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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第三章

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第76話

 司令部からの命令を受け、応援として一個小隊が西連絡橋へと向かっていた。

 未だ現地の部隊とは通信が繋がらず、状況は判然としない。雨と風は強くなる一方で、ほとんど嵐のような天候へと変わっている。しかし味方が危機的状況に陥っているとなれば、一秒でも早く駆けつけなければならない。応援部隊の隊長である日和見(ひよりみ)花鶏(あとり)はそう考え、一人先行して現場へ向かっていた。無論、これは褒められた行為ではない。如何に治安維持部隊(ガーデン)のエースたる花鶏(あとり)といえど、単独行動など愚行中の愚行だ。だがそうだと理解した上で、花鶏(あとり)は逸る気持ちを抑えられなかった。


(まさか本当にテロだなんて……それに、地上に魔物だって? 一体いつの間に、どうやって? くそッ、分からないことが多すぎる!)


 確かに、ダンジョンから魔物が出てきたという事例は皆無ではない。国内ではまだ報告がなかった筈だが、海外にまで範囲を広げればちらほらと耳にする話だ。しかしそんな筈がない。海外の例は未発見であったり、未管理のダンジョンで起きた例に過ぎないのだ。九奈白市のダンジョンは本島にあり、その周囲は常に警戒されている。誰の目にも見つからず、橋を渡って魔物がやってきた――――そんなことはあり得ないのだ。


 加えて明らかな通信妨害、司令部から届いた情報足らずの応援命令。そして先程から上空で響く、まるで歌声のような()()()()()()()()。現役探索者であり、かつ治安維持部隊(ガーデン)としても既にベテランと呼んで差し支えのないキャリアを持つ花鶏(あとり)だが、そんな彼でさえ、置かれている状況がまるで分からなかった。


 困惑しつつも島内を駆け抜け、現場までの折り返し地点に差し掛かった頃。

 背後から彼を呼び止める声が聞こえた。すっかり聞き慣れた犬吠埼一千華(いぬぼうさきいちか)の声だ。流石は期待の新人というべきか、一千華(いちか)はびしょ濡れになった前髪を額に貼り付けたまま、息を切らし、それでもどうにか花鶏(あとり)に追いついてみせたのだ。


「あーもう、やっと追いついたッ! ちょっと先輩、待って下さいって! 一人じゃ危ないですよ!」


「それは……すまない。でも既に僕らは後手なんだ。時間をかければかけるほど、取り返しのつかないことになる。仲良く全員で行進というわけにはいかない」

 

「焦りすぎです! 現場の状況もわかんないのに突っ込んで……もし既に味方が全滅してたら、今度は先輩が孤立しちゃうんすよ?」


「それならそれで、どうにかしてみせるよ」


 そういう問題ではない、という言葉が喉元まで出かけた一千華(いちか)であったが、しかし彼女は不服そうな顔を見せ言葉を飲み込んだ。目の前を走る朴念仁には、そう言ってのけるだけの実力がある。少々抜けているところもあるが、花鶏(あとり)は国内トップクラスの戦闘能力を持つ者の一人だ。それを知っているからこそ、一千華(いちか)には『ぐぬぬ』と唸ることしか出来なかった。


「っていうか、さっきから聞こえる()()()はなんなんですか!? 怖いんですけど!?」

 

「それについては僕が聞きたいくらいだ!」

 

 走りながら、右手で頭上を指差す一千華(いちか)。しかしそう聞かれたところで、花鶏(あとり)に答えられる筈もなく。


「とにかく分からない事が多すぎる。考えても分からない以上、今は急いで橋に向かうことだけを考えよう」


「むー……了解です」


 


     * * *




 花鶏(あとり)一千華(いちか)が現着した時、既に西連絡橋は血の海と化していた。

 雨で次々に流されてゆくというのに、それでもなお残る鉄の濃い匂い。それが戦いの激しさを物語っていた。


「くッ……本当に、ホントに魔物じゃないですか!? なんでこんなところに……ッ!」


 本来あり得ない筈の光景に、一千華(いちか)が困惑と驚愕を顕にする。しかし今は『何故』を考えている場合ではない。何しろ二人の眼前では、未だ治安維持部隊(ガーデン)の隊員達が魔物と戦いを繰り広げているのだから。そうして花鶏(あとり)が剣を抜き、参戦しようとした直後のことであった。


「考えるのは後だ! 今は彼らの援護を――――ちいっ、マズい!」

 

 現地部隊の隊長であろう男の背後から、一体の狼型魔物が躍りかかる。如何に花鶏(あとり)といえど、ここからでは間に合わない距離であった。


 魔物の牙や爪は、そこら市販されている刃物より余程危険だ。もしもまともに受けようものなら、対人を想定した治安維持部隊(ガーデン)の標準装備では防ぎきれない。よしんば切り裂かれなかったとしても、場合によっては致命傷たり得るダメージを受ける。必死になって援護に来たというのに、よもやあと一歩のところで取りこぼすとは。花鶏(あとり)は唇を噛み、顔を歪ませる。あとほんの少し早ければ、と。


