表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/92

第12話

 厨房を後にした織羽(おりは)は、続いて庭園へとやってきていた。

 ただでさえ広大な敷地を持つ白凪館(しろなかん)だ。庭園部分もまた、馬鹿げた広さを持っている。


 そんな庭園の中心部。

 正門から正面玄関を結ぶ道のど真ん中で、一人のメイドが織羽(おりは)を待ち構えていた。


「彼女がこの庭の管理をしている、百合草です」


「ゆ、百合草椿姫(ゆりくさつばき)です。よ、よろしくお願いします……」

  

 花緒里(かおり)からの紹介を受け、 メイドとしては後輩である織羽(おりは)に対して、深々と礼を行う椿姫(つばき)

 緊張しているのか、或いは引っ込み思案な性格をしているのか。どこか不安そうな顔で新参の織羽(おりは)を見つめていた。

 

 身長は少なく見積もっても170cm以上。ともすれば180cmにも届くかもしれない。女性としては随分と高身長で、目を合わせようとすれば少し見上げる形となってしまう。椿姫(つばき)は長い黒髪を首の後ろでまとめ、背中の方へと垂らしていた。それに比例してか、随分とご立派な胸部装甲をお持ちである。すこし汚れたメイド服を見るに、つい先程までも庭仕事を行っていたのだろうか。外見はいろいろと大きいが、しかし内面は物静か。そんな印象を受ける女性であった。


「本日よりお世話になります、織羽(おりは)と申します。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」


「あ、いえ、そんな……こちらこそ、よろしくお願いしますぅ」


「姓名どちらも植物に関係しているなんて、素敵なお名前ですね」


「あ、あわわ……いえ、その、ありがとうございますっ」


 織羽(おりは)の言葉が予想外だったのか、再びお辞儀マシーンと化してペコペコしてしまう椿姫(つばき)。見た目に反し――――といえば少し失礼だろうか。ともあれ、椿姫(つばき)にはどこか小動物的な可愛さがあった。織羽(おりは)の中のSっ気がむくりと顔を覗かせる。


(うーん……多分この人、めちゃくちゃ面白い人だ)


 とはいえ、初対面でいきなりイジるわけにもいかない。

 織羽(おりは)はそっと心の中で、椿姫(つばき)を『面白い人リスト』へと記録した。


 そうして恙無く挨拶を済ましたところで、再び花緒里(かおり)からの説明が入る。


「なにぶん広い庭ですから、手隙の際には助けてあげて下さい」


「はい、畏まり――――え? もしかして、椿姫(つばき)さん一人でこの庭を管理しているのですか?」


 織羽(おりは)が再び庭園を見渡す。とてもではないが、女性一人で管理出来る広さではない。

 

「あ、はい。そうですぅ……えへへ。こう見えて、植物関係の仕事には自信があるんですよぉ」

  

 そんな織羽(おりは)の疑問に、何故か照れくさそうな顔で椿姫(つばき)が肯定した。『仕事には自信がある』という言葉通り、確かに庭の手入れ自体は完璧だ。荒れているところは僅かにも見られず、枯れ葉や雑草のひとつすら見当たらない。樹木は綺麗に整えられ、文句なしに一級の庭園だと言えるだろう。だがしかし、そういう問題ではない。これほど見事な庭園を一人で維持するなど、探索者ほどの身体能力があっても難しいだろう。一般人であれば尚更、物理的に不可能だ。しかし、()()()と笑う椿姫(つばき)の表情は、とても嘘をついているようには見えなかった。隣の花緒里(かおり)にしても至極真面目な顔をしている。


(……ま、いっか)


 一体何をどうすれば、このようなことが出来るのか。

 非常に興味は尽きないが、しかし織羽(おりは)はそれ以上考えないようにした。これから先、彼女の仕事を手伝う機会も多々あることだろう。諸々の疑問も、恐らくはその時に解決されるハズである。


 「分かりました。是非、私もお手伝いさせていただければと思います」


 「わ、わぁい……ありがとうございますぅ。たすかりますぅ」


 椿姫(つばき)は性格的に精一杯の無理をしつつ、ぴょんぴょんと跳ねて喜びを露にする。なんとも可愛らしい仕草ではあるが、おかげで彼女の立派な一部が、それはもう大変な大暴れを見せている。もちろん織羽(おりは)にとってこれはただの仕事であり、かつ重要な任務でもある。下心などあろうはずもないが、しかし眼福のような目の毒のような、或いは申し訳ないような、なんとも複雑な気持ちであった。


(早いとこ慣れないとなぁ……この任務が終わったらボク、悟りを開くんだ)


