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元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第4章(5)シャーリー姫の婚約者

作者: 刻田みのり

 おやつを食べ終わってしばらくまったりしていると疲れた様子のプーウォルトとシーサイドダックがやって来た。


 なお、シャルロット姫とギロックたちはリアさんが侍女服の袖口から出したベッドの上でお昼寝中だ。


 黒猫も一緒に昼寝をしようとしたがリアさんによってベッドから排除された。なのでテーブルの上でふてくされながら丸くなっている。ざまぁ、ぷぷっ。


「駄目だな、この森にいるのは確実だというのに全くこちらの探知に引っかからん」

「ありゃ相当高度な隠蔽か認識阻害をしてやがるな。悔しいがウチの魔力じゃ探せねぇ」

「せめてイチノジョウがいてくれたら……あいつならきっとラ・プンツェルを探知できたはずだ」

「いねーもんをアテにしてんなよ」


 どうやらプーウォルトとシーサイドダックはラ・プンツェルの捜索をしていたようだ。そういや朝もそんな話をしていたな。


 俺も捜索に協力するつもりでいたのだがアミンのことがあってそれどころではなくなっていた。


 けどアミンの方はもう大丈夫だろうし、ラ・プンツェルの捜索に手を貸すとするかな。


 俺が二人に声をかけて協力を申し出るとプーウォルトは首を振った。


「いや、貴様は余計なことをしなくていい。ミジンコはミジンコらしく自主練でもしておけ」

「勇者の兄ちゃんは目覚めてすぐ仮想戦闘領域に籠もっちまったぞ。あんまり活躍できなかったのがよっぽど悔しかったんだろうな」


 シーサイドダックがシュナのことを教えてくれた。


 まあ確かに昨夜の戦闘ではいいところなかったもんなぁ。最後には胸に短剣を挿されちゃったし。


 聖剣ハースニールのご都合主義ウェポン的回復効果のお陰で死にこそしなかったけどシュナとしては不甲斐ないと感じても仕方がないだろう。


「まあまあ、お疲れのようですしこちらでゆっくりされてはいかがですか? 甘いおやつもありますよ」


 ベッドの傍で子供たち……というかシャルロット姫を見守っていたリアさんがテーブルの脇に転移して二人を誘う。


 すっげぇ笑顔が胡散臭いのだがそれは見なかったことにしよう。


「……」

「……」


 おや?


 プーウォルトとシーサイドダックがリアさんを見て固まってしまったぞ。


 リアさんは侍女服の袖口から玉子蒸しパンとバタークッキーの大皿を出してテーブルの上に並べる。


 大喜びでそれらに手を伸ばそうとしたイアナ嬢とアミンをテーブルの下から現れた黒い手が止めた。


 具体的には二人の身体にそれぞれ長い腕が巻き付いて椅子に縛りつけています。怖いですね。


 俺もつい玉子蒸しパンに手を出しかけていたからなぁ。途中で思い止まっていて正解だったよ。


 プーウォルトが声を震えさせる。


「おおおおおおおお前は……」


 シーサイドダックが身構える。


「なななななな何でここにおめーが……」


 リアさんが笑顔を崩さず応対する。


「お二人ともお久しぶりですね。しばらく見ないうちに随分と老けられたようですが私にはちゃーんとお二人がどなたかわかりますよ」

「……くっ」

「な、嘗めんなよ」


 友好的な態度のリアさんと妙に敵対心ありありな二人との対比が酷い。


 てか、こいつら知り合い?


 あらあら、とリアさんが首を傾げながらアミンに訊いた。


「ひょっとして私が引きこもるのを止めてシャーリーの生まれ変わりに侍女として仕えているのをこの二人は知らないんですか?」

「そりゃ知らないでしょ……じゃなくて知らないですよ」

「あ、もっとフランクにいきません? 魔法契約のこともありますし、これからながーいお付き合いになるんですから、うふふっ」

「あんた絶対性悪でしょ」

「ふふっ、それはお互い様では?」


 ぐぬぬぬ、とアミンが唸りながらリアさんを睨むが涼しい顔でスルーされてしまう。


 イアナ嬢がどうにかして黒い腕から逃れようともがきつつプーウォルトに質問する。


「リアさんと知り合いなの?」

「……」


 何となく答えはイエスのようではあるが認めたくないのか返事がない。


 しかし、シーサイドダックが代わりに答えてくれた。


「知り合いも何もこいつはシャーリーの友だち面した精霊王じゃねぇか。おまけに侍女の格好して四六時中シャーリーの傍にいるし……こいつのせいでウチらがどんだけ酷い目に遭ったことか」

「あらあら、それは違うんじゃありませんか? あなた方の無作法のせいでシャーリーがどれだけ私と過ごすための貴重な時間を奪われたことか。被害者はこちら側ですよ」

「おめーふざけんなっ! 婚約者が会いに来る度に邪魔しやがって」

「婚約者? ふふっ、そんなの私が認めるとでも?」

「王様が認めてんだよっ! それにシャーリーだって嫌がっていなかったじゃねぇか!」

「そう言われましてもねぇ。まあシャーリーは優しい子でしたから相手を傷つけないように好きなふりをしていたのかもしれませんね。ええ、きっとそうです」

「おめーマジでいい加減にしろよっ!」


 言い合うシーサイドダックとリアさん。


 てか、リアさんは落ち着いているのにシーサイドダックが一方的にヒートアップしているんですけど。


 あと、プーウォルトがずっと渋い顔をして一言も喋らなくなってるし(黄色い熊の仮面をしていてもそのくらいわかるレベルで不機嫌そう)。


 この状況に俺が軽く引いているとイアナ嬢がまた口を開いた。


「ええっと、さっき婚約者って聞こえたんだけど。シャーリー姫の婚約者ってことでいいのよね?」

「そうだよ」

「違います」


 シーサイドダックとリアさんの声が重なった。


 返答の内容は異なるもののタイミングがバッチリである。じつはこいつら仲が良いのでは?


