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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 一章

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115/119

第115話

 ハルは安堵していた。

 少し前から、ケイと連絡が取れなくなったからだ。


「どうやら『一位』を釣ることには成功したらしいわね……運がいいのやら、悪いのやら」


 仮に逃亡中であっても連絡くらいは出来る。

 連絡が取れないということは戦闘状態であるか、もしくは既に捕縛されているかのどちらかだ。そしてケイの実力は相棒であるハルが誰よりもよく知っている。戦闘能力自体はそれほどでもないが、撹乱や逃走は非常に得意な男だ。そんなケイが通信不能になるということは、まず間違いなく例の『一位』に遭遇したということ。であれば少なくとも、自分の方に『一位』が来ることはない。それ故の安堵だった。


 これは優先度の問題だ。

 ただの仕事上の相棒であり男女の仲というわけではないが、ハルとてケイの身を案じては居る。

 だが今はケイの心配をするよりも、作戦の成功が優先されるというだけの話。ハルとケイの二人には、今回の仕事をしくじるわけにはいかない理由があるのだから。

 

 ハルとケイは全くの他人だが、しかし共通する点がふたつあった。

 ハルは母親が、ケイは妹が、それぞれ重い病を患っているのだ。現代医学では治せないその病は、治療に最上級の回復薬(ポーション)が必要だった。


 ダンジョンから稀に発見される回復薬(ポーション)は、その効果に応じて五段階に分けられている。探索者達が使う下級のものであれば、ひとつ数十万程度でも手に入れられる。しかし最上級の回復薬(ポーション)ともなれば一年にほんの数回、世界のどこかで発見されるかどうかというレベルの代物。それこそ数十、ヘタをすれば百億以上の値が付くこともある超希少アイテムだ。


 三桁の実力があれば、探索者としての活動で十分過ぎるほどの余裕をもって生きて行ける。もちろんピンキリではあるが、それだけの稼ぎを得ることが出来る。三桁とはそういうレベルの上澄みだ。だが逆を言えば、三桁程度の実力ではどうやっても手が届かない金額でもある。故に二人は、どんな手を使ってでも大量の資金を集める必要があったのだ。


 そしてもうひとつの共通点。

 それは二人が、『盗み』に最適な技能(スキル)を有していたこと。

 猶予も時間も残されていなかった二人には、他に選択の余地がなかった。二人は窃盗団『D-thieves』に入り、そこで出会ってバディを組むこととなった。そうして似たような境遇に意気投合し、共にいくつもの仕事をこなしてきた。しかしそれでも、目標金額にはまるで届いていなかった。

 

 そんな折に舞い込んできたのが、今回の仕事だった。

 オリハルコンといえば、世界中を見渡しても未だ数例しか発見報告のない超希少資源だ。もし取引が上手く行けば、与えられる報酬は目標金額までの大きな大きな一歩となるだろう。そう考えた二人は、是が非でもと今回の仕事に参加した。


 報酬の割に簡単な仕事の筈だった。

 他のメンバーが盗んできたオリハルコンを、ダンジョン内に置いて返ってくるだけの話だ。三桁探索者である二人にはこれといった問題もない、拍子抜けするような仕事内容だった。そんな簡単だったハズの仕事が、しかしあれよあれよという間に()()()()()。『失敗しました』と謝るだけで済むのならいい。しかし当然ながら、それだけで終わるはずもないのがこの手の裏稼業だ。このままでは稼ぎ口を失うばかりか、下手をすれば命まで失いかねない。故に、今回だけは絶対に失敗するわけにはいかないのだ。

 

 二人の目的は国宝院からオリハルコンを奪い返し、隠れている仲間の元まで届けること。

 

(それがまさか…………あの『一位』が関わってくるなんて)


 そんな二人にとって、最大のイレギュラーが()()だった。

 国宝院家を相手にするというだけならば、それなりに自信があった。二人の技能(スキル)を上手く使えば、どうにでもなるという算段であった。事実、ここまでの作戦は上手く推移している。


 それがどうだ。

 気づけば()()九奈白家と、それに長らく正体不明であった『一位』までもが敵に回っている。国宝院家にオリハルコンが渡ってしまった時点で運が悪いとは思っていたが、事此処に至り、最早運がどうこうというレベルの不幸ではなかった。言ったところでどうしようもないことはハルも分かっているが、それでも不満のひとつくらいは言いたくなるというものであった。


(…………でも、ケイのおかげでなんとかなった。隙を見てどうにか回収出来ればいいんだけど――――)


