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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二章

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第40話

「いやーん」


「す、すまん!!」


 ルーカスが手首を掴もうとすれば、織羽(おりは)がテクニカルな動きで乳を配置する。

 

「きゃー」


「ち、ちがっ……!」


 素早い動きで背後を取れば、待っていましたとばかりに尻を差し出す。ルーカスがどれだけ細心の注意を払おうとも、織羽(おりは)による強制セクハラからは逃れられなかった。

 無論ルーカスに非はない。彼はごく真面目に試合を行っているだけで、試合に(かこ)つけて乳や尻を揉んでやろうなどというつもりは微塵もない。

 

 人間が歩く時、足元のアリになど気づかないように。織羽(おりは)にとって、ある一定のレベルを超えなければ違いなど無いも同然である。いくら四桁が上澄みだといっても、それは所詮一般的に見た場合の話。真の強者から見ればほとんど五桁、或いは六桁以下と大差がない。つまりルーカスが何をしようとも、先に乳や尻を置いておくことは容易いのだ。


 そうしてルーカスが織羽(おりは)に挑み続けること暫く。

 彼の心はついに折れた。

 

「……もう終わりにしよう」


「おや、もうよろしいので?」


「ああ……その、すまなかった。信じてもらえるとは思わないが、本当にこんなつもりじゃなかったんだ……」


「ふむ……模擬戦とはいえ、戦いともなればこういったこともあるでしょう。あまり気を落とさずに」


 トボトボと、肩を落として主人の下へと戻るルーカス。更には戻るなり、リーナからはやいのやいのとお叱りを受けていた。

 とはいえ織羽(おりは)もまた、こんなところで真面目に立ち会うわけにはいかないのだ。こればかりは『軽々に試合を挑んだ方が悪い』ということで、ルーカスに泣いてもらうしかない。


 こうして、突発的に始まった模擬戦はルーカスの途中棄権という形で幕を閉じた。

 リーナからも謝罪はあったが、当然それも織羽(おりは)は快く受け入れた。試合を有耶無耶にするために敢えてやったことであり、本来であれば謝罪される謂れもないのだから。そもそもの話、ルーカスが揉んだのは乳ではない。なにしろ、男である織羽(おりは)には乳など存在しないのだから。ルーカスが揉んだものとは、そこにあって、そこにないもの。いわば虚無である。


 虚無を揉んで主人からお叱りを受けたルーカスには、少し悪いことをしただろうか。

 そう考えた織羽(おりは)は、近い内に何か埋め合わせをしようと決意した。


 そうしてリーナ主従が屋敷から去ったあと。

 夕食等の準備をするため、屋敷へと戻ってゆく花緒里(かおり)達。織羽(おりは)もそれに続こうとしたところで、凪から声をかけられた。

 

「……わざとやったのでしょう?」


「はて、なんのことでしょう?」


「……ごめんなさい。今回は私が軽率だったわ」


 そう言うと、凪が小さく頭を下げる。

 これには流石の織羽(おりは)も慌てた。凪が誰かに頭を下げているところなど、これまで見たことがなかったからだ。


 とはいえこれは、凪が『ごめんなさい』の言えない人間だという意味ではない。

 そもそも凪は、他人に謝罪をしなければならないような失態を犯さない。それでいて、簡単に頭を下げていいような立場の人間でもない。そんな凪が頭を下げたということはつまり、これは凪が初めて見せた『ミス』だったということ。その『ミス』が一体何を指しているのか、織羽(おりは)には分からなかったが。


「その……私が言い出したことだとしても、本当に嫌だったら断ってくれて構わないから」 


「はぁ……うーん? えっと、すみません。何のことでしょうか?」


「さっきの模擬戦の話よ。私の所為で、貴女に身を売るような真似をさせてしまったわ」 


「……?」


 凪が何を言いたいのか、織羽(おりは)には本当に分からなかった。

 凪が言っているのは、要するにこういうことだ。

 

 凪は織羽(おりは)が実力や正体を隠そうとしている事を知っている。或いは、薄々気づいている。そんな中、ルーカスの申し出を凪が許可した。当然ながら、メイドの立場である織羽(おりは)はこれを拒むことが出来ない。試合を断ることは出来ないが、しかし実力は見せたくない。そんな状況に置かれた織羽(おりは)が、実力を隠しつつ模擬戦を終わらせる方法として渋々採用した作戦。それが先の乳揉ませ作戦なのだろうと、凪はそう考えたのだ。それ故『身を売る』などという言葉が出てきたというわけである。


 凪のこの予想は半分正解で、半分外れていた。

 織羽(おりは)が並外れた力を持っているということを知っており、かつ、実は男であるという事を知らないが故の誤解だ。

 織羽(おりは)が女性だったのならば、確かにそう見えなくもないだろう。主からの無茶振りを切り抜けるため、嫌々ながらも乳を揉ませて試合を有耶無耶にした、と。だが実際にはそうではない。織羽(おりは)は嫌々どころかウキウキで、途中からはルーカスの反応が面白くなっていた程である。偽乳を揉まれたところで何も思うところが無いため、凪の謝罪の意味が分からないのだ。


「おっしゃる意味がよく分かりませんが……あっ、もしかしてアレですか? お嬢様も揉みたかったとか?」


「……はぁ。そうね、貴女はそういうタイプだったわね……とにかく、次からは私も気をつけるようにするわ」


「あっ、はい」


 それだけ告げると、凪もまた静かに屋敷の方へと歩いてゆく。

 既に陽は傾き、夜の帳が降りようとしていた。そんな薄闇の中を歩く凪の背中には、いつも強気な彼女にしては珍しく、反省の色が濃く表れていた。


 (ははーん……揉みたかったのは乳じゃなくて尻の方だったのかな?)

 

 しかし織羽(おりは)も、所詮はただのコミュ障である。 

 その場に一人残された織羽(おりは)が、それに気づくことはなかった。

 

 

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― 新着の感想 ―
ははーんじゃねーのよ?
車の窓から手を出して風を感じるのは虚無 スライム『イメージはシリコン?』は決して虚無ではない! 虚無ではないと信じさせてほしい
前話までのチチ脳の影響が、色濃く長引いてるわw (もっとやれ)
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