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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二章

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第36話

 金属の転がる音が、夜の闇に溶ける。

 重厚感のある街灯が地面を転がったにしては、異常なほど小さな音だった。


(チッ……)


 ウィッグの毛先がすっぱりと、僅かに短くなっていることに気づき、織羽(おりは)は内心で舌打ちする。

 街灯の上から眺めていた時は、武器など持っているようには見えなかった。だが先程ちらと見えたのは、間違いなく刃物であった。


「……どちら様でしょうか。ここがどなたのお屋敷なのか、分かっておいでですか?」


「……」


 織羽(おりは)が問いかけるも、不審者は答えない。

 先ほど一瞬振り返った不審者だが、しかし今は再び後ろを向いている。その状態のまま、ただ僅かに肩を震わせるのみである。背中越しであるため表情は分からないが――――少なくとも、織羽(おりは)を恐れているわけではなさそうだった。


「……答えるつもりはない、ということですか。一応お伝えしておきますが、お嬢様は既に入浴を済ませております。覗こうとしても無駄ですよ」

 

 そんなユーモア溢れる織羽(おりは)誰何(すいか)は、しかし見事に無視される。もちろん織羽(おりは)も、答えが返ってくるなどとは思っていなかったが。

 そうして織羽(おりは)がため息ひとつ、不審者少女へと向かって一歩距離を詰める。問答をするつもりがないのならそれでもよい、こちらも事務的に対応するだけだ、と。するとそこでようやく、不審者少女が小さな声を発した。


「――けた」


「……なんです? よく聞こえませんでしたが」


 それはか細く、震えるような声だった。

 少女の言葉がよく聞き取れなかった織羽(おりは)が、もう一歩近づく。そこでようやく、少女の声を聞き取ることが出来た。


「みつけた」


「あ、はい」


 少女の言葉に、織羽(おりは)の唇がひくひくと痙攣する。

 あまりのことに『あ、はい』などという意味の分からない返事をしてしまう。


(はいじゃないが!? っていうか怖すぎでしょ! ホラーかな?)


 現在は23時を回っており、深夜と呼んで差し支えのない時間帯だ。

 そんな夜の闇に紛れ、こんな人気(ひとけ)のない場所で。場違い以外の何物でもない少女がひとり、刃物を手にして。いざ声をかけてみればいきなり斬り掛かってきて、あまつさえ『みつけた』である。これがホラーでなくて一体なんだと言うのか。ダンジョンには霊体系の魔物も存在しているし、織羽(おりは)も幾度となく戦ってきた。そんな織羽(おりは)を以てしても、これには背筋が寒くなった。幽霊よりも生きている人間が怖い、などというのはよく聞く話だが――――今まさに、織羽(おりは)はそれを体感していた。


 それでもどうにか、織羽(おりは)は言葉を絞り出す。努めて冷静に、なるべく平坦な声色で。


「みつけた……というのは、一体何のことでしょうか?」


「ウフフ。とぼけちゃって。そんなの――――」


 少女の背中に凄まじい殺気が膨らむ。

 織羽(おりは)がホルスターからナイフを抜き取るのと、少女が振り返るのはほとんど同時だった。


「――――貴女を、に決まってるじゃんッ!」


「ひえっ」


 刹那、金属の軋る激しい音が鳴り響く。

 そのあまりの剣速故か、打ち付ける白刃が僅かに火花を散らす。

 そうしてようやく、少女の得物が刀だと判明した。片刃で反りのない、いわゆる直刀だった。薄闇の中ということもあって、刀の軌道は酷く見づらい。そもそもの間合いも読みづらい。加えて少女の攻撃は、そこらの探索者とは比べ物にもならない程に速く鋭く、容赦がなかった。顔、首、胸部と、一切の迷いもなく急所を狙ってきている。しかし初撃を受け流したその後も、織羽(おりは)は少女の攻撃を難なく捌いてみせた。


「あははは! 流石だね! そんな小さなナイフで受け切るなんて!」


「お褒めに預かり光栄で――――はて? 流石というのは……? 貴女とは初対面だと思うのですが」


「そだねぇ!」


 怪訝そうな顔を浮かべる織羽(おりは)と、随分と楽しそうに盛り上がる不審者少女。激しい剣戟の間に行われる会話としては、酷く呑気で場違いな内容だった。

 くるくると器用にナイフを操りながら、織羽(おりは)が少女をよく観察する。しかしいくら記憶を辿ってみても、織羽(おりは)は少女の顔に憶えがなかった。


 フードの隙間から僅かに見える、少し幼い顔立ち。

 両の耳にはそれぞれ特徴的なピアスが光っていた。小柄な体格を考えれば、恐らくは織羽(おりは)と同年代くらいだろうか。一般的に見て、可愛らしく整っている方だと言えるだろう。妖しく狂気に濡れた瞳さえ除けば、ではあるが。

