第8話ー決闘
おれは5歳の時、刻印の力を使えた瞬間に気づいた――自分が強いってことに。他と違って特別だってことに。それからずっと、負けなしだった。誰もおれに敵わない。周りの奴らは、おれより弱いくせに、そんなこともわからずに無駄に張り合おうとしてきた。だから、おれは好き勝手にしてきた。弱い奴らにおれの力を見せつけ、頭を下げさせるのが、たまらなく気分がよかった。
だけど、一つだけ我慢ならないことがあった。貴族としての「上の立場」ってだけで、おれよりも明らかに弱い奴らに、強く出られないことだ。子供のころ、親父がレイナの親父に頭を下げてるのを見て、おれはそれを知った。
なにをやってる?なぜ俺より弱い奴に頭を下げねばならない。
レイナもその一人。家系や血筋がどうだって?そんなもの、おれの力の前では無意味だ。それなのに、あいつはそのくだらない血統だけで威張り散らしている。
そして、あいつと同じような無能者がまた戻ってきた。アレインだ。無能者って呼ばれていたくせに、威勢だけは良くて、どうも気に食わない。あいつみたいな威勢だけはいい雑魚は見てるだけで虫唾が走る。力もないくせに、何を偉そうにしている。
だが、やっとだ。やっと、レイナより俺の方が上だって証明してやる。刻印の力で、おれが何者かを見せつけてやる。貴族の立場なんか関係ない、俺が真の力を持っているんだからな。
一週間が過ぎ、ルーカスもすっかり回復して元気を取り戻し、俺たちと同じように日常生活を過ごしていた。ルーカスが回復したのは本当に良かった。だが、学園内の空気はどこか張り詰めているように感じていた。特にレオンとレイナの間には見えない緊張が漂っていた。
そんなある日、魔法生物学の授業が行われていた。教室に入ると、先生がEランクの魔獣「グロウラット」を檻に入れて連れてきていた。光るネズミのような見た目のその魔獣は、比較的無害だが、魔法生物学の基本的な勉強にはうってつけの存在だった。
「今日はこのグロウラットについての授業を行う。」髭を生やした高齢の先生はそう言いながら、檻の中の魔獣を指さした。「この魔獣は、強い光を見ると眠る習性がある。だから、誰か魔法で光を作ってくれないか?」
教室が少しざわつく中、レオンが足を組みながらすっと手を挙げた。
「俺がやる。」レオンは自信満々に立ち上がり、無造作に前に出た。
大丈夫か?あいつが何かをやる時は、ろくなことがない。
レオンは手のひらに魔力を集中し術式を組み、光の魔術を発動させる準備をした…かに見えたが、
「ライツ」
そう唱えた次の瞬間、その光は一気に強くなり、グロウラットに直撃した。
「――ッ!」檻の中の魔獣が激しく動揺し、次の瞬間には完全に動かなくなった。
教室は一瞬静まり返った。俺も、そして周囲の生徒たちもその光景を目の当たりにして、何が起こったのか理解するのに数秒かかった。
「…死んだ?」誰かが小さく呟いた。
まじか。
レオンは、淡々とした表情のまま、無関心に立っていた。まるで何事もなかったかのように。
その時、レイナが椅子を蹴って立ち上がった。顔は真っ赤で、怒りが露わになっている。
「何をしている!?ただ光を出せばよかっただけだろう!なぜ魔獣を殺す必要があった!」
彼女の声が教室に響き渡り、全員が息を飲んだ。レオンはその声にも怯むことなく、冷笑を浮かべてレイナを見つめた。
「こんな無価値な魔獣を殺したところで、何の問題がある?ただの雑魚だろ。」
「規則を無視するなと言ってるんだ!」レイナは怒りを抑えきれず、さらに詰め寄った。「力を誇示するために、無駄に命を奪うなんて、貴族の名に恥じる行為だ!」
「貴族だと?」レオンの顔が険しくなる。「俺は実力で物を言ってるんだ。規則なんてくだらないものだ。お前も貴族なら、力が全てだってことくらい理解しろよ。」
レイナの目は鋭く光り、怒りをはっきりと表していた。周囲の生徒たちは、言い争いを見守りつつも、誰も止めようとしない。
「力が全て?…そんな考えで他人を踏みにじるつもりなら、私が正してやる!」
レオンはその言葉に笑みを浮かべ、冷たく言い放った。「そこまで言うなら、決闘を受けろよ、レイナ。俺の力がどれだけ上なのか、お前に教えてやる。」
俺は、その瞬間、レオンの狙いがはっきりとわかった。これはただの偶然じゃない。レオンはずっとレイナを引きずり出そうとしていたんだ。これまでの横暴な行動も、あのグロウラットをわざと殺したのも、全てはレイナを怒らせ、引きずり込むための罠だった。
