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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 一章

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第112話

「随分と逃げ回ってくれましたわね」


 長きに渡る追走の末、シエラが対魔物用の刺突用細剣(レイピア)を窃盗団の男へと突きつける。

 その傍らにはシエラと同様に、細身の長剣を構えたリョウの姿もあった。男がオリハルコンを持っている可能性が低いことは、もちろん二人も承知している。だが『腕の女』と同じ窃盗団の人間なのは疑いようがなく、行方の知れない者を探すよりはまだマシと考えての事だった。肝心なのは手がかりを失わないことで、一人でも捕らえられれば手の打ち様はあるのだと。


「さっきの『腕』の居場所を吐きなさい。大人しく白状すれば、治安維持部隊(ガーデン)に突き出すだけで許してあげますわよ」


 無駄に高圧的で自信に満ちたその言い様は、まさしくいつものシエラのもの。

 優位に立った上で敵を追い詰めたことから、精神的な余裕が出てきたのかもしれない。

 

 先程の戦いではリョウと男の一対一で、優劣は概ね五分だった。

 リョウが車両を気にしながら戦っていたことに加え、今はシエラも自由に動けることを考えれば、十分に勝てる相手であろうと思われた。シエラの脳内では既に勝利のファンファーレが鳴り響いていたほどである。そんなシエラ達に圧倒的有利な状況でありながら、しかし男は別段慌てることもなく――フルフェイスヘルメットを着用しており、シールドもミラー系である為に表情は読み取れないが――落ち着いた様子で二人を見つめるのみであった。そうしてポツリと、くぐもった声で呟いた。


「チッ……ハズレか」


 なんとも意味深なその言葉に、シエラが眉を顰める。


「一体どういう意味ですの? まさか私に言ったわけではないでしょうね」


「っは、そのまさかだ。正確には()()()()に、だけどな」

 

 既に若干のイラつきを見せているシエラに対し、男が小さく鼻で笑う。

 後の言葉面だけを取って考えるなら、『追ってきたのがお前達では物足りない』といったところか。つまり『実力不足だ』と言われているに等しい。小馬鹿にするような態度と合わせれば、最早挑発以外の何物でもないと言える。現に直情型のシエラには効果覿面(こうかてきめん)だったようで、まるで風船のようにプンスコと膨らんでいる。


 だがその前に呟いた『ハズレ』という言葉を鑑みれば、これがただの挑発でないことが分かる。

 先程の一対一では五分だったのだから、追手側の力量を指して『ハズレ』と称するのはおかしい。相手を煽る為に敢えてそう口にしている可能性も否定出来ないが――――そんな男の言い回しに違和感を感じたリョウは、シールドの奥にある見えない瞳へと、探るような視線を向けた。


 先の追跡時、思えば不自然な点があった。

 まるでルートをひとつに絞るかのような交通規制が、恐らくは凪によるものだということはリョウも気づいていた。お陰で速度を落とすことなく追跡が出来たし、車両も最後までどうにか耐えてくれた。だが不自然な点はそれだけではなかった。そもそも追跡に向いていない車種での追跡で、かつ自走こそ出来はするものの破損状態だったのだ。具体的に言えば、時速百キロメートル程しか出ていなかった。それにも関わらず、敵をここまで見失わずに追い詰めることが出来た。否、出来てしまった。一度も見失うことなく、だ。


 凪の手助け込みだとしても、これは明らかに不自然だ。

 ルート制限の効果により、どうにか追いつける範囲に収まった――――というだけならまだリョウにも理解出来る。だが一度も視界から外れないなど、そんなことはあり得ない。


 そう。相手が速度調整でもしていなければ、だ。

 つまり男は、シエラ達がついてこられるように待っていたのだ。


 それは何故か。

 

(…………我々が『ハズレ』ということは……引き付けておきたかった相手が他に居るということか? 第一目標はその『何か』の誘引で、第二目標が時間稼ぎ……といったところか)

 

 本命である『腕の女』から『何か』を引き離すためだ。

 その『何か』が何を指しているのかリョウには分からない。だがその『何か』とは、どうやら()()()()に属しているらしい。


 ここまでくれば、『何か』の正体には殆ど予想がつく。

 通信で凪から伝え聞いたシエラ側の戦力は全部で五人。シエラとリョウ、凪の専属メイドとシエラの同級JK、そして現役探索者のルーカスである。普通に考えれば、この中で最も実力が高いのはルーカスであろう。リョウも詳しくは聞かされていないが、ルーカスが自身と同じ四桁探索者だということだけは聞いている。故に敵が引き付けたかった『何か』の正体とは、恐らくルーカスの事なのだとアタリをつけた。もしかすると、男とルーカスの間には何かしらの因縁があるのかもしれない、と。もちろん、そんなリョウの予想はまるきり見当違いなのだが。

 

 ヘルメットの男――――ケイが本当に引き付けたかったのは()()であるクロアだ。先日の小競り合いで見た圧倒的な戦闘力は、今回のオリハルコン強奪作戦に於いて最大の壁になると彼は確信していた。未だ世間に正体の知られていない『一位』を味方につけるとは、国宝院家恐るべし、とも。もちろん、これもまたケイの勘違いなのだが――――悲しいかな、この場には真実を知る者が一人も居なかった。


