表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/92

第17話

 九奈白凪という少女は、自らの才覚に依らない持ち上げを嫌う。

 それは分かりやすく言えば、九奈白家の息女として必要以上にちやほやされることを嫌う、ということだ。


 九奈白という家に生まれた以上、それはどうしてもついて回る事柄だ。それについては勿論、凪本人も分かっていること。

 そして未だ少女である自身が、少なからずその恩恵に与っていることも理解している。特別扱いなど数え切れぬほど受けてきた。自らの生まれが特殊であると、幼い頃より知っていた。

 だからこそ、彼女は九奈白の名に甘えることを良しとしなかった。家が嫌いなわけでない。父が嫌いなわけではない。ただ九奈白家の娘として、その名に恥じることがないよう在りたい。そこらの子息子女にありがちな七光りなどではなく、自らの力で立ちたい。そう考えている。

 

 そうした特殊な環境に身を置き、一度でも恩恵に与ったことがあるのなら、その恵まれた地位には義務と責任が生じる。ノブリス・オブリージュというわけではないが、しかし彼女はそれに近い考えを持っていた。要するに誇り高いのだ。その上で賢く、自らを厳しく律する者。あるいは、そう在ろうと志す者。それが九奈白凪という少女である。


 とはいえ、所詮はまだ十五の少女だ。『言うは易し』とは良く言ったもので、普通に考えればただの理想論でしかない。

 だが彼女には、それを実行するだけの才覚があった。自らを磨く努力すら、彼女は怠らなかった。その結果、それらは既にただの理想ではなくなりつつある。


「会社の視察、ですか?」


「ええ。普段は花緒里(かおり)を連れて行くのだけれど……生憎と今日は手が離せないらしいのよ。だから代わりに貴女を連れて行け、だそうよ。というわけで織羽(おりは)、出かける準備をして頂戴」


 ある休日のこと。

 珍しく部屋まで呼び出された織羽(おりは)は、ほとんど説明もないままにそう伝えられた。九奈白凪は既にいくつかの会社を経営している。それはこの護衛依頼に付く際、(ひそか)から渡された事前の資料で確認済みだった。確かに、暇を見つけては会社の様子を見に行っているとの記載があった。

 

 本日凪が視察に向かうのはそのうちのひとつ、『 Le Calme(ル・カルム)』であるとのこと。意味はそのまま、フランス語で『凪』である。随分と直球ど真ん中なブランド名ではあるが、無駄を嫌う凪らしいといえばらしいか。確か探索者向け装備類のデザイン、および販売を手掛けている高級ブランドだったと織羽(おりは)は記憶している。値段こそ高価ではあるものの、しかし品質と実用性に拘った一品ばかりを取り揃えたブランドだ。また他の探索者用品店には無いような、所謂『かゆいところに手が届く』商品も多く揃えられている。それ故、激戦の繰り広げられる探索者界隈に於いても人気を博し、探索者にとっては『 Le Calme(ル・カルム)』製の装備を持つことが、すっかり憧れとなっているのだとか。


「承知しました。では参りましょう」


 言うが早いか、織羽(おりは)はその場に『すんっ』と直立する。澄ました顔が若干腹立たしい。


「……いえ、だから準備をしなさいと言っているのよ」


「はい、既に準備は完了しております。必要なものは『私』です」


 そう言って自らを指差す織羽(おりは)

 それを見た凪は、胡乱げな瞳を織羽(おりは)に向けつつ小さなため息を吐き出した。


 


       * * *




「この手の車を運転するのは初めてですが……流石と言いますか、やっぱり乗り心地が良いですね」


「私はあまり好きじゃないわね、無駄に目立つし。それより貴女、本当に免許持ってるんでしょうね?」


「あはは、当たり前じゃないですか」

 

 スーツ姿の凪を後部座席に乗せ、織羽(おりは)の運転する車が街中を走る。

 流石は九奈白家というべきか、あるいは、流石の九奈白凪というべきか。白凪館の所有する車は、如何にも『金持ちが乗っています』といった外観をしていた。つまりは黒塗りで、妙に車体が長い例のアレである。凪自身の好みからは遠くかけ離れているらしいが、しかし彼女の年齢と立場上、こういった『演出』も必要なのだとか。

 