レイナは正義感が強く、貴族としての誇りを大切にしている。だからこそ、あの場面で引き下がることはできない。あそこまで言ってしまった手前、彼女はもう後に引くことができなくなっている。どれだけ決闘を避けたいと思っても、あのプライドが許さないんだ。
そして、それを知っていたのがレオンだ。レイナがここで引き下がるわけがないことを理解して、彼はずっとそのタイミングを待っていた。今、この場で、レイナを引きずり出して屈服させ、自分が上だと証明するために。
貴族の世界では、力と誇りが全てだ。本来なら、決闘を断ることもできるはずだが、レイナにはそれができない。あの貴族的な誇りのせいで、彼女は引き下がれないのだ。
だが、レイナも気づいているはずだ。レオンに勝てるかどうかという点で、自分の力が足りないことは理解している。レオンは強い。あいつが持っている刻印の力と実力は実際にはわからないけど、威圧感だけでわかる。
レイナは目に見えないプレッシャーに押しつぶされるような感覚を味わっているだろう。それが顔に出ていた。勝てる見込みはないと自分でわかっている。レオンは確実にそのことも見抜いているに違いない。
その光景を見つめながら、俺はかつての自分を思い出していた。
1年生の頃、貴族たちに侮辱され、力がないと蔑まれた日々。何をしても、どれだけ努力しても、立場や血筋で判断され、無力感に押しつぶされそうだった。あの時、誰も俺を助けてくれなかった。たまたま師匠に出会って、手を差し伸べてくれなかったらどうなってたか。レイナの今の状況は、まるであの時の俺を見ているようだ。
レイナは貴族としての誇りを守るため、そしてレオンの挑発に屈しないために前に出ざるを得ない。でも、彼女が勝てるとは到底思えない。レオンの罠にまんまと引っかかっているのが見え見えだ。あいつは、レイナを屈服させるつもりで動いている。ここで止めなければ、レイナは倒され、屈辱を味わうことになるだろう。
俺は心を決めて、前に出ようと一歩を踏み出した。だが、その瞬間、隣にいたルーカスが俺の腕を掴んだ。
「アレイン、やめろ!相手はレオンだ。君が前に出たら、殺されてしまう!」彼の声には、心からの心配が滲んでいた。
ルーカスの言葉はわかる。レオンは強い、俺が今すぐ立ち向かって勝てる保証なんてない。下手をすれば、命を落とす危険もある。でも…
「これはレイナのためじゃない。俺のためなんだ。…それに」俺はルーカスに目を合わせて静かに言った。
「おれ、あいつのこと殴りたいんだ。」
おれはニヤリと笑ってそう言った。
これは、俺が過去の自分を救うための行動でもあるんだ。かつて誰も助けてくれなかった俺のように、レイナが孤立して戦うのを見過ごすことなんてできない。
俺は決意を固め、ルーカスの手を振り払い、前に出た。
レイナが口論の末、レオンに決闘を受けようとしている瞬間だった。彼女は明らかに不安そうだったが、貴族としての誇りが彼女を引き戻しているのがわかる。レオンはニヤリと笑みを浮かべ、待っている。
「わかった。その決闘、受け」
「レイナ!」俺は声を上げ、彼女の前に出た。
「その決闘、俺が代わりに引き受ける。」
「アレイン…」
レイナは俺が現れたのを見て、不安そうに声を発する。
レオンは俺が前に出たのを見て、すぐに軽蔑したように笑った。嘲笑がこぼれる。
「雑魚は引っ込んでろ。俺が申し込んだのはレイナだ。お前みたいな無能者がしゃしゃり出てくる場面じゃない。」
その言葉に、俺の中でふつふつと怒りが湧き上がるが、ここで感情を表に出してはレオンの思う壺だ。
「決闘の代行は、本人たちが了承すれば認められているはずだ。少なくとも、この学園ではそうだろう?そうだったよな?レイナ」
「あ、ああ」
レオンの顔に一瞬の戸惑いが見えたが、すぐにまた不遜な笑みを浮かべた。
「お前じゃなくて、レイナに申し込んでるんだ。決闘を受けるのは彼女だ。余計な口を挟むな。」
レオンの強い言葉に、周囲の生徒たちは息を飲んで見守っている。彼の圧力は強いが、俺は一歩も引かない。むしろ、今が逆転のチャンスだと感じた。
俺はわざと小さな笑みを浮かべ、挑発的な声で言い返す。
「もしかして、俺に負けるのが怖いのか?」
その瞬間、周囲がざわつき始めた。生徒たちは驚きと興奮を隠せない様子だ。今まで学園第2位のレオンに、そんなことを言う奴は存在しなかったからだ。
しかし、俺は見逃さなかった。レオンの眉がピクリと動き、表情が一瞬変わったのを。
「…何だと?」レオンの声には明らかな怒りがこもっている。