 シーサイドダックが唾を飛ばす。


「おめー本当にふざけんなよっ。王様が認めて本人同士も認めておまけに周囲の全員が認めていた婚約なんだぞっ! 認めてねーのはおめーだけだろうがっ」

「そちらがそう思いたいだけなのでは? あらあら怖いですねぇ、そんな自分に都合の良い思い込みを他人に押し付けようだなんて」


 二人の意見は平行線である。


 まあ、俺としてはリアさんが頑として婚約を認めていないだけにしか見えないのだが。


 リアさんだからなぁ。


 それはともかく。


 俺は事情を知っていそうなアミンに小声で訊いた。


「その婚約者っていうのはどっちだ? いやまあ訊くまでもないかもだが一応念のためにな」

「それアミンに訊くんだ」


 アミンがはあっと嘆息した。


 だが嘆息されようがここで訊けそうな相手はアミンしかいないのだ。


 まさかプーウォルトには訊けまい。


 いや訊いてもいいのかもしれないが俺は嫌だ。


 見ろよあの渋面(*黄色い熊の仮面で隠れていますがそれでもわかるレベルです)。


 めっさ機嫌悪いぞあれは。


 そこに変な質問なんてしたら絶対にぶん殴られるぞ。でなければイースタンラリアットだ。


 わざわざそんなもん食らいたくない。


 ……とか俺が思っていると。


「プーニキ教官がシャーリー姫の婚約者だったってことなのね。ふうん、となると今幾つ?」


 イアナ嬢が空気も読まずにそんなことを言う。


 つーかこいつ黒い腕に首下まで完全にぐるぐる巻きにされてるし。


 アミンなんて椅子に固定される程度にしか撒かれてないぞ。


 どうしてお前の方はそんなにギチギチに撒かれているんだよ。


「あ、これ何かあたしが円盤で縛めを斬ろうとしたらかえって意地になっちゃったみたいなのよね。いやぁ、失敗失敗」


 てへ、とイアナ嬢がおどけて見せる。


 そんな彼女を無視して俺はアミンに確認した。


「プーウォルトが婚約者なのか?」

「……」


 肯定するようにアミンがうなずいた。


「……ワォ」


 そんな気がしていたのだがそれでもちょいびっくり。


 いやいやいやいや。


 あのクマゴリラがアルガーダ王国開祖の姫の婚約者って、それは酷いだろ。


 あれか、お相手不足か。


 どんだけ人が足りてないんだよ。


 あれならそこらのオーガでも代わりが……いや代わりは無理か。きっとオーガより遥かに強いだろうし。


「……おい」


 俺が同様しているとクマゴリラ……じゃなくてプーウォルトがめっちゃ低い声で訊いてきた。


「本官がシャリの婚約者だと何か問題でもあるのか?」

「……」


 ある、とはとても言えませんでした。



 **



 300年前の内乱で命を落としたシャーリー姫の婚約者がクマゴリラことプーウォルトだとわかった。


 つーか、昔の話とはいえそれでいいのかアルガーダ王国。


 シーサイドダックの話によればシャーリー姫とプーウォルトの婚約は国王や当人たちだけでなく他の人たちも認めていたらしい。リアさんだけは認めてなかったみたいだけどまあそれはリアさんだからなぁ。


