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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二章

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第51話

「ふッ!」


 短く吐き出された息と共に、織羽(おりは)の右腕が消える。

 あまりの速度ゆえか、一切の音すらも伴わず。少女が回避出来たのは、(ひとえ)にその類まれなる戦闘勘のおかげであった。箒の軌跡が見えていた訳ではない。僅かな攻撃の()()()と気配。たったそれだけで回避してみせたのだ。織羽(おりは)に負けず劣らず、やはり少女も化物の類であった。

 

「あははは! 殺す気マンマンじゃん! やっぱ表の人間じゃないでしょ!」


「失礼な。私はごく普通の一般通過メイドです」


 躱せる確証などなかった筈だが、しかし振り抜かれた箒を一瞥もしない。言うまでもないことだが、織羽(おりは)の攻撃には一切の加減が見られない。それはつまり、回避出来なければ終わりということだ。そんな生と死の狭間にあってなお、少女はただケラケラと笑うばかりであった。何かに秀でる者というのは大抵、どこかしらのネジが抜けているものだが――――


「楽しいなぁ! 戦いはこうでなくちゃ! この国に来て、キミに会いに来てほんっとうに良かったよ!」


「帰って、どうぞ」

 

「つれないなぁ! こっちはこんなにもキミに焦がれてるっていうのにさぁッ!」

 

 そんな素気ない一言と共に、再び振るわれた高級箒。まるで地を這うトカゲのように、限界まで体を低くしてそれを回避する少女。大げさな動きのように見えるが、箒の軌道が見えているわけではないからだろう。いずれにせよその瞬発力、反応速度、戦闘センス、バランス感覚。どれをとっても超一流であった。それを見た織羽(おりは)はといえば、『スカートでよくやるなぁ』などと非常にどうでもいいことを考えていたのだが。余裕がないのやら、あるのやら。(ひそか)あたりがこの場にいれば、『真面目にやって下さい』などと小言のひとつも頂戴しそうである。


「ちょこまかと鬱陶しいです――――ねッ!」


「くふふふふ! いいね、その汚い虫でも見るような瞳。ゾクゾクして濡れちゃいそ♡」


 足元の虫を叩き潰すかのように振るわれた、織羽(おりは)の箒による一撃。

 しかしそれもまた、少女には回避されてしまう。嫌悪感満点の視線が気持ちよかったのか、恍惚とした表情まで浮かべる始末である。


「この変態――――ッ!?」


 即座に追撃を加えようとした織羽(おりは)であったが、その手がぴたりと止まる。先程まで眼の前に居たはずの少女が、一瞬のうちに姿を消していたからだ。想定外の動きに驚きはしたが、とはいえ見失ったりはしない。織羽(おりは)が頭上を見上げれば、そこには戦斧を振り上げながら跳躍する、イカれた戦闘狂の笑顔があった。その跳躍力たるや、フロアの天井にまで届きそうな程であった。

 

(自身にも効果が及ぶタイプの技能(スキル)か!)


 少女が織羽(おりは)の攻撃を何度も回避出来ているように、戦闘に於いて相手の動き、その()()()を捉える事は極めて重要だ。起こりとは、つまるところ予備動作のこと。筋肉や目線の僅かな動き等がそれに該当する。一切の前触れもなく動くことなど人間には不可能。そうであるからこそ、相手の動きが予測出来るのだ。しかし今、織羽(おりは)には少女の()()()が見えなかった。それが意味するところはひとつ。織羽(おりは)の目を以てしても気づけないほどの、僅かな動作のみで跳躍したということだ。技能(スキル)で自身の体重をゼロか、或いはそれに限りなく近い数値へと変える事が出来るのなら。如何なる体勢からでも、僅かな動作のみで跳躍することが可能なのかも知れない。

 

「どぉーんっ♡」

 