「もう一度言ってくれなよ、誰が誰に負けのが怖いだって?」
「なんだ、ちゃんと聞こえてるじゃねーか。お前が俺に負けるのが怖いんだろって言ったんだよ。」
レオンは鋭い目つきでこちらを睨んでる。
俺はさらに言葉を重ねた。「お前はレイナ相手だから勝てると思ってるんだろ?だが俺が相手となると、勝てる保証がないから怯えている…そうじゃないか?」
この言葉は確実にレオンの感情に火をつけた。彼の瞳に怒りの炎が宿り、周囲のざわつきはさらに大きくなった。
「…いいだろう、挑発に乗ってやる。決闘を受けてやるよ、無能者。お前の無様な姿を皆に見せてやる!」レオンは冷たく笑いながら、俺に宣告するように言い放った。
決闘は成立した。俺はレオンの挑発に一歩も引かず、静かに覚悟を決めた。
授業が終わると、俺は教室を出て廊下に出た。空気がひんやりしていて、緊張で熱くなった体を冷やしてくれる。けれど、その冷たさは俺の心のざわめきを完全には消してくれない。
足音が近づいてきた。振り返ると、ルーカスとリリアが急いでこちらにやって来る。
「アレイン、大丈夫かい?」ルーカスが息を切らしながら声をかけてきた。
「本気なんですか?あのレオンさんと決闘するなんて…!」リリアも心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「心配するな。俺だって何も考えずに挑んでるわけじゃない。」俺は二人を落ち着かせるように、軽く笑ってみせたが、二人の表情は険しいままだ。
「でも、あのレオンだよ?学園第2位だよ?簡単に勝てる相手じゃない。」ルーカスは不安そうに眉をひそめている。
リリアも同意するように頷きながらも、口を開いた。
「でも、アレインさんなら勝てると信じてます!」
俺は軽く頷き、二人を安心させるように笑顔を見せた。
その時、レイナが廊下の奥から歩いてくるのが見えた。彼女の表情は険しく、まっすぐに俺の方へ向かってきた。
「アレイン…ちょっと話がある。」レイナは静かな声で俺に呼びかけた。
俺はルーカスとリリアに軽く手を振って二人を先に行かせ、レイナと向き合った。彼女の目にはまだ怒りと、そして少しの迷いが混じっている。
「さっきのことなのだが…本当にすまない。私の浅はかな行動が、あなたに迷惑をかけてしまった。」レイナは少し肩を落とし、申し訳なさそうに言った。
「謝ることなんてないさ。俺がやりたいと思ってやったことだから。」俺は軽く肩をすくめ、気にしていないことを伝えた。
「でも、リオンを挑発するなんて…正直、バカげてる。あいつは強い。あなたが無事でいられる保証なんてないのに…なぜあんなことを?」レイナは心配と怒りが入り混じった声で、俺に問いかけた。
バカと言われた…しょぼん
俺は一瞬黙ったが、笑顔でいった。
「俺もバカなのかもしれないな。でも、言っただろ?俺のためだ。これは7年前の俺を救う戦いでもあるんだ。それに…あの状況で君があいつに負けるところを見たくなかった。…それだけだ。」俺は正直に答えた。
レイナはしばらく俺の顔を見つめていたが、やがて深いため息をついた。「…本当に、どうしてそんなに無鉄砲なんだ。」
彼女は感謝の言葉を口にしたが、その顔にはまだ複雑な表情が残っていた。
「アレイン…」レイナは少し躊躇いながら口を開いた。「レオンの刻印のことなんだがーー」
俺は手のひらで彼女の言葉をすぐに遮った。「レイナ、聞きたくない。」
レイナは驚いたように目を見開き、言葉を止めた。「…どうして?彼の刻印の情報を知っておけば、勝つための助けになるかもしれないのに。」
俺はレイナをじっと見つめた。彼女が心配してくれていることはわかっている。でも、この戦いに関しては、自分の力だけで決着をつけたいと思っていた。
「それじゃフェアじゃない。」俺は静かに答えた。「彼の刻印の力を知ってしまったら、それは俺が自分の力を信じてないってことになる。俺はあくまで自分の力で戦いたいんだ。」
レイナは一瞬言葉を失ったようだったが、やがて困ったように笑みを浮かべた。「本当に…お前ってやつは。だが、それがアレインという人間なのかもしれないな」
レイナは最後に微笑みながら言った。
「決闘は明日の放課後だろ?必ず勝て。」
「ああ、もちろんだ。」彼女の言葉に少しだけ救われた気持ちになった。レイナは俺を信じてくれている。それが俺にとって何よりの支えだった。
相手は学園第2位、『鏡像のレオン・アルシード』。
負けるつもりはない。いや、勝つしかない。
おれは近づく戦いに、胸を高鳴らせた。