第34話
流石は金持ち学園というべきか、白凪学園の食堂は非常に広い。
それこそ、全校生徒が一度に押しかけても余裕があるほどだ。生徒全体の人数が少ないということもあるだろうが、それを抜きにしても広かった。無論、提供される食事の質も凄まじい。そこらの高級レストランと同等か、或いはそれ以上の料理が平気で出てくるのだ。それらが全て無料だというのだから、白凪学園の持つ財力は計り知れない。中には厨房だけを借り、家で雇っている専属シェフに料理をさせる生徒などもいるが――――それはさすがに少数派である。
そんな異次元の学食にて、凪達は昼食をとりつつ雑談をしていた。
メンツは凪と織羽の主従に、リーナとマリカ主従。そしてそこに、先日仲良くなった(?)莉子と火恋が加わっている。
莉子達は一般家庭の出ということもあり、入学からこちら、この異次元食堂にはなかなか近づけずにいたらしい。無料で高級な食事が楽しめるのだ、当然利用したい気持ちは山々だった。しかしお嬢様学園特有の金持ちオーラに気圧され、結局は学外に出て、コンビニ等で弁当を買って済ませていたとのこと。それを聞いた凪が『なら私達と一緒に来なさい』と二人を誘ったのだ。デレ期に入る前の凪を知っている織羽やリーナ達は、それはもう驚いたものである。
身分や立場などはそれぞれ違うが、しかしこの四人――メイドである織羽とマリカは除く――には共通点があった。
その共通点とはダンジョンだ。凪は探索者向けの会社を運営しているし、リーナは実家が迷宮都市の領主である。そして特待生の二人は既に探索者として活動を行っている。故に不思議と、話が合うのだ。もちろん、それ以外の面では色々と認識の違いがある。金銭感覚などはその最たる例であろう。しかし共通の話題がひとつでもあれば、それで十分だった。
そんな彼女達が集まれば、話題はダンジョンの方向へ傾く。
現在話しているのは、もうすぐそこまで迫ったダンジョン実習についての話題であった。
「ところでお二人は、護衛の探索者を個別で雇ったりするんですか?」
莉子が食後のスイーツをパクつきながら、凪とリーナのお嬢様組へと問いかける。
なるほど確かに、マナー的に少し微妙かもしれない。とはいえ、そんな小さな事で腹を立てるような狭量な者は、この場にはいなかった。
「私には必要ないわね。学園が用意する、引率役の探索者だけで十分だと思っているわ。まぁ……あとは一応、変なメイドもいることだし」
「変なメイドとは何ですか。完璧美人万能メイドとお呼び下さい」
「はいはい」
凪はそう言うと、怪しむような呆れるような、そんななんとも言えないじっとりとした視線を織羽に向けた。
白凪学園で毎年実施されているダンジョン実習には、学園側の用意した探索者パーティが護衛につく事となっている。護衛役は探索者協会によって選出され、パーティとしての実績と信頼度が大いに反映される。その所為か、この護衛役に選ばれるという事は探索者側からしても、大変に名誉なことだと言われていたりするのだ。その年で最も活躍しているパーティが選ばれる、などと囁かれているほどで、探索者界隈における一種の賞レースのような扱いとなっていた。
しかし、いくら優秀なパーティが護衛につくといっても、やはり親は子を心配するものである。そうした保護者からの物言いもあってか、個別に護衛を雇ってもよいとされているのだ。腕利きの探索者を護衛に雇うのは安くない費用がかかるため、こういったところもまた、金持ち学園ならではの制度である。とはいえ全てを許可していてはキリがないので、各生徒につき『護衛は一人まで』という制約もあるのだが。
「ま、所詮は低層を見学して帰るだけのイベントよ。そんなことに無駄なお金を使うつもりはないわ」
「なるほどぉ……凪さんってめちゃくちゃお金持ちなのに、他のお嬢様達とは随分違いますよね。あっ、もちろん悪い意味じゃなくて、親しみやすいっていうか……そういう意味ですよ!」
「……そうかしら? そうだといいのだけれど」
失言だとでも思ったのか、慌てて弁解する莉子。
しかし凪は気にした風もなく、むしろ『そこらの七光り達とは違う』と言われた事が嬉しかったのか、ほんの少しだけ口角を上げていた。
「リーナさんはどうするのかな?」
凪はそう言っているが、リーナはどうするつもりなのか。
気になった火恋が水を向けてみれば、リーナは当たり前のような顔をしてこう言った。
「私は普通にルーカスを連れていきますよっ。普段は留守番をしてもらっていますから、こういう時は連れて行ってあげないと!」
