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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 二章

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第126話

 まさかいきなり街中を飛び回るわけにもいかない。

 織羽(おりは)はどこぞのお姉さんを抱えながら、常識的なメイドの範囲内(?)で走っていた。

 

 (さてさて、一体何者なのやら……)


 ついつい声をかけてしまったばかりに、随分とまぁ面倒なことになったものである。

 この女性は『追われているから助けてくれ』などと宣っていたが、この時点で既に怪しさ満点である。確かに織羽(おりは)から声をかけたし、メイド服を着ていた為ある程度の身分は保証されている。されてはいるが――――果たして、言うほど助けてもらえそうに見えるだろうか。


 方や、ちょっと容姿が良いだけの一般メイドさん。

 方や、屈強なグラサン黒服四人衆。

 誰がどう見たって、助けを求める相手を間違えている。真に助けを求めるのであれば、近くの治安維持部隊(ガーデン)詰め所に飛び込むべきだ。その方が確実だし、普通は誰もがそうするだろう。しかし女性は、迷うことなく織羽(おりは)に助けを求めた。一体何故か。

 

 ひとつ。

 そもそもあの黒服四人衆が敵ではなく、本当はこの女性の護衛であるというパターン。

 実は彼女は相応に地位の高い女性で、たまの休みにこっそり街へと繰り出したところであった。しかし取り巻きに失踪がバレてしまい、連れ戻されそうになっている、とか。もちろんこれはただの予想、ほとんど妄想の類ではあるが――――この街のお金持ちはどこかおかしな人間が多い。普通ならあり得ないことでも、()()でならあり得る話ではないだろうか。


 例えばリーナも高い地位を持っているが、この街へやってきた直後に同じような事をしていたわけで。

 このパターンであれば最悪掴まったところで問題はないし、ただのお茶目な悪ふざけと思えばまぁ、まぁ。


 そしてもうひとつは、何らかの事情で治安維持部隊(ガーデン)の世話にはなりたくないパターンだ。

 市外で警察の世話になった時と同様に、治安維持部隊(ガーデン)に助けを求めた場合は、事情聴取や書類手続きなどの面倒な作業が待っている。仮に後ろめたい事が無かったとしても、こうした面倒な手続きを厭う者は少なくない。何しろ拾った財布を届けただけでも、軽く二、三十分は拘束されるのだから。この後に何か予定が入っているとすれば、治安維持部隊(ガーデン)の世話になりたくないというケースは十分に考えられる。


 ぱっと思いつく理由としては、このどちらかであろう。

 このふたつの可能性を最初に考えつつも、しかし今の織羽(おりは)はなんとなく、どちらのパターンでもないような気がしていた。


(ん……やっぱりこの人、なんか()()()()()()


 それはある種の違和感。

 人ひとりを抱えて走るというのは通常、それほど簡単な行為ではない。

 例えば大きな荷物を肩に担いでいたとして、一度もポジションを変えずに持ち運べるだろうか。歩く際の振動や荷の重心変化など、そうした様々な要素によって、荷物のポジションは徐々にズレていくものだ。だからこそ普通は担ぎ直したり、或いは持ち方を変えたりするのだ。『気を失っている人間を運ぶのは非常に難しい』などとよく言われるが、それと同じ事だ。

 

 だというのに、だ。

 この女性はあまりにも()()()()()()

 雑踏を駆け抜ける際、当然織羽(おりは)は左右に動く。その度に身体は揺れるし、抱えている腕はどうしても動く。しかしこの女性はその都度、ごくごく自然に重心を移動し、体勢をも僅かに変えている。まるで織羽(おりは)の進む先を知っているかのように、だ。

 

 つまりこの女性はどういうわけか、抱え直す必要が一切無いのだ。


(こんなの、簡単に出来る芸当じゃあない。前にお嬢様を抱えた時も随分楽だったけど、この人はその比じゃない)


 総会場で凪を抱えて移動した際、織羽(おりは)は彼女の身のこなしに感嘆した。

 流石は文武両道完璧お嬢様、運動神経も抜群だなと素直にそう感じた。だが――――。

 

「うふふ! とっても速いわぁー」


 このどこかアホっぽい着物女性は――とてもそうは見えないが――凪よりも数段上の運動センスを持っているらしい。

 それに加えて、先のやたらと強い指力。軽くとはいえ、織羽(おりは)が振りほどこうとして出来なかったのだ。これらの情報を総合し、恐らくはこの女性もまた、自分と同じように実力を隠しているのではないかと織羽(おりは)は考えていた。

 

 どれだけ隠そうとしても、日頃の癖や習慣まではなかなか隠しきれないものだ。

 見る者が見れば、目線や仕草などは特にわかりやすい。つい周囲を警戒してしまったり、無意識に壁を背にしてしまったり。もちろん織羽(おりは)はそれらもしっかりと矯正しているため、現時点で実力がバレているとは考えにくいが――――それでも何か、織羽(おりは)の纏うオーラのようなものを感じ取ったのかもしれない。だからこそ、彼女は織羽(おりは)を選んだのかもしれない。


