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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 一章

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第101話

 三人仲良く(?)エントランスを抜けた、その時だった。

 織羽(おりは)の瞳がすぅと細められ、艷やかな唇もまた引き結ばれる。歩みはぴたりと止まり、視線の先は遥か遠く、街中の何処かへと向けられていた。


 普段から真顔でいることの多い織羽(おりは)だが、それにしても様子がおかしい。しかし凪が周囲を見渡しても、ただ夕日に照らされた街の喧騒があるばかりで、これといった異変は感じられなかった。一体何事かと問い質そうとしたところで、凪はもうひとつの異変に気付いた。ダルそうにしているところしか見たことのないクロアの顔もまた、普段より数段真面目なものへと変わっていることに。


 ――――否。

 これは真面目な顔というよりも、どちらかと言えば()()()()()()()というべきだろう。


「はぁ……なぁにぃ? コレってどゆコトぉ?」


「我々――――というよりむしろ、マンションに出入りする全ての人間を監視しているようですね」


 不機嫌な様子がそのまま、クロアの口から垂れ流される。

 二人の言葉の意味が凪には分からない。付き合いが浅いこともあり、クロアの表情が意味するところは読み取れない。

 

「メイドちゃん、また何かやったワケぇ?」


「失礼な……ですがまぁ、心当たりが無いわけでもありません」


「へぇー……まぁなんでもいいや。どぉする?」


「色々と確かめたいこともありますので、取り敢えず捕縛してお話を伺いましょう」


 凪を置き去りにしたまま、何やら不穏な方向へと進んでゆく会話。

 同行者が突然このような会話を始めれば、普通なら狼狽してもおかしくないだろう。だがここに居るのはそんじょそこらのご令嬢ではなく、名にし負う才女・九奈白凪である。どうやら面倒事がやってきたらしいという事はすぐに理解出来た。


 織羽(おりは)とクロアの共通点など、探索者として高い実力を持つことと、あとは頭のネジが少々緩んでいるということくらいだ。そんな二人が揃って表情を変えたのなら、それは何かを警戒しているということに他ならない。事態が急転したことも、それが二人の()()()()であろうことも。少なくとも今の凪にとっては、推察するに十分な情報量だった。そして凪が考えを巡らせている間にも、変人たちの準備は着々と進んでゆく。


「ボクが行っていい?」


「お願いします。私はお嬢様の傍にいなければなりませんので」


「おっけぇ」


 言うが早いか、クロアが少し前に歩を進める。ローファーのつま先で軽く地面を叩き、前方を大雑把に見つめる。そうしてその場で軽くジャンプし――――次の瞬間、地面から離れたクロアの靴底を織羽(おりは)が思い切り蹴り抜いた。流れるように、ごくごく自然体で行われた『人間カタパルト』とでも呼ぶべき蛮行。あまりにもスムーズな一連の流れに、『一体何を』などと凪が問う暇さえなかった。


 クロアの小さな身体が風を切り裂き、弾丸となって宙を駆ける。道行く人は誰も、その存在に気づくことはなかった。然もありなん、まさか自分の頭上を少女が飛んでいるなどとは誰も思わないだろう。しかし、如何に織羽(おりは)が最強の探索者だとしても、果たして脚力だけであそこまで人を飛ばせるものなのだろうか。よしんば可能だったとして、ではクロアが今なお加速しているのは一体どういうことか。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()かのようではないか。


「……ツッコミどころが多すぎるわ」

 

「お嬢様。今朝の占いによれば、今日のラッキーアイテムは苺のショートケーキだそうです。ちなみにケーキの花言葉は『予想の斜め上を行く』です」


 頭を抱える凪と、意味不明な事を(のたま)織羽(おりは)

 一時は若干の緊張感こそ漂ったものの、いつも通りといえばいつも通りの光景であった。




       * * *


 

 

 とある雑居ビルの屋上で、二人の男女が会話をしていていた。

 女は双眼鏡を覗き、男は退屈そうにスマホを操作している。

 

「ふぁ……なぁ、今日はもう終わりにしようぜ」


 何かゲームでもしているのだろうか。

 男はスマホから視線を外すことなく、あくびをひとつ吐き出して女に問いかける。その声音は態度と同様に酷く気だるげで、まるで田舎のコンビニの深夜アルバイト店員のようであった。つまりは気が大層緩んでいるということだ。それを聞いた女は眉根を寄せ、少し不機嫌そうに言葉を返した。


「そういうわけにはいかないわよ。()()が持ち出されるようなことがあったら、すぐに追わなきゃいけないんだから」


「そりゃそうだがな……ここ数日、全く動きがねぇじゃねぇか。多分、学園から帰った後はどこにも出かけねぇんだろ。金持ちのお嬢様らしくて良い事じゃねぇの」


 二人はこの数日、『クレストレジデンス国宝院』に出入りする人間をずっと監視していた。

 食事の際などに一瞬目を離すこともあったが――彼らの本業は探偵や諜報ではない為、ある程度の瑕疵は仕方がないこととも言える――、それもほんの数秒程度だ。基本的には四六時中監視を続けている。目的はただひとつ。いくつかの不運によって国宝院シエラの手に渡ってしまった、()()()()を奪い返す為である。


