表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/117

第69話

 展望台から降りた織羽(おりは)を待っていたのは、サングラスをかけた厳ついオッサンであった。


「げっ」


 スーツ姿に無精髭、顔の傷とサングラス。その風貌はどう見ても一般人ではない。こんな厳つい大男が壁を背に待ち伏せていたとあっては、織羽(おりは)でなくとも嫌な気分になる筈だ。少なくとも、これが国内最高位の探索者だとは誰も思わないだろう。そんな如何にもヤの付く自営業っぽいオッサン――――天久隆臣は、織羽(おりは)の姿を見るなり堪えきれずに吹き出した。

 

「おう、ちゃんと仕事して……ぶふっ! だはははは!」

 

「何でまだ居るのさ……」


 織羽(おりは)はゴリラとの遭遇を厭うたからこそ、展望台でダラダラと時間稼ぎをしたのだ。

 それが結局遭遇することになったのだから、嫌そうな声のひとつも出るというものである。


「あ? そりゃあお前、俺が嵐士の護衛になったからだよ。つっても、総会の間だけな」


「いや知らんし。そうじゃなくて……折角時間ズラしたのに、何でまだ帰ってないんだよって事」


「いやなに、お前に連絡事項があってな。あとは渡しておく資料も。郵送してもよかったんだが……まぁついでだ、ついで」


 どうやら隆臣は、織羽(おりは)が降りてくるのをわざわざ待っていたらしい。一体いつから待っていたのかは分からないが、要するに織羽(おりは)の時間稼ぎは最初から無駄だった、ということになる。では一組織の長にそんな暇があるのかと言えば、残念ながらある。何故なら面倒な事務仕事全般は、その大半を(ひそか)が処理しているからだ。つまり隆臣は、現場に出ていない時に限って言えば、それなりに暇だったりするのだ。


 何気ない会話の中で、ふと織羽(おりは)は違和感を感じた。

 隆臣はつい今しがた、九奈白当主のことを馴れ馴れしくも名前で呼んでいた。そこに先日の九奈白嵐士の態度を合わせれば、二人が知り合いであることは自明の理である。


「……っていうか、やっぱ知り合いだったんだ?」


「嵐士のことか? あー、言ってなかったっけか……? まぁなんだ、ちょっとした昔なじみだよ。っつーか、そうでもなけりゃお前を貸したりしねーよ」


「そうであっても貸すなよ。公私混同はんたーい」


「いいじゃねぇか。お前も案外楽しくやってんだろ?」


 にやりと笑みを深くした隆臣は、とてもシラを切っているようには見えなかった。

 隠していたというわけではなく、おそらくは本当に忘れていたか、伝えるほどの事ではないと考えたのだろう。実際、二人が知り合いだったからといって何があるわけでもない。迷宮情報調査室まで回ってきた依頼にしては、少し理由が弱い。そう思っていた織羽(おりは)の疑問が氷解しただけのことである。隆臣が微妙に言葉を濁したあたり、あるいは別の理由――――例えば嵐士に対して、何か()()のようなものがあったのかもしれない。ただ、どちらにしても織羽(おりは)は今回の依頼を受けていただろう。加えて隆臣の言う通り、織羽(おりは)は今の生活をそれなりに楽しんでいる。つまりはどうでもよい話ということだ。


 そうして一頻り笑った後、隆臣が()()を投げて寄越す。

 織羽(おりは)がぺらりと紙をめくってみれば、そこには怪しい犯罪者達の情報が記載されていた。

 

「これは?」


「例の組織――――『黒霧(ヘイズ)』っつーんだけどよ。それの要注意リストだ」

 

 どうみても隠し撮りっぽい不鮮明な顔写真に、プロフィールや容疑といった穴だらけの情報がずらりと並ぶ。どこぞの刑事ドラマにでも出てきそうな、ひどくありきたりなファイルであった。だが言うまでもなく、これは立派な機密情報である。今どき紙で、などと思わなくもないが、口には出さない。言ったところで『お前それ星輝姫(てぃあら)の前でも同じこと言えんの?』という、お決まりのカウンターを貰うだけである。


「明星と話したなら分かってるだろうが……2回も失敗した奴さんには後が無い。十中八九妨害はあるぜ。まぁ一応、お前も目ぇ通しとけ」


「っていってもなぁ……肝心な事は何も分からないんだけど? 酷いのだと、顔と性別くらいしか載ってないのあるじゃん」


 所有している技能(スキル)まで書かれているものもあれば、その殆どが空欄となっているものまで。記載されている情報量には大きなバラつきがあった。だが逆を言えば、迷宮情報調査室の力を以てしてもこれが限界であるということ。敵組織の強大さがよく分かるというものである。

 

