第5話ー開戦
夜の森は、静寂の中に包まれていた。風が木々をそっと揺らし、遠くで聞こえる動物の鳴き声が時折耳に届く。焚き火のパチパチと燃える音が、唯一の生命感を感じさせる。赤く揺れる炎が二人の顔を照らし、ガルディンの鋭い瞳は炎の向こうを見つめていた。
アレインは焚き火を囲み、静かに口を開いた。
「師匠…インフェルナス一族について教えてくれないか。」
ガルディンは一瞬黙り、炎の音に耳を傾けるかのようにゆっくりと息をついた。そして、重々しい口調で話し始めた。
「インフェルナス一族について…か。」
その声には、深い思慮と何かを抱えた重みがあった。ガルディンは少し視線を落とし、炎の中で思い出すように過去の記憶を探っているかのようだった。
「お前の一族、インフェルナスは、元々はとある島から強制的に連れてこられた一族だ。あの王国が、力を求めて彼らを戦闘奴隷として扱ってきた。」
アレインはその言葉をじっと聞きながら、拳を握りしめた。自分のルーツ、その血筋の苦しみを聞くことに耐えがたいものを感じながらも、目をそらさなかった。
「一族には1人、『炎魔の刻印』を宿す者が生まれてくる。その者が死ぬと、しばらくして他の一族の者の中から新たな炎魔の刻印の所持者が現れる…それくらいしかわかっていない。詳しい記録はほとんど残されていないし、あの事件についても謎が多い。」
ガルディンの言葉は、何か重いものを抱えたように途切れがちだったが、真実だけが語られていた。アレインは焚き火の炎が揺れるのを見つめながら、彼の話に耳を傾け続けた。
「その王国は、炎魔の刻印の力を過剰に求め、その者たちを道具のように使った。戦争のために…、国のために…。だが、力を酷使した結果、暴走を招いた。それが…あのインフェルナス事件だ。」
焚き火の音が一瞬大きく響き、夜の冷たい空気がアレインの肌に触れた。風が葉を揺らし、暗い森の奥からは遠くでフクロウが鳴いていた。
「なぜ一族がそんな力を持っているのか、なぜ炎魔の刻印が継承され続けるのか、その答えはまだ見つかっていない。俺が知っているのは、あの王国がその力を利用しようとして失敗したってことだけだ。」
アレインは静かに頷き、ガルディンの言葉を深く心に刻んだ。自分の一族がどれほどの苦しみを受け、そして何が彼らをそんな運命へと導いたのか。その謎を解き明かすことが、今後の自分の使命でもあると感じた。
ガルディンは最後に、じっとアレインを見つめながら言葉を続けた。
「お前は、その一族の末裔として、これからどう生きるかが問われる。だが、忘れるな…力に飲まれれば、待っているのは破滅だ。」
アレインは炎を見つめたまま、力強く頷いた。
ガルディンの言葉が、今も心に刻まれている。アレインはその夜の焚き火の音を思い出しながら、顔を上げた。気がつけば、すでに演習の開始を告げる準備が整っていた。
アレインはいつもの制服とは違い、動きやすい皮で作られた服に、軽い防具をつけている。そして腕には、黒いガントレットを装備している。
周囲には生徒たちが各々のチームで話し合い、準備を整えている。風が森の中を吹き抜け、木々がざわめいていた。その時、不意に声がかかった。
「アレイン、少し話せるか?」
振り向くと、そこにはレイナが立っていた。彼女はいつも通り、凛々しい姿でアレインに近づいてきたが、演習用に動きやすい軽めの鎧を着用しており、腰には小さな杖が見える。彼女とは、リオンとの一悶着以来だった。
相変わらず綺麗な人だな。
「レイナか。あの時以来だな、どうした?」
レイナは軽く頷きながら、アレインの隣に立ち、森の奥へと視線を向けた。
「君が復学してから、ゆっくり話すのは初めてだったから、少し気になってな。学園には慣れたか?」
アレインは肩をすくめて笑った。
「慣れたかどうかは微妙だが、思ったよりは馴染んでるよ。昔と大きくは変わらないしな。」
レイナは満足げに頷き、微笑んだ。
「そうか。君が戻ってきて、周囲が少しざわついているようだが、気にするな。」
アレインは軽く笑い返しながら言った。
「ありがとうな。でも、そんなのは気にしないさ。どうせ、時間が経てば気にもされなくなる。」
レイナは少し笑いながら続けた。
「それならいい。…私はな、どうもお前が無能者と呼ばれるような人間だとは思えないのだ…演習でその実力を見せてくれ。」
そう言って、レイナは振り返らずにその場を去っていった。彼女が去る後ろ姿を見送りながら、アレインはふとため息をついた。
無能者とは思えない…か
すると、すぐにリリアが近づいてきた。
「アレインさん、レイナさんと仲がいいんですか?」
演習用のローブと長い杖を持って近づいてきたリリアの問いに、アレインは少し驚いたように振り返った。彼女の表情には、どこか不安げなものが浮かんでいた。
「仲がいいわけじゃない。たまたま話しただけだよ。」
リリアは微妙に顔をしかめながらも、視線をそらし、口元を少し噛んだ。アレインにはその様子が、どこか嫉妬のように見えた。
「そ、そうなんですね…。まあ、レイナさんは強いし、綺麗だし、当然ですよね…。」
もしかして、嫉妬してるのか?