 

「スゴいスゴい! やっぱり間違いないね! (ルー)を倒したっていう謎のメイド、キミなんでしょ!?」


(ルー)……? 何の話だろ? 困ったな……何を言ってるのかまるで分からないや) 


 少女は大変楽しそうだったが、しかし一方の織羽(おりは)はますます困惑する。少女の話が何ひとつ理解出来ないのだ。文脈から察するに『ルー』とやらは人名だろう。だがそんな名前の知り合いは居ないし、眼の前の少女同様、記憶の何処にも存在しなかった。もしかすると今の任務に就く以前――――調査室絡みの手合でだろうか。そうだとすると余計に憶えていない。憶えているはずがない。


「失礼ですが、人違いかと。私の知り合いにそのような方はおりません」


「あっはははは! 記憶にも残ってないんだ!? まぁでもそうだよね、あいつ弱っちぃもんねぇ!」


 少女の振るう凶刃が月明かりに照らされ、織羽(おりは)に迫る。織羽(おりは)がくるりとナイフを回し、それを弾く。

 仮に高位の探索者が傍で観戦していたとして、一体どれだけの者がこの戦いについてこられるだろうか。少なくともこんな時間、こんな場所で行われるようなレベルの戦いではなかった。

 そうして織羽(おりは)が攻撃を凌ぎ続けることしばらく。時間にすれば二、三分かそこらであろうか。周囲の住民が異変に気づいたのか、少しずつ辺りが騒がしくなってくる。


「っと……流石にこれ以上はマズいですね」


「だねぇ。名残惜しいけど直接顔も見れたし、今日はここらで帰ろうかなー」


 先程までの狂気はどこへやら。

 まるでスイッチが切れたかのように正気へ戻った少女が、一転してこの場を立ち去ろうとする。

 

「おや、帰れるとお思いで?」

 

「よゆーよゆー! 確かにキミはすごく強いけど、目立つのを嫌ってる。そうでしょ? アタリでしょ?」


「……今のが本気だと思われては困りますね。貴女を捕縛してそこらに転がすだけなら、一分もかかりませんよ」 

 

「あはっ、そうかもね! でも……」


 少女はそう言うと大きく息を吸い込む。

 そして大声で、こう叫んだ。


「きゃああああああ! へんたぁぁぁぁぁい!!」


「ッ!?」


「あははははは! 目立ちたくないんだよね? 早く逃げないと事情聴取されちゃうよ? 今からだと朝までコースかなぁ?」


「このっ……!」


 織羽(おりは)が少女に迫ろうとするが、しかし思い留まる。

 捕縛するのは簡単だが、しかし逃げに徹された場合は話が違う。これだけの実力を持った相手を追いかけるとなると、流石に数分でというわけにはいかないのだ。

 

 治安維持部隊(ガーデン)は優秀だ。勤勉な彼らのこと、通報があればほんの数分で駆けつけることだろう。このまま現場に居続ければ、仮に通報とは無関係だとしても、事情聴取で拘束されるのは間違いない。まして織羽(おりは)は今回の件にガッツリ関係してしまっている。あれやこれやと調べられれば、いらぬ事まで掘り返される恐れがある。最悪の場合は『女装メイド姿のガチ変態』として逮捕される可能すらある。その後の事など考えたくもないが、恐らくは怖い顔をした(ひそか)が迎えにくることになるだろう。それだけは何としても避けたかった。


 織羽(おりは)が男であるということに気づいたわけでもないだろうが――――少女の取った手段は、奇しくも織羽(おりは)に刺さりまくっていた。

 

「それじゃーね、謎の最強メイドさん。また遊びにくるよ」


「……次は容赦しません」


「ウフフ、それは楽しみだね!」


 織羽(おりは)からすれば鬱陶しいことこの上ないセリフを残し、少女は音もなくその場から去っていった。


「……何だったんだ一体……おっとマズいマズい、早く部屋に戻らないと……」


 そうして織羽(おりは)も、まるで逃げるようにしてその場を後にする。

 遠くからは既に、小さなサイレンの音が聞こえ始めていた。


 

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まるっきり否定しきれナイのが居た堪れない……
姫の護衛は楽じゃないっすね!
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