第124話
映画やドラマなどで頻繁に目にする、財閥や資産家達のパーティー。
その主な目的としては情報交換や人脈作りなどが挙げられる。或いは何かしらのイベントであったり、単純に祝いの席という場合もあるだろう。少なくとも、名目上はそういうことになっている。会場で交わされる会話の表面をなぞってみても、一応はそういう風に聞こえる。しかし実際に行われているのは、くだらない見栄と意地の張り合いがほとんどだ。
言うまでもないことだが、凪はパーティというものが嫌いだ。
自分のような小娘の機嫌を一生懸命に窺う大人も、既知を得ようと笑みを貼り付け挨拶にくる者も、何やら親しげに声をかけてくるどこぞの御曹司も。誰も彼もが凪を見ておらず、九奈白の娘を見ている。何者でもないただの小娘を、まるで神の使いでも見るかのような目で。そんなひどく下らないやりとりを、凪はその耳目でずっと感じてきた。もちろん、純粋に凪とお近づきになりたいだけの者も居たのだが、本人が気づいていないのなら意味はない。
嫌いだから参加しない、などと言えればどれだけよいだろう。
しかし立場上参加しないわけにもいかず、また聡明な彼女は幼い頃からそれが理解出来てしまっていた。故に大きいものから小さいものまで、出席回数だけはとにかく多かった。つまり何が言いたいのかと言えば――――幼い頃よりひねくれていた凪には、凡そパーティというものに良い思い出がないのだ。ましてや楽しいだなどと、ただの一度も感じたことはない。
「というわけで、今から対策を考えるわよ」
「はぁ」
「何よ、そのやる気のない返事は。主人が困っているのだから、貴女も何か知恵を出しなさい」
「ははぁ」
この日、白凪館では作戦会議が行われていた。
もちろん議長を務めるのは彼女、絶対に出席したくない女、九奈白凪である。
参加者は残りの全員、つまりは花緒里、椿姫、亜音、そして織羽の三人だ。
何故このような会議が開かれているのか。一体何のための会議なのか。
それは偏に、凪の下へと届いたある手紙が原因であった。
会議室と化したリビングの中央、テーブルの上に無造作に置かれた一通の便箋と開封済みの封筒。
恐らくは高級品であろう、ただの紙だというのに何故か花の良い香りがする。もちろん読んではいないため織羽は内容を知らないが、筆で書かれたであろう達筆な文章の頭には、『凪へ』という文字が見て取れた。
「一応確認しておきたいんですけど、お嬢様のお母様からのお手紙なんですよね、コレ?」
「そうよ。この世で最も恐ろしい手紙だわ」
そう語る凪の顔は真剣そのもので、とても冗談を言っているようには見えない。
織羽は母から――――というよりも、誰からも手紙というものをもらったことがない。故に凪の気持ちは分からないが、しかしあのデカ乳鉄仮面令嬢がこうまで恐れているのだ。如何に織羽が変態女装朴念仁だとしても、この手紙が恐ろしく危険な代物だということくらいは容易く想像出来るというもの。そうして織羽があれやこれやと勝手な想像を始め、どういうわけかスマホを取り出した頃。隣に座っていた亜音からツッコミが入った。
「多分だけど、オリオリが想像してるようなヤツじゃないと思う」
「そうなんですか? これから弁護士に連絡しようかと考えていたのですが」
「えぇ……? 逆に、何を想像したらそうなるのさ」
「これが噂に聞く開示請求じゃないんですか?」
「絶対違うでしょ! っていうか親からくる開示請求って何なのさ」
亜音からきっぱりと否定され、折角取り出したスマホをしょんぼりしながら仕舞う織羽。
そんなバカなやりとりを横目に、花緒里が手紙を読み始めた。
「成程、招待状ですか」
「ええ。少し期間は空いたけれど、総会の成功を受けて小さな祝賀会を開くそうよ」
「……表向きは、ですね。タイミング的に考えて、恐らく本当の理由は――――お嬢様の婿探しでしょうか」
「ええ。というよりも、お父様から事前通達があったから間違いないわ」
今回、凪が真面目な会議を開いた理由はこれであった。
母・風音がこの街に来るという情報と、先触れとして送られてきた手紙。そしてその真意。
つまりは以前に嵐士が言っていた、凪の婚約者探しについての話だ。それをどうにか避けたいが為の緊急会議である。
「え、お嬢様結婚されるんですか!?」
「しないわよッ! だから、それを避けるために知恵を貸してと頼んでいるの!」
当然ながら結婚など御免被りたい凪。それがただの婚約だとしても、だ。
嵐士から話を聞かされて以降、凪はずっと考えていた。
如何にして、この最低最悪なイベントを乗り切るかを。そして手紙が届いてしまった今日に至るまで、ついぞ妙案は浮かばなかった。
「……嫌なら普通に断ればよいのでは?」
「それが出来れば苦労しないわよ」
「お母様とは不仲なのですか?」
「別に、そういうわけじゃないけれど…………」
織羽の質問に対し、もにょっと口籠る凪。
反抗期でもあるまいし、母のことが嫌いなわけでは断じて無い。もちろんちょっぴり苦手ではあるが。
そもそもの話、そこらの一般家庭とは環境が違うのだ。
風音は国外へ出ていることも多く、常日頃から傍にいるような存在ではなかった。おまけにその性格は、控えめに言って天然――――否、ほとんど変人である。温厚ではあるが、名家の出ということもあって相応に厳しい。かと思えば、ただの思いつきで場をかき回すことも珍しくない。
凪から見た風音は、とにかく謎の存在だった。父親の嵐士も大概怪しいものだが、風音はその比ではない。
掴みどころがないと言う意味では、もしかすると織羽に似ているのかもしれない。このふざけたメイドが自分の親だったとして、その性格をどう形容しろというのか。なるほど確かに、凪が口籠るのも仕方のないことであろう。
「私とお母様の関係はどうだっていいのよ。今はとにかく、欠席する方法を考えなくてはならないわ」
「そうですねぇ…………では、ベタに風邪でもひいてみますか?」
「何を馬鹿な事を、と言いたいところだけれど、最悪それもアリだわ」
「ありゃ。こんなのが選択肢に入るということは、お嬢様は意外と真面目に悩んでいらっしゃる?」
「さっきからそう言ってるでしょう」
結局、この緊急会議が終了したのは数時間後になったという。
織羽や亜音が繰り出す雑な提案を、凪が真面目に却下するという流れが大半であったため、これといって何も作戦は浮かばなかったのだが。




