さっきはごめんなさい。これ一緒に食べなさいってみんなが言うから‥ううん、プリン嫌いだったっらいいの。あっ、もう忘れて。ごめん休んでるところ‥」
私はあたふたと言葉を並べ立てた。
本当は言い過ぎたと思っていた。
「いや、嫌いじゃない。アマリエッタ嬢がわざわざ持って来て‥?」
彼は何か探るような視線を向けながらも嫌そうではない。かな?
あっ、それに勘違いさせた。でも、もう否定するのも面倒だし。もういいか。
「あの‥プリンもったいないし。それにさっきはほんと。言い過ぎたから」
すっと素直に言葉が出た。
「いや、いいんだ。いきなり俺なんかが婚約者になればアマリエッタ嬢が戸惑うのは無理もない。俺は不器用で無口だし‥だから、旨く言えなくて。プリンが好きなのかって思ったからつい‥」
何だかそんな素直に言われたら。
「ううん、私こそ。プリンは弟が好きなの。だから弟が見たら喜ぶだろうなって思ったらつい口元がほころんで。あなたが悪い訳じゃないのに」
あれ?どうして私こんなにつらつら喋ってるの?
「弟が?そうか。アマリエッタ嬢には弟さんがいたな。うちも同じ年の弟がいるんだ。今度一緒に遊ばせないか?」
「ええ、それすごくいい考えだわ。それで‥プリンは好き?」
「ああ、大好きだ。一緒に食べようか」
「ええ」
なんだ、話してみたら意外とイメージと違うかも。
ベンチに一緒に座ってプリンを食べ始める。
「う~ん。おいしい。どうやったらこんなおいしいプリンが‥私いつもうまく作れないのよね」
ヴィントが驚いた顔をする。
「えっ?アマリエッタ嬢はプリンを作るのか?」
「ま、まぁ、弟が好きだから私にも作れないかって‥でも、いつも表面が泡立ったり固かったりしてうまく出来ないの」
「ぜひ今度、君の作ったプリンが食べたいな」
「そんな!失敗作なんかだめよ」
「でも俺は、アマリエッタ嬢が一生懸命作った物なら喜んで食べれると思うけど」
「そんな‥」
いつもの何を考えているかわからない瞳が今はキラキラ煌めいているように見えた。
胸の奥がいきなりざわめく。
えっ?なに?
こんなに私の事を見つめてくれて、それもいつもは引き締まった唇までほころんで嬉しそうな微笑みまで向けてくれて‥
「そうだ!今度家に遊びに来ないか。あっ、もちろん弟さんも一緒に」
「ええ、ぜひ、弟もきっと大喜びすると思うわ」
「じゃあ、急いで父の手伝いを終わらせなきゃな。週末に時間が作れるといいんだけど‥いや、絶対に作る。その時はアマリエッタ嬢にプリンを作ってもらうとか?いや、それはいくら何でも早いな。じゃあ、リビアン。弟の名前だ。会ってやってくれないか」
彼はひとりであれこれと言う。
要するに私との距離を縮めるんじゃなく家族との付き合いをしようって事なのね。まあ、いいんだけど。
「ええ、もちろん喜んで、あの‥私の事はアマリエッタでいいから」
「へっ?」
ヴィントが間抜けな顔をした。
「うふっ。呼び方。アマリエッタでいいわ。私もヴィント様って呼んでもいい?」
「‥ああ、ああ。あ、アマリエッタ。俺もヴィントで」
彼は耳まで赤い。
何だか可愛い。あれ?私彼の事思い違いしてた?ううん、そんなはずない。彼はあくまで家族としてやっていくつもりなんだもの。
「ええ、これから家族としてお付き合いするんですもの。ねぇ」
それでも弟の話となると私はいつの間にか彼と意気投合していた。
そしてプリンを一緒に食べ終わると一緒に教室に戻った。
以外だった。
ヴィントがこんな気さくな人だったとは知らなかった。
今までの印象があまりに悪かったけどほんとはいい人なのかも。
私の中でヴィントの好感度は一気に上がった。
もちろん家族としてだけど。