第3話ー出会い
ファナスティア王国は燃えていた。おれはその光景を、ただ見ていることしかできなかった。全てが崩壊していく様子、家々が燃え盛る炎、耳を劈くような悲鳴と、戦士たちの断末魔の叫び。それは彼の故郷が滅亡した瞬間の記憶だ。
遠くで何かがうごめいている。巨大で凶暴な影が炎の中に姿を現し、周囲を一瞬で焼き尽くしていく。おれは恐怖と絶望に囚われながら、その影に目を奪われた。しかし、そこにあったのはただの幻影に過ぎないのか、実体を掴むことはできない。
次の瞬間、周囲が崩れ落ち、深い闇に落ちていく感覚に襲われた。
「……ッ!」
アレインはベッドから飛び起き、息を荒げた。額には汗がにじみ、体は冷や汗で濡れている。夢だ。だが、その光景はいつも鮮明だ。ファナスティア王国が滅びた日、そしてその日、彼がすべてを失った瞬間が、再び彼の前に甦る。
「また、か……」
短くつぶやき、額を拭った。横を見ると、ルーカスがまだベッドでぐっすりと眠っている。彼を起こさないように、静かにベッドを離れて身支度を始めた。
寮を出て、おれとルーカスは一緒に学園に向かって歩いていた。朝の空気は澄んでいたが、心にはまだ夢の影響が残っていた。
「よく眠れたか?」
淡々と尋ねると、ルーカスは少し肩をすくめた。
「んー、まぁまあかな。途中ですごい音がしてさ、何か爆発でも起こったのかと思って目が覚めたよ」
おれは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに気づく。
「それ、俺が夢で起きた音かもしれないな」
「おー、そりゃ納得。まさか君が爆発する夢を見るとはね!今度から静かに爆発してくれると助かるよ」
ルーカスは悪びれずに笑い、おれもつい口元を緩めた。
「静かに爆発、か。どうすればいいか教えてくれ」
おれたちは軽い調子で話しながら歩いていったが、ふと違和感を感じた。周りの生徒たちが、こちらを見てはひそひそと何かを話している。まるで、彼らにとっておれたちが異物であるかのようだった。いや、おれたちではない、おれか。
「ねえ、なんか…視線、感じない?」
ルーカスが気づき、不安そうに小声でつぶやいた。
「ああ、感じてる。何かあるな。」
冷静に言いながらも、周囲の視線を意識していた。かつて「無能者」として学園を後にしたことが、再び話題にされているのだろうか。そんなことを考えながら歩いていると、前方で数人の生徒が彼の前に立ちはだかった。
「おい、お前って無能者なんだろ?」
その声に、周囲の生徒たちがざわめいた。彼らの視線は一層冷ややかで、おれの一挙一動に注目している。
やはりこうなったか…
「何だ?一年の頃から聞いてたけど、結局無能のまま戻ってきたんだろ?笑っちゃうよな!」
生徒たちは笑いながらおれを囲むようにして、さらに挑発してきた。その視線や言葉には、明らかに侮蔑が込められている。ルーカスが一歩前に出ようとしたが、彼を静かに制した。
「気にするな、ルーカス。相手にする価値はない。」
おれは一歩前に進み、落ち着いた声で生徒たちに向き直った。
「無能かどうかは、なんとでもいえ。ただ俺がどう生きるかは俺が決めることだ。」
その冷静で大人びた言葉に、挑発していた生徒たちの笑い声が一瞬止まった。しかし、それでも彼らは納得せず、再び言い返そうとしたその時だった。突然、周囲の空気が張り詰めるように変わった。背後から近づいてくる足音と、鋭い気配が背中に突き刺さる。
「……どけ無能者」
その声に振り返った。そこには一人の男が立っていた。漆黒の髪を肩まで伸ばし、鋭い灰色の瞳がアレインをじっと見据えている。その冷ややかな視線は、ただの威圧感ではなく、明確な敵意を含んでいた。
こいつ…強いな
おれは男の威圧感、佇まいから確かな強さを感じ取ったが、それを表には出さず男の正面に立つ。
「誰だ、あんた?」
問いかけると、周囲がざわめき、隣にいたルーカスが顔をこわばらせた。
「アレイン…彼は…」
ルーカスが言いかけたところで、その男が冷たく笑みを浮かべながら口を開いた。
「レオン・アルシードだ。」
その名前が告げられた瞬間、おれは一瞬だけ驚きを隠せなかった。
!!こいつが学園第2位か…
昨日、先生が話していた「学園第2位」の存在が脳裏に蘇った
男…レオンはおれの反応を見透かしたかのように、さらに冷たく言葉を続けた。
「俺はな、お前みたいな雑魚が一番嫌いなんだよ。無能な奴が偉そうにしてるのを見ると、虫唾が走る。」
周囲の生徒たちは息を飲んで見守っている。おれはその言葉に動じることなく、冷静にレオンを見返していた。
