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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 一章

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第118話

「盗品ですって!?」


 ふん縛ったケイを引きずり、アトリエに戻ってきてすぐのこと。

 凪から状況の説明を受けたシエラは、そう大きな声を出しながらテーブルを叩いた。


 次いで自身達が連行してきたケイと、どういうわけかシエラ達が帰った時には既にそこにいたハルを見やる。

 シエラは知らなかったのだ。自身がダンジョン内で手に入れたオリハルコンが、まさか盗品であったなどと。

 

「確定ではないわ。でもまぁ、十中八九そうでしょうね」


「そんな…………凪、貴女は最初から知っていましたの?」


 愕然とした様子で凪へと詰め寄るシエラ。

 一方の凪はといえば、ただため息を零すのみであった。

 

「言ったでしょ、確証はなかったの。その真実を聞くために、わざわざこの二人を連行してもらったのよ」


 やかましいシエラを宥めつつ、凪もまたケイとハルの二人を見やる。

 凪とて事件の全容を知っているわけではない。織羽(おりは)(ひそか)から聞かされていた『今回の件と関係がありそうな話』を又聞きしたに過ぎないのだから。そこから辿り、自分なりに推測しただけだ。織羽(おりは)とも意見が一致した以上、まず間違いないであろうという確度にはなったが。ケイとハルをこの場所に連れてきたのは、その答え合わせをするためだ。


「さて二人とも。私が誰だか分かるかしら?」


「……そりゃあ、な」


「結構。それじゃあいくつか、あなた達に聞きたいことがあるのだけれど…………いいかしら?」


 シエラとリョウ、ルーカスの三人がかりでどうにか倒せた相手だ。

 つまり一般人である凪やリーナからすれば、この二人は凄まじい力量をもつ盗人ということになる。加えて、ケイは身動きが出来ないように縛られているが、ハルには()()()()()ために拘束をしていない。そんな相手を前にしてもまるで動じること無く、ただ淡々と問いかける凪。これが九奈白の人間、ということなのだろうか。その堂々たる態度はむしろ、ケイ達の方が気圧されてしまう程であった。


 といっても、ケイとハルが素直に口を割るはずはない。

 彼らにはどうしても金が必要で、だからこそ囮になってでもオリハルコンを仲間の下へ送り届けたのだ。そして二人は、未だ作戦は継続中だと思っている。

 そんな状況で問われることなど、『オリハルコンをどこにやった』以外にはあり得ない。所詮は金のために属していただけであり、組織に恩などは微塵も感じていないが、それでも情報を吐くわけにはいかなかった。このあと二人が治安維持部隊(ガーデン)に突き出されたとしても、金だけは指定の口座に振り込まれる手筈となっていたから。

 

「……んなもん答えるワケないだろ。大体――――」


「あぁ、オリハルコンをどこにやったのか、なんてことは聞かないから安心して頂戴」


「……あ? だったら何を聞くっつーんだよ」


「言ったでしょ。ただの答え合わせよ」


 凪が一層深く椅子に座り直し、足を組む。

 そうして見下ろすように、後ろ手に縛られ床に転がされているケイと視線を合わせる。

 その整った容姿にあてられたのか、或いは圧のようなものを感じ取ったのか。ケイはわずかに目を逸らした。 


「あのオリハルコンはつい先日、とある小国で盗まれたもの。もちろん、盗んだのは貴方達が所属する窃盗団ね」


「…………」


「そしてここ、九奈白市のダンジョン内で非合法な取引を行おうとしていた。けれど運悪く、偶然通りがかったシエラがオリハルコンを回収してしまった。どうにか取り戻そうと画策したけれど、色々と不運が重なって今に至る――――概ね、こんなところで合っているかしら?」


 凪の問いかけは、本当にただの答え合わせだった。

 否、全容を知っているケイ達からすれば、それはただの確認作業でしかなかった。こうして折角実行犯を捕らえたというのに、『今する質問がそれか?』と言いたくなるような内容だ。しかしどうやらこの目の前の少女たちにとっては、それが大切な意味を持っているらしい。オリハルコンの隠し場所を聞かれたわけでもなし、ケイは『この程度ならば』と考え素直に答えることにした。


「ああ、その通りだ」


 それを聞いた途端、シエラが再び大きな声を上げた。


「最ッッッッッッ悪ですわ! ええ、ええ! 薄々思ってはいましたわよ! あんな低層でオリハルコンが見つかるなんておかしい、って!」


 苛立ちを露わにし、舌打ちまでする始末であった。

 いいところの令嬢にあるまじき行為だが、今の彼女には取り繕う余裕すらなかった。そうして一頻り怒りを発散したあと、シエラは憑き物が落ちたような顔でこう言った。


「協力してくれた皆様には申し訳ないですけど――――そんなモノ、私はもう要りませんわ」


「シエラ様、よろしいのですか?」


「よろしいもなにもありませんわ。もし最初から知っていれば、興味すら持たなかったでしょうね。私は誇りある国宝院家の娘です。盗品如きを欲しがると思われるなど、耐え難い屈辱でしてよ」


 リョウの確認にも揺らがない。これはシエラにとって、プライドと矜持の問題だった。

 己が力で手に入れたと思っていたからこそ、ここまで執着していたのだ。どれだけ希少な素材であろうとも、それが盗品などというアヤ付きなら微塵も惜しくはないのだ。国宝院シエラという少女は、ただ高飛車で嫌味なだけの女ではない。ある種で凪と同様、自身の中にある矜持と確かな指針に従って生きる少女であった。


「本当に良いのかしら? 今の正当な所有権は、一応貴女にあるわよ?」


「くどい! 国宝院に二言はありませんわ!」


 腰に手を当て、やたらと偉そうにふんぞり返るシエラ。

 そんな彼女の姿を見た凪は、どこか嬉しそうに微笑んでいた。といっても僅かに口角が上がっているだけで、傍からはまるで違いが分からない程度だったが。

 

「そう……それじゃあ、これ以上の追跡は必要ないわね。今日はもう解散でいいかしら?」


「ええ。協力してくれた皆様には、後日改めてお礼に伺いますわ。それとリョウ、そちらのルーカスさんはウチの病院へ案内してあげて」


「承知しました」


 まるで今日の大立ち回りがなかったかのように、ひどくあっさりした様子で撤収を始めるシエラ。

 新しい車両を手配し、ケガ人であるルーカスの面倒を見るよう指示を出す。治療費だけを出し、主であるリーナに任せるという手もあるが、そこはそれ。留学中のリーナでは至らぬ部分もあるだろうと考えてのことだ。自身もリョウもケガをしているというのに、それでもしっかりと協力してくれた人間を優先するあたり、やはり根の部分では常識的な少女である。


 そうして撤収準備を進めている途中で、ふとシエラには気になったことがあった。

 意外にも床で大人しくしている、窃盗犯二人のことである。

 

「ところで凪、その二人はどうするつもりですの?」


「あぁ、この二人にはまだ聞きたいことがあるのよ。後のことは私に任せて頂戴」


「そうですの。まぁ貴女のことだから心配はいらないでしょうけれど…………何かあったらいつでも、このわたくしを頼りなさいな」

 

 シエラが怪しすぎるマウントを取ろうとするも、しかし凪には通用しなかった。


「一応言っておくけれど、今日のは貴女への貸しよ。キャンセル料もちゃんと請求するから」


「ぬぐっ…………ふんっ」


 仲がいいのやら悪いのやら、実際のところは当人達にも分からない。

 だがそれでも、これまでよりは少し――――ほんの少しだけだが、気安くなったような気がした。



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