アレインはその言葉に軽く笑い、リリアの肩を優しく叩いた。
「気にするな、リリア。俺たちはチームなんだから、それが一番大事なことだ。」
リリアは頷いたが、その表情にはまだ少し不安が残っていた。
リリアのように演習用のローブと、片手で持てる小さな杖を腰にぶら下げたルーカスも近づいてきて、
「頑張ろうね、2人とも」
と少し緊張した顔で言い放つ。
その時、遠くから先生の声が響いた。
「全員、集まれ!これから演習のルールと注意点を説明する!」
アレインたちはすぐに集まり、先生の前に整列した。先生は全員の顔を見渡し、演習のルールを厳しい表情で語り始めた。
「今回の目標は、森の中でEランクの魔獣を倒せば5点、Dランクの魔獣を倒せば20点。目標は合計200点を稼ぐことだ。チームの総合点数で評価する。かかった時間も評価に含まれるから、スピードも重要だ。」
合計200点…三人でDランクの魔獣を10体倒せばクリアだから、8年生にとってはあんまり難しくなさそうだけど…時間も評価に入るならスムーズな捜索も必要にあるだろうし、油断できないな。
先生は少し間を置き、全員に真剣な眼差しを向けた。
「だが、特に気をつけてほしいことがある。森の奥には崖がある。その崖を降りた先は、学園外領域だ。あそこは危険な場所で、学生が立ち入ってはいけない。絶対に降りるな、これは命令だ。」
生徒たちは少し緊張した表情で頷き、先生の言葉に注意を払った。アレインも、森の中の危険を理解しながら、演習への気持ちを整えた。
「それでは、はじめ!!」
演習が始まる合図が鳴り響くと、アレインたちはすぐに行動を開始した。周囲の生徒たちは競うように走り出し、近場にいる魔獣を狙っている。
「近くの獲物は、すぐに取り合いになるだろう。できるだけ奥に行って、効率よく点を稼ごう。」
ルーカスが冷静に言い、リリアとアレインもそれに同意した。アレインは頷き、急足で奥へと進む。
「よし、奥に行くぞ!」アレインが声を張り上げると、三人は全速力で森の奥へと駆け出した。
周囲の木々が次々と過ぎ去り、遠くから他の生徒たちの叫び声や魔法の音が聞こえてくる。競争が始まったばかりだが、奥に行けばそれだけ強力な魔獣が待っているのは明らかだった。
「慎重にいけよ。森の奥は少し危険だって言われてるからな。」
ルーカスが警戒心を抱きながらも、進む速度を落とさなかった。森の深い緑が彼らを包み込み、陽の光が木々の隙間からかすかに差し込む。徐々に薄暗くなる森の奥へと進んでいく。
「待て、前方に何かいる。」
アレインが手を挙げて三人を制止すると、遠くに獣の影が見えた。その影は、彼らの動きに気づいたかのように低く構え、赤い目が光を反射している。
「ブラッドウルフだ…。」ルーカスが呟いた。
「いきなりDランクなんて…」リリアが不安そうに言う。
巨大な狼のような魔獣、ブラッドウルフが前方に現れた。赤い毛並みが不気味に輝き、その獰猛な牙をむき出しにしている。単体で出現することは少なく、群れで行動することが多いと言われている魔獣だった。
「気をつけろ。単体でも強力だが、何匹かいるかもしれない。」ルーカスが慎重な声で警告を発する。
「行くぞ。」アレインが短く指示を出し、戦闘の準備を整えた。
ブラッドウルフは咆哮を上げると同時に猛然とアレインたちに向かって突進してきた。大地を蹴り、瞬時に距離を詰めてくるその姿に、アレインは冷静さを失わなかった。
「リリア、サポートを頼む。ルーカスは魔法で援護を。俺が前に出る。」
「了解!」リリアがすぐに後ろに下がり、サポートの準備を始めた。
ルーカスもすぐに詠唱に入り、魔法の光が手のひらに集まっていく。アレインはガントレットをしっかりと握り締め、ブラッドウルフに向かって突進した。
「ふっ!」
アレインの拳が鋭く繰り出され、ブラッドウルフの巨体に打撃が加わる。狼は吹き飛ばされたが、すぐにバランスを取り戻し、鋭い爪を振りかざして反撃してきた。
アレインは一瞬で間合いを取るが、ブラッドウルフの爪による攻撃を避ける。
「ルーカス、援護を!」アレインが叫ぶと、ルーカスの魔法がすかさず炸裂する。
「ウィンドカッター!」
風の刃がブラッドウルフの足元に切り裂き、その動きを一瞬鈍らせた。アレインはその隙を見逃さずもう一発側面に拳を撃ち込む。
ブラッドウルフはまたも吹っ飛び、息を切らしながらこちらを見ている。
効いてる
アレインは冷静にその鋭い眼光を受け止め、右手を引き、腰を落としより強力な攻撃を繰り出すための構えを取る。
すると、ブラッドウルフは再びアレインに向かって突進してくる。
「リリア!」アレインはそう叫び、拳に力を入れた。
「プロテクション!」
リリアの支援が後ろから飛び、アレインの前に半透明な壁が形成される。ブラッドウルフの爪により砕けたが、その一撃を塞いだだけで十分だった。
「芯菊」
攻撃が塞がれ無防備となったブラッドウルフの腹にアレイン渾身の一撃が叩き込まれる。
ブラッドウルフは口から血を吐き出しながら吹き飛び、後方の木に激突してピクリとも動かなくなった。
その様子を見て、ルーカスとリリアが近づいてきた。
「すごく強いじゃないかアレイン!ブラッドウルフを3発で倒すなんて!」
「そうですよ。私たちの援護、なくても勝てたんじゃないですか?」
ルーカスとリリアはアレインの強さに驚きを隠せない。
「いや、2人のサポートがなかったらこんなに上手くはいかなかった。いい援護だった。」
2人は顔を合わせ、少し照れくさそうにしながらも、初討伐を喜んだ。