7話ー束の間の
Cランク魔獣レイブとの激闘から三日が過ぎた。ルーカスは一命を取り留め、体力を回復したものの、まだ医務室にいた。夕方、リリアと彼を見舞いにやってきて、三人で談笑していた。
「ルーカス、体はどうだ?」
「もう体はなんともないよ、でも回復魔術は傷はいやすけど受けたダメージや体力までは直せないから、念のためまだ安静にしろって言われたんだ。あの時はさすがに焦ったけど、君たちのおかげで助かった。」ルーカスはベッドに横たわりながら、笑みを浮かべた。
ほんとに体は何ともなさそうだな、よかった…
おれはベッド脇に椅子を引き寄せて座り、「無理するな。今日はゆっくり休めばいいさ」と応えた。
リリアも隣に座り、「本当に無事でよかったです。あの時、どうなるかと思いました…」とホッとした表情を浮かべた。
「ところで、あのレイブの件…どうなった?」ルーカスが少し気になった様子で尋ねてきた。
「学園側が内々で処理したよ。学園内の領域にCランク魔獣が出たなんてことが外に漏れたら、混乱になるらしい。ましてや、生徒が怪我したんじゃあな。今回の演習、150点だったけど、あのトラブルのせいで特例措置として演習はクリア扱いだ。正式な報告書にも、俺たちがCランクの魔獣と遭遇したなんて書かれていない。」
「そうか…」ルーカスはホッとした表情を浮かべた。「それでも、アレインがCランクの魔獣を単独で倒したっていう事実は、すごいよ。僕もあの時は正直…驚いた。」
「そうです!普通、Cランクの魔獣なんてセイントクラスの人たちじゃないと単独で倒せないんですよ!」リリアも興奮気味に口を挟んだ。
「はは、まぁ…なんとかな…。ただ、レイブ相手だったからこそ勝てた。Cランクと言ってもピンキリだからな、他の魔獣だったらわからなかった。」
これは本当のことだ。修行中戦ったCランクの中にはあれより強いのはたくさんいたし、同じ種族でも強く成長してる個体もいるしな。
「そうなんだ。ところで…アレインが使ってた格闘術って、あれは何だい?見たことない動きだった。」ルーカスが不思議そうに尋ねた。
「なんだ、気絶してたんじゃなかったのか?」
たしかルーカスは最初の一撃をもらって気絶してたはずだが…
「リリアのおかげで、途中から意識が戻ってね、ぼんやりだけど少しだけ見てたんだ。」
「そうだったのか」
俺の流派か…まあ口止めはされていし、言ってもいいか。
「俺が使ってるのは『変幻魔装流』っていう格闘術の流派だ。魔力を纏うだけじゃなく、その性質を変化させることができる。鋼のように固くしたり、水のように柔らかく流動的に動かしたり。…これが難しいんだ。俺も、習得には苦労したからな。」
「変幻自在の魔力…すごいですね。魔力を纏うのは高等技術だって聞きますけど、それを変化させるんて聞いたこともないです。」リリアが感心しながら言葉を漏らした。
だろうな。俺の知る限りこの技術を使えるのは俺と師匠だけだし…
「そんな技術があるなんて、すごいね。あのレイブを倒した時に使ってた技も、すごかったね」ルーカスが興味津々に続けた。
「たしかに。攻撃のたびに威力が上がってるみたいでした。」
リリアはこくこくとうなづいて、青い目を輝かせながら話している。
「ああ、『芯菊』な。『芯菊』は、俺が使う連撃の技だ。」おれは説明を始めた。「この技は、一撃目より二撃目、さらに三撃目と、打つたびに威力が増していくんだ。最大で八回まで打てるが、その分、連撃を続けるのはリスクが高い。腕に負担もかかるしな。」
「だから、最初の方は様子を見ながら打ってたんですね。」リリアが理解したように頷いた。
「ああ。あの時も、八回目までいく前に倒せたのは運がよかった。それ以上続けると、俺も無理がかかってたかもしれない。」
「そういうことか…。それにしても、あの技…見ていて本当に驚いたよ。」ルーカスは目を輝かせて言った。
「ありがとな。まぁ、危なっかしい技だけど、これからも鍛錬していくさ。」
おれたちは穏やかな雰囲気の中、再びルーカスの健康を喜びながら話を続けていた。
ルーカスの見舞いが終わり、おれは静かに医務室を後にした。医務室の外は夕暮れ時、廊下には柔らかい光が差し込んでいる。足音を立てないように慎重に歩きながら、ふと頭の中で今日の出来事を思い返していた。
すごいか…褒められなれてないせいか、ああやって褒められるのは素直にうれしいな。
そんなことを思っていると、前方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「久しぶりだね、アレイン。」
