第4話ーインフェルナス
一週間後
学園生活に戻ってから、アレインは自分のペースで少しずつ馴染んでいた。復学してから周囲の生徒たちはまだ彼を「無能者」として見る視線を変えようとはしていないが、それでも授業や訓練で彼の内面に少しずつ変化が生まれていた。
そして、この日もまた、何事もない授業が始まろうとしていた。
教室に入り、アレインが自分の席についた瞬間、教師が黒板の前に立って告げた。
「今日は特別な発表がある。3日後に外部での演習を行う。場所は都市の東にあるネルクーリ大森林だ。3人一組でチームを組むこと。各自、慎重に選ぶように。」
その言葉に教室内が一気にざわついた。外部演習は生徒たちにとって重要なイベントであり、実戦に近い環境での経験を積むことができるため、各自が期待と緊張感を抱いていた。
演習か…やったことないけど、8年生にでもなればあるのは当たり前か。
「ネルクーリ大森林は都市のすぐ近くにあるが、魔獣の巣窟でもあるため、油断は禁物だ。それぞれチームで協力して、全力で演習に臨むように。」
教師の言葉は厳しく、そして真剣だった。生徒たちはさらにざわめきながら、誰と組むかを考え始めた。
授業が終わった後、仲の良い者同士や、実力のある者同士が自然に集まり始める。
3人一組か…決まりだな
アレインはまずルーカスに話しかけた。
「なぁ、ルーカス。3日後の演習、もう誰かと組む相手決めたか?」
ルーカスは少し戸惑ったように視線を落とし、首を振った。
「まだ決めてないよ。自分は、そこまで強くないし、みんなもう他の人と組んでるみたいで…。」
アレインはその答えに少し微笑み、ルーカスの肩を軽く叩いた。
「それなら、俺と組まないか?お前がいてくれたら心強いし、俺たちならうまくいくはずだ。それにリリアを誘ってみようと思ってる。」
ルーカスは少し驚いたような顔をしてから、優しく笑った。
「僕でいいならありがたいよ。リリアさんだね。構わないけど、知り合いだったの?」
「ちょっとな。リリアには俺が声をかける。」
アレインは元気よく言い、リリアの方へ歩み寄った。リリアはアレインに気づいて、微笑んだ。
「アレインさん、どうしましたか?」
リリアとはこの一週間で何回か話し、だいぶ打ち解けていた。ちなみに、俺がいるせいかいじめっこたちは最近はリリアにちょっかいかけることは少なくなっていた。
「リリア、3日後の演習でチームを組もうと思うんだ。俺とルーカスと一緒にどうだ?」
リリアは少し驚いたような表情を見せたが、すぐに顔をほころばせた。
「私でいいんですか?アレインさんとルーカスさんと一緒に…。」
アレインは自信ありげに笑いながら答えた。
「もちろんだ。お前の回復魔術があれば俺たちは無敵だし、頼りにしてるんだ。どうだ?」
リリアはその言葉に照れながらも、綺麗な青い目を輝かせながら頷いた。
「それなら、ぜひ一緒に組ませていただきます!」
「よし、決まりだな。これで完璧なチームができた。」
ルーカスも穏やかな笑顔で近づいてきて、リリアに優しく声をかけた。
「よろしくね、リリアさん。君がいてくれるなら安心だよ。」
リリアは微笑みながら答えた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
昼休み、3人は食堂で食事を取りながら、演習について話し合っていた。
「ところで、演習ってどんな感じなんだ?」アレインがルーカスに尋ねると、ルーカスは少し緊張した様子で説明を始めた。
「外部演習は、魔獣が出現する場所に行って、実際に討伐や探索を行うんだ。僕たちが行くのはネルクーリ大森林のエリアで、EランクとDランクの魔獣が多いみたい。」
「Dランクか…。確か、魔獣はEからSまでランク分けされてるんだよな?」
アレインがふと思い出したように言った。
ルーカスは少し驚いた表情を見せたが、すぐに頷いて答えた。
「その通り。魔獣はその強さや危険度によってランク分けされてるんだ。Eランクが最も弱くて、Sランクが最も危険な存在。特にSランクの魔獣は『ネームド』って呼ばれていて、個体名まで与えられているんだ。」
ランク…ネームドか…たしか師匠から教えられたけど、結構忘れてるな。
「EランクからSランクまで、どんな基準で分けられてるんだ?」
ルーカスは軽く頷き、説明を続けた。
「簡単に言うと、Eランクは一般の冒険者でも倒せるような魔獣だね。小型の魔狼や毒蛇なんかが多くて、群れで現れることが多い。でも個々の力は弱いから、よほど油断しない限りは問題ない。」
「Dランクになると、少し強敵になる。魔犬や大きな魔蜘蛛なんかが代表例だね。攻撃力や体力も上がって、単独でも脅威になることがあるけど、しっかり戦えば倒せるレベルだ。」
「Cランクからは本格的な脅威になる。これらの魔獣は一つの村や小さな町を襲うこともあるし、対処には討伐隊が必要になるレベル。」
「Bランクはさらに危険だ。凶暴な魔獣が多くいて、魔法を使う個体もいる。単独でこれに挑むのは難しい。討伐隊や魔導士が集まって対応することが多い。大きな被害が出る前に対処しないといけないレベルだね。」
アレインはその説明を聞きながら、少し眉をひそめた。
「じゃあ、AランクとかSランクってのはどれくらいヤバいんだ?」
ルーカスは少し緊張した表情になりながら答えた。
「Aランクは、大都市の危機レベルだね。自然災害を引き起こすような魔獣がいる。これらは討伐隊だけでは足りなくて、国家が動いて対応することもある。」