「俺のことを無能だと思っているなら、そう思えばいい。だが、俺は自分の道を歩んでいる。それだけだ。」
静かに言葉を返したが、レオンはその言葉に笑いを堪えきれない様子だった。
「道を歩む?無能者の歩む道なんて、たかが知れているだろうが。お前に何ができる?」
レオンはその場を支配するような威圧感を放ちながら、おれに歩み寄った。周囲の生徒たちはその一挙一動に固唾を飲んで見守っている。
「…つまらねえ。二度と俺の前で偉そうにすんじゃねえぞ」
レオンは冷たく言い放つと、おれを一瞥してその場を立ち去ろうとした。だが、おれはその後ろ姿に声をかける。
「そういうお前も、第2位で収まってんじゃねぇか。」
おれの言葉が放たれた瞬間、教室全体が一瞬凍りついたように静まり返った。周囲の生徒たちは、誰もが聞こえる声で発せられた挑発に驚き、ざわめき始めた。
レオンは歩みを止め、少し振り返り、おれの顔を睨みつけ口元に冷たい笑みを浮かべた。
「……言ってくれるじゃねえか。」
彼の声には明らかに怒りが含まれていた。冷静な態度を装ってはいたが、その言葉の裏には今にも爆発しそうな感情が隠されていた。
「今すぐお前を肉片にしてやってもいいんだぜ。」
レオンはさらに一歩前に出て、おれに迫った。緊張感が頂点に達し、周囲の生徒たちは完全に凍りついた。戦いが始まるのは時間の問題かのように、二人の間にピリピリとした空気が漂っていた。
おれは一瞬たりとも目を逸らすことなく、レオンをじっと見つめ返していた。彼の冷静さが、かえって場の緊張をさらに高めていた。
その瞬間、軽やかな足音が廊下から響き渡り、一人の女性が二人のそばに立った。そこに立っていたのは、凛々しい姿をした一人の女性だった。
「そこまでだ、二人とも」
彼女の声は冷静でありながらも力強く、彼女が現れた瞬間、その場の緊張が少し和らいだように感じられた。
誰だこの人?…かわいいな…
レオンがおれに向けていた険しい視線をゆっくりと彼女に向けた。
「レイナ……邪魔すんじゃねえ、引っ込んでろ。」
レオンは少し苛立ちを抑えたように彼女…レイナと呼ばれた女性を見つめたが、彼女は毅然とした態度で二人の間に割って入った。彼女の肩までの金髪が揺れ、その紫色の瞳がレオンとおれを見渡した。
「学園の中で争いごとを起こすのを見過ごすわけにはいかない。レオン、言いたいことがあるのはわかるが、今ここですることではないだろ?それとも、まさかアルシード家であるお前が、ここで戦うとか言い出すんじゃないだろうな?」
レオンは眉をひそめたが、彼女の視線を受け止めると、少しだけ肩の力を抜いた。
「ちっ…………おい無能者、顔は覚えたぜ」
レオンはおれに最後の言葉を残し、背を向けて歩き去った。彼の背中を見つめる生徒たちは、誰もがその一触即発の空気に緊張していたが、レイナが静かにその場を収めたことで、場の空気が次第に落ち着きを取り戻した。
「お前も、大丈夫か?」
レイナはアレインに向かって少し微笑みながら、穏やかに声をかけた。おれはその視線を受けて、一瞬だけ肩の力を抜いた。
「助かったよ。えーっと…」
「ああ、レイナ・フェルクレアだ。よろしく頼む」
そう言い、レイナは手を差し伸べ、おれは手を握り返しながら自分も名乗る。
「アレインだ。改めて助かったよ、レイナ」
「助けなんて必要なさそうだったがな。けど、無駄な争いは避けるべきだ。」
「その通りだ、気をつけるよ」
レイナは笑顔で頷き、再び教室の中を見渡してから静かに立ち去った。おれとレオンの間で一触即発だった状況は、彼女の登場によって静かに収束していった。
「いきなりレオンに絡まれるなんて驚いたよ。レイナさんまで出てきて…」
ルーカスが驚いた様子で声をかけると、おれは少し首をかしげた。
「レオンはともかく、レイナはなんでだ?」
ルーカスはため息をつきながら答えた。
「レイナさんはランカーじゃないけど、有名な貴族の出身で、誇りも高くて実力もある。あの美貌もあってか、影響力が強いんだよ。」
アレインはその説明を聞いて、少し笑みを浮かべた。
「たしかに綺麗な人だったな…」
その言葉に、ルーカスはすぐに念を押すように言い返した。
「狙っちゃダメだよ、アレイン!彼女は高嶺の花だ。」
「はは、わかってるよ。」
それにしても…あれが学園第二位か…
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授業が終わり、体を動かすために訓練場を探していた。しかし、広い学園の中で迷ってしまったらしく、どこか違う場所に来てしまったようだった。
すっかり迷ったな…
すると、ふと、遠くから笑い声と怒声が聞こえてくる。
(何だ、この声…?)
