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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 一章

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第114話

「そう。分かったわ」


 凪が眉を潜めつつ、通話を終える。

 その声音は平坦で、通話の内容が概ね予想していた通りだったことが窺える。


「どうでした?」


「捕らえることには成功したけれど、勢い余って気絶させてしまったそうよ。新しい情報は期待できないわね」

 

「是非もありませんね。強敵だったでしょうから」


 男の方は囮だと分かっていたというのに、これでは一体何のために捕縛したのか分かったものではない。

 しかし意識を刈り取らずに捕縛するというのは、ある意味では倒してしまうことよりも難しいものだ。それが分かっているからこそ凪も織羽(おりは)も、恐らくそうなるのではと内心で思っていたのだ。そしてその通りになった。故に落胆こそすれ、シエラチームを責めるようなことは出来なかった。

 

「流石はルーカスですね! 私も鼻が高いです!」


「……そうね、逃さなかっただけでも十分な成果だわ。協力してくれてありがとう、リーナ」


「えへへ」


 ふすふすと鼻息荒く、胸を張って従者の活躍を喜ぶリーナ。

 新たな情報が得られなかったというだけで、別に作戦が失敗したわけではないのだ。そもそも捕らえた男を尋問したところで、そう簡単に居場所を吐くとも思えない。なにより『腕の女』の逃亡ルートに関して、全く()()がないというわけでもなかった。逃げる男をわざわざ確保したのは、情報の確度を上げるための保険だ。そちらが駄目だったからといって、追う術は他にもある。


 そうして待機すること数分。

 仕舞ったばかりの凪のスマホから小さな音が鳴った。


「ん……データが届いたわ。遠坂、隣の部屋を借りるわよ」


 アトリエの管理者であるマネージャーに向かってそう一言声をかけると、凪は織羽(おりは)とリーナを連れ立ってアトリエから退室する。そうして向かったのは、アトリエのすぐ隣にある小さめの会議室であった。普段は商品のアイデア出しなどが行われている場所で、大きなスクリーンとプロジェクターが設置されている。そうして会議室に入るなり、織羽(おりは)がそれらの準備をてきぱきと進めてゆく。そうして凪の受け取ったデータを、そのままスクリーンへと投影する。

 

 これから行うのは例の()()――――つまりは、無数に設置されている市内監視カメラの映像チェックであった。

 もちろん、本来であれば簡単に手に入るようなデータではない。そもそもからして、事件や事故が発生した際に確認するための映像データなのだ。常に誰かがチェックしているなどというものではなく、その殆どが使われることなく死蔵されるだけもの。市庁舎に赴いて『確認させろ』などと言ったところで、門前払いされるのが関の山である。唯一、この地を統べる九奈白の人間を除いて。これを取り寄せたということからも、凪の本気度合いが分かるというものである。

 

「凪さん、ホントに大丈夫なんですか? 地域と時間を絞ったとしても、膨大な数の映像記録になると思うんですけど……」


 リーナの言は尤もだ。

 ここ九奈白市では市内全域に防犯用カメラが設置されており、総台数は数えるのも億劫になるほどで――もちろん全て市によって管理されているが――それこそ星の数だ。シエラが襲撃を受けた場所近辺に範囲を限定したとしても、チェックすべきカメラの台数は膨大なものになる。()てて加えて、その無数にある動画の中から、ほとんど容姿の分からない相手を見つけなければならないのだ。それをたった三人でやろうというのだから、正気の沙汰とは凡そ思えなかった。


「大丈夫よリーナ、心配しないで。ちゃんと考えがあるから」


 しかし何の考えもなく、このような方法をアテにする凪ではない。

 凪には歴とした勝算があった。たとえ僅かな時間であっても可能であるという、ほとんど確信にも似た勝算が。

 自分(なぎ)織羽(おりは)、こと『時間』という敵に対して無類の強さを発揮する二人ならばと。


「まぁ、凪さんがそう言うのならそうなんでしょうけど……ちなみに、どうするつもりなんですか?」


「申し訳ないけれど、それは秘密よ。たとえ貴女であってもね」


「えーっ! いいじゃないですかぁっ!」


「ふふ。またいつか、ね」


 これから行う事は、恐らくリーナには理解出来ないだろう。

 否、認識出来ないと言う方が正しいか。リーナの事を信頼していないわけではないが、しかしこの件に関しては凪の独断で打ち明けるわけにはいかない。

 