顔を上げると、そこには学園の教授であり、「灰の盟約」のエリート魔導士の一人、オルフェウス先生が立っていた。長身で冷静な表情を浮かべた彼は、鋭い目でおれを見つめている。この人やっぱりちょっと怖いな。
「オルフェウス先生…久しぶりです。」頭を軽く下げ、答えた。
「学園にはもう慣れたかい?」オルフェウス先生は廊下の窓から差し込む光を一瞬見やりながら、穏やかに声をかけた。
「はい、少しずつですが…。やはり、復学してみると昔とは少し違いますね。」
先生は薄く笑い、「そうだろうね。時間が経てば、学園も変わる。君も変わったんじゃないか?」と言いながら、歩みを止め横に立った。
「…まぁ、少しは変わったかもしれません。」
「そういえば…レイブを倒したそうだね。」突然、オルフェウスが話題を変え、鋭い視線を向けてきた。
「はい。思ったより手こずりましたが、なんとか一人で倒しました。」
オルフェウスは一瞬考えるように沈黙し、その後再び口を開いた。「君がレイブを倒したのは立派だ。だが、君も聞いたことがあるだろう、近年、大陸各地で魔獣の活動が活発になっている。」
そういえば授業でそんなことを言ってたな…
「強い魔獣が各地で多く出現しているんだ。灰の盟約に所属している魔導士たちも、その対処に追われているが、死亡する者も少なくない。以前のように簡単に解決できる状況じゃなくなってきている。」
実際に死亡者も出てるのか、思ったより深刻そうだ
「君もこれからその現実に直面することになるだろう。灰の盟約の一員として、強力な敵と向き合わなければならない時が来る。」
強大な敵…
おれは一瞬幼いころにみた炎の柱の中にいる強大な何かを思い出した。
「なんせ、君はあの人の弟子だからね。」
「あの、師匠と親しいんですか?」
まあ現最高司令官とアッシュの一人だ、親しいはともかく関係があって当たり前だが…
「ああ、ガルディンさんは私がこの学園の8年生だったときの担任だったんだ。それはすごいスパルタだったよ。」
オルフェウスは懐かしむように答えた。
「なるほど、そうだったんですね。」
つまり俺には兄弟子姉弟子が山ほどいるのか。訓練の過酷さの話で盛り上がれそうだ。
「君には期待しているよ。」
オルフェウスはそう言い、振り返ることなく廊下の向こうへと消えていった。
期待してる…か。
そんなこと、今まで言われたことがなかった。1年生の時はあんなだったし、師匠は厳しいからあまり褒めてくれないし。…いや、あまりどころか褒めてもらったことあったっけ?
「よう、無能者。」
突然、冷ややかな声が廊下の向こうから響いた。顔を上げると、そこにはレオンとその取り巻きが数人、立ちふさがるように歩いてきた。レオンは相変わらず自信に満ちた表情だが、その目には冷酷な光が宿っている。何が気に食わないのか、わざわざ突っかかってくるつもりらしい。
なんだよ…こんなタイミングで、めんどくさいやつらだな。
「おやおや、これは珍しいな。あの演習でDランク程度の雑魚魔獣相手に大怪我を負ったやつの仲間がこんなところで散歩とはな。」取り巻きの一人が薄っぺらい笑みを浮かべながら、わざとらしく声をかけてきた。
大怪我?ルーカスのことを言ってるのか…。そういえばこいつらはレイブが出てきたこと知らないのか。
「ルーカスってやつだろ?Dランクごときの魔獣相手にやられるなんて、センスないんじゃないか?」もう一人の取り巻きが肩をすくめ、見下すように俺を見てくる。
こいつら…好き勝手言いやがって。今すぐその顔面に芯菊を叩き込んでやろうか。
怒りが胸の中でじわじわと広がっていく。だが、ここで感情的になったところで、何も得られない。冷静でいろ。冷静で。
「…何か用か?」感情を押し殺し、俺は静かに問いかけた。
「用?別にそんなものはねえ。ただ、俺の道を歩むとか言ってた割には、石ころに躓いてるように見えてな。」
レオンが軽く笑いながら一歩近づいてくる。その目には俺を試すような鋭さが見えた。
「所詮口だけで、結局のところお前は今も無能者なんだろ?お仲間も同じようにな。」
「俺のことは何を言おうがかまわない。ただ」
俺は一歩前に出て言う。
「友をさげすむなら…容赦しない」
レオンとおれの視線が交差する。
レオンはふっと笑って、吐き捨てるように言った
「まあいい。俺は今気分がいいんだ。これからもっと面白いもんが見れるからな。…いくぞ」
レオンとその取り巻き二人は笑みを浮かべながら立ち去って行った。