 花鶏(あとり)が虚空へと、届かない手を伸ばしたその刹那。

 美しい(さえず)りが、雨音を切り裂いて彼の耳朶を打った。


「ッ!? また……っ! 一体何の――――」


「えっ……はぁ!?」


 花鶏(あとり)一千華(いちか)、二人が見ている目の前で魔物が()()()

 否、それだけではない。先程まで魔物が立っていたその地面が、()()によって抉り取られていた。


「え、ちょっ……ピヨちゃん先輩! 今の何ですか!?」


「雷……いや、まさか……『狙撃』なのか?」


 零すようにそう呟きつつ、しかし一方では『そんな馬鹿な』と思わずにはいられなかった。

 通常、魔物に対しては銃器の効き目が薄いとされている。外骨格や皮膚が極めて頑強であり、銃弾が急所に届きにくいからだ。例えば熊や猪などの野生動物を撃つ際、『アバラ三枚』などと言われることがある。頭部が硬い頭蓋骨で守られている為、心臓や肺付近を狙えという意味だ。仮に外れても致命傷となり、仕留められる可能性が高い。しかし魔物は、その心臓付近すらも守られている場合が多い。加えて動きも段違いに早く、ただ当てることすら難しい。故に魔物を銃で倒す場合には、とにかく威力の高い銃と、そして正確な射撃が求められるとされている。


 もちろん花鶏(あとり)は、銃で仕留められた魔物もみたことがある。それは何発もの銃弾を撃ち込まれ、ボロボロとなった死骸であった。

 しかし今、地面に転がった魔物の死骸をみてみれば、ものの見事に上半身が吹き飛んでいるではないか。少なくとも、銃弾によって()()()()()魔物を、彼は今まで見たことがなかった。加えてこの大雨、この強風だ。『狙撃』ではないかと自ら口にした花鶏(あとり)だが、そんな自身の予想がとても信じられなかった。


 死骸の数は大凡十五体といったところだろうか。魔物の格としてはそれほど高くないが、しかし熟練の探索者パーティであっても、一度に戦うとなれば危険な数だ。そしてよくよく見てみれば、辺りで血を撒き散らしている死骸のほぼ全てが、同じ様な状態となっていた。ここにきて、花鶏(あとり)は現状を把握する。これまで防衛部隊が耐えていられたのは、偏にこの()()()()による援護のおかげであると。


「……な、なんとかなった……のか?」


 防衛部隊の隊長は息を切らしながら、油断なく剣を構えて周囲を警戒する。戦いに必死だったのだろう。そこで漸く、花鶏(あとり)一千華(いちか)の存在に気づいた様子であった。隊長がはっとした顔で、二人の下へと急ぎ駆け寄る。

 

「ああ、日和見隊長! もしや応援に来て下さったのですか?」


「はい……といっても、結局何もしていませんが。それよりも、この状況は一体何なのですか?」


「分かりません……急に魔物が現れて、マズいと思った瞬間に突然魔物が吹き飛んで……正直なところ、我々にも何が何やら……」


 そう言って首を振る部隊長。

 それはそうだろう。外から見ていた花鶏(あとり)達ですら、状況まったく分からないのだから。地上に居るはずのない魔物が発生した理由も、どこから現れたのかも。西がこれなら、東の防衛部隊はどうなったのか、魔物は一体どこから現れたのか。こうしてひと息ついた今、しかし何ひとつとして情報が増えていない。言えることがあるとすれば、西連絡橋の防衛は辛うじて成ったということだけ。本島方面にも、会場方面にも魔物を漏らすことなく、この場のみでカタをつけられた。全てが闇の中にあって、唯一それだけが救いだった。

 

 とはいえ防衛部隊の面々は、とても無傷とは言い難い。今すぐにどうなるというわけでもないが、放置してよい怪我ではなかった。

 

「とにかく、先ずは隊員の治療を行いましょう。すぐに我々の部隊も追いつきます」


「じゃあ私は、比較的軽傷の者を集めて再編成の段取りをしますね」


 そうして怪我人の治療を行いながら、花鶏(あとり)はひとり訝しむ。


(今、この島で一体何が起こっているんだ……?)


 先程まで聞こえていた甲高い音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。

 

不意打ち更新です

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― 新着の感想 ―
やっぱり化物より化物してますね 超有能で、一癖二癖ある人でないと入れない所なのでしょうか? 花鶏……両親のどちらかが鳥好きなのか、片親の熱意によって名付けられたものなのか もの凄く気になります!
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