「随分と余裕じゃないか。応援が駆けつけるとは思わないのかな?」


「ンなこたァ分かってんだよ。そう心配しなくても、アンタらを適当に足止めしたらさっさと逃げるさ。()()()が来る前にな」


 そう言って腰へと手を伸ばし、可変式の警棒にも似た武器を取り出すケイ。

 両者ともに盛大な勘違いをしているというのに、不思議と会話は成立してしまっていた。

 たとえ会話がすれ違っていたとしても、今やるべきことは両者ともに変わらないからだ。

 

 そうしてケイが戦闘態勢へと移行した瞬間、シエラが躍りかかった。

 新参とはいえ、流石は現役探索者というべきか。およそ良いところのお嬢様とは思えないような、見事な踏み込み速度であった。とはいえ、その程度でやられるようなケイはない。シエラ達は知る由もない事だが、これでも彼は技能(スキル)持ちの三桁探索者なのだから。


 自身の腹部を目掛け、真っ直ぐ突き出されたシエラのレイピア。

 ケイは手にした警棒をその側面へと素早く滑り込ませ、巻き込むように大きく弾き上げた。


「はッ、そりゃ素直すぎンだろ」


「くうッ!」


 凄まじい勢いで絡め取られ、レイピアの先端が大きく()()()

 武器を取り落としこそしなかったものの、しかしシエラは腕を痛めてしまい苦悶の声を上げた。もしこの戦いがケイとシエラの一騎打ちであったなら、この一合だけで決着がついてしまっていたかもしれない。だが今はそうではない。


「シエラ様ッ!」


「っ! 分かっていますわ!」


 シエラが素早くその場にかがみ込む。

 するとそのすぐ頭上を、リョウの長剣による鋭い一撃が通り抜けてゆく。

 シエラの一撃を防ぐにしろ回避するにしろ、敵は何かしらの対応を強いられることになる。その隙をついてリョウが攻撃を行うという、これは彼女らが普段から行っている連携攻撃であった。これが魔物相手には効果覿面で、彼女らにとってはある意味必勝のパターンでもある。だが、今の相手はそこらの魔物ではない。


「おおっとォ!」


「なっ、躱したッ!?」


 ケイは後方へと大きく体を逸らし、リョウの横薙ぎをあっさり回避してしまう。

 必勝パターンが軽くいなされ動揺を見せるリョウの腹部へと、ケイが下方から強烈な蹴りをお見舞いする。


「何を驚いてンだ、よッ!」 

 

「がッ、ぐっ!?」

 

 リョウが咄嗟に左腕を間に割り込ませるも、しかしダメージを緩和することしか出来ない。

 その凄まじい衝撃に、溢れた空気が苦痛とともに口から漏れ出てしまうリョウ。そのまま大きく飛び退り、腹部を抑えつつケイから距離を取る。


「くッ……やはり先程の一戦は、全力ではなかったか」


「そりゃあな。あん時はブツを奪うのが優先だったし、後のことを考えれば……ガチでやんのはリスキーだったからな」

 

 追撃をしないところをみるに、どうやらケイは本当に時間稼ぎに徹するつもりらしい。

 リョウがちらと視線を向ければ、手首を抑えるシエラの姿が見えた。有利だと思っていた状況はただの一合で一変し、気づけば圧倒的に不利な状況へと追い込まれてしまっていた。

 

(…………マズい。この男、思っていたよりずっと強い)


 リョウも楽に勝てるなどとは思っていなかったが、しかしここまで強い相手だとは思っていなかった。このままでは敵の思惑通り、たっぷり時間を稼がれた挙げ句に取り逃がしてしまうことになる。奪われたオリハルコンの行方――――その手がかりを得るためには、ここで確実に捕縛しておかなければならないというのに。


 そうしてリョウが必死に頭を回し打開策を探っていた、その時だった。

 

 こつりこつりと。

 彼女らの背後、倉庫の入口の方から何者かの足音が聞こえた。

 それに気づいた時、リョウはケイに向かって不敵に笑ってみせた。


「ふっ……どうやら応援が間に合ったらしい」


「あ?」


「聞こえないか? 貴様の敗北の足音が」


「…………まさか」


 その言葉を聞いた瞬間、今の今まで余裕たっぷりだったケイの態度が露骨に変わった。

 警戒を顕にし、今にも逃げ出さんばかりに重心を後ろに置いているではないか。


 如何に因縁の相手とはいえ、いくらなんでも四桁相手にビビり過ぎではないか――――などという考えがリョウの頭を過るが、この状況にあっては些細なことだった。戦いの相性というものは確かに存在し、人によって得手不得手が違うのも当然のことだ。今のリョウ達にとって重要なことは、目の前の男はどうやらルーカスを天敵としているらしい、という一点のみ。


 そうしていよいよ足音が止まり、待ちに待った援軍――――ルーカスがゆっくりと姿を見せた。

 

「待たせたな」


「なッ……お、お前は……」


 低く頼もしい声と、明らかな動揺の声。対照的なふたつの声を聞いたリョウとシエラは、勝利を確信する。

 その直後、倉庫内にはケイの大きな声が響き渡った。


「――――いや誰だよ!」


「えっ」


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