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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二章

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第44話

 ダンジョン特有の湿った空気、陰気な気配。底冷えするような怪しい雰囲気。

 普通に生活しているだけでは一生経験することがないであろうそれらに、最初こそ大騒ぎしていた参加者たち。しかし実習開始から暫く経った今、既に参加者たちはダンジョンに飽き始めていた。それは実習の意義をよく理解している凪とて例外ではなかった。


「ねぇ織羽(おりは)


「なんでしょう」


「……魔物は?」


「いませんねぇ……」


 そう、何も起きないのだ。戦闘は疎か、スライムの姿すら見当たらなかった。

 確かにこの実習は、ダンジョンの空気や探索者達の仕事ぶりを見学するために行われている。断じて、魔物との戦闘見学に主眼を置いているわけではない。しかしそうはいっても、結局一度か二度は戦闘が発生する、というのが本実習の恒例となっているのだ。


 それが今はどうだ。

 探索者の仕事ぶりを学ぼうにも、魔物もアイテムも、何ひとつ出てこないではないか。これでは観光地によくある、鍾乳洞見学と何も変わらない。ダンジョン実習などと銘打ってはいるものの、現状はただの洞窟探検といった様相を呈していた。


「私は知識でしかダンジョンを知らないのだけれど……これって普通じゃないわよね? いくら低層といっても、ゴブリンやスライムくらいは出てくるものでしょう?」


「んー……一概にはそうとも言えませんね」


「そうなの?」


「例えば、他の探索者が倒してしまっている場合ですね。低層は競争も激しいですし、魔物が借り尽くされるという状況はままあることです。ただそれにしても、ちょっと少なすぎる気はしますが」


「ふぅん……まぁ、経験者の貴女が言うのなら、そういうものなのかしら?」


 こうして織羽(おりは)と普通に雑談をしながら歩くなど、以前の凪からは考えられないことだ。まして今は、ダンジョン内という特殊な状況下にある。あの真面目な凪が、こんな風に従者と呑気に雑談をするなどと。或いは、流石の花緒里(かおり)にも予想出来なかったのではないだろうか。やはり以前と比べ、二人の関係性が徐々に深まりつつある、ということだろうか。


 そうして一団の最後尾を歩きながら、凪が織羽(おりは)へと疑問を伝える。

 こうした質問は本来、引率である八神教諭か、もしくはルーカスや花車騎士(ガーベラ・ナイツ)のような経験者に行うべきなのだろう。事実先程から、リーナはルーカスへと質問攻めを行っている。また他の参加者たちも同様だ。莉子や火恋など、積極的に花車騎士(ガーベラ・ナイツ)の面々へと質問を行っていた。花車騎士(ガーベラ・ナイツ)のすぐ隣には、以前一悶着あったシエラがいるというのに、だ。なかなかのハングリー精神である。なお当のシエラ本人は、身内を褒められた所為かえらく上機嫌であった。閑話休題。


 そんな状況でも凪が織羽(おりは)へと質問をするのは、彼女だけは織羽(おりは)の強さに気づいているからだ。

 もとより、紙袋の正体は織羽(おりは)であると凪は考えている。だがそれに加え、先のルーカスとの模擬戦でも気になるところがあったのだ。


 ルーカスの強さは、傍から見ていた凪でも分かるほどだった。その動きは一般人の凪ではとても捉えられなかった。リーナが自慢するだけのことはあると、凪は内心でルーカスへの評価を上方修正していた。だがしかし、それならば。ルーカスの攻撃を全て躱し、かつそんな相手にわざとセクハラをさせた織羽(おりは)の技量は以下程だろうか。少なくともルーカスより、ずっとずっと強くなければ出来ない芸当なのではないだろうか。凪にはそう思えてならなかった。当のルーカスは羞恥のあまりか、そのことには気づかなかったようだが。


 故に凪は、八神教諭や花車騎士(ガーベラ・ナイツ)、ルーカスなどにわざわざ話を振らないのだ。

 凪はほとんど確信している。恐らくこの中で最も強いのは、隣のふざけたメイドであろう、と。そもそもの話、織羽(おりは)は父が寄越した監視役――少なくとも当初、凪はそう疑っていた――のメイドなのだ。見た目や言動に反した強さを持っていたところで、何ら不思議ではない。


