表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/115

第85話

 肩の荷が下りたといわんばかりに、隆臣は大きな息を吐きつつ木に背中を預ける。


「残りの敵は、あの女だけですか?」


「おう……つーかお前、何で来たんだよ。しかも護衛対象まで連れてきやがって」


 隆臣が『織羽(おりは)が向かっている』と知ったのはつい先程。戦闘の最中、(ひそか)からの報告を受けたのだ。もちろん隆臣は戦闘中であった為、報告に対して何かを聞き返すような事はしなかった。だが今回の作戦には織羽(おりは)を組み込んでいなかった為、一体どういう事かと訝しんではいたのだ。


 しかし『既に向かっている』と言われれば、否やはない。

 実際隆臣では分が悪かったこともあり、故に織羽(おりは)が来ることを前提とした戦い運びを行った。


 そうしていざ現れてみれば、まさかの女連れである。これには流石の隆臣も驚いた。まず、護衛対象を危険な場所へと連れて来る事自体があり得ない。そんなことは織羽(おりは)も分かっているはずで。そして何より、二人が怪しい紙袋を被っている、その理由がまるで分からなかった。


「まぁまぁ、細かい事はいいじゃないですか。とりあえず追撃してきます」


「あ、オイ――――行っちまった」


 言うが早いか、ロクに説明もせぬまま林の奥へと消えてゆく織羽(おりは)

 その背中を見送りつつ、隆臣はもう一人の方へと視線を送る。流石は父娘と言うべきだろうか。腕を組んだまま毅然と立つその姿は、彼がよく知る『友人』によく似ていた。隆臣がそんな風に考えていた時、悪役令嬢こと九奈白凪が口を開いた。


「私が頼んだんです。この街を護るために力を貸してほしい、と」


 それは、先ほど隆臣が投げかけた問いへの答えであった。

 この時点で隆臣は大凡の状況を理解する。織羽(おりは)のメイド採用に始まった今回の護衛依頼。その全容を、既に凪が知ってしまっているということを。

 

「あー……なんつーか、もう全部知っちまったって感じ?」


「ええ、概ねは。まさかあなたのような大物が関わっているとは、流石に思っていませんでしたが」

 

 紙袋に空いたふたつの穴から、じろりと睨むような視線が隆臣へと向けられていた。

 『六位』という立場上、隆臣は迷宮情報調査室メンバーの中でも顔が知られている――というより、隆臣以外のメンバーは露出が皆無である――方だ。探索者と密接な関係にある九奈白家の娘、かつ『Le Calme(ル・カルム)』の代表でもある凪が、有名人である隆臣の顔を知らない筈もない。


「そうか……んで?」


「あの子が『お嬢様の側を離れるわけにはいきません』の一点張りだったので、『なら私も連れていきなさい』と」


「行動力っつーか……根性ありすぎだろ。危ねえってのは理解(わか)ってたんだろ?」


「私にはあの子の力が必要でした。私の存在があの子の枷になっているというのなら、それを解き放つのも私の役目。私の都合であの子を頼るというのに、自分だけが隠れていることなど出来ないわ。それに――――」


 そっと瞳を閉じる凪。

 まるで真意を図るように、ふたつの穴をじっと見つめる隆臣。


「それに?」


「……傷ひとつ付けさせませんと、そう言ってくれたので」


 恐らくは恥ずかしがっているのだろう。紙袋の中身は真っ赤になっているに違いない。

 凪の口から溢れた言葉は、風の音にかき消されてしまいそうなほど、酷く小さなものだった。


「ほーん、あいつがそんなことをねぇ……やっぱ、今回の依頼は受けて正解だったなぁ」

 

 そう呟いた隆臣の言葉の意味が、凪には分からなかった。

 感心するように、どこか感慨深そうに虚空を見つめる隆臣。厳つい顔に似合わぬ優しい眼差しは、まるで子を見守る親のようで。


 しかし、隆臣がそんな表情を見せたのは一瞬のこと。

 すぐに悪戯っぽい顔へと代わり、意地の悪い笑みを浮かべながら凪を茶化しにかかる。

 

「しかし……ククッ! ()()()()()被って真面目な話されてもなぁ」


「――ッッ! こ、これはっ! 会場が少しずつ騒ぎになり始めていて、それで抜け出すために変装を……ッ!」


 指摘を受けた直後、凪が紙袋を脱いで投げ捨てる。

 露わになったその顔は、やはり羞恥で赤く染まっていた。


「だはははは! 揶揄ったときの反応は親父にそっくりだな!」


「っ……やはり、父とは知り合いでしたか」


「まーな。愛しの織羽(おりは)ちゃんが戻るまでの間に、オジサンが答え合わせでもしてやろうか?」


「この――――ッ! 結構よッ!」


「だはははは!」


 