 相方の回収方法を模索しつつ、近道をしようとハルが裏路地に入った時だった。

 こつりこつりと、前方から何者かの足音が聞こえてきた。


「…………」

 

 人混みに紛れる為平静を装っていたが、その実、現在のハルは酷く神経質になっていた。よもや見つかる筈がないと思いつつも、しかしなんでもない物音や視線でさえ、追手のものかと疑ってしまう程度には。


 ハルが足を止め、じっと足音の出どころを探る。足音の主が追手であるならば、こちらに近づいてくる筈だと考えて。暫くそうしていると、足音はゆっくりとハルから遠ざかっていった。どうやらただの通行人だったらしい。


 それに安堵し、再び歩き出そうとハルが右足を踏み出した時。

 今度は背後の方から、何者かの足音が聞こえてきた。心なしか、先程聞こえた足音と全く同じもののような気がした。


(……チッ、我ながら臆病で嫌になる。なんでもない事でビビったりして、バカバカしい。こんなところ、さっさと抜けて――――)


 纏わりつく悪い考えを振り払うかのように、ハルが頭を振って視線を前に向けた、その刹那。


「――――ばぁ♡」


 ハルの文字通り目と鼻の先、視界いっぱいに見覚えのある少女――――クロアの顔がどアップになっていた。


「びッ!?」


 声にならない声を上げ、大きく後退りするハル。

 目は驚愕で見開かれ、心臓が激しく音を立てる。そればかりか、勢い余って地面に尻もちをついてしまう程であった。あまりにも急な展開に、何が起こったのかまるで分からない様子のハル。しかし彼女の脳は動転する意識とは裏腹に、ガンガンとけたたましい警鐘を鳴らしていた。


「あははははは! いい顔するじゃーん♡」


「な――――なんでっ!?」


「えー? 何でって、何がぁ?」


「なななっ、なんであんたがっ……『一位』がここにッ!?」


 普段はクールで、調子に乗りがちなケイを抑える役回りの多いハル。

 しかし今の彼女はクロアを指差し、ただただ狼狽するばかりであった。


「なんでって、そりゃあ……前回は一杯食わされちゃったからぁ。だからリベンジ? 来ちゃったみたいな? あはっ♡」


「なっ…………ふざけ――――」


 ヘラヘラと、まるで遊びに来たかのような態度のクロア。

 そもそも何故居場所がバレたのかも分からない。いきなり攻撃してくるわけでもなく、小馬鹿にした態度で目の前に現れた理由も分からない。だがほとんど極限の精神状態にあるハルにとって、その態度はとにかく鼻についた。意味がない事だとは理解しつつ、それでもその憤りをそのままぶつけようとして――――しかしハルの言葉は、クロアによって途中で遮られた。


「ところでさぁ…………今、ボクに向かって何か言ったよねぇ?」


「はっ? 何を…………いや、だから何でここに、って」


「そのあとだよ、そのあと」


「え、は? いや、えっと……『一位』?」


「そう、それ!」


 にんまりと、嬉しそうに笑ってみせるクロア。

 否、本人はただ笑っただけのつもりだったのだろうが、ハルからは酷く不気味で狂気的で、サイコな笑みにしか見えなかった。


「あはははは! え、何? ボク『一位』って事になってんの? 何で? ヤバ、これ結構面白い事になってるんじゃないのぉ?」


「何を言って…………だって、あんたは…………」


「いや、そうそう! キミは間違ってないよ! 何を隠そう、ボクが()()一位さ! ぷふっ……あはははは!」


 心底楽しそうなクロアの声が路地裏に響き渡る。一方のハルはといえば、何がなにやらわからないといった様子だ。

 とはいえ所詮この会話には意味など微塵もない、ただのクロアの悪ふざけ。される側からすれば堪ったものではない、趣味の悪いお遊びでしかない。


「あー笑った笑った、お腹痛い。ふぅぅー……よし、それじゃあ一頻り笑わせてもらったし――――そろそろ遊ぼっか♡」


「はあっ!?」


 未だ多くのことに理解が追いついていないハルへと、強制エンカウントイベントは容赦なく襲いかかった。


というわけで、毎日更新は次話(月曜)までとなります。

今後は以前と同様に、と言いたいところですが、以前の更新日をすっかり忘れてしまいました。


ですので、以降は月金土で更新しようと思います。

なんとなく以前もコレだった気がするので……


それでは、今後も是非よろしくお願い致します。

布教もいっぱいしてね!

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