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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 二章

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第125話

 白凪館で行われたメイド総出の緊急会議では、結局妙案が出ることもなく。

 パーティーの開催日まではまだ余裕があるため、『各々対策を考えておくように』ということでひとまずは解散となった。


「お金持ちの家は色々とめんどくさいですねぇ……」


 その日の午後。

 織羽(おりは)はひとり、買い出しの為に九奈白市内を歩いていた。

 凪の母、九奈白風音の情報など彼は全く知らない。だが流石は世界に名だたる資産家の妻、ということなのだろうか。話を聞いた限りでは、やはり一癖も二癖もありそうな人物だと感じていた。そこに金持ち特有の複雑なお家事情が絡んでくるのだから、人畜無害なハムスターを自称する一般女装男性にはまるで理解不能な世界であった。


 そもそもからして、織羽(おりは)は幼い頃に両親と死別している。

 両親の事を覚えていないわけではないが、物心ついた頃から数えて僅か数年の記憶でしかない。下手をすればパワハラゴリラとの思い出の方が多いレベルである。一般的な親子間の問題とていまいちピンとこないのに、特殊な家族関係のことなど理解出来るはずがなかった。


 そんな益体のないことをぼんやりと考えながら、いくつかの店を回ってゆく。

 白凪館にあるインテリアはどれもが高級品であり、なんでもかんでもオリハル箒で掃除するわけにはいかない。業者に頼んだりネットで購入する道具もあるが、特殊な用具や洗剤といったものはやはり自分の目で見て選びたい。そんな謎のこだわりがある故に、織羽(おりは)は一人で買い物に出かけることが度々あった。


 なおこれは織羽(おりは)に限らず、椿姫(つばき)亜音(あのん)も同様だったりする。

 白凪館のメイドは全員がその道の専門家であり、道具ひとつとっても非常にこだわりが強いのだ。給金はたっぷり貰っている上、住んでいるのはなんでも揃う迷宮都市。彼女らが隙を見つけて趣味に走るのも、この環境では仕方のないことである。閑話休題。


 ぱんぱんに膨らんだエコバッグを両手に、そろそろ帰ろうかと織羽(おりは)が考え始めた時だった。


「おや……?」


 往来から少し離れた小さな休憩スペース、そのベンチに一人の女性が座っているのを見つけた。

 少し童顔気味であるため定かではないが、恐らくは二十代後半といったところだろうか。艶のある黒髪に、ヒール部分が少し高くなっている高級そうな草履。そして何よりも、帯の上で窮屈そうにしている胸部だ。スタイルが抜群にいいからこそだろう。明らかに場違いなその着物姿は、正直に言って似合っているようには見えなかった。総じてその女性は、街中でひどく()()()()()


 といっても、別に美人だから見惚れたというわけでは無い。

 困った様子で頬に手を当て、眉尻を下げてきょろきょろと、女性が何かを探しているように見えたのだ。


 となれば、パーフェクトメイドたる織羽(おりは)が声をかけないわけにはいかなかった。義を見て為ざるは勇なきなり、などというわけではないが、仮にも九奈白のメイドが無視は出来ない。というよりも、メイド服を着ているからこそ声をかけられると言うべきか。


 この女性が只者ではないことなど一見して分かる。

 いくら困っているように見えたとしても、そこらの男が話しかけようものなら、即通報されても不思議ではない時代だ。

 

 しかしメイド服を着てればどうか。

 どこかしら金持ちの家、あるいは店に務めているメイドであることは明らかだ。そしてこの街では、メイドが街を歩いていることなど然程珍しいことでもない。ただのコスプレという可能性もあるにはある――実際織羽(おりは)のメイド服は改造されており、一般的なデザインとは少々言い難い――が、確率で言えば高くはない。なによりも、その所作を見れば本職なのかどうかは一目瞭然である。つまりこの街でメイド服を着ているということは、その時点である程度の身分が担保されているということ。 


