表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/116

第86話

 見えない。まるで動きが見えない。

 (ナイン)の瞳が動揺に揺れていた。

 

 「ふふふっ、あはははっ! これの――――貴女のどこが普通のメイドだっていうのかしらぁ!?」


 長いネイルが虚空を掴み取る。

 しかし木々がへし折れるのみで、メイドの姿は見当たらない。今の今までそこに居た筈のエプロンドレスが、いつの間にか視界から消えている。周囲の景色が、揺れる木々が、降りしきる雨粒が。まるでコマ落ちするかのように不自然に()()のだ。その度に(ナイン)織羽(おりは)を見失い、死角からの攻撃を受ける。圧縮空気による防壁がなければ、とうの昔に終わっていただろう。


 (ナイン)をしてそう思わせる程、織羽(おりは)の動きは異常であった。

 それでも彼女が狂気の笑みを浮かべていられるのは、織羽(おりは)の絶望する姿を見られるかもしれないからだ。

 

「どこからどう見ても普通のメイドでしょうに。ちなみに趣味は裁縫です、対戦よろしくお願いします」

 

 そんな軽口を言いながら、織羽(おりは)が箒を振り抜く。背後を突いたにも関わらず、やはり攻撃は(ナイン)まで届かない。

 互いにダメージを与えられない展開とはいえ、専ら攻勢に出ているのは織羽(おりは)の方だ。どちらが優勢かと言えば、やはり織羽(おりは)に戦況が傾いていると言えるだろう。

 

 しかし実際のところ、織羽(おりは)にもそれほど余裕があるわけではなかった。

 (ナイン)の攻撃は不可視かつ、避け損なえば決定打となり得る厄介なものだ。加えて、意識外からの攻撃すら弾いてしまう空気の壁。このふたつの能力を前に、織羽(おりは)でさえも未だ決めきれずにいる。特に後者の存在が厄介だった。接近戦を主体とする者にとって、(ナイン)はこの上なく相性の悪い敵だといえるだろう。あの隆臣が為す術なく敗北したのも頷けるというものだ。


 そうして何度か攻撃を試みた結果、織羽(おりは)が出した結論は――――。


(単純に、火力が足りない)


 確かに厄介な防壁だが、攻撃が完全にシャットアウトされているわけではない。織羽(おりは)が何度か箒で殴りつけたところ、正しく『空気を殴った』かのような手応えと、直後に猛烈な反発が返ってきた。だが、僅かながらもめり込みはしたのだ。つまり件の防壁は、完全無欠の防御ではないということだ。故に織羽(おりは)は考えた。しかるべき速度と威力を持った攻撃ならば、攻撃は届く筈だ、と。


 しかし、ここで問題がひとつ。

 織羽(おりは)は純粋なパワータイプではないのだ。全てが高い水準で纏まっているものの、純粋なパワーに関して言えば、隆臣やクロアの方が上なのだ。ではクロアなら楽に勝てたのかといえば、それも違う。機動力で織羽(おりは)に劣るクロアでは、(ナイン)に肉薄すること自体が難しいだろう。先の隆臣がそうであったように。


 もしあの防壁が強風によるものだったならば、突破することは容易だっただろう。

 織羽(おりは)技能(スキル)、その本質は『時間の引き伸ばし』『限りなく停止に近い遅延』である。つまりは『死ぬほど強力なスロー効果』であり、厳密には時間を停止させているわけではない。そしてどれだけ時間を引き伸ばそうと、空気の壁は常にそこにあり続ける。(ナイン)という女は、織羽(おりは)が初めて出会った天敵のような存在であった。無論、それは(ナイン)側にも言えることなのだが。

 

(腕の一本もくれてやれば、或いは……)


 そうして織羽(おりは)が何かしらの算段をつけたところで、(ナイン)が不意に笑って見せた。

 それは底冷えのするような、酷く邪悪な笑みだった。


「そう言えば……アナタと一緒に来たもう一人の子。もしかしてアナタの御主人様だったりするのかしらぁ?」


「……」


「護るべき対象をこんなところに連れてきて、一体どういうつもりなのかしらぁ。うふふ、怖い人に襲われなければいいわねぇ?」

 

 眼の前の女が何を言いたいのかなど、先を聞かずとも容易に予想が出来た。

 しかし織羽(おりは)は表情を変えず、ただ静かに告げる。


「お嬢様は私が護ります」


「あらあら、じゃあ例えば……もしあの子が死んでしまったら、アナタは一体どんな顔を見せてくれるのかしら」

 

「貴女には不可能です。私が居る限り」


「それはどうかしらぁ? 確かにアナタは、わたくしの攻撃を避け続けているけれどぉ……」


 瞬間、(ナイン)が手にした傘を閉じる。

 織羽(おりは)のいる場所とはまるで異なる方角へ、そのまま傘を一閃。


「例えば、こういうのはどうかしらッ!」


 直後、木々が両断される。

 それは凪と隆臣が待機している方角だった。


(ッ――――確かに、そりゃそうだっ!)