 で。


 とりあえず皆でテーブルを囲んで仕切り直し。


 なお、引き続き子供たちはベッドでお休み中です。


 黒猫もテーブルの上から椅子に移って寝てもらっている。邪魔とかされたくないしね。


 でもこいつただ目を瞑っているだけのようだ。猫の癖に狸寝入りとはやるな。


 プーウォルトが玉子蒸しパンを取って一口サイズに千切った。


 それをゆっくりと咀嚼し飲み込むと改まった口調で名乗る。


「本官の名はプーウォルト・ラヤス・ランド。アルガーダ王国の公爵家の嫡男だった者だ。もっとも、ランドの家はこの300年の間に没落してしまったようだがな」

「爵位も失って、末裔の女の子がどこぞの酒場だか食堂だかでウェイトレスをしているらしいぜ」


 シーサイドダックが付け足す。


 彼はバタークッキーを二枚重ねで摘まんで口に放った。


 ボリボリと噛み砕く。


「んで、ウチはプーウォルトの従者としてランドの家に仕えていた訳。何だかんだで付き合いが長くなって未だに一緒にいるんだよ」

「その割にふらっといなくなって何週間も帰って来なかったりするがな」

「んだよ、別に数週間単位ならいいだろ。それにちゃんと土産だって持って帰るんだしよぉ」

「こないだのクラーケンの塩辛は良かったな。あれで量がもっとあれば……」

「大樽で買ってきてやったってのに二日持たなかったもんな。おめーもう少し自重しろ」

「貴様こそ酒のつまみにしてばくばく食っていたではないか。本官一人で食べてしまったみたいに言うな」

「ええっと、それよりどうして二人は300年も生きているんだ? あれか、ファミマに祝福の類でも授かったのか?」


 どうでもいい話にシフトしてきたので俺は気になっていたことを尋ねた。


 プーウォルトがシャーリー姫と婚約していたというのなら彼は人間なのかもしれない。


 いや、公爵家の嫡男だったのだし人間か。


 あんまり人間って感じはしないんだけど。クマゴリラだし。


「貴様、本官に対して失礼なことを思っているな」


 黄色い熊の仮面の目が鋭く俺を睨んだ。うわっ、怖。


 ふんっ、と鼻息を一つしてプーウォルトが言った。


「この身体は半ば精霊化している。本官の被っている仮面の力の効果だ」

「ウチはあれだ、元々長命種な上に魔法で寿命を延ばしているのさ。まあ魔法をかけたのはウチじゃなくてイチノジョウだけどな」

「イチノジョウ?」

「本人は第二級管理者だといっていたぞ」


 俺の疑問に答えるとプーウォルトがギロリと睨んだ。


「それよりさっきから『サー』を忘れて居るぞ。一帯何度言わせたら理解できるんだ? だから貴様はミジンコなのだ」

「もういいからそういうの止めようぜ」


 シーサイドダック。


 彼は面倒そうにテーブルに肘をついてプーウォルトから俺、俺から中空へと視線を向けた。


「ウチらのノリについてこれねぇ奴はとことんついてこれねぇんだからよ。もう好きにさせる方が物事スムーズに行くってもんだ。つーことでもう『サー』はなしだなし」

「むむむ……」


 プーウォルトの眉間に皺が寄る。


 黄色い熊の仮面を被っているのにそれがわかる不思議。あれか、ご都合主義的な何かか?


 しばし唸り、彼は不承不承といったふうにうなずいた。


「これも時代の流れか。これでは今後の兵士育成のプランも考え直さねばならんな」

「……」


 あれ、何か俺やっちゃった?


 ただ単に「サー」を付け忘れていただけなんだけど。


 それに一回か二回くらいは「サー」を付けていたよ?


 でも、ま、いっか。


 いちいち話の頭に「サー」を付けるのって地味にめんどいし。


 うん、これ幸いってことで普通に話そうっと。


「第二級管理者ってことは(モグモグ)マリコー・ギロックと同格?」


 仕切り直しの際に黒い手から解放されたイアナ嬢が玉子蒸しパンを頬張りながら訊いてきた。


 リアさんに頼んで自分用のおやつを追加で用意してもらっています。しかも特大の大皿で。図々しいですね。


「同格よ」


 アミンが答えた。


 こちらも黒い手から自由になり、イアナ嬢同様自分用の特大皿からおやつを食べている。リアさん甘いなぁ。


「うふふっ、アミンさんは食べた分だけ……いえその倍以上は後で働いてもらいますからね♪」


 リアさんの微笑みが黒い。


 びくりとしたアミンがちょい声を上擦らせつつ言った。


「ででででもイチノジョウってあの内乱の終盤で行方不明になったんじゃなかったっけ? こっちにもそういう情報来てたわよ」

「行方不明……そうだな、むしろそちらの方がまだ希望があって良いな」


 プーウォルト。


「あいつ髪の毛一本残さず消滅しちまったからなぁ」


 遠い目をするシーサイドダック。


「……え、何それ」


 お、イアナ嬢が食べる手を止めたぞ。


 それだけ衝撃だったのか。


「うふふふふふふふふ……」


 リアさんは微笑んでいる。


 だが、俺にはわかるぞ。


 その微笑は絶対に何か知っている類のアレだろ。


 俺は尋ねた。


「そのイチノジョウっていうのはあんたらとどう関係しているんだ? あとその不穏な最後はどういうことだ?」

「イチノジョウはなぁ、内乱が始まってすぐくらいにいきなりウチらの前に現れたんだよ」

「黒髪黒目の成人前の子供みたいな奴だったな。やたらひらひらした薄い服を着て『着物っていいよねぇ。こっちにも流行らせたいよねぇ』とか妙な事を口にする変な奴だった」

「……」


 どうしよう。


 何故かお嬢様の同類な気がしてきた。


 本当に何故かはわからんが。


「それでよぉ、あいつまるで未来がわかるみたいに先のこと言い当てやがるんだ。そのお陰でウチらも有利に戦えたりピンチを切り抜けたりしてたんだけどよ。ただ、どうしても逆らえない運命(シナリオ)があるとかでそのことをすげぇ悔しがっていたな」

「うむ。よく『せめて強くてニューゲームできたら』とか『これ無理ゲーなんじゃね? 攻略本プリーズ!』とかつぶやいていたぞ」

「……」


 どうしよう。


 俺の中でイチノジョウに対する印象がお嬢様の同類で固定化されてしまった。


 つーか、イチノジョウって変人?