そして、Sランクは…もはや国家の危機レベル。世界に数えるほどしか存在しないけど、出現すれば国家の存亡に関わるほどの脅威だ。討伐された例はほとんどなく、封印や避難が最優先されるんだ。」
リリアはふと思い出したように言った。
「そういえば、39年前にSランクの魔獣が討伐された事件があったんじゃなかったですか?」
ルーカスはリリアの言葉に驚き、目を輝かせながら頷いた。
「そうだよ!それは『業魔ベヒーモス』が現れた時の話だよ。Sランクの魔獣が都市を次々に壊滅させて、あの時は本当に世界が終わるんじゃないかって言われてたんだ。」
ルーカスは興奮気味に続ける。
「その時、灰の盟約からたくさんの魔導士が派遣されたんだけど、ほとんどが犠牲になったって話だ。そんな中で、当時アッシュだったガルディン・フェルゼルが業魔ベヒーモスを討伐したんだよ!その後、ガルディンは英雄と呼ばれるようになって、今でも彼の伝説は語り継がれているんだ。」
ルーカスが興奮気味に語るその武勇伝を聞きながら、アレインは静かに師匠から当時のことを説明されたことを思い出していた。
たしか、その戦いで本人も内臓をいくつか失うほど重傷を負ったのは伏せられてたんだっけ、Sランクか…話には聞いてたけど、とんでもない戦いだったんだな。
その時の話を思い出しながら、アレインはルーカスの話を聞き続けた。
そういえば、Sランク魔獣が絡んだ事件といえば、もう一つ有名な話があるよな。8年前の『インフェルナス事件』って聞いたことあるか?」
!!
リリアが首をかしげながら答えた。
「インフェルナス事件…確か、刻印が暴走して王国が滅んだっていう話でしたよね?詳しくは知りませんけど…。」
ルーカスは少し深刻な表情で頷いた。
「そう、その通り。インフェルナス一族の持っていた刻印が暴走して、王国全体が滅んだんだ。それだけでも恐ろしい事件だけど、さらに驚くのは、その刻印の根源がSランク魔獣『炎魔イフリート』だって言われてるんだ。」
アレインの胸に鋭い痛みが走った。インフェルナス事件…それは彼が幼少期に経験した、恐ろしい記憶そのものだった。
ルーカスはさらに続けた。
「インフェルナス一族は古くから強力な刻印を持っていたけど、その力が暴走してしまい、国全体が崩壊したっていう。イフリートの力を制御できなかった結果とも言われてるけど、真相は誰にもわからないんだよな。」
アレインは静かに息をつきながら、心の中で思った。
真相は…俺自身もよくわかっていない。ただ、あの日、俺の目の前で全てが崩れ去っていった…。
アレインの視界に一瞬、あの滅びの炎が蘇る。イフリートの姿を思い出し、彼は心の中で拳を握りしめた。
「アレインさん、どうしたんですか?顔色が良くありませんよ?」
リリアが心配そうにアレインの顔を覗き込んだ。
アレインはなんでもないと言って、少し笑って冗談めかして言った。
「でも俺たちが挑むのはせいぜいDランクだろ?まぁ、俺たちのレベルじゃちょうどいいんじゃないか?」
ルーカスは苦笑いしながら頷いた。
「そうだね。奥の方に入ると、CランクやBランクの魔獣も確認されてるらしいけど、学生が入るエリアはDランクまでだから…。油断はできないけど僕たちにとっては、ちょうどいいレベルだと思うよ。」
リリアは少し不安そうに言った。
「それでも魔獣と戦うのは怖いです…。ちゃんとできるでしょうか。」
アレインは優しくリリアに笑いかけ、元気づけるように言った。
「心配するな。俺たちがいる。お前が回復魔術を使ってくれれば、どんな相手にも負けないさ。」
ルーカスも控えめに笑いながら付け加えた。
「そうだね。僕たちはチームだ。協力すれば、きっと大丈夫。」
リリアは二人の言葉に少し安心したようで、柔らかく笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。お二人と一緒なら、きっと大丈夫ですね。」
アレインはさらに冗談を交えながら言った。
「もし俺が倒れたら、その時はリリア、頼むぞ。」
リリアは慌てて首を振った。
「そんな…私の回復魔術で倒れた人を復活させることはできません!」
そのやり取りに、ルーカスも穏やかな笑いをこぼし、場の空気が和んだ。
夜、アレインは自室のベッドに横たわっていた。ルーカスとの軽い会話が終わり、静かな時間が訪れた。目を閉じ、体を休めようとするが、頭の中には今日話題に上った「インフェルナス事件」のことが渦巻いていた。
幼少期に目にしたあの光景。街が炎に包まれ、全てが燃え尽きていく中、自分がただ無力に立ち尽くしていたあの瞬間。その恐怖と悲しみが、今でも彼の胸に深く刻み込まれていた。
刻印が暴走したとされる一族。だが、その真実は、誰も知ることがない。少なくとも、公には語られていない。
アレインは重く息を吐き、天井を見つめたまま、自分の胸に手を置いた。
「インフェルナス…炎魔イフリート…か…」
彼は、静かにつぶやいた。インフェルナスという名がもたらす恐怖と蔑視。だからこそ、学園では本名を隠し、ただ「アレイン」として生きてきた。
だが、その名を捨てることはできない。一族の名を背負い、復興を目指す決意は、いつか果たさなければならないものだった。
アレインは目を閉じ、静かに決意を再確認するように、心の中で自分の真の名を繰り返した。
アレイン・インフェルナス…と