 

 それは『風操作』ではおなじみの攻撃方法だった。

 異質な攻撃ばかりですっかり抜け落ちていたが、(ナイン)は『空気』を操っているのだ。風使いに出来る事が、(ナイン)に出来ない筈もない。


 瞬間、(ナイン)の視界から織羽(おりは)が消える。

 にたりと笑う(ナイン)が視線を振れば、そこには箒を盾に防御態勢をとるメイドの姿があった。


「ふッ!!」


 織羽(おりは)が短い気合の声と共に、オリハルコン製の箒を不可視の刃へと振り下ろす。

 オリハルコンは加工することすら難しい、謂わば最強の金属だ。どれほど切れ味のよい刃物であろうと、この箒を傷つけることは出来ない。しかしそれを振るう者は違う。優れた身体能力を持つ探索者といえど、所詮は人間。技能(スキル)によって生み出された攻撃に対して、流石に無傷ではいられない。叩き潰された風が落ち葉と共に宙を舞い、小さな刃となって織羽(おりは)を襲う。


「くッ……!」


 織羽(おりは)の頬に朱い線が引かれ、傷の端から()()と零れる。

 みれば特製のメイド服も切り裂かれ、ところどころ織羽(おりは)の肌が見え隠れしていた。無論、ダメージ自体は大したことがない。しかし痛みを感じないかと言えば、それほど生易しいものでもなかった。


 僅かに顔を歪ませる織羽(おりは)

 一先ずは防いだと安堵したのも束の間、既に狂気の手は懐へと潜り込んでいた。


 織羽(おりは)技能(スキル)『永遠の一瞬』は、強力過ぎるが故か、短時間での連続使用が出来ないという弱点がある。時間にすればほんの数秒だが、しかし一呼吸置かなければ再使用が出来ない。そうした特性を見抜いたわけでもないだろうが、(ナイン)はその狡猾な嗅覚で、見事に織羽(おりは)の隙を突いていた。これまでとは違って直接触りに来たのは、()()()技能(スキル)での回避を許さない為だろう。ゼロ距離で捕まえてしまえば、発動の遅さなど関係がない。


 自らの胸ぐらへと伸びる手を、織羽(おりは)がじっと見つめる。この時織羽(おりは)が考えていたのは、どう攻撃を捌くかなどといった内容ではなかった。

 織羽(おりは)の脳裏を過ったのはその先の事。もしここで大怪我をすれば、凪の元へ戻ったときにどうなるだろうか。


 ――――ごめんなさい、私のせいで。


 あの少女は、そう言う気がした。

 努めて平静を装いながら、しかし震える唇で。かつて織羽(おりは)が目にした、妹の最期と同じような顔で。

 

(……そんなこと、二度とッ!)


 織羽(おりは)が強引に身体を捻る。

 体中の骨と筋肉が軋み悲鳴を上げるも、しかし歯を食いしばって全てを黙らせる。


「ぐうッ……くっ、ふんぬっ!」

 

 そうしてそのまま、(ナイン)の伸ばした腕を思い切り膝で蹴り上げた。無理な姿勢だったが故に、威力そのものは大したことがない。ダメージは疎か、相手の態勢を崩すことすら出来ていない。だが絶対に回避出来ない筈の攻撃を回避されたことで、(ナイン)の瞳が動揺に揺れた。それはこの日、(ナイン)が初めて見せる表情であった。

 

「なッ……これを避け――――!?」


 この瞬間、(ナイン)は自身の失敗を悟った。

 普段であれば絶対に行うことのない、(ナイン)の直接的な攻撃。得体の知れない技能(スキル)を警戒するが故の、万全を期した筈の攻撃だった。それが回避された今、一転して危機が訪れる。彼女は織羽(おりは)に触れるため、一時的に防壁を解除していたのだ。


 とはいえ、いつまでも呆けているような(ナイン)ではない。

 驚愕したのはほんの数瞬、コンマ一秒ほどの事。瞬時に距離をとり、再び防壁を展開するために技能(スキル)を発動する。しかし(ナイン)技能(スキル)にもまた、強力であるが故の弱点が存在した。それは、発動までに僅かな時間が必要だというもの。

 

 敵との距離が適切に保たれていれば、なんの問題にもならない程度の隙。

 そんなごく僅かな隙を許してくれない相手が今、眼の前に居た。


「しまっ……」

 

「灰は灰に――――ッ」


 密度の異なる空気の膜へと、使い込まれた箒の柄が突き刺さる。

 集まり始めていた空気が瞬時に霧散し、(ナイン)の身体が無防備なままに曝け出されていた。


「ゴミは――――」


 箒がくるりと回転し、穂先が横薙ぎに迫る。


「ゴミ箱へどうぞぉぉぉぉ!」


 全力で振るわれたオリハルコン製の箒が、(ナイン)の脇腹を捉えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ひょっとして、クリティカル?
相手が空気を操ったところで主人公の能力との相性最悪だからまぁ楽勝やろとか思ってたら意外と苦戦してて驚いた
オン アボキャ ベイロシャノウマカボダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン 真言は知っていても、真言宗はよう識らんとですよ、空海さん。 個人的には不空羂索観音が好きです(お前の事はどー…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