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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 一章

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第99話

 てっしーに案内されて三人がやってきたのは、当然のように最上階のフロアだった。そこにあるのはたった一部屋のみ。リゾート地としても人気が高い九奈白市を見渡せる抜群の眺望、日当たり、風通し。まさしく国宝院シエラだけの為に用意された専用フロアである。


「来たわね、凪」


 エレベーターから降りた三人を待ち構えていたのは、他でもないこのフロアの主。九奈白凪と対を成すお金持ち令嬢、国宝院シエラその人であった。織羽(おりは)にとっての初対面――――莉子や火恋と揉めていた時がそうであったように、プライドが高く面倒で、ともすれば傍若無人なお嬢様といったイメージを持たれやすいシエラ。それは実際にそうなのだが、しかし昔から彼女を知っている凪によれば『馬鹿だけど根はそこまで悪くない』とのこと。


 余談だが、シエラは莉子と火恋の特待生コンビと同じクラスだったりする。当時は入学直後ということもあり、シエラはクラスメイトの顔と名前を一切把握していなかった。そうして起きたのが例の揉め事だったのだが、逆にあの一件でシエラは二人の顔を覚えることとなった。あれから暫く、初対面の印象こそ最悪だったものの、今では莉子や火恋ともそれなりに仲良くやっているらしい。庶民がどうだのと因縁をつけていたシエラだが、やはり探索者という共通点は大きかったようである。閑話休題。


「頼み事をしたのはこちらだというのに、呼びつけるような形になって悪いですわね」


「まったくだわ。出張費用はきちんと払ってもらうわよ」


「……アナタが『こっちから行くから待っていろ』と言ったのではありませんの」


「そうだったかしら?」


 意外にも、というべきだろう。

 シエラの一言目は謝意を伝えるものであった。もちろん頭を下げたりといったものではなく、ただ口頭でそう述べただけなのだが。しかし『どこの悪役令嬢だ』と言いたくなる例の登場シーンを知っている織羽(おりは)からすれば、これは正しく意外であった。ちなみに織羽(おりは)は、ダンジョン実習時に彼女を救ったことなど全く覚えていない。


 軽いジャブの応酬を終えた後、シエラは凪の背後へと目を向ける。シエラの視線の先には、暇そうに突っ立っているクロアの姿。そうして、やはりこちらも意外そうな顔をし、信じられないとでも言いたげな声色で呟いた。


「凪……アナタ、最近少し変わりましたわね」


「……? どういう意味かしら?」


「メイドはともかく、アナタがお友達を連れて歩くなんて」


 当然ながらシエラは、凪が自身の周りに人を近づけないようにしていたのを知っている。だからこそ、今のこの光景が信じられなかった。連れているのがリーナであれば、ここまで驚いたりはしなかっただろう。なお凪とクロアの仲は()()()()である。『もしもの時は頼れ』という織羽(おりは)の言もあってか、二人きりでもどうにか会話が続く程度には打ち解けている。げに恐ろしきはクロアの面の皮の厚さである。


「あら。私に社交性が無いみたいな言い方はやめてほしいわね」


 シエラの正論を受け、しかし表情ひとつ変えることなく、さも当然のように言葉を返す凪。そんな本気か冗談か分かりづらい凪の発言に、三人は異口同音にこうツッコんだ。


「無いですわよね」


「無いですね」


「無さそうだよねぇ」


 流石の凪もこれには顔を顰めた。


 


      * * *



 

 部屋に入った三人はそのままリビングへと通される。メイドや執事といった使用人の姿は見えず、リビングはそれなりに散らかっていた。といっても別段汚いというわけではない。年相応の散らかり具合とでも言おうか、金持ち令嬢の部屋らしからぬ若干の生活感が残っているのだ。そうして部屋を眺めながら待つこと数分。ソファに座る三人の下へと、シエラが手ずから入れたお茶を運んでくる。


「茶葉はいいものを使っておりますけど、味には期待しないで欲しいですわ」

 