「しかしなぁ……まさかよりにもよって、()()()()()の手に渡るとはな」


「今回ばかりは運が悪かったとしか言いようがないわね……あんな偶然、一体どんな確率だってのよ」


 そう、ただの偶然だ。

 確率で言えば1パーセントもないような、だが確かに起こってしまった()()だった。そして実際に起ってしまったのなら、うだうだと文句を言っていても始まらない。幸いにも、この二人は腕っぷしに自信があった。セキュリティの問題から、流石にマンション内へ盗みに入るのは難しい。だが外に持ち出してくれさえすれば、隙をついて奪うくらいワケもない。そう考えていた。

 

「金には困ってねぇだろうし、まず間違いなく加工しようとするだろ。ってことはどこかに依頼する筈だし、奪い返すのはそれからでも遅くねぇって。むしろ国宝院から奪うよりなんぼかマシだろうぜ。ま、焦っても仕方ねぇし、あんま気を張らずにやろうぜってこった」


「……アンタのそのお気楽思考がたまに羨ましく――――えっ?」


 欲言えばポジティブ、悪く言えば楽観的。

 そんな魅力的な提案に、女が言い包められそうになった時だった。覗く双眼鏡の向こうに、俄には信じがたい人物が立っているのを女は見た。彼女らが監視していたのはこの国のダンジョン産業を実質的に支配する二大財閥、その片翼たる国宝院家所有のマンションだ。故に()()がそこから出てくるなどと、まるで予想もしていなかった。


 一体いつの間に、一体何のために。

 そんなもの決まっている。先ほど軽く食事をとる為に、一瞬目を離してしまった時だ。

 自身の中ではもうほとんど答えが出ているというのに、突然のことにうまく頭が回らない。


「嘘、なんで……」


「あん? どうした、何か動きでもあったか?」


「くっ、九奈白の娘が出てきたのよっ! あのマンションからっ!」


「……珍しく冗談を言ったかと思えば、まぁ笑えん」


 男また当然のように『嘘乙』と言う。常から真面目腐った女の、ユーモアセンスの無さに絶望した。

 今回の監視任務に就くにあたり、もちろん男たちは事前調査を行った。国宝院シエラの交友関係や、『黄金郷(エルドラド)』所属の探索者パーティについても細かく調べた。基本的な行動パターンや休日の過ごし方なども、可能な限り調べた。だが国宝院シエラと九奈白凪に交友関係があるなどという情報は一切なかった。パーティで顔を合わせる程度が精々で、ましてや家を訪問するほどの仲であるなどと。監視任務が本業でなくとも、情報収集には八方手を尽くしたのだ。無論全ての情報を得たなどとは思っていないが、しかしそんな大きな情報があったのなら見逃す筈はない。


 もし女の言う通り、本当に九奈白凪が国宝院シエラの下を訪れていたとするのなら、彼らにとって考えうる限りの最悪であった。

 ダンジョン産業を牛耳る二大財閥ではあるが、両家の支配領域は完全に棲み分けされている。ざっくりといえば『ダンジョン内』の国宝院と、『ダンジョン外』の九奈白といった具合だ。情報戦や搦手となれば九奈白の方に軍配が上がる。


 もちろん、国宝院家から奪い返すことですら相当に難しい。だが相手が九奈白家となれば、その難易度は段違いに跳ね上がる。加えて九奈白凪といえば、かの有名な探索者用品ブランド『Le Calme』のオーナーだ。現在の状況を鑑みれば、国宝院シエラが九奈白凪に加工依頼を出した可能性は十分にある。


 だが、男はつまらない冗談だと切って捨てた。

 国宝院シエラと九奈白凪に繋がりがあるなどと、そんな情報は入っていないと言って信じなかった。


 ふと、男が眺めていたスマホの画面に影が落ちる。

 影は一瞬で通り過ぎたが故に、男は鳥か何かの影だと思った。ふと目線を上げると、そこには唖然とする相棒の顔があった。その直後、凄まじい擦過音が男の耳へと飛び込んでくる。掃除の手が行き届いていない屋上の床の上で、塵埃(じんあい)が線を引くように巻き上がる。高さ数十メートルはあるビルの屋上に、何かが転がり込んできた。

 

「は……? なん――――何だ!?」


「いいからさっさと立ちなさい、このクソ馬鹿ッ!」


 未だ状況の飲み込めていない男が、女の罵声によって飛び起きる。

 その緊迫した声音から、どうやら危機的状況に陥っているらしいと漸く理解して。漂う緊張感の中、いつでも動き出せるよう腰を落として様子を窺う男女。得体の知れない恐怖からか、額と背中を汗が伝う。掌に至っては、冷や汗どころか既にびっしょりだった。そうして煙が晴れ始めたころ、明らかに少女のものであろう高めの声が二人の耳に届いた。その声音は、心做しか機嫌が良さそうに聞こえた。

 

 「やぁやぁ、はじめましてぇ。そんでぇ――――さようなら、かなぁ? あれ、殺しちゃマズいんだっけぇ?」


 沈みゆく夕日を背に、少女の瞳がねっとりとした昏い輝きを放っていた。

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