 あ、いや、別にお嬢様が変人ってことじゃなくて……。


 やばい、このままだとお嬢様まで変人になってしまいそうだ。


 俺は自分を誤魔化すようにプーウォルトに問いかけた。


「それで? どうしてそのイチノジョウって奴は不穏な最後を迎えることになったんだ?」

「ああ、それにはまずラ・プンツェルのことから話さねばならんな」


 プーウォルトが一度言葉を切り中空に目を遣った。


「そもそもラ・プンツェルは本官たちを襲ったあの女の名前ではない。あの女もまたラ・プンツェルの被害者なのだ」

「はい?」

「被害者って……がっつり加害者でしょ。あれで被害者だって言うならあの女は何なのよ」

「あ、ああ、やっぱりそうなんだ」


 俺、イアナ嬢、そしてアミン。


 おや、アミンは何か知ってる?


 俺はアミンに訊いた。


「何か知ってるのか?」

「う、うん。知っているというか……」


 アミンの歯切れが悪い。


 プーウォルトが思い出したかのように声を上げた。


「そうだったな。そういえば貴様もマンディとは会っていたか」

「ああ、マンディはシャーリーとは従姉妹同士だったもんな。そりゃ王家と親族だし城の中とかで会う機会はあるよな」


 シーサイドダック。


「お茶会に誘われたこともありますよね。王様とグーフィーはアレでしたが従姉妹同士の仲は決して悪くはなかったと思いますよ」


 リアさん。


「従姉妹同士?」

「うむ。マンディはシャリの父親つまり国王の実弟のグーフィーの娘なのだ」

「実弟っても五人兄弟の末っ子なんだけどな。んで王様は長男。グーフィーは実弟だけどその臣下」

「へぇ」


 イアナ嬢が玉子蒸しパンの最後の一個に手をつけた。


 空になった特大皿にリアさんが侍女服の袖口から追加の玉子蒸しパンをどさどさと落としていく。


 これはさすがに食い切れないと思いたいがイアナ嬢だからなぁ。油断できない。


 ……じゃなくて!


 待て待て。


 何かすげぇ嫌な予感がするぞ。


「ひょっとしてあのサークレットを付けた女がマンディなのか?」

「うむ」

「まあちょい考えればわかるよなぁ」

「さすがジェイさん、正解です♪」


 プーウォルト、シーサイドダック、そしてリアさん。


 アミンだけは複雑そうな顔をして苦笑いしていた。


 そして追加情報を放り込もうとするシーサイドダック。


「で、マンディの装着していたサークレットがラ・プンツェル……」

「正確には強欲のラ・プンツェルです」


 リアさんが勝ち誇るように告げた。


 すんげぇ嫌そうな目でシーサイドダックがリアさんを睨む。


 完全スルーのリアさん。強い。


 俺はイアナ嬢の特大皿に盛られた玉子蒸しパンが猛烈な勢いで消費されていくのを横目に質問した。


「つまり、あれはマンディというシャーリー姫の従姉妹で額に付けているサークレットに操られている、と?」

「いや、そうではない」

「まあギリギリハズレってところか?」

「うーん惜しい」


 プーウォルト、シーサイドダック、そしてリアさん。


 はあっとため息をついてからアミンが正解を述べた。


「操られているんじゃなくて乗っ取られているんだって。あれはそういう魔道具みたい」

「……」


 何それ怖い。


 俺がやばさをビシビシ感じているとイアナ嬢がゲップした。おいおいはしたないぞ次代の聖女。


 て。


 ワォ、こいつ完食しやがった。信じらんねぇ。


「失礼」


 咳払いするとイアナ嬢は頬を朱に染めつつ短く詫びた。


 アミンに。


「ねぇ、どうして乗っ取られているって言えるの? もしかしたら違うかもしれないじゃない」

「当時同じ部隊にいた魔導師さんがそう言っていたのよ。アミンは信じてなかったけど」


 むっとしたアミンが答えた。


 シーサイドダックがコクコクと首肯する。


「イチノジョウも同じこと言っていたぜ。記憶や魔力それに魂も吸われてもうどうしようもなくなってるんだとさ」

「ラ・プンツェルはマンディの願いを叶える代償を受け取ったにすぎないと抜かしていたがな」


 憤然とした様子のプーウォルト。


 彼は中空を睨みながら言った。


「たとえそれが事実だろうと本官はラ・プンツェルに好き勝手させるつもりはない。マンディの身体も返してもらう。抜け殻だったとしても関係ない」

「まあ現実的にはウチらにやりようがないからイチノジョウが無茶する羽目になったんだけどよぉ」


 シーサイドダックが目を伏せた。


「何をしたんだ?」


 俺。


「あれだけの強敵を相手に無茶するなんてどんなことをするというの。しかも自分が消滅するようなことなんでしょ?」


 イアナ嬢。


 答えたのはプーウォルトだった。


「イチノジョウは管理者の権限を使ってラ・プンツェルだけを破壊しようとしたのだ。だが、運命(シナリオ)がそれを許さなかった。そのため奴はアルガーダ王国、いやこの大陸を守るためにラ・プンツェルを封印することにした」



 **



 俺がラ・プンツェルだと思っていた女はマンディというシャーリー姫の従姉妹で彼女の装着していたあの悪魔の顔を模したサークレットこそラ・プンツェル……より正確には「強欲のラ・プンツェル」なのだとわかった。


