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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 一章

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第108話

 意外にも、その後の数日間は何事もなく過ぎていった。

 どこぞの悪党に襲われるようなこともなく、監視がついている様子もなかった。


 彼らの目的がオリハルコンの奪取であるならば、凪ではなくシエラを狙う筈である。だが凪が冒険者向けの会社を運営しているのは有名な話だ。先のシエラ宅訪問を監視されていたということは、加工依頼を受けた事が窃盗犯側にバレている可能性は高い。故にシエラ側のみならず、こちら側に対してもなんらかのアプローチがあるかもしれない――――などと凪は考えていたのだが、どうやらそれは杞憂であったらしい。

 

 そうして翌週の土曜日。

 凪達は『Le Calme』の店舗から少し離れた、素材加工のアトリエへとやって来ていた。


 アトリエには凪が集めた職人が四人在籍しており、全員が超一流と称される加工の腕を持っている。

 またツンツン時代の凪が集めただけあってか、コンプライアンスの遵守に関しても疑義を挟む余地がない四人だ。もちろん彼らを雇った当時の凪は、彼らのことを微塵も信用などしていなかったが。信用していなかったが、しかし凪は職場環境に関して一切の不足がないように整えていた。同職と比べても給料は馬鹿みたいに高い上、希少な素材は弄り放題。加工大好きな変態達にとっては、これ以上の環境はない――個人で店を持つ場合には、その限りではないが――と言い切れる程だ。故にツンツンしていた割に、職人達から凪への信頼は厚かった。


 そんな職人達とアトリエのマネージャーが、凪がアトリエ内に姿を見せるなり次々に挨拶へとやってくる。

 

「社長、おはようございます」


「おはよう、ご苦労さま。シエラが来たら声を掛けるから、それまでは普段通りに作業をしていて頂戴」


「了解でーす」

 

 『Le Calme』は超一流の探索者用品ブランドだが、なんでもかんでも取り扱っているわけではない。以前織羽(おりは)がこっそり盗んだ――――()()()()()()()()()()の万能ロープなどがそうであったように、どちらかといえば小道具関係や便利グッズが多く、如何にも『探索者用です』といった商品は少なかったりする。例えば武器であれば、ナイフや小刀のような比較的小さなサイズのモノまでだ。故にアトリエもまた所謂『鍛冶屋』的なものではなく、お洒落で落ち着きのある空間となっている。


 ちなみに『了解』という言葉は本来目下の者に対して使う言葉であるが、そのようなことをいちいち咎め立てするような凪ではない。こんな細かい事に目くじらを立てていたら、どこぞの失礼なメイドなど、とても飼えたものではないだろう。


 シエラがやってくる時間までは、まだ一時間程もあった。

 では何故そんなに早くアトリエへ来たのかと言えば――――。


「わわわっ! ねぇルーカス、これは何に使うものなんですかっ!?」


「デザインが少々特殊だが……それは幻燐鉱という石を使った魔物避けだ。キャンプを張る時に使うもので、魔物の接近をある程度まで抑えられる」


 どうしても凪のアトリエを見学したいと、リーナが懇願してきたからである。

 そこらの店では見ることの出来ない高級品に、まるで玩具屋に来た子供のように目を輝かせるリーナ。彼女の地元にも探索者用の店は沢山あるだろうが、『Le Calme』クラスの高級店となると話が違う。いつか探索者になりたいという夢を胸に秘めているリーナにとって、ここはまさに夢の国のような場所であった。


「微笑ましいですねぇ」

 

 他に選択肢がなかった織羽(おりは)には、そんなリーナの姿が少し眩しく見えた。

 ダンジョン実習のときもそうであったが、初心者がダンジョンに心躍らせる光景はいっそ羨ましくもある。

 

「また年寄りみたいな事を……貴女にも、あんな時期はあったのでしょう?」


「さて、どうでしょうねぇ」


「またはぐらかして……別に答えたくないならいいけれど」

 

「そういうワケじゃないんですけどね」


 つんとつまらなそうに唇を尖らせる凪に対し、困った顔で苦笑する織羽(おりは)