 余談だが、織羽(おりは)はちゃんと免許を取得している。本来は十八歳以上でなければ取得出来ないはずの自動車免許を、だ。もちろんこれは特例であり、彼の所属する迷宮情報調査室絡みの理由である。政府直属の組織であるが故、こういった部分は随分と融通が利くのだ。とはいえ、織羽(おりは)が実際に車を運転する機会はそう多くない。移動に車を使う際は、基本的に(ひそか)が運転を担当しているからだ。にも関わらず高い運転技術を保有しているあたりは、流石というべきなのだろうか。ちなみに織羽(おりは)一人であれば、それこそ走った方が速かったりする。閑話休題。


 白凪館に於いても、普段の外出時は花緒里(かおり)が運転するのだが――今回は彼女が所用で居ない為、織羽(おりは)が運転手を勤めているというわけだ。

 そうして九奈白市内を走ること、凡そ一時間。特に渋滞に引っかかるなどということもなく、二人は目的の通りへと到着していた。


 やってきたのは市内の、それもダンジョンにほど近い大通りであった。

 所謂『迷宮通り』などと呼ばれている場所だ。普段凪達が通学に使用しているメインの通りとは異なり、そこには探索者向けの店が多く立ち並んでいる。『探索者』などといっても、小説や漫画の世界に登場する『冒険者』とは違うのだ。基本的に見た目の上では普通の一般人と変わらず、昼間から飲んだくれて喧嘩を吹っ掛けてくるような粗暴者は()()()。とはいえ、それも当然の話だ。ここは創作の世界ではなく、秩序の保たれた現代社会なのだから。


 そんな迷宮通りに軒を連ねている店は、そのどれもが()()()()()

 ファンタジーではありがちな、如何にもといった酒場、ギルド、木製のスイングドアなどあるはずもなく。一見しただけではそうと分からないような、ごくごく普通の店構えばかりである。普通の店と違いがあるとすれば、それはショーウィンドウに飾られているのが『装備』であるという点くらいか。


「わぁ、なんだか素敵ですね。活気があると言いますか……」


「ここは迷宮都市だもの。市外より活気があるのは当然――というか、初めて見たような反応をするのね?」


「はい、実はこういった探索者街に来るのは初めてです」


「……? 貴女、『元探』なんじゃなかったかしら?」


 窓を流れる店を眺めながら、やたらと感動を見せる織羽(おりは)。その様子に、凪は少しの疑問を覚えていた。確かに、ここ九奈白市の探索者街は活気がある。それこそ、市外のそれとは比べ物にもならない程だ。しかし、それにしたって織羽(おりは)の反応はおかしい。活気の違いこそあれど、どこも似たようなものであるはずなのに。

 

 そう思い凪が問うてみれば、織羽(おりは)はこういった場所に来るのが初めてだという。それこそおかしな話であった。元とはいえ探索者だったのならば、一度くらいは見たことがある光景の筈。普段ならば他人の詮索などしない凪だが、しかし今回ばかりは妙に引っかかった。そもそもの話だが、発見されたダンジョンの周囲には、多かれ少なかれ店が建つものだ。あるいは、周囲に街が作られることもある。ここ九奈白市がそうであるように。だというのに、織羽(おりは)はこの光景を見たことがないと言う。果たして、そんなことが在り得るのだろうか。


「貴女、今まで一体どういう――」


 そうして凪が、珍しく織羽(おりは)を追求をしようとしたところで――――


「お嬢様、到着致しました」


 そういって織羽(おりは)が車を停める。迷宮通りから、道をひとつ奥に入ったところ。やかましかった喧騒もいくらか鳴りを潜め、どこか物静かな雰囲気が漂っている。そこには先程の表通りとは異なり、比較的高級な店や、市外から来た探索者向けのホテルが立ち並んでいた。そんな通りの一角に、『 Le Calme(ル・カルム)』の看板があった。


「……そう。ありがとう、ご苦労さま」


 凪が労いの言葉をかけた時には、既に織羽(おりは)は車外へと出ていた。そうして後部座席へと周り、外から扉を開ける。


「どうぞ」


「……ええ」


 織羽(おりは)に促されるまま、ゆっくりと優雅な所作で車を降りる凪。

 元よりただの世間話だ。それほど興味があるわけでもない。まして彼女は、他人を()()()()()()()()常より心がけている。どうせ織羽(おりは)との付き合いなど、長くとも三年の間でしかない。機を逸した凪はそう考え、その後の追求をすることはなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