 どこか遠くを見つめつつ、織羽(おりは)がそんな事を考えていた時だった。三人のすぐ近くから、なにやら大きな羽音が聞こえてきた。


「――おや?」

 

 何事かと見てみれば、そこには一匹の巨大なスズメバチの姿があった。どうというこもない、庭仕事にはありがちな一幕である。

 しかしこの庭の主たる椿姫(つばき)はといえば、悲鳴を上げながら花緒里(かおり)の背後へと素早く隠れてしまう。図体が大きいこともあってか、身体の大半がはみ出し放題であったが。まさに頭隠さず尻隠さずである。


「ひぇぇぇぇ……」


「このとおり、彼女は虫が苦手なんです」


 蜂が危険な虫だというのは確かにそうなのだが、しかし庭師としては致命的な弱点であった。

 

「む、虫はクソですぅ……私の大切なお花たちをむさぼり食う、最低最悪のクソどもなんですぅ……」


(おぉ……恐怖で言葉遣いが愉快なことになってる)


 織羽(おりは)としてはもう暫く眺めておきたい、大変微笑ましい光景であった。そもそも虫と花は花粉媒介という、ある意味では互いに助け合う関係にある。決して『植物を貪り食うクソども』というわけではないのだが、しかしそれはそれ。虫とは、人によって好き嫌いの激しい生き物だ。椿姫(つばき)が苦手だというのであれば、排除してあげるのが優しさというものだろう。


 瞬間、織羽(おりは)の右手が掻き消える。

 否、僅かに動いたかと思った次の瞬間には、いつの間にかスズメバチをその指に摘んでいた。


「――――え?」


「わ、わぁ……凄い……」


 蜂を素手で摘むなど、本来であれば非常に危険な行為である。一般人であればすぐに指を刺され、あっという間に病院送りであろう。だがしかし、織羽(おりは)は一般人ではない。美少女メイドの皮を被った元探索者である。魔物でもなんでもない、ただの蜂の針などが通用するはずもなく。そうして手の中で必死に暴れるスズメバチを、織羽(おりは)は何事も無かったかのようにポイ捨てした。軽く放ったようにしか見えないその動作とは裏腹に、蜂はあっという間に見えなくなっていた。


「もう大丈夫ですよ」


織羽(おりは)さん、貴女……いえ、大丈夫なのですか?」


「はい。よく見ればただのミツバチでした」


 あんなデカいミツバチがいるか、と言いたいところではあったが、しかし花緒里(かおり)もハッキリと見ていた訳では無い。当の本人から自信満々に『ミツバチでした』と言われれば、『そうだったのかな?』と思えてしまう。


「お、織羽(おりは)さん凄いですぅ! わ、私の庭に救世主が降臨しましたぁ!」

 

「ふふ、お任せ下さい」


 不敵に笑う織羽(おりは)の姿が、 椿姫(つばき)にはこれ以上ないほどに頼もしく映っていた。庭木の剪定などといった仕事は専門の技術が必要だが、草刈り程度であれば誰でも出来る。これまで一人で庭の管理をしていた椿姫(つばき)だ。虫を恐れない織羽(おりは)は、それだけで即戦力だった。



        * * *


 


 そうして庭園での挨拶を終え、織羽(おりは)花緒里(かおり)が再び館の中へと戻ってくる。

 次は一体どんな面白メイドが見られるのかと、織羽(おりは)は好奇心を抑えるのに必死であった。


(次はどんなおもしろキャラが出てくるのかなぁ! あ、そういえば警備担当の人はまだだったよね。そろそろ『ルール無用の残虐ファイター』みたいなのが出てくる頃かな?)


 あれやこれやと想像を膨らませ、まだ見ぬ面白キャラへと思いを馳せる。そんな織羽(おりは)に対して、向き直った花緒里(かおり)が告げる。


「当館に務める使用人は以上となります」


「……え?」


 織羽(おりは)の期待も虚しく、どうやら先の二人に花緒里(かおり)織羽(おりは)を加えた、計四人のメイドで全てらしい。

 

「さて……それでは挨拶周りも終わったことですし、早速掃除の腕でも見せて頂きましょうか」


「はい……」


「……? 何故そんな悲しそうな顔をしているのですか?」


「いえ、なんでもありません……」


 花緒里(かおり)に連れられ、館内の廊下をトボトボと歩く織羽(おりは)

 そんな悲しみの反動故か、織羽(おりは)は掃除仕事に於いても、その完璧具合を発揮してみせた。おかげで花緒里(かおり)からの評価は極めて高く、晴れて白凪館(しろなかん)での居場所を確立することに成功したのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
キイロやモン、ましてやヒメでもビビるのに、オオスズメバチなら尚ビビる、てか恐い 身がすくむ気持ち凄く分かる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