なんだあいつら、気分がいいなら突っかかってくるなよ。
おれは頭をかきながらため息をついたあと、訓練場に向かって歩き出した。
夕方の訓練場に足を運ぶと、俺の視界には慣れた光景が広がっていた。学園生たちが魔法の訓練に励んでおり、その中心には見慣れた背中があった。レイナ・フェルクレアだ。彼女は鋭い集中力を保ちながら、中級魔術を華麗に操っている。魔術を使うたびに、彼女に綺麗な金髪が揺れる。周囲の生徒たちが彼女の魔力の圧倒的な力に一瞬息を飲むのを感じた。
あれがレイナの実力か。中級魔術を簡単に使ってる…すごいな
しばらく彼女の訓練を見守っていると、レイナが俺の視線に気づいたのか、動きを止めてこちらに歩いてきた。
「アレイン、どうしてここに?」彼女は軽く息を整えながら、少し驚いた様子で問いかけてきた。
「ん。ちょっと体を動かそうと思ってな。それより、レイナの魔術、相変わらずすごいな。まるで教科書通りの動きだ。」俺は感心した口調で答えた。
レイナは微笑みながらも、軽く肩をすくめた。「ありがとう。でもまだまだだ。もっと精度を上げないと、実戦では使い物にならない。」
彼女の言葉には謙虚さがありつつも、どこか重圧を感じているようだった。
「ところで、君の友達…ルーカスの怪我、大丈夫なのか?」レイナがふと真剣な表情で聞いてきた。
「ああ、だいぶ回復してるよ。まだ医務室にいるけど、もう少ししたら退院できるってさ。」俺は彼女にそう伝えた。
レイナはホッとしたように頷き、少しだけ表情を和らげた。
「…アレイン、知ってるか?私の家、フェルクレア家はリオンドール王国の中でも大貴族の一つだ。かつてはアッシュの魔導士を輩出したこともある。」
レイナは突然話題を変えて話してきた。
「へえ、アッシュを。それはすごいな」
レイナは少し誇らしげに語るが、すぐにその表情に影が差す。
「だが…私はフェルクレア家の一員として、刻印の力を引き出せていないんだ。さきほど私の魔術を褒めたが、逆にいえば私は魔術しかまともに使えないのだ。」レイナは自嘲気味に言った。
「刻印の力…?」
レイナの刻印…そういえば聞いたことなかったな。
「ああ、私の家系には代々『転移の刻印』が継承されている。だけど、私にはその力が十分に発現していない。刻印を持っているのに、その力を引き出せないなんて…恥ずかしいことだ。」レイナの声には、抑えきれない苦悩が感じられた。
なるほど…リオンドール王国の大貴族という重圧は、彼女にとってただの名誉ではなく、常に大きな負担を背負わせるものなんだろう。
「そんなことはないさ。俺だって刻印なんて持ってないし、それでもやっていけてる。結局はどう使うかが大事なんだよ。」俺は少し気楽に言葉をかけたが、彼女の表情はまだ硬いままだった。
その時、ふとレイナの顔を見て、何かが気になった。
「レイナ…少し疲れてるように見えるけど、大丈夫か?」
彼女は一瞬黙り込み、ふと目を伏せた後、小さくため息をついた。
「すまない…実は最近、少し困っていることがあってね。レオン…彼が私の周囲の友達に対して、乱暴な行動を取ることが増えているんだ。表向きは貴族同士の礼儀を守っているように見えるが、実際にはその力を誇示して、彼女らを脅かしている。」
「レオン…またあいつか。」俺は少し苛立ちを覚えながら彼女の話を聞いた。
「ああ、そのたびに私が抗議しに行ったり割って入ったりするが、なかなかやめなくてな…リオンも王国の貴族な上にあの実力と性格だ、彼に対して強く出れるものはあまりいない。」
レオン…あいつとんだ問題児じゃないか。いったい何がしたいんだ?
「レオンって、昔からそうなのか?」
「いや、私はこの学園に入る前から顔見知りだが、確かに昔から乱暴な方ではあったがここまでで放った。…これは勘だが私にはあいつがなにか目的があってしてるように見えるんだ」
最近になってさらに乱暴に…?それに目的か…引っかかるな
「そうか…でも、レイナ一人で抱え込む必要はないんじゃないか。困ったら、いつでも俺に頼ってくれ。」俺は真剣な声で伝えた。
レイナは少し驚いた表情を見せた後、静かに微笑んだ。「ありがとう、アレイン。でも、君にまで迷惑をかけるわけにはいかないんだ。」
その微笑みの裏には、まだ隠しきれない疲れが見え隠れしていた。レオンの行動が、彼女の周りの人々を追い詰めているのは明らかだ。それをどうにかしなければならないという思いが、俺の中で強くなった。
このまま放っておくわけにはいかない。レオンの横暴を止めるために、何か行動を起こさなければ…