 プーウォルトの話によるとその「強欲のラ・プンツェル」(以下、基本的に「ラ・プンツェル」と呼称)からアルガーダ王国、いやそれだけでなくこの大陸を守るために第二級管理者のイチノジョウがその身を犠牲にして封印したのだそうだ。


 第二級管理者と言えば先日戦ったマリコー・ギロックが思い出される。


 あの強さは異常だった。


 俺が魔神化の腕輪の力で一時的に第一級管理者にならなければ負けていただろう。そのくらい第二級管理者という存在は別格なのだ(ラストアタックを決めたのはクソ王子だけどな)。


 そんな第二級管理者のイチノジョウでも強欲のラ・プンツェルを封じるくらいしかできなかった。


 まあ運命(シナリオ)がラ・プンツェルの破壊を許さなかったそうだからそれも仕方の無いことなのかもしれない。


 で。


 ここで疑問が一つ。


 そうまでして封印を施したのならそう簡単に封印を解かれたりはしないのではないか?


 その疑問をぶつけるとプーウォルトが答えた。


「ああ、確かに誰か馬鹿な奴が後でラ・プンツェルを解放しようとすることをイチノジョウは危惧していた。だから奴は人間には封印解除できぬよう赤竜(レッドドラゴン)の血を触媒にして封印を強固なものとした」


「ドラゴン素材は魔術的効果を強めてくれるからなぁ」


 シーサイドダックがうんうんとうなずく。


 俺もそれには同意だ。


 だが、これ今回はまずかったんじゃね?


「なあ、ラ・プンツェルを解放したのはあの一緒に居たドモンドとかいう竜人なんだろ?」

「そうらしいな」

「封印を解いてやったのに下僕にされちまうなんて哀れだよなぁ。終いには砂になっちまうし」


 俺が確認するとプーウォルトとシーサイドダックが肯定した。


 アミンは微妙な顔をしている。


 まあ彼女はドモンドに対して思うところがあるのだろう。やむなし。


「ドラゴンと竜人は違うかもしれないがそれでも人間よりはずっとドラゴンに近い存在だろ? そう考えると(ドラゴン)の血を触媒にした封印を解くくらいできるんじゃないか?」

「……」

「……」


 プーウォルトとシーサイドダックが沈黙した。


 ああ、とリアさんがポンと手を叩く。


「ドラゴンは竜人と魔法的に近しい存在ですからね。ましてレッドドラゴンと赤竜族ならより強く魔力反応を起こすはず。ええ、やはりもっと速くあの裏切り者を見つけ出しておくべきでした」

「あわわわ……」


 発言の後半でドス黒いオーラを放ち始めたリアさんにアミンがビビりまくっている。


 それを見て鼻で笑うとイアナ嬢が質問した。


「それで? もう一回封印するの?」

「それよりぶちのめした方が早くないか?」


 俺がそう言うとイアナ嬢はニヤリと笑った。あ、これ悪い笑みだ。


「それいいわね。あたしもやられっ放しはムカつくし。さっさと探して殺っちゃいましょ」」

「……」


 イアナ嬢。


 お前、昨夜の自分を忘れたのか?


 あれでよく「殺っちゃいましょ」なんて気軽に言えたな。


 俺の中ではラ・プンツェルを前にして恐怖に動けなくなったイアナ嬢のイメージが強い。


 それにたぶんラ・プンツェルは昨夜より力を取り戻しているだろう。あの手の敵は時間経過とともに強くなっていくのがお約束だからな。


 シーサイドダックがジト目でイアナ嬢を睨む。


「おいミジンコ聖女の姉ちゃん、おめー自分の実力わかってんのか? あんなへなちょこな戦い方しかできねぇなら大人しく亡者のエリアで自主練でもしてな。でないと死ぬぞ」

「うむ」


 プーウォルトがシーサイドダックの言葉にうなずいた。


「貴様はまだまだオールレンジ攻撃がなってない。せめてドラゴンとまでは言わんがスライムくらいは斬れるようにしておけ」

「えーっ、あたしスライムくらい斬れるわよ」

「ふんっ、口では何とでも言える。だから貴様はまだまだミジンコなのだ」

「ぶぅ」


 イアナ嬢が口を尖らせるがプーウォルトたちは意見を変えないようだ。


 ふう、とリアさんがため息をついた。


「嫌ですねぇ、全く以て頭の硬い連中は。イアナさんは『ぶった斬り聖女』の称号を持つほどのオールレンジ攻撃の使い手なんですよ。それがわからないなんて長生きし過ぎてお目々が節穴になってしまったんですかねぇ」