「もし、そこの綺麗なお姉様。何かお困りでしょうか?」


「…………あらあら? もしかして私のことかしらぁ? うふふ、私みたいな年増を捕まえてお姉様だなんて、上手なんだからもうっ」


 自らの事を『年増』などと称する女性だが、織羽(おりは)の目にはとてもそうは見えなかった。

 ごく自然な薄化粧だというのに肌はきめ細かく、年増要素など微塵も見当たらない。

 

(……いやいや、どうみても二十代後半くらいにしか見えないんですけど)


 ()()()と呼んだのはお世辞でもなんでもなく、見たままにそう呼んだだけである。

 ともあれ、まさか『おいくつなのですか?』などと聞くわけにもいかない。別にナンパがしたいわけではないのだ。


「突然申し訳ありません、ですが見たところ、何かをお探しの様子でしたので」


「あら、そうだったのね。貴女みたいな可愛らしいお嬢さんに心配してもらって、おばさん嬉しいわぁ」

 

 しかし、話が前に進まない。

 今現在も一応は業務中であり、織羽(おりは)とて暇なわけではないのだ。

 そうして織羽(おりは)が『声をかけたのは失敗だったか?』などと考え始めたころ。道路を挟んだ向こう側に、なにやらこちらを指差し喚いている者達を発見した。如何にも『荒事バッチコイです』といった体つきの、黒スーツをきっちり着こなす四人組だった。


 そんな怪しい男達の姿に、どうやら女性も気付いたらしい。

 困ったような表情を僅かに浮かべた後、ぽん、とわざとらしく手を叩いていた。


「どうやら私の勘違いだったようですね大変失礼いたしましたそれでは私はこれでさようなら」


 そんなめくるめく面倒事の予感に、織羽(おりは)がこの場から離脱しようとしたその瞬間だった。

 背後からスカートがぐいと引っ張られていた。決して振り向かないよう歩を進めようとするも、不思議なことに微動だにしない。


「やだやだ、絶対に面倒臭いからやだ」


「うふふ、まぁそう言わずに。乗りかかった船とも言いますし、折角声をかけて下さったのですから、最後まで付き合うのが人情というものではありませんか」


「それは助ける側が言うセリフですぅー」


 じたばたと藻掻いて見るも、やはりスカートを摘む指は離れない。

 こんな()()()()()女性の華奢な指が、何故だか振りほどけない。もちろん織羽(おりは)が本気で振りほどこうとすれば、容易く逃げられることだろう。それはつまり、本気を出さなければ振りほどけないということだ。この時点で、着物女性が只者ではない事が確定する。それも織羽(おりは)が想像していたものとは別のベクトルで、だ。


 その外見からは想像も出来ないほどの力に、怪しげな男達。

 やはり声をかけたのは失敗だったと、織羽(おりは)は白目を剥いて後悔した。


「実はね……さっきからあの方達にしつこく追われて、ホント困ってたの」


「まだ尋ねてないのに勝手に説明始めるのやめてぇ」

 

 彼女の話の真偽が、織羽(おりは)には読み取れなかった。女性は先程からにこにこと楽しそうにしており、とても追われているようには見えない。だがもし今の話が真実だったとしたら、ここで見過ごすのは非常に後味が悪い。ついに観念した織羽(おりは)が女性の方へと振り返る。その割には随分余裕ですね、という言葉を飲み込んで。


「はぁ…………わかりました。とりあえず安全な場所まで送ります」


「わぁーい」


 まるで子供のように喜び、次いで両手を織羽(おりは)の方へと差し出す女性。


「…………これは何です?」


「お姫様抱っこがいいわぁ」


「…………」


 もはや是非もなし。

 渋々といった様子で女性を抱え上げる織羽(おりは)

 

「しっかり掴まっていて下さい」


「はぁーい」


 両肘にパンパンの買い物袋、腕には謎の着物女性、抱えて走るのはメイド。

 そんな怪しさ満点の状態で、織羽(おりは)は駆け出した。

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