9そこまで言う?
「ヴィント様。いつからそこに?って言うかおはようございます。ずいぶん早いんですね」
私は慌てる必要もないのに言葉がしどろもどろになってしまう。
「おはようアマリエッタ嬢。特に早いつもりはないが‥君こそこんな所でなにを?それに殿下とはずいぶん仲がいいようだが、言っておくが殿下はすでに婚約している。それに俺達も。学園とはいえ王子や高位貴族ともなればその行動には責任が伴うんだ。君も注意した方がいい」
ヴィントは不機嫌さを隠そうともせずつらつらと言葉を並べ立てた。
そんなことわかってるわよ。非常識なのは私じゃなくて殿下じゃない。私は何もしていないわ。
それにアマリエッタ嬢ですって?
私はプチン!と切れた。
「ヴィント様。私から話しかけたわけではありませんわ。ご安心ください。殿下には婚約者がいらっしゃる事くらいわかっていますから!ええ、そうですよね。公爵家の婚約者ともなればそれはもう行動にも責任を持たなければいけませんわね。充分気をつけますわ。あっ、でも、私との婚約がお嫌でしたら婚約はなかった事にしていただいても構いませんわよ。だってあなたは私の事が気に食わないんでしょうから。いいんです。私だって同じ気持ちですもの。この婚約がなかった事になっても困りませんわ」
ふん!言ってやった。彼の言いたいことはわかる。私だってわかっている。
でも、そこまで言う?
ヴィントは次第に眉間に皺を寄せてあからさまに苛立った顔になって行きそして大きくため息をついて暫く黙っていた。
「いや、すまない。アマリエッタ嬢がそんなに嫌だったとは知らなかった。だが、これはほとんど王命に近い婚約。ふたりの気持ちでどうなるものではない事くらいわかっているはずだろう?」
彼の眉尻が下がり困ったような顔に変わる。
「ええ、わかってますわ。だったらそんな喧嘩を売らなければいいじゃありませんか。私だってあなたを困らせる気もみんなのおいしい噂になる気もありませんもの」
「ああ、そうだな。俺も言い過ぎた。つい、殿下と楽しそうに話してぃ‥ら‥」
最期の言葉は聞き取れないくらい小さい。
「私だって殿下とは距離を取っているつもりです。でも、殿下から話しかけられれば無視する事は出来ませんわ。ヴィント様。お願いがあります。私はあなたの事をほとんど知りません。ですからわたしたちはこれからお互いの事をたくさん知るべきではないですか?あなたが忙しいのはわかりますがどうかお互いを知り合う時間を作ってもらえませんか?」
あれ?やだ。私ったら。
こんな人だけど婚約者となったからにはいずれは向かい合うしかないって思ってたわ。
まあ、ずっとそうしなきゃって思ってたんだけど、言う機会がなかったって言うか言いにくかったって言うか‥
「なっ!アマリエッタ嬢‥」
ヴィントは耳まで赤くなって「ああ、そうだな。君ときちんと向き合うようにしなきゃな。俺が悪かった」
少し照れ臭そうに髪をㇰシャリと掻き上げ瞳を細めたせいで目尻に皺が寄った。
ヴィントって笑うとこんな優しい感じになるんだ。
私は一瞬見惚れていた。
「アマリエッタ嬢?」
いつまでも返事を返さない私に少し怯えたように彼が声をかけた。
「ええ、よろしくお願いします」
私は頭を下げた。
「あっ!おい、もうこんな時間か?急がないと授業が始まる。急げアマリエッタ」
ヴィントが突然手を差し出した。
「さあ」
「はい!」
いきなり差し出された手に自分の手を添えるとヴィントが大きな手でしっかりと手を繋いだ。
まるでさっきの話を実行に移したかのような態度に、私はほんの少し彼と前向きに付き合ってい来るかもと思っていた。