「……」

「え、えーと、庇ってくれるのは嬉しいんですけどその称号で呼ばれるのは嫌かなぁ」

「ぷぷっ、変な称号」


 俺、イアナ嬢、そしてアミン。


 イアナ嬢、やっぱりあの称号は駄目か。


 けどイアナ嬢らしい称号なんだよなぁ。実際ぶった斬ってる訳だし。


 あとアミンはちょっと黙っていような。


 ひゅん。


 プスッ。


 突然どこからか矢が飛んできてリアさんの額に刺さった。


「は?」

「え」

「きゃあ!」

「ぬ、敵襲か」

「まあ、そろそろかもなぁって思ってたんだ」

「ニャ(ん、やっと俺の出番か)」


 俺、イアナ嬢、アミン、プーウォルト、シーサイドダック、そして黒猫。


 それぞれが反応しているうちにまた数本の矢が降ってきた。これはどうも射手が複数いるようだ。


 シーサイドダックが早口に呪文を詠唱し俺たちのまわりに金色の粒子が煌めく。それが透明なドーム状の膜となって防御結界を形成した。


 プーウォルトがぶつぶつと何かを唱えながら防御結界を擦り抜けて外側に出る。


 彼は真っ直ぐに子供たちの方に走った。


「あらあら」


 リアさんが額の矢を抜き、そのままポイと捨てる。


「ちゃんと伝えていなくても姫様がシャーリーだと気づいているんですね。それともあの性癖は治ってなかったんでしょうか」

「おめーいい加減にしろよ」


 シーサイドダック。


「あんだけあのお姫様にべったりしているおめーを見ればあのお姫様が何者かなんて丸わかりじゃねーか。それともあれか? おめーはシャーリー姫の生まれ変わりでも何でもないただのガキにべったりできるのか?」

「うふふ、愚問ですね」


 リアさんがとてもいい顔で微笑む。


「私がシャーリーではない魂の持ち主なんて相手にする訳ないじゃないですか」

「それでこそおめーだがすげームカつくからその顔は止めろ」


 シーサイドダックの目がさらに吊り上がった。


 降り続ける矢が全て防御結界に防がれる。


 それでも矢野攻撃は止まなかった。結界の膜に当たる音が地味にうるさい。


 あと、何故かプーウォルトと子供たちの方には矢が飛ばないのだが……これはどういうことだ?


「いや、あれは狙われているのは狙われているんだけどよぉ」


 俺が不思議そうにベッドの方を見ていたからかシーサイドダックが説明しだした。


「プーウォルトの闘気っつーか気迫っつーかそういうのが奴自身の魔力に混じって攻撃を阻んでいるんだと思うぜ。あいつシャーリーが絡むと真性の化け物になるからよぉ」

「本物のロリコンですからね」


 リアさんが上品に片手で口を隠しながら笑む。おかしい、上品に笑っているはずなのに俺にはめっちゃ小馬鹿にしているように見えるぞ。


「おめー本当に後で憶えていろよ」

「あら、今すぐでなくても良いのですか」

「んな暇ねーだろうが」


 矢の雨の中に明らかに魔力の籠もっているものが混じっていた。


 どうも通常攻撃では通らないと思ったらしい。ただ全部の矢に魔法を付与する余裕もないようだ。


 俺は探知で周囲の敵を探った。


 一、二、三……六人の人間を感知。そのうち一人が魔力反応から術者だと判断した。まあ違っててもいいや。


 さて。


 俺はシーサイドダックに告げた。


「一瞬でいいから結界を解除してくれ。その一瞬で片をつける」

「ちょっとジェイ」


 イアナ嬢が俺に向いた。


「早撃ちならあたしのクイックアンドデッドの方が速いわよ」

「的が見えてないのにやれるのか?」

「……」


 敵は未だ森から出て来ない。


 身を隠しての射撃という攻撃を活かして俺たちに反撃を許さず戦おうとしているのだ。


 でもなぁ。


 俺、探知が仕えるから敵の位置がわかるんだよなぁ。


「どっちでもいいけどよぉ」


 シーサイドダックが俺とイアナ嬢を見た。


「あいつら殺すなよ」

「は?」

「何で?」


 ほぼ同時に俺とイアナ嬢が返す。


 シーサイドダックは目を瞑りながらふうとため息をついた。やけに長いため息だ。


「いやあれ森で狩猟をしに来る狩人なんだ。ウチもプーウォルトも知らない仲じゃねぇ」


 どうやらシーサイドダックも探知で相手のことを探ったようだ。


 で、その反応から知り合いだと判明した、と。


「ええっと、その割に滅茶苦茶攻撃されてるんだけど」


 イアナ嬢がつっこむ。


 俺も大きく首肯して同意を示した。


 シーサイドダックが「そうなんだけどよぉ」と頬をポリポリとかく。


 そうしている間も矢が撃ち込まれていく。魔力込みの分もあるのだが今のところ結界を穿つには至らない。


 俺は反撃したいのだがシーサイドダックに「殺すなよ」と言われてしまっている。


 うーん、手加減しないと駄目か。


 けど、殺さない程度に無力化となるとちょい面倒くさいなぁ。


 ま、やれと言うならやれなくはないけど。


 横目でイアナ嬢を見ると彼女は「むむむ」と難しい顔をしていた。


 ああ、円盤でぶった斬るのがイアナ嬢のやり方だもんな。それに斬撃主体の攻撃だと手加減もし難そうだし。


 器用な奴ならともかくイアナ嬢だもんなぁ。うっかりずんばらりんとかやりそう。


 とか思っていたら睨まれた。怖い。


 フン、と鼻息を一つするとイアナ嬢が言った。


「じ、じゃあ一度首から上以外を斬ってから後であたしの回復魔法で治すとか?」

「そのぶった斬る前提の発言は止めろ。おめー本当に聖女か? 物騒過ぎるにも程があるぞ」

「あたしまだ聖女じゃないし。あくまでも次代の聖女だし」

「わぁ、こいつ面倒くせぇ。こんなんが聖女かよ。世も末だな」

「ブッブーッ! まだ聖女じゃありませぇん」

「……」


 イアナ嬢。


 お前、ちょっと黙っててくれないか?