おれはその方向に向かって歩き、物陰からその様子を覗き見た。そこでは、数人の女子生徒たちが、ひとりの生徒を取り囲んでいた。囲まれた生徒は、制服が水でぐちゃぐちゃに濡れており、髪も乱れていた。
「どうしたの?水をかけられたくらいで泣くの?」
「なにもできないくせに学園にいるとか、恥ずかしくないの?」
女子たちは嘲笑しながら、さらにその生徒に水をかけようとしていた。その光景に、おれはすぐにその場に飛び出し、声を荒げた。
「おい!何やってんだ、お前ら!」
その低い怒声に、いじめていた女子たちは一斉におれの方を振り向いた。彼女たちは驚いた顔を見せたが、すぐに表情を変えて睨みつけた。
「こいつ…無能者…」
「何よ?関係ないでしょ?この子が何もできないくせに、ここにいるのが悪いのよ。」
「関係ないだと?いじめが正当な行為だとでも思ってるのか?」
おれはじっと女子たちを睨みつけ、威圧感を放った。女子たちは一瞬ひるんだが、少し挑戦的に答えた。
「何よ?あんたも同じじゃない、無能者だったんでしょ?」
その言葉におれの足が一歩前に出た。
「まだ続けるか?今ここで止めるかは、お前らの自由だが、後悔しない選択をしろ。」
その低い声には、圧倒的な威圧感が含まれていた。女子たちはその言葉を受けて少し後ずさりし、互いに目を見交わした。
「もういいわよ、行こう。」
一人が言い捨てるようにしてその場を去り、残りの女子たちもそれに続いた。一度ため息をつき、いじめられていた生徒の方に視線を向けた。
彼女はまだ震えており、制服は水で濡れ、雪のような白い髪は乱れていた。だが、その整った顔立ちと可愛らしい表情は、明らかに美しく、彼女の魅力を損なうものではなかった。
おいおいまじか、この学園は可愛い人しかいないのか?
アレインはその美貌に一瞬固まったが、気を取り直して声をかけた。
「大丈夫か?」
アレインは彼女に優しく声をかけ、そっと手を差し出した。彼女はその手を握り、ゆっくりと立ち上がった。彼女の綺麗な青い目が揺れていた。
「……ありがとうございます、助けてくれて。」
「気にするな。あんなこと、見過ごせるわけがないだろ。」
軽く手を差し出し、彼女を立たせた。彼女はその手を借りて、ふらふらと立ち上がった。
「俺はアレインだ。」
彼女はその言葉を聞いて、小さく頷いた。
「…昨日の自己紹介で知ってますよ。私はリリアです。」
「なんだ、同じクラスだったのか」
おれは少し笑ったが、すぐに表情を引き締め、真剣な顔で尋ねた
「どうしてあんなことをされてたんだ?」
リリアは目を伏せて、ため息をついた。
「私、刻印もないし、戦闘も弱いんです…。だから…」
彼女の言葉には卑屈な響きがあり、それを聞いたおれは過去の自分を思い出した。かつて自分も、刻印がないことで蔑まれ、無能者として扱われていた時期があった。
7年前の俺と、同じ目をしている…
「……俺も、似たようなもんだったさ。」
そう言って、リリアを見つめた。
「今後、もしまたいじめられそうになったら、俺を頼れ。絶対に助けてやるから。」
リリアは驚いたようにおれを見上げたが、彼の言葉には嘘がないことを感じ取ったのか、少し涙ぐみながらも頷いた。
「ありがとうございます…。本当に。」
おれは優しく微笑み返し、リリアの髪にかかった水を軽く払い落とすと、二人は一緒にその場を後にした。