 味に期待するなということは、やはり使用人は居ないらしい。

 箱入り娘などという言葉があるように、金持ちの娘には大抵の場合、世話を焼く者が付いているものだ。黙っていると身の回りの一切を自分でやってしまう凪も相当奇特だが、シエラもまた同類なのかもしれない。そう考えた織羽(おりは)は、素直に疑問をぶつけてみることにした。

 

「シエラお嬢様は一人暮らしをなさっておられるので?」

 

「ええ、そうですわ。凪の家とは違って、うちのお父様は厳しい方ですの。獅子は我が子を千尋(せんじん)の谷に落とす、なんて言いますわよね?」

 

「成程……感服いたしました。確かにこの『クソデカ超高級マンション最上階ワンフロア丸ごと与え』は相当な千尋の谷ですよ」


「でしょう? 普段はメイドもおりませんのよ? 食事を作るときや週に六回の清掃以外は」


「なんと……かなり千尋の谷ですよそれは」


 誰がどう聞いても滅茶苦茶イジられているのだが、シエラは気にした風もなかった。最早実家の部屋に居るのと何も変わらない環境なのだが、どうやらシエラはそのことに気づいていないらしい。なんだかんだといってもやはり金持ちのお嬢様ということだろう。


(ははーん……さてはこの人、かなり面白いな?)

 

 新しいおもちゃを見つけた織羽(おりは)が、引き続きシエラをイジろうとした時、それを遮るように凪が手を叩いた。

 

「はいはい。いいからさっさと本題に入って頂戴」


 そう、凪達は別に遊びに来たわけではないのだ。

 今日ここに来たのは別の、ちゃんとした理由がある。


「コレが今朝話していた例の物ですわ」


 そう言ってシエラが取り出したのは、指輪ケースのような黒い小箱であった。


 今朝、教室で凪とシエラが話していた内容。

 それはシエラから凪への、ある『頼み事』であった。なんでも夏季休暇中、シエラはギルドの者たちと共にダンジョンへ入り浸っていたらしい。国宝院家も総会には参加していたが、それは当主やその側近だけ。『Le Calme』の代表として参加していた凪とは違い、シエラには参加する理由がなかったのだ。


 武者修行というわけではないが、探索者としての地力をつけるためダンジョン探索に明け暮れたシエラ。その活動中、偶然にもある希少な素材を手に入れたのだそうだ。折角なので装備に加工したいと考えたシエラであったが、しかしそのあまりの希少性ゆえ、信用の問題で一般店には持ち込むことが出来なかった。そもそもの話、そこらの店では完成品の質がどうこう以前に、ただ加工することさえ難しいだろう。シエラが見つけたレア素材とやらは、それほどの代物だったらしい。


 市場に出回ることのない希少素材を加工することが出来、なおかつ信用がおける店。シエラの知る中でそれに該当するのは、ひとつしかなかった。故に彼女は、凪の下を訪ねたというわけだ。世界最高峰の品質を誇る探索者用品ブランド、『Le Calme』の代表である凪の下へと。


「言っておくけれど、まだ引き受けたワケじゃないわよ。ひとまず現物を見て、それから考えるわ」


「ええ。そもそも私だって、()()()()()だという確証を持っているわけではありませんもの」


「そ。じゃあさっさと開けなさい」


「偉そうに……まぁいいですわ。それじゃあ――――」


 シエラがゆっくりと、手のひらサイズの小箱を開く。

 神妙な顔つきでそれを眺める凪、横から興味深そうに覗き込む織羽(おりは)とクロア。少し赤みがかった金色、まるで湖面のように()()()()()()。見た者の視線を引き付けてやまない、どこか不気味で不思議な存在感。そこに鎮座していたのは、直径五センチほどの金属であった。凪が僅かに眉を顰めた。


「おや」


「へぇ」

 

 そんな凪に代わり、口を開いたのは織羽(おりは)とクロアであった。


「オリハルコンですね」


「オリハルコンじゃん」

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