「文句を言うな。それでも充実した方なんだよ。クロアからの情報提供がなけりゃあ、もっとガバガバだった」


「おやおや。天下の六位様が、随分と情けのないことで」


「オイオイ。言うじゃねぇか、変態女装野郎の一位様がよ」


 目くそ鼻くそを笑う、とでも言うべきだろうか。

 情報面ではあまり役に立っていない織羽(おりは)と、女装をさせた張本人の隆臣。容赦なくブーメランを投げあう二人を止める者は、残念ながらこの場にはいなかった。

 

「お? やんのか?」


「あ? なんだぁテメェタコ、コラ?」


 田舎のヤンキーよろしく、激しいメンチの切り合いを行う。

 しかし、今にも取っ組み合いが始まるかと思われたまさにその時、二人の頭部へと衝撃が走った。頭を押さえる二人のちょうど中間には、千里(せんり)が呆れた顔で立っていた。恐らくはそれで殴ったのであろう、彼女の両手は手刀の形になっている。一体いつからそこにいたのか、相変わらずの隠密技術であった。


「はいはい、やめなさーい」


 言葉と視線、そして謎の圧を巧みに操る、そんな(ひそか)の仲裁とはまた違う。

 有り体に言えば、千里(せんり)の仲裁は痛いのだ。高位の探索者である織羽(おりは)と隆臣をして、若干涙目になる程度には。ネチネチと陰湿に詰め寄られる方がお好みか、あるいは後腐れがない代わりに強烈なダメージを負うか。どちらが良いかと言われれば、中々に難しいところである。


「ほら室長、用件は済んだんでしょ? もう帰るよ」


「は、はい……」


「オリも。そろそろ護衛対象者(プリンシパル)と合流しなきゃマズいんじゃないの?」


「は、はい……」


 時刻はすでに昼前であり、織羽(おりは)は凪と合流しなければならない。つい先程、花緒里(かおり)から『午前の打ち合わせが終わりました』と連絡があったからだ。隆臣は隆臣で、各地を忙しく飛び回る嵐士について回らなければならない。千里(せんり)の言う通り、無駄に遊んでいるような時間はなかった。


 なお『Principal(プリンシパル)』とは、いわゆる業界用語のようなものである。一般的には『重要な』という意味の英語であるが、ボディーガード界隈では護衛・警護対象者の事をそう呼ぶのだ。他にも『Protectee(プロテクティー)』などと呼ぶ場合があるが、基本的には同じ意味合いである。また、護衛対象(プリンシパル)をクライアントと混同して呼ぶ場合もあるが、厳密に言えばプリンシパルと依頼人(クライアント)は別物だ。依頼人とは読んで字の如く、料金を支払い護衛を依頼した人物のことを指す。そしてプリンシパルとは、実際に護衛を受ける人物の事を指す。織羽(おりは)のケースで言えば、凪が『護衛対象者(プリンシパル)』で、嵐士が『依頼人(クライアント)』ということになる。


 また通常、公的な護衛には義務が伴う。『守る義務』と『守られる義務』だ。

 その点、迷宮情報調査室は公的機関ではあるものの、護衛専門の組織ではない。あくまでダンジョン関連任務の一環として、必要であれば護衛も行うといった程度の位置づけだ。更に凪の護衛任務は、()からの指示というわけではない。故に扱いとしては民間企業による護衛サービス業務に近く、そうした強制力はなかったりする。つまり凪が『守られたくない』と思えば、護衛そのものを拒否することが出来るということだ。初期の凪ならばともかく、近ごろの様子を見れば、まずそんなことにはならないであろうが。なおゴリラによる嵐士の護衛は、諸々の情勢を鑑みた()()からの命令、つまりは公的な方の護衛だったりする。閑話休題。


 そうしてお姉さん(せんり)からシンプルに怒られた二人は、すごすごと歩き出す。まるで子どものように、互いに舌打ちをしながら。


「もぅ……それじゃあオリ、私達は行くから。何かあったらいつでも連絡してね? 今まで休んでた分、お姉さんがキミを助けてあげよう!」


「わーい」


 お茶目なウィンクをひとつ飛ばし、ついでに態度の悪いゴリラのケツを蹴り上げながら、そうして千里(せんり)は去っていった。

 これまで数ヶ月、慣れない環境で殆ど孤軍奮闘状態にあった織羽(おりは)。なんだかんだと楽しんでいる反面、やはり正体バレなどの気苦労は多いのだ。しかし久しぶりとなる身内との再会に、織羽(おりは)の表情はすっかり緩んでいた。特に千里(せんり)の存在は大きい。彼女が戻ったとあれば、対応出来る局面がぐっと広がるであろうから。

 

 (っと……マズいマズい。メイドたるもの、いかなる時も主人を待たせるべからず!)

 

 もちろん、急いでいるからといって駆け出すような、そんな無作法は行わない。

 偉大なる先生の教えを思い出し、ゆっくりと上品な足取りで、織羽(おりは)は凪達の待つ展示棟へと向かった。

 

 

とても説明くさい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
説明の多い回って、なんだか好きなんですよね!
凪の防御体制が10倍に強化された〜♪
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