 (…………当然ね。あんな馬鹿げた技能(スキル)なんて、聞いたことがないもの)

 

 自分の能力に関してだけならばいざ知らず、織羽(おりは)の方に関しては隆臣からも釘を刺されて――元より口外するつもりなどないが――いるのだ。曰く『一応機密情報なんで、そこんとこヨロシク』とのこと。そういった背景から、隣でパンパンに膨らまれても説明は出来ないのだ。


 そうしてスクリーンに投影されたのは、襲撃地点から半径一キロメートル以内に設置されているカメラの映像だった。そこから更に時間で絞り込み、襲撃時から五分以内のものを全て表示。それを地点ごとに整理してずらりと並べ、いよいよ全ての再生準備が整う。


 手がかりはたったのふたつ。

 性別は女で、無駄に高級感の漂うジュラルミンケースを持っているということだけ。

 

「一応の確認だけれど……頼っていいのよね?」


「お任せ下さい。この程度の業務、私にとっては余裕のよっちゃんです」


「そう。なら、お願いするわ…………よっちゃん?」


「なんでも遥か昔に流行った、中年男性特有のギャグだとか。語呂がいいですよね」


 大仕事を前にして、それでも普段と変わらぬ調子の織羽(おりは)

 小さく息を吐き出した凪は、少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。


「それじゃあ追い込むわよ。この街で私から逃げようだなんて、そんなことは不可能だって教えてあげるわ」


「え、怖っ」


 そう意気込みを語る凪は、立場的なものも相まって冗談に聞こえなかった。




       * * *



 

(本当にこんな方法で見つけられるんでしょうか……? というより映像が多すぎて、何をどう見ればいいのかも分からないですぅ……)

 

 二人がスクリーンを凝視しだしてから数分。

 少し離れた席で自分なりに一生懸命映像を眺めていたリーナが、そんな風に考えていた時だった。


「ッ……見つけたわ」


 眉根をぐりぐりと抑えつつ、心底疲れた様子で凪がそう言った。

 その言葉にリーナは耳を疑う。目の前に投影されているのは、情報の洪水と言っても過言ではないほど無数の映像達。百を超えるそれらの同時再生が始まってから、まだたったの数分である。そうだというのに、凪は確かに『見つけた』と言ったのだ。凪との付き合いが最も長い筈のリーナですら、到底信じられない言葉であった。

 

「お疲れ様です、お嬢様。どれでしょうか? 私も確認します」


「百十二番、高架下の公園カメラ。遠目だけれど、シエラのケースを持った女が映っているわ。というか、割と衝撃的な光景よ」


「では、映像を少し戻しますね。どれどれ…………ふむふむ」


 何故か手慣れた様子――この機材を触るのは始めての筈だが――で映像を戻し、凪が指定した映像を注視する織羽(おりは)

 シエラが襲撃を受けた都市高速の高架下、そこにある小さな公園に設置されたカメラの映像だ。そこには確かに、一人の女が映っていた。高架下の狭く目立たないスペースということもあって、女の他に人影はない。服装はケースに合わせたのだろうか、タイトめパンツルックのスーツ姿だった。如何にも『盗賊ですよ』といった怪しいものではないし、そこらの人混みに紛れても違和感はないだろう。


 しかし一点だけ、女には明らかに異様な点があった。

 その女は高速道路を()()()()()上から降りてきたのだ。比喩でもなんでもなく、文字通り『高架を構成しているアスファルトやコンクリートを全てすり抜けて』だ。それを映像上で認めた織羽(おりは)が、少しだけ驚いた様子で呟いた。


「おや珍しい、『物質透過(ダイブ)』ですか」



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