 織羽(おりは)がそう考えた次の瞬間には、戦斧が振り下ろされようとしていた。当然ながら、その重さを数倍にして。

 先の一撃とは訳が違う。織羽(おりは)の技量を以てしても、上からの攻撃は流石に受け止められない。武器は問題ないであろうが、単純な威力の問題で織羽(おりは)自身が押しつぶされてしまうからだ。故に織羽(おりは)は回避を選ぶ。選ぼうとして――――背後から迫るナイフに気がついた。


「私を忘れてもらっては困ります」

 

「ッ!? 確かに忘れてましたッ!」


 タイミングも完璧だった。おまけにどういうわけか、放たれたナイフは不可解な軌道を描いている。

 頭上からの戦斧、背後からのナイフ。この瞬間、織羽(おりは)はふたつの攻撃へと同時に対処しなければならなくなった。ナイフが直線軌道であったなら、回避は容易であっただろう。だが曲線を描きながら多角的に飛来するナイフは、それを許してくれそうにはない。控えめに言って絶体絶命であった。


 ――――こうして攻撃を受けているのが、織羽(おりは)でなければの話だが。

 

 


        * * *




 ボクが今の組織に入ったのは、ただ強い相手と戦いたかったからだ。

 ただボクが強くて、そんなボクに場を用意すると言われたから。それ以外には何もない。それ以外には何もいらない。命賭けで戦っている瞬間だけが、ボクが幸せを感じられる唯一の時間だった。狂犬だの何だのと呼ばれたりもしたけれど、そんなものはまるで気にならなかった。


 だってそうでしょ?

 美味しいものを食べた時、高い買い物をした時。恋人と過ごす時間、ぼんやりと過ごす時間。幸福を感じる瞬間なんて、人それぞれ違うものなんだから。


 きっとこれは、持って生まれたボクの欠陥なんだろう。

 でも、それでいいと思っていた。誰の為でもない、ただ自分の欲を満たす為だけに生きる。それが人間という生き物で、それがボクという生き物なんだから。組織に忠誠心なんてない。戦いの場をくれるから従っているだけ。それ以上でもそれ以下でもないし、それはきっと向こうも理解っているハズだ。ボクは組織を、組織はボクを。互いに利用するだけの関係でしかなかった。


 そんなボクが()()に恋をしたのは、お腹が空いたら食事をするくらい当たり前のことだった。

 残っていたのは、ノイズだらけのゴミみたいな映像だけ。だけどそれを見た途端、ボクの胸はあっという間に染め上げられてしまった。だからボクは、遠路遥々こんなところまでやってきた。全ては彼女に会う為。全ては彼女と戦う(あいしあう)為。ただそれだけの為に。


 ――――そのハズだったのに。

 

 (なっ……! 余計な事しやがってッ!)


 あれほど邪魔をするなと言ったのに。

 元々、アイツのことは気に入らなかった。日常の中でだけなら、まだ我慢も出来る。だけど戦いの中だけは。

 眼下には、ほんの少しの焦りを浮かべた彼女の姿。きっとこの瞬間をどう乗り切るか、必死に考えているのだろう。


 あぁ、どうかまだ終わらないで。

 こんなつまらない横槍なんかで、ボク達の睦事は終わらない――――そうでしょ?


 内心でそう問いかけた時、彼女の瞳が光を帯びた気がした。刹那に視線が絡み合う。まるでボクに応えるかのように。

 青く鮮やかな、見惚れるほど美しい瞳だった。だからボクは、安心して武器を振り下ろす。邪魔が入ったからといって手加減なんて必要ない。ただ確実に、彼女を殺せるだけの()を込めて。


 次の瞬間、ボクは壁へと勢いよく叩きつけられていた――――多分。

 何が起こったのか、ボクにはほとんど分からなかった。ただ激しい衝撃と痛みの中で、彼女が微笑んでいるような気がした。

 

 

 

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― 新着の感想 ―
エセ僕っ娘(まあボクも性格のうちなのだろうけれども)が、ポルナレフで、主人公がDIOって感じかな
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