 それなりの速さで走ってはいる織羽(おりは)だが、それも精々が一般人より少し速い程度だ。

 先の話はあくまでも織羽(おりは)の想像に過ぎないが、どこでボロを出すか分からない以上、やはり用心するに越したことはない。パルクールよろしく街中を駆けるなど、とてもとても。とはいえ息も切らさず、むっつり無表情のままでそれだけの速度を出している姿を見れば、現時点で既に十分におかしな光景ではあるのだが。


 十五分は走っただろうか。

 女性と出会った商業地区から、現在は観光客向けのエリアまでやって来ていた。

 立ち並ぶ店の質も幾分上がっており、見るからにお高そうな高級レストランや、警備の者が入口に立っているような高級ブランド店があちこちに。そこで漸く、織羽(おりは)は着物女性を降ろした。黒服の男達が追ってきているような気配もなく、であればこれ以上付き合う必要もないだろう、と。


「このあたりでよろしいでしょうか?」


「あら、もう終わり? 残念だわぁ」


「では、私はこれで」


 物足りなそうに頬を膨らませる女性を見て、話を巻きにかかる織羽(おりは)

 どこかイタズラっぽい彼女の表情に、なにやら嫌な予感を感じたのだ。三十六計逃げるに如かず、またぞろ面倒な頼み事をされる前に、さっさとこの場から離脱したかった。

 

「あらあら、助けてくれたお礼がまだよぉ? 折角だし、何かご馳走させて欲しいわぁ」


 きょろきょろと周囲を見渡し、偶然目に留まった料亭を指差す女性。

 青々とした生け垣によって仕切られており、街中にあって店がまるごと隔離されているかのような佇まい。もし看板が立てられていなければ、或いは公園か何かと勘違いしてしまいそうである。彼女が適当に選んだその店は、このあたりでも有名な超一流料亭だ。少なくとも『やってる?』などと言ったノリで入れるような店では断じて無い。


 そんな店に誘っておきながら、しかし料金を気にするような素振りはまるで見せない。

 このことからも、彼女が只者ではないことが分かる。間違いなくお金持ちであろうということも。まぁ、とうに分かっていたことではあるが。


 もちろん、付き合うつもりなど織羽(おりは)には微塵もない。

 ただでさえ怪しいというのに、あまつさえこんなところに連れ込まれては、何が待っているか分かったものではない。


「いえ、お気持ちだけ頂いておきます。大したことはしておりませんので」


「もうっ、最近の若い子はつれないわねぇ」


 貴女も十分若いでしょうに、などとはもちろん口にしない。

 この手の相手には、そもそもボールを投げてはいけないのだ。一度でも投げようものなら、地獄の無限キャッチボールが開幕するのだから。


「それじゃあお名前だけ聞かせてもらえるかしら? それと、どこのお家のメイドさんなのかしら? 後日ちゃぁんとお礼に伺うわぁ」


「いえ結構です名乗るほどの者ではありませんのでそれでは失礼いたします、とうっ」


 早口でそう捲し立て、ポケットから取り出した紙袋を頭から被る織羽(おりは)。あまりにも今更である。

 軽く右手を上げ、そのまま颯爽と場を後にする。背後で女性が何かを言っていたが、織羽(おりは)はもう振り向かなかった。


 

 

       * * *




「行っちゃった」


 つんと唇を尖らせ、正体不明のメイドが去っていった方を名残惜しそうに見つめる。

 お礼をしたいと言ったのは彼女の本心だった。気まぐれな悪ふざけに付き合わせてしまったのだから、手ぶらで帰すのはあまりに失礼であろう、と。

 とはいえ何か急いでいる様子であったため、無理強いすることは出来なかった。既に散々振り回した後ではあるが、そのくらいの良識は当然持ち合わせている。

 

「あの子、一体何者だったのかしら。ちょっとしたおふざけのつもりだったのに、思わぬ発見をしちゃったわね」


 そう、当初は本当にただのお遊びのつもりであった。

 久方ぶりに帰ったこの街で、偶然出会った一人の親切なメイド。

 声をかけてくれたのが嬉しくて、楽しくて、つい振り回してしまった。


 しかし、明らかに()()()()()()ではなかった。

 何がどう、と言われると答えには窮するが、しかし確実に()()()()()()


「親切だったし、不思議と話しやすかったし、ノリも良いし…………凪ちゃんのメイドに丁度良さそうだったのになぁ」


 この街にはメイドや執事といった使用人がそれなりに多い。

 しかしあくまでも仕事として仕えているものがほとんどで、サービスとしての人材派遣も珍しくはない。

 今日日、忠誠心で主に仕えているメイドなど居るはずもないのだ。どこの家のメイドかは知らないが、引き抜きは容易な筈だった。


「…………調べちゃおうかしら?」


 大慌てでこちらへ向かってくる黒服たちを遠くに見ながら、九奈白風音はにんまりと笑った。

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