第6話ーアレイン・インフェルナス
深い森の中、おれたち三人は足音を忍ばせながら、ウサギ型の魔獣を追いかけていた。小柄だが素早く、鋭い爪と歯を持つその魔獣は、わずかな隙間をすり抜けて逃げ回っている。木々の間を縫うように進み、瞬時に動きを見極める。
「リリア!そっちにいった!」おれは瞬時に声を上げ、彼女の方向に視線を飛ばす。
「わかりました!」リリアが答え、すぐに動いた。
ウサギ型の魔獣がリリアのほうに向かって猛スピードで走ってくる。だが、その逃げ場は既に封じられていた。
「光の裁き!」リリアの声と共に、彼女の手から放たれた光の魔術が、一直線に魔獣へと向かう。光が閃くと同時に、魔獣はその場で動きを止め、地面に倒れ込んだ。
「やった…!」
俺たちは、これまで順調にDランクの魔獣を倒し、演習を進めていた。森の奥に進むにつれ、陽の光は徐々に薄れていき、木々の間をすり抜ける冷たい風が不気味な静けさを運んできた。
「これで150点か…もう少しで目標の200点に届きそうだな」と言うと、ルーカスが頷き、リリアはほっとしたように笑みを浮かべた。
「このペースなら問題なくクリアできそうですね」とリリアが言う。
だが、森の中の静寂は次第に異様なものへと変わりつつあった。風が止まり、遠くで鳥の声がピタリと止む。アレインの眉間にしわが寄る。
「…何かいる。」慎重に辺りを見回した。
「おかしいな、さっきまで賑やかだったのに…」ルーカスが周囲を警戒しながら呟いた。
その瞬間、地響きのような足音が響いた。目を細め、ルーカスの後ろの茂みの向こうを見つめると、巨大な影がゆっくりと姿を現した。
「!!ルーカス!後ろだ!」
「え?」
ルーカスが後ろを振り返ると、人の倍はありそうな魔獣が大きな尾を揺らし立っていた。
ルーカスが回避行動を取る前に、魔獣の斧状の尾が振り下ろされ、鋭い一撃が彼を吹き飛ばした。
「うっ…!」ルーカスはその衝撃で数メートル先の木に叩きつけられ、その場で気絶してしまった。
「ルーカスさん!」リリアが叫び、急いで駆け寄ろうとしたが、魔獣はそんなリリアめがけて突進してきた。
まずい…!
おれは瞬時にリリアに駆け寄り、リリアの抱きかかえてその突進を回避した。
突進がリリアがいた場所に合った木に当たり、バキバキと音を立てて折れた。
着地後すぐさまリリアを下ろし
「リリア、ここは俺がやる。リリアはルーカスの回復を頼む!」おれは魔獣に向き合った。
やるしかないな…
リリアは恐怖に震えながらも頷き、必死にルーカスの元へ向かい、回復魔術をかけている。
ルーカスは…なんとか生きてるみたいだな、呼吸音が聞こえる。
おれは斧のような尾を振り回す魔獣を見据え、拳を握りしめる。
魔獣は、黒と赤の体、狼のような顔を持つ巨大な魔獣だった。太い後ろ足で太ち、斧のような尾が不気味に揺れ、鋭い赤い目がおれを睨みつける。おれはその姿を観察していた。
どう見てもDランクじゃないな…あの斧のような尾とするどい爪はやばそうだ…
「レイブです!!」
おれはルーカスの治療をしながら話すリリアの声に、魔獣から目を離さずに耳を傾けた。
「Cランクの魔獣です!こんなところにいるわけないのに…」
Cランクか…
おれはにやりと笑みを浮かべた。
「心配するな。Cランクなら、修行中にたくさん戦ってきた。」
「え?」
レイブは鋭い赤い目を輝かせ、低く唸りながら睨みつけていたが、次の瞬間、レイブは一気に地面を蹴り、巨体を揺らしながら突進してきた。
くる!
おれは素早く上へ跳び、レイブの斧尾の攻撃をかわした。尾が地面を裂き、土と砂が舞い上がる。
やはり、一撃が重い…けど動きは鈍い。隙はある…。
レイブはすぐに体勢を立て直し、再び斧尾を振り上げた。今度は横殴りの一撃。おれは着地と同時に身を屈め、尾の軌道を避けた。
「芯菊!」
尾をかわした瞬間、レイブの腹部に向かって鋭い拳を繰り出す。拳は確実に命中し、レイブの巨体が一瞬よろめいた。しかし、その反応は思ったよりも鈍い。
「効いてない…か!」
レイブの爪による攻撃を回避し、後退したが、すでに魔獣は怒りに満ちた咆哮を上げ、再び突進を繰り出してきた。
今度は速度が速い。すぐにかわすものの、斧尾の追撃がすぐに迫ってくる。
まずい、思ったよりタフだ…これは長引く戦いになる。あいつスタミナもすごいな…。
レイブの尾が脇を掠める。その強烈な風圧が肌に感じられ、即座に体勢を立て直した。
このままでは終わらない。弱点を突かないと…腹部か、いや、もっと効果的な胸元を狙う。
レイブの動きを注視しながら、周囲を冷静に見回す。
斧尾の動きに合わせて、レイブの体がわずかに開く…。
やはり、尾を振り下ろす時だ…その一瞬を狙ってもう一度芯菊を叩き込む!
「アレインさん!」
攻撃が通じていないおれを心配して、リリアが叫ぶ。
それを目線を移さず声だけ聴いて、安心させるように言った。
「大丈夫だ。さっき使った芯菊は本来は連続技だ。」
次の攻撃を狙っているレイブに対し、距離を保ったまま動き続ける。そして、再びレイブが斧尾を振りかざしたその瞬間、全力で突進した。
今だ…!