      * * *




 木々をかき分けながら、林の中を織羽(おりは)が駆ける。

 先の一撃が大したダメージになっていないことは、織羽(おりは)が一番良く理解っていた。


(さっきの感覚……目には見えない何かで防がれた。よく分からなかったけど、反発するような不思議な感覚だった)


 何かしらの技能(スキル)による防御だという事はすぐに分かった。先の奇襲時、織羽(おりは)は紛れもなく本気で蹴りを入れたのだ。無論凪を抱えていた為、全力とはいい難い。しかし十分な威力は持たせていた筈だった。それこそ、並の相手なら一撃で沈められる程度には。


 それでも、直撃はしていないという確信があった。

 敵の能力くらいは聞いてから来るべきだったと、今更ながらに織羽(おりは)は後悔していた。そんな織羽(おりは)の内心を見て取ったかのように、耳元のイヤホンから声が聞こえてきた。今織羽(おりは)と通信をつなげる者など一人しかいない。故に、誰何する必要はなかった。


「司令部より『紙袋侍女(ノーフェイス)』へ。敵の技能(スキル)は『空気操作』と推測されます。未知の技能(スキル)ですので、十分に注意して下さい」


 (ひそか)から告げられたその情報は、百戦錬磨の織羽(おりは)を以てしても聞いたことがないものだった。似たもので言えば『風操作』が存在するが、しかし(ひそか)はわざわざ『未知の技能(スキル)』と言った。つまりそれらは全くの別物であるということだ。そして(ひそか)がそれ以上告げないということは、隆臣との戦いでは他に情報を得られなかったということ。全力を引き出す前に、隆臣が劣勢に追いやられたということだ。然しもの織羽(おりは)といえど、未知の技能(スキル)を前にしてふざける余裕はなかった。


「情報提供に感謝しま――――ッ!?」


 そう手短に礼を告げようとした織羽(おりは)が、瞬時に身を屈める。

 次の瞬間、()()()()()()()()が林の中を通過していった。目に見えないというのに、何故そんなことが分かるのか。答えは簡単、そこあった木々が突然、音を立てて()()()()()からだ。


「あらぁ、勘がいい子ねぇ」


 織羽(おりは)が正面を睨みつければ、そこには傘を突き出したドレス姿の女が、織羽(おりは)を見つめて佇んでいた。

 あれほど強烈に蹴り飛ばしたというのに、やはりその身体には目立った傷がほとんどない。強いて言うなら頬から僅かに血を流しているくらいだが、織羽(おりは)の攻撃によるものとは考えにくい。

 

「……あらぁ? アナタ、何処かで会った気がするわねぇ?」


「私は覚えていますよ。貴女のような痴女、一度見れば忘れません」


 淡々と、当たり前のように大嘘を吐く織羽(おりは)

 実際はブリーフィング時に指摘され、そこで漸く思い出したのだが。


「うぅん……駄目ね、思い出せないわぁ」


「必要ないでしょう。これから仲良くランチ、というわけでもありませんし」


「うふふ。そうねぇ……今の身のこなしといい、さっきの蹴りといい……『六位』よりは楽しめそうかしらぁ? それになんだか、不思議な言葉を聞いた気がするのよねぇ。確か――――『一位』がどうとか、ってぇ」

 

 にたり、と(ナイン)が口角を上げる。

 どこか粘性のある、全身に纏わりつくような表情だった。

 

 『一位』

 それは誰もが知っていて、誰もが知らない存在。表の世界でも、そして裏の世界でも。

 話題に挙がることは多々あれど、しかし名前も顔も、その実力さえもが闇の中。それはまるで、何か大きな意思によって世界から隠されているかのよう。


 だが『六位』は言った。

 ここから先は一位が相手だ、と。


 無論、ただの時間稼ぎに放った言葉だったのかもしれない。

 しかし(ナイン)は考える。誰も知らないのであれば。誰も見たことがないのであれば――――けれど確かに存在するのであれば。或いは眼の前の紙袋メイドがそうである可能性も、ゼロではないと。ふざけた格好こそしているものの、先の身のこなしを見れば、もしかして。


 そんな(ナイン)の怪しい眼差しを真っすぐに受け止め、織羽(おりは)は告げる。


「私はごく普通の――――ただのお嬢様専属メイドですよ」


ここから最終話までの間は、毎日更新の予定です。

それまではあとがきも、コメント返しも控えるつもりでいます。

別途お知らせがある場合は近況ノート、活動報告にて行いますので、何卒ご了承下さい。よろしければぜひ、最後までお付き合い下さいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
おっさん、情報与えちゃったの?? ダメぢゃね〜か!!!
え、クライマックス間近!?
いや、87%くらいかな?(私見)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