表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

95/113

第95話

 眉目秀麗、沈魚落雁、解語之花。

 古今東西、美人を形容する言葉など無数に存在する。

 九奈白凪という少女の容姿は、それらのどれを用いても言い過ぎにはならないだろう。おまけに才気煥発、聡明でスタイルもいい。対人弱者という欠点を除けば、九奈白凪にはおよそ非の打ち所がない。そんな完璧で美しい少女の顔面が今、織羽(おりは)の視界の大部分を占領していた。

 

織羽(おりは)。少しいいかしら?」


「構いませんが、近いです」


 今の今まで、織羽(おりは)は自室で眠っていた筈だった。

 それが一体どうしたことか、何者かの気配を感じて目を開けてみれば、ご覧の通りである。なお、織羽(おりは)が目を覚まして最初に思った事は、『自分は今ウィッグをつけていただろうか』などという、至極どうでもよいことであった。


 長く整ったまつ毛、仄かに感じる吐息。

 織羽(おりは)を押し倒すような体勢、ベッドの上で交わる視線。微塵も顔色を変えない織羽(おりは)だが、これは明らかに異常事態であった。以前に比べ柔らかい態度をとるようになった凪ではあるが、しかし唐突にこのような行動に出るような少女ではない。仮に悪戯であったとしても、冗談であったとしてもだ。


「話を伺いますので、取り敢えず退いて下さい」


「あら、どうして? このままじゃ駄目なのかしら?」


 織羽(おりは)の頬に、凪の艷やかな黒髪が落ちる。『良い訳あるか』と叫びたかったが、しかしそれすらも危うい。

 無理やり引っ剥がそうかと考える織羽(おりは)であったが、少しでも身動(みじろ)ぎすればおかしなところに触れてしまいそうで。


 そうしてまごついている間にも、凪の顔は更に近く、もっと近く。

 こうなっては最早、織羽(おりは)に出来ることなどなかった。


「……一体どういう状況ですか、これは」


「世界最強の探索者さんは、これをどういう状況だと思う?」


「さて……夜這いとでも言うんですかね、一般的には」


「ふぅん……それじゃあつまり、こういうこともするのかしら?」


 心臓に毛が生え散らかしている織羽(おりは)であっても、これには流石に息を飲んだ。

 もうあとほんの少し、僅かに動くだけで唇が触れそうになっていた。それこそ、声を発するだけでも。


 淡く色づいた頬、熱を帯びた瞳。蛇に睨まれた蛙というのは、あるいはこんな気分なのだろうか。

 そんな風に織羽(おりは)が考えた、次の瞬間――――目の前にいた美少女が、よく知る強面ヒゲゴリラへと変わっていた。


 「残念、俺でした」


 「オエエエエエエエ!」


 


       * * *



 

 薄暗い部屋の中、織羽(おりは)がベッドから飛び起きる。

 背にはびっしょりと、気持ちの悪い汗を感じていた。

 

「悪夢ってレベルじゃないでしょ」


 ここ数年で――――否、これまでの織羽(おりは)の人生で、最も酷い寝起きだったかもしれない。

 安堵からか、それとも疲労からか。ため息を盛大にひとつ吐き出し、頭をくしゃくしゃとかき回す。それと同時に大きく()()()()。どうやらちゃんと、ウィッグは付けて寝ていたらしい。


「……おえっ」


 まだ鮮明に思い出せてしまう悪夢に、織羽(おりは)が小さく()()()

 夢を見るのは久しぶりだった。その久々の夢がアレなのだから、嫌な気持ちにもなろうというものである。何故あんな夢を見てしまったのかはまるで分からないが、とにかく気分は最悪だった。


 ベッドで上体を起こしたまま気を落ち着ける織羽(おりは)。彼がのそのそと動き出したのは、それからたっぷり十分ほども経ってからだった。無駄に可愛らしいもこもこパジャマ――先日(ひそか)が送ってきたものだ――を脱ぎ捨て、部屋に備え付けの簡易シャワーへと向かう。そのまま冷水で寝汗を流し、先程の悪夢を振り切るかのように、手早くメイド服へと着替えを済ませてしまう。


 そう、本日は九月の一日。つまりは学園が再び始まる日である。

 あんな地獄のような光景に、いつまでも囚われているわけにはいかないのだ。

 

「さて……それじゃあ気を取り直して、今日も一日頑張りますか!」




       * * *




「そういえば二学期って、何か特別な学校行事とかあるんですか?」


 五人揃っての朝食の場で、世間話程度の話題提供を織羽(おりは)が行う。今朝見た悪夢のことなど、既にすっかり忘れた様子である。

 そんな織羽(おりは)の問いに答えるのは凪だ。無論、口の中に食べ物を入れたまま話したりはしない。

 

「ダンジョン実習のように特殊なものは無いわね。強いて言えば『秋麗祭(しゅうれいさい)』があるかしら」


「秋麗祭」


「ええ。平たく言えば文化祭ね」


 文化祭。

 それは学生たちが主体となって行われる、学校行事の中でも特に大きなイベントのなかのひとつだ。一部の学園でのみ実施されているダンジョン実習とは異なり、文化祭は大抵の学校で行われている。故に学園に通っていなかった織羽(おりは)であっても、その存在は聞いたことがあった。


 白凪学園もその例に漏れず、十月の半ばに開催されるとのこと。

 初めての文化祭とあってか、心中で密かにテンションを上げる織羽(おりは)


「あ、それはちょっと楽しみですね」


「文化祭! いいねー! 青春だねー! 私も学生時代はいろいろやったなぁ」


「みっ、皆で準備するのが楽しい、ですよねっ」


 学生時代を思い出したのか、亜音(あのん)椿姫(つばき)もまた織羽(おりは)に賛同してみせた。

 唯一花緒里(かおり)だけは、遠い目をするばかりで特に何も語りはしなかった。もしかすると彼女には、何か文化祭にまつわる苦い思い出でもあるのかもしれない。


 俄に盛り上がりを見せる九奈白家のメイド三人。

 しかし続く凪の言葉は、どうにも不穏な気配を感じさせられるものであった。

 

「まぁ……アレも特殊といえば特殊なのかもしれないけれど」


「お嬢様、怖いこと言わないで下さい」


「別にそんなつもりはないけれど……ま、規模だけはそこらの学園の比にならないわ。精々楽しみにしておきなさい」


「セリフが完全に悪役のソレなんですよねぇ……」


 どうやら詳細について語るつもりはないらしく、凪は悪戯っぽく笑うのみに留めた。織羽(おりは)もまた初めての文化祭となるためか、若干の不安要素を感じつつも、しかしそれ以上深くは追求しなかった。その後は亜音(あのん)椿姫(つばき)の学生時代へと話題が移り、彼女らが経験した数々の面白エピソードで盛り上がる。語りに夢中となった亜音(あのん)椿姫(つばき)は気づいていない様子であったが、しかしその間花緒里(かおり)は頑として何も語らなかった。


花緒里(かおり)さん、話振られるのを明らかに避けてるなぁ……)


(これほど分かりやすい花緒里(かおり)を見るのは初めてね……面白そうだわ)


 織羽(おりは)と凪の二人は、いつか花緒里(かおり)から学生時代の話を聞き出してやろうと決意した。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
花緒里さんにいったいなにが……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