レイブの懐に潜り込み、急所である胸元に向けて強烈な拳を打ち込む。
「芯菊!」
全力の一撃がレイブの胸に突き刺さり、その巨体が揺れた。しかし、レイブはその大きな爪を振り下ろそうとする。
その前に、もう一度打ち込む!
「二重芯菊!」
すると、レイブの胸から骨が軋む音が聞こえ、振り下ろそうとした腕が止まり、先ほどより巨体が大きく揺れた。
「ガァアアアア!」
レイブの苦悶の咆哮が森中に響き渡る。その隙を逃さず、さらに連続で拳を打ち込んだ。
「三重芯菊!!」
次は、レイブの巨体がメキメキと音を立てて少し浮いた。打ち込むたび、威力が上がる。それがこの技だ。レイブは、ダメージによりまともに動くことができない。レイブは疲れた様子で体を揺らしながら、赤い目でアレインを睨み続けていた。
おれは一瞬の静寂の中で深呼吸をし、最後の一撃に全力を注ぐために体勢を整えた。
「いいこと教えてやるよ…」
森の中での演習とは対照的に、灰の学園の職員室は静かな空間だった。陽光が窓から差し込み、机に並べられた書類の上を照らしている。二人の教師が向かい合いながら話していた。
「この前復学した学生…アレイン・インフェルナス、でしたか。彼について少し気がかりなことがあるんですよ。」
教師の一人が、気難しそうな顔をして話し始めた。
「彼がインフェルナス一族だというのは置いといて、彼は無能者と呼ばれていた過去がありますし、あまり成績も振るわなかった。しかも今回、あまり成績の良くない生徒たちと組んで演習に参加しているようです。大丈夫なのでしょうか?」
教師の疑問には、どこか冷ややかな不安が含まれていた。
オルフェウス・グレイストーンは、書類を手にしながらちらりと視線を上げ、穏やかな笑みを浮かべた。
「おや、ご存じないのですか?」
彼は静かに言った。
「彼はたしかに、無能者と呼ばれていました。過去の彼は、誰からもそう評価されていたし、実際にそうだったかもしれません。しかし、それはもう過去のことです。」
オルフェウスは机に置いた手を少し開き、丁寧に説明を続けた。
「彼は、とある男の下で7年間、みっちりと修業を積みました。そして、これまで誰も会得できなかった、その男が扱う独特な格闘術を、見事に会得したんです。」
オルフェウスは一瞬、相手を見つめ、静かな声で続ける。
「その師の名は――ガルディン・フェルゼル。」
相手の顔に驚きの色が浮かぶのを確認しながら、オルフェウスは淡々と語り続ける。
「かつて『鬼神』と呼ばれた英雄であり、元アッシュの一人であり、そして、今や『灰の盟約』の最高司令官ですよ。」
「師匠のほうが1000倍強い!!」
地面が割れるほど強く踏み込み、全身の力を集中させて最後の拳を打ち込んだ。
「四重芯菊!!!」
力強い一撃がレイブの胸部に炸裂し、レイブは血を吐きながらその巨体はそのまま後方に吹き飛び、地面に崩れ落ちた。レイブの赤い瞳がゆっくりと閉じられ、その動きは完全に止まった。
荒い息を整えながら、倒れたレイブを見下ろす。勝利の感触がおれの中に満ちていた。
「ふぅ…何とか倒したな。」
レイブを倒し、小さな戦いが終わった。静かな空気が辺りを包み、アレインは深い息をつきながら呼吸を整える。彼の表情には疲労と達成感が混ざり合っていたが、どこか遠くを見つめる瞳は、次なる未来を見据えていた。
かつて無能者と呼ばれ、誰からも見放されていた少年、アレイン・インフェルナス。その名は今や、歴史に燦然と輝く存在として知られている。彼の物語は、絶望の淵から始まり、数々の試練を乗り越えて大きな運命を成し遂げた英雄譚として語り継がれている。
アレインは、若くして無能者と嘲られ、期待されることもなかった。しかし、その裏に秘められた可能性は、やがて彼の師となる人物――"鬼神"ガルディン・フェルゼルの目に留まることとなる。ガルディンのもとで7年にわたり鍛え上げられたアレインは、誰も会得できなかったガルディンの独自の格闘術を修得し、失われた力を身に付けた。この時点で、アレインは無能者などではなく、まさに未だ開花していなかっただけの異端の才能だったのだ。
その後、アレインは幾多の戦いに身を投じ、数々の試練を乗り越え、運命の対決であったレイブとの激闘を制した。この戦いは、彼の名が広く知られるきっかけとなっただけでなく、彼が英雄としての道を歩み始めた瞬間でもあった。だが、アレインの旅路はここで終わることはなく、彼はさらなる高みを目指していくこととなる。
後に彼は、かつての師であるガルディンの二つ名――"鬼神"を継承し、その名で恐れられ、同時に崇敬される存在となる。戦場では、彼の姿はまさに鬼神そのもの。卓越した戦術と圧倒的な力で敵をねじ伏せ、友を守り抜いた。彼の存在は、ただ一人の英雄にとどまらず、彼が導いた者たちにも大きな影響を与え、彼らもまた歴史に名を刻むこととなった。
アレイン・インフェルナスは、己の弱さと向き合い、師との絆を背負いながら、自らの道を切り開いた。彼が成し遂げた偉業は、英雄ガルディンの名を超えるほどに、世界中で語り継がれていく。
これは、アレイン・インフェルナスが無能と嘲られた過去を乗り越え、鬼神と呼ばれるに至るまでの物語であり、彼が己と、そして世界と向き合い続けた軌跡である。