 (……実力や正体を隠す理由は、未だにわからないけれど)


 だが凪が護衛や側付きを嫌っていたというのも、今となっては過去の話である。それでも叩き出されていない現状を鑑みれば、正体を隠す理由など既にないはずなのに。そんなやたらと秘密の多いメイドを横目に、凪は小さく息を吐き出した。


 そんな何も起きないダンジョン見学を行うこと、およそ一時間。

 普段から車での移動が主であるお嬢様方には、そろそろ疲れが出始める頃である。


 とはいえ、それも仕方のないこと。

 ゴツゴツとして荒れた地面に、大小さまざまな岩が転がっていたりもする。苔生した地面もあれば、急に整地された場所が出てきたりもする。その歩きづらさといったら、ある意味では登山に近いかもしれない。重い装備や魔物への警戒などが必要ない分、これでもまだ随分とマシな方ではあるのだが――――つまり仮にお嬢様方でなくとも、初めて歩くダンジョンというのは酷く疲れるもの、ということだ。


 そうした参加者の疲れを見て取ったのか、花車騎士(ガーベラ・ナイツ)の面々が八神教諭へと休息の提案を行う。

 八神も元協会職員といえど、実際にダンジョンへ潜っていたわけではない。こうした判断は現場の者の方が的確に下せるであろうことを、彼女はよく知っていた。故に八神は、その提案を二つ返事で受け入れた。


 そうして休憩中、織羽(おりは)達はいつものメンバーで集まり感想の交換をしていた。


「凄いですね! これがルーカスや莉子さん、火恋さんが普段感じている空気なんですねっ! 想像していたよりもずっと凄いですっ!」


「リーナ、語彙が貧弱すぎるわ」


「だって凄いじゃないですかっ! 強いて言うなら、みなさんの活躍シーンが見られていないことだけが不満でしょうか。魔物は一体いつ出てくるんですかっ!?」


 ぐっと拳を握りしめ、まるで子どものように目を輝かせるリーナ。その喧しさに頭を抱える凪。ダンジョン内という特殊な状況下にあってなお、お嬢様二人は普段と変わらぬ態度であった。一方、庶民兼駆け出し探索者の莉子と火恋はといえば。


「貴重な話いっぱい聞けたねー。やっぱりベテランの経験談は、なんかこう……重みが違うよね!」


「うん。花車騎士(ガーベラ・ナイツ)の話を直に聞けただけでも、実習に参加した甲斐があったね。あとは戦いも見られればいいんだけど……」


「国宝院さんも、初対面ほど印象悪くなかったね」


「アレかな。ハンドル握ったら性格変わるみたいな。ダンジョン入ると性格変わるのかも」


 どうやら多くのアドバイスを貰えたらしく、二人とも顔をホクホクさせていた。

 途中からはシエラも会話に混ざっていたらしく、何気に少しだけ仲良くなったとのこと。あの気難しいシエラをうまくいなせるあたり、二人のコミュ力は凄まじいものがある。二人はこれで、学内の二大お嬢様と知り合いになったことになる。この時点で既に、探索者としての将来は約束されたようなものだ。無論、二人にはそのような意図など微塵もないであろうが。

 

 そして最後に従者組。

 凪達から少し離れた後方で、会話の邪魔にならないよう小さな声で意見を交換する。

 

「俺もこの国のダンジョンには詳しくないが……ここまで魔物が出ないのは、流石に異常じゃないか? どう思う? 護衛の彼女達が何も言い出さないということは、これが普通ということだろうか? いや、だがしかし……」


「さて……私のようなヘタレ探索者崩れには判断いたしかねますねぇ」

 

「考えすぎだろうか。いかんな、久しぶりのダンジョンで気が立っているのかもしれん」

 

「え、ダンジョンでもイケるんですか? 流石に引きますけど」


「違う! 昂っているという意味だ!」


 否、意見を交換しようとしているのはルーカスだけであった。

 そうして結局、この休憩中も特に異変が起こるようなことはなかった。


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このエピソードでは出なかった=次ですね~w 盛り上げて行こう〜、お〜!!
主人公は何処に向かおうとしているのだろうか
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