 話が先に進まん。


「ジェイさん」


 俺が困っているとリアさんが話しかけてきた。


「ジェイさんさえ良ければ私が結界の外で攻撃できるようにしてあげましょうか?」

「えっ、できるんですか?」

「もちろん。私を誰だと思ってるんですか」


 リアさんが誇るように胸を張った。


 とても立派なお胸である。


「……ジェイ」


 アミンからの冷たい視線がグサグサ刺さるが気にしない気にしない。


「え、えーと」


 俺はすいっとお胸から目を逸らしつつ頼んだ。


「じ、じゃあお願いします」

「はい、喜んで♪」


 次の瞬間、俺は防御結界の外側にいた。


「……」

「ご武運を♪」


 リアさんがむっちゃいい笑顔で親指を立てた。


 森からは矢が雨の如く降ってきている。


 幸いにも俺を狙っている訳ではなく結界の方を狙っているので今のうちは辛うじて無事だが間違いなくそのうち俺を……って、うぉいっ!


 速くも俺を狙って撃ってきやがった!


「大丈夫、ジェイさんならやれるやれる♪」

「……」


 おいっ。


 俺はリアさんに軽い殺意を抱いた。



 **



 とりあえず飛んできた矢を避けて自分用に防御結界を展開。


 いや、これだと何のためにシーサイドダックの張った結界から出たのか意味不明になってしまうのだがちょい自分でも焦ってしまったのでやむなし。


 ふう、と息をつき、再度探知で敵の位置を確認。


 少し移動したらしく前に探った時より変わっていたが決して俺の攻撃範囲から外れた訳でもないので良しとする。


 俺はマジンガの腕輪に魔力を流した。


 チャージ。


 マルチロック機能で感知した敵を全てロックオンし一呼吸の間もなくマジックパンチを発射した。


「ウダアッ!」


 俺の両拳が轟音とともに撃ち出され続いて魔力で形成された拳弾が連射される。


 それぞれの標的へと飛んでいった拳と拳弾が寸分違わず敵を捉えた。手首から離れているのに伝わってくる完食がいつもながらちょい不思議だ。


 そして、矢の雨が止んだ。


 俺が一番近くの敵から拘束しようと森の奥に向かいかけると足下で声がした。


「ニャ(おい小僧、俺の分くらい残しておけよ)」


 黒猫である。


 どうやらリアさんが防御結界の外に出したようだ。


 俺は小さくため息をついた。やれやれだぜ。


「いちいちお前の分まで残しておけるか。そんな余裕があったらマジックパンチじゃなく直接ぶん殴ってる」

「ニャン(俺ならもっと上手くやれたがな)」

「……」


 偉そうに言ってくる黒猫を殴りたい衝動にかられるが急いでいるので我慢。


 俺は黒猫を無視して森の奥に進んだ。


 つまらなそうに黒猫が鼻を鳴らすがそれも無視。


 走る速さを上げた。


 おかしい、と胸の内で呟く。


 向かっている先の敵の反応に変化があった。それも良くない変化だ。


 魔力が膨れ上がっている?


 黒猫も気づいたらしい。


「ニャー(おいおい、こりゃ普通じゃねぇぞ)」

「それはわかっている」


 倒したはずの敵を俺たちが見つけた時、そいつは半身を起こしていた。


 軽装に弓といった格好はなるほど狩人のそれだ。矢筒にはまだ充分な量の矢があり、俺が何もしなければまだまだ矢の雨が続いていたであろうことを容易に想像させた。


 腰の革ベルトにはやや大振りのナイフ。


 狩人は弓を捨てて腰のナイフを抜いた。


 血走った目が俺を睨んでいる。


「ニャ(ありゃ小僧の攻撃を食らって怒ったとかじゃねぇぞ)」

「そうだな」


 あれは最初からまともな状態ではない顔だ。


 つまり……。


「ラ・プンツェル様に仇為す者に死を」

「……」


 狩人が発した言葉に思わず唖然としてしまった。


 わぁ、ベタだ。


 あまりにも予想通りだったので一瞬動きが遅れた。


 狩人がまだ完全に起き上がっていない姿勢のまま跳び上がる。


 うわぁ、あり得ねぇ。


 こいつ人間かよ。


 跳躍した狩人は空中でナイフを握り直し俺へと降ってきた。


 やばい!


「ニャーッ!(往生せいやぁっ!)」


 黒猫の猫パンチが狩人の右頬にヒットした。クリティカル!


 大きく殴り飛ばされた狩人が背中から大木にぶつかりずるずると滑り落ちる。反撃しようとしないところから完全に沈黙したらしい。つーか頼むからそのままでいてくれ。


「ニャ(ふっ、つまらぬものを殴ってしまった)」

「……あ、ありがとな」


 俺が助けてもらった礼を口にすると、黒猫がジャンプして俺の頭をコツンと叩いた。


 着地すると短く唸る。


「ニャ(戦場で気を抜くな、この馬鹿)」

「……」


 あれ?


