30王宮に呼び出されました4
明日は最終話まで投稿予定です。最後までよろしくお願いします。
「それからサルバート公爵令息!」
「はい!」
彼はうれしそうな顔で私を見た。まるで犬のように。
「あなた一体どういうつもり?何が同感よ。私との婚約は嫌なんでしょう?そんなにシルフィが好きならいいわよ。婚約は解消してあげるから安心して!とにかくこれ以上私に関わらないよね」
私がヴィントにはっきりと婚約はなかった事にすると告げるとヴィントの眉が下がり悲しそうな目になった。
肩ががっくり落ちてしまって顔はうなだれた。
「ガルゥゥゥ~グフゥ~」
「ヴィント!ここでは駄目!」マリー様が慌てた様子でヴィントの腕を掴む。
ヒィッ!ヴィントの口に見えてるの牙じゃない?
「おい、ヴィント。私を見ろ。ほらしっかりするんだ」サルバート公爵もヴィントの頬を叩く。
ヴィントは身体を震わせて父親の手を払った。
「ガルゥガルゥグゥッ~」
どう考えても獣の唸り声にしか聞こえない。でも、どこ?
「大叔母、いいではないかここで変身しても。この際アマリエッタにすべてを晒してしまえばいいじゃないか。もしかしたらアマリエッタの機嫌も直るかも知れんぞ」
国王陛下が気楽に言う。
「ドロント!あなたそのような事を‥この事が表ざたになれば国民がどれほど動揺するかわかってるの?」
「あの‥これは一体何が起きて‥」
そう思った瞬間。ヴィントが苦しそうに立ちあがってあっという間に床に転がった。
そして‥いきなり真っ黒い大型犬?いや、これは狼?
「‥うそ‥まさか。でも‥もしかしてあなたヴィントなの?」
私は恐る恐るその狼に聞いた。
「ガル」
こくんと頷き何だか照れたように顔を床にこすりつけた。
「これは一体どういう‥?」
私が驚いていると国王陛下が声をかけた。
「アマリエッタ。心配するな。これは王家の秘密なんだ。実はヴィントは古の血を引いておるんだ。ヴィントの瞳は何色だ?」
「金色ですが」
「ああ、そうだ。わが国の祖は獣人だった事は知っているだろう?」
私はこくこく頷く。
遠い昔この辺りは獣人が支配していたらしい。
人間は支配される側だったが、それでも獣人と人間が交わることが重なり次第に獣人と人間の混血種が増えて行き純粋な獣人が減って行った。
そして今ではほとんどが人間になった。
獣人などこの国の人間は滅多に見ることはなくなったのだ。
「今でこそ金髪碧眼の我らだが、元は銀色や金色、もちろん黒色の毛で金や銀の瞳をしていた。長い間に人と混じり何時しか獣人の血は薄くなり見た目も変わって行った。だが、稀に祖の血を引くものが生まれるらしい。それがヴィントだ。彼にはその優れた能力を生かしてもらって諜報部門で仕事をしてもらっている。ああ、そうだ。アマリエッタ。ヴィントの名誉のために行っておくがシルフィと言う女性も同じ諜報員なんだ」
「ではシルフィといつも一緒だったのは‥」
「もう、ドロント。これは機密事項なのに‥簡単に口を割るなんて‥」
マリー様が呆れている。
その間にヴィント(狼)は私のそばに寄って来てすりすりドレスに顔をこすりつける。
「くぅぅん」
甘えた声で何度も鳴いて今度は私のドレスを加えてソファーに連れて行こうとする。
私はそれに応えるようにソファーに座るとヴィント(狼)がさっと横に座った。
すっと顔を上げて私を見つめる。たまらず私はヴィントの頭を撫ぜた。
「くうぅん」
気持ちよさそうに目を閉じてそのまま私の膝に頭を乗せた。
か、かわいい。どうしよう。ヴィントって狼に変身できるなんて‥それにシルフィは同じ諜報部員だったなんて。
私の誤解だったって事?
「ヴィント様‥」
「くぅぅん、くぅぅぅん」
彼は何度もこくこく頷いてまるで私が思っていることにそうだよと言ってるみたいで。
「‥もしかして私の考えてることわかるの?ヴィント様はっきり言って。私が好きなの?」
「くぅぅぅん、くぅぅぅぅん~」
もしかして好きだ~って言ってるんじゃない?
一縷の望みのような気持ちにもなるが。
相手は獣なのよ。そんなことわかる訳もないか‥
舞い上がった胸の中で一度膨らんだ気持ちがしゅぅ~としぼんでいく気がした。
「アマリエッタさん。勘違いしないでね。この際はっきり言っておくわ。あなたとの婚約は解消します。ヴィントにはヴィントと同じ血を引く女性と結婚させるつもりなの。どう考えてもあなたでは無理なの。悪いけど諦めてちょうだいね」
マリー様ははっきりあっさり言った。
いきなりヴィントが起き上がってマリー様に牙をむく。
「ガルゥガルゥゥゥウゥ」
あれ?もしかして嫌なの?
そんなはずないか。今までだってヴィントはマリー様が私に失礼なことを言ったから怒ってるだけよ。
だってどう考えても今のは失礼よ。
マリー様は慣れた様子でさらに畳みかける。
「ヴィント!あなたは特別なの。古の血を引く特別な存在なのよ。こんな女と結婚させるわけには行かないのよ。諦めなさい。さあ、アマリエッタさんも事情は分かったでしょう。帰るわよ!」
そこまで言われたらもう我慢できない!
「そんなに言われなくてもわかっています。どうぞご心配なく!」
私ははっきり言った。
ちらりとヴィント(狼)を見る。彼は床に伏せてすっかり元気をなくしているように見えた。
「良かったわ。わかって頂いて‥さあ、ヴィント!」
マリー様は小瓶を取り出すとそれをヴィントの鼻に近づけた。
「きゅぃん」
つんとしたペパーミントのような香りがしてヴィントがしゅんとなった。
あっ、これ、きっと獣は嫌いな匂いだ。
とっさに本能がそう感知した。
私は思わずヴィント(狼)に近づくと尋ねた。
「ヴィント大丈夫?」
「ぎゅうぅぅ~」辛そうな声で鳴き振り返りながらすごすごマリー様の所に行ってしまった。
「あっ、忘れてたわ。アマリエッタ。シルフィはね。ヴィントの変身を抑える能力を持ってるのよ。あなたなんかより数倍も役に立つの。彼女の紫の瞳は心を落ち着ける力があるみたいでヴィントはいつもシルフィに助けられてるみたい。もしかしたらシルフィがヴィントと結婚するかもしれないわね。じゃあ、ドロント。この婚約はなかった事で‥申し分かりませんね。そう言う事情ですので‥ロータネク伯爵。では、失礼しますわ」
ヴィント(狼)は何度もこちらを振り返りながらマリー様やサルバート公爵と一緒に応接室を出て行った。
その瞳は切なげで胸が締め付けられた。
でも、マリー様が言うようにどうする事も出来そうになかった。
私はがっくりとうなだれた。
もう帰りたい。
「国王陛下、王妃殿下申し訳ありませんが私も失礼させて頂きます」
「待て、アマリエッタ!」
そう言ったのはアマリエッタの父だった。
「国王陛下。こういう事情では仕方がありません。サルバート公爵家との婚約はなかった事にします。では、私も失礼します」
父も席を立った。
そのまま私達は応接室を後にした。