「あ、それって噂の四桁執事さんですか?」
「そうですよっ! 私の自慢の幼馴染なんです!」
「身近に四桁台の探索者がいるって地味――――いや派手にスゴいですよね。今度お話伺ったら駄目ですかね? 探索者として、いろいろアドバイス貰いたいんですけど」
「もちろんオッケーですっ! というか、仰って貰えればいつでも呼びますよっ!」
自身の従者が褒められた事が、単純に嬉しいのだろう。ふすふすと鼻息を荒くしながら、リーナは火恋の要望を快諾した。
そう、四桁台は上澄み中の上澄みだ。もちろんルーカスの場合はリーナの身内であり、一般的な探索者とは少々事情が異なる。だが仮に個人で雇おうとすれば一日で数百、数千万という金が飛ぶ。そんな人物を執事として使っているのだから、リーナも大概なお嬢様である。
それを聞いていた織羽が、ふとルーカスの事を思い出す。
(初めて見た時はゴロツキにボコられてたけど……)
それは織羽がこの九奈白市にやってきた、その初日のこと。
ルーカスはそこらのゴロツキに一撃で倒され、結果としてリーナを危険に晒していた。そこだけを切り取ってみれば、四桁などと言っても大したことがないように思える。事実、織羽も最初はそう思っていた。
しかし今は少し違う。
織羽とルーカスは毎朝一緒に登校する傍ら、暇つぶしにいろいろな話をしていた。そんな小さな会話を通して、織羽には『ルーカス一撃ノックダウン事件』の全貌、その大凡が見えていた。何故ルーカスはあっけなく負けたのか。その原因は、彼が良くも悪くも『探索者』だったという一点に尽きる。つまりルーカスの実力はダンジョン探索技術と対魔物戦に特化しており、対人戦の経験が少ないのだ。小さな頃から地元の探索者と遊んでいたなどと言っていたが、遊びは所詮遊びだ。とてもではないが対人経験とは呼べない。ルーカスの言葉の端々から、織羽はそんな印象を受けていた。
対するゴロツキ側は、しょうもない小競り合いばかりを繰り返していたことだろう。喧嘩はもちろんのこと、探索者同士でのいざこざも多かったに違いない。要するにあのゴロツキ共は、ルーカスよりも『場馴れ』していたのだ。ついでにルーカスの慢心や油断もあった。なんだかんだで、ルーカスもまだまだ若いということだ。その結果が、あの日の『アレ』である。全ては織羽の想像に過ぎないが、そう大きく外れてもいないだろう。
(話をすれば良く分かる。彼は多分、四桁の中でも特にダンジョンの知識が深い。恐らくダンジョン内でなら、彼はそこらの探索者よりも余程腕が立つ)
探索者の順位とは、純粋な戦闘能力だけでは決まらない。ルーカスはそれを体現しているといえるだろう。それに弱いというわけでは決して無い。ただ若さゆえの経験不足が、彼の足を引っ張っている。織羽から見たルーカスという男の評価は、概ねそんなところであった。とはいえ、若さというなら織羽のほうが下である。もし隆臣あたりに聞かれようものなら、『お前が若さ云々言うな』などと揶揄われていたことだろう。経験部分で言えば、織羽とルーカスでは比較にもならないだろうが。
そんな彼を連れて行くというのであれば、そのダンジョン実習とやらに『もしも』は起こらないだろう。
仮に学園の用意した護衛パーティが頼りなかったとしても、ルーカスが居れば低層程度はどうにでもなるはずだ。
そんな安心材料を手に入れ、織羽はすっと胸を撫で下ろした。
どうやら自分があれこれ手を出す必要はなさそうだ、と。
なお、ルーカスが負けた織羽曰くの『ゴロツキ』についてだが――――
実は彼らは、地方ではそこそこ名が売れている新進気鋭のパーティだった。地方のダンジョンで熱心に探索業を行い、彼らは着実に力を付けていった。そして仲間の一人が四桁へ足を踏み入れたことを契機に、迷宮都市として名高い九奈白市に進出してきた。そんな、まさに『これから』のパーティだった。九奈白市で活動するのに、実力面ではもちろん申し分なかった。
しかし新天地での活動ともなれば、どうしたって勇み足になるものだ。そんなやる気や意気込みが、あの日は空回りしていたのかもしれない。要するにかかっていたのだ。その結果、一度もダンジョンに潜ることなく戦線離脱となった。あの日の一件について、これが真実である。
だがそんな真実など、織羽もルーカスも、そしてリーナや凪でさえも知ることはない。
あのゴロツキ共と織羽達が再び見えることは、恐らく二度とないだろう。所詮は全て終わった事、過去の話に過ぎないのだから。