 黒猫が親父に見えてしまったぞ。


 いやまあたまーに黒猫と親父の姿がダブる時はあるんだけどさ……今回は特にはっきりと親父に見えたと言うか……。


「ニャー(こいつには指輪はないようだな)」


 俺が戸惑っている間に黒猫は狩人の指を調べたようだ。


 俺も狩人の指を確認するとそこに指輪はなかった。どうやら魅了で操られていただけらしい。


「……」


 いや待て。


 それだと魔力が膨れ上がったことの説明がつかない。


 俺は三度探知してみた。


「……」


 他の五人の魔力がさっきより強くなっている。


 てか、こいつらまた動いてないか?


「ラ・プンツェル様の敵は死ね」

「ラ・プンツェル様万歳」

「こいつらの命と魔力を捧げます」

「おおお、俺が一番ラ・プンツェル様に貢献するんだぁっ!」

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」


 残りの全員がこっちに向かいながら大声で喚いている。


 つーかさ。


 何人か変なこと口走ってるやばい奴が混じってないか?


 俺はサウザンドナックルを発動させ、収納から複数の銀玉を射出した。


 問答無用で接近してくる敵に叩き込む。


「ウダダダダダダダダダダ」



 *



 殺さない程度に無力化した狩人たちをロープで縛り一カ所に集めた。


 場所は最初の狩人を倒した大木の前です。キャンプ地の広場も考えたけどやっぱり子供たちもいるし離れた位置にした方がいいよねってことで。


 さて。


 一度気絶させたはずの狩人たちが現在絶賛発光中。


 皆揃って目を醒ましています。血走った目をぎらぎらさせてとーってもデンジャラスなご様子。


 これ五歳児が見たら泣くね。それもわんわん泣く。


 魔法を使える人もいるようだし念のために猿轡を噛ませている。


 それなのに何故か彼らの頭上に浮かんでいる魔方陣。あれ?


 狩人の一人がうーう唸りながら笑っていた。ちなみにこいつこの中で一番魔力が高かったりする。矢に魔力を乗せて射ってきたのもこいつだ。しかも仲間の矢にも魔法を付与している。


 狩人たちの頭上の魔方陣が強烈に発光した。


 でろーん。


 そんな擬音が聞こえそうな動きで薄緑色の何かが魔方陣から現れる。


 まるで自重に負けたかのように魔方陣の上から下へと不定形の身体を垂らし、その一部が狩人の一人の頭に触れた。


 ジュウ、と何かが焼けるような音が狩人の悲鳴と重なるように響く。


 人間を焼く不快な臭いがあたりに漂った。被害を受けた狩人が苦悶に身を捩らせながらくぐもった叫びを上げ、やがて不定形のうす緑色に飲み込まれる。


 ぎょっとした他の狩人たちが逃げることもできず最初の犠牲者のように身を焼く臭いと悲鳴とともに喰われた。


 うす緑色の不定形はスライムだった。


 たぶん、この巨大なスライムを召喚したのは魔力が一番強かった狩人なのだろう。そんな気がする。


 しかし、自分を召喚した術者をこのスライムは食べてしまった。


「……」


 てか、自分たちの頭上にスライムなんか召喚するなよ。阿呆か。


 狩人を全員取り込んでしまったスライムはぷよぷよと不定形の身体を震わせる。それが「あーこんなんじゃまだ足りないよ」と言っているように見えたのは内緒だ。きっと違うはず。違うよね?


「ニャ(こいつ俺たちも食うつもりだぞ)」

「……」


 黒猫。


 そういうことを言うのは止めてくれ。


 スライムがぷよぷよしながら俺たちに身体を伸ばしてくる。


 俺と黒猫はそれぞれ左右に飛び跳ねて回避した。俺が右、黒猫が左だ。


 スライムはその体内にある核を壊せば簡単に倒せる。


 問題はその核の位置がどこにあるかだ。こいつらは決まった位置に核がある訳ではない。個体差があるのだ。


 スライムによっては半透明のボディに核がはっきりと見える場合もあるが今回は透明度があまりなかった。うす緑色に染まった身体のどこに核があるのか見ただけでは特定できそうにない。


 ま、探知で探ればわかるんだけどね。


 俺は探知を使った。


「……」

「ニャン(おい小僧、こいつ核がどこだかわからんぞ)」


 見た目の判定なのか俺のように探知を使ったのかはともかく、俺の探知結果も黒猫と同じだった。


 このスライム、核はどこだ?


 俺がそう思っていると天の声が聞こえてきた。



『お知らせします』


『先程、女神プログラムの臨時メンテナンス作業が終了しました』

『これにより一部生じていた戦闘時のアナウンス関連等の誤作動が解消されています』

『冒険者の皆様にはご不便をおかけして大変申し訳ありませんでした』

『今後ともリビリシア世界での冒険をお楽しみください』



「……」


 何これ?


 臨時メンテナンス作業って……え?


 そんなのあったっけ?


 つーか、そういやランドの森に来てから戦闘時のアナウンスとかなかったな。まあこれまでにもアナウンスのない戦いはあったけど。


 で。


 天の声がまた聞こえてきた。

 

 

 


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