 結論から言えば、織羽(おりは)にそんな時期は無かった。そんな状況には無かった。新しい装備に憧れるだの、万全の準備を整えて挑むだの、そんな時間も資金も無かった。そういった所謂『探索者の基本』とはまるで縁がなかった。それは必死になってダンジョンに挑んでいた頃も、そしてすべてを失い惰性で挑んでいた頃も同様だ。だがこんな話は面白くもなんともないし、こんなところでする話でもない。ただそれだけのことだ。

 

「うーん、ボクはあんな時期無かったかなぁ。んふふ……多分だけど、メイドちゃんも同じでしょお?」


 一瞬見せた織羽(おりは)の影の部分に反応したのか、クロアがねばっこい笑みを浮かべる。

 普段のダウナーな様子からは想像出来ないかもしれないが、しかし戦闘中の苛烈極まる変化をみれば、彼女がまともな人間でないのは一目瞭然だ。この年齢で悪の組織に所属していたくらいなのだから、ろくでもない幼少期であったのは想像に難くない。そして『それはお前も同じだろう?』と、言外にクロアはそう言っているのだ。凪はクロアの本当の正体を知らないため、言葉の裏にある真意には気づかなかったが。


「なんですかこの失敬なメスガキは。こんな素直で正直なメイドを捕まえて――――お嬢様、()()つまみ出してもいいですか?」

 

「んっふっふっふ。照れちゃって、かぁーいい♡」

 

 もちろん、織羽(おりは)が真面目に答えるはずもない。

 余計な事を口走りかけたクロアの首根っこをつまみ上げ、まるで猫のようにぶらぶらと揺らして見せる。

 

「仲が良いのか悪いのか、あなた達の関係はよく分からないわね…………素直で正直? 誰の話をしているのかしら?」


「なんですかこの失敬なデカチチ――――いえ、なんでもありません」


 凪の鋭い目に射抜かれた織羽(おりは)は言葉を途中で切り、すごすごとクロアを捨てに行くのであった。




       * * *



 

 そうして暫く。

 時間にすれば三十分ほど、たっぷりとアトリエ内の見学を行ったリーナ。

 

「とっても楽しかったですねっ!」


「俺はヒヤヒヤしたぞ。リーナが一体いつ商品を壊すのか、と」


「そうですか? リーナ様であれば余裕で弁償出来ると思いますが」


 そう満足気に語るリーナは、自身の執事と他家のメイドの失礼な発言には気づかなかった。

 そうしていよいよ暇を持て余し、シエラの到着を待つばかりとなったその時。ソファの傍でどこぞの誰かと通話をしていた凪が、彼女にしては珍しい大きな声を上げた。


「――――なんですって?」


 どうやら、何かしら都合の悪いことが起きたらしい。

 その表情は動揺と心配が綯い交ぜになったような、険しいものへと変わっていた。


「……そう、分かったわ。とりあえずこっちでも対応を考えるから――――心配? それだけきゃんきゃん喚けるなら大丈夫よ」


 通話を終え、凪は眉根を寄せながら一向の方へ振り返る。


「お嬢様、何かトラブルですか? 察するに、シエラ様に何かあったものかと予想しますが」


「はぁ……ご明察よ」


 織羽(おりは)の問いかけに、凪はため息を返す。

 具体的な内容を聞いていないこの段階で、しかし織羽(おりは)にはなんとなくの予想がついていた。

 このタイミングでシエラに何かあったということは、どう考えたってオリハルコン絡みの問題だ。加えてそこに先日の一件を合わせれば、答えは自ずと見えてくる。


「あー、コレは嫌な予感がしてきましたねぇ……」


 続く凪の言葉は、織羽(おりは)の予想と寸分違わず。

 すなわち。


「たった今、こちらに向かっていたシエラの車が襲撃に遭ったわ。そして――――例のモノが奪われたそうよ」


「ですよねー」


 険しい顔を見せる凪とルーカス。よく状況の分かっていなそうなリーナに、さもありなんといった表情の織羽(おりは)

 しかし唯一人、クロアだけは目を爛々と輝かせていた。


婚約者の話は前フリに過ぎないのだ

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― 新着の感想 ―
あゝ面白い。 明日も拝読できる幸せを与えてくださり、ありがとうございます。
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