第14話ー対峙
あっというまに第14話です。いつもいいねをくれる方、ありがとうございます。あなたのおかげで頑張れてます。ブックマーク数は少ないですが、これからも頑張ります。
竜車から降りて歩き出すと、ゼノは試験について話し始めた。
「今回の討伐対象は、『バリストグラ』という魔獣だ。お前も名前くらいは聞いたことがあるだろう。」
「バリスト…グラ…?」
正直に言って、初耳だった。ゼノは呆れたようにため息をついて、すぐに説明を続けた。
「…バリストグラは、この森に生息しているCランクの魔獣だ。見た目は大きな亀のような姿をしていて、体の大部分は鋼鉄に近い甲羅で覆われている。だが、ただの亀と侮ってはいけない。その甲羅は並の武器や魔術では貫けないほどの防御力を誇っている。その魔物が最近、村の近くまで下りてきて村民の何人かが怪我を負ったらしい。そこで討伐の依頼が来たということだ。」
ゼノは手をポケットに突っ込んだまま、視線を前に向けて続けた。
Cランクか…前もレイブを倒したし、修業期間もCランクは相手にしてきた。あまり問題はないかもな。
「バリストグラはその甲羅を利用して、攻撃を一切受け付けない。そして攻撃時には、その重い甲羅で地響きを立てながら体当たりや踏みつけを行う。それだけでも恐ろしい破壊力を持っているが、さらに厄介なのは、口から吐き出す粘液だ。粘液は非常に高温で、一度接触すると容易に離れられない。武器や防具を溶かして無力化するだけでなく、動きを封じることもできる。」
俺はその説明を聞いて、バリストグラの恐ろしさが次第に頭の中に描かれていった。甲羅で防御し、粘液で拘束する…まるで鉄壁の要塞のような魔獣だ。
「じゃあ、その防御力をどう突破するんだ?どこか弱点はあるのか?」
ゼノはこちらを睨みながら答えた。
「…自分で考えろ。」冷淡な声が響く。「そこまで含めての試験だ。無論、魔獣の捜索も含めてな。」
その一言に、俺は思わず息を飲んだ。討伐だけではなく、俺自身の判断力や成長を見るための試験…ってことか。
「自分の力で突破口を見つけられなければ、セイントの資格はない…そういうことだ。」
ゼノはそう言いながら、視線を前方に戻し、再び沈黙を保った。
俺は内心、自分の問いの軽さに少し後悔しつつも、ゼノの言葉に気を引き締め直した。この試験はただの討伐ではない。自分の実力が試される場なのだと。
しばらくしておれたちは静かにリオンドール王国南西部の森、「ノアグレアの森」へと足を踏み入れた。目の前に広がる鬱蒼とした森の中、目的の魔獣を探すことが今回の試験の第一歩だ。
「ここからは、慎重に進め。」ゼノが冷静に言葉を投げかける。
俺は頷きながら、森の中を進み始めた。視界は木々の影が作り出す暗さで制限され、音ひとつない空気が辺りを包んでいる。何か気配を感じ取りつつも、どこに魔獣が潜んでいるのかはまだ分からない。
捜索に集中する。
しばらく歩くと、足元の地面には、苔と落ち葉が敷き詰められているが、ふと目を向けると、一部が不自然に踏みつけられ、荒れているのが分かった。俺はしゃがみ込み、その痕跡を確認する。
「…足跡か。」
足跡は、かなり大きい。深く踏み込まれている…かなりの重量がある魔獣だな。踏みしだかれた土と草を指でなぞり、足跡が新しいものであることを確認する。
運がいい。おそらく当たりだ。
「こっちだ。」おれは足跡をたどり始める。
足跡は一定の距離を保ちながら森の奥へ続いている。その間、周囲の環境にも注意を払って進んでいくと、やがて足跡以外の異変にも気づき始めた。木の幹が何か鋭利なもので削られたように裂けていたり、草が何か巨大なもので押しつぶされたように倒れている。ここはその魔獣が移動した痕跡だ。
「かなり近いかもしれないな…」
ゼノは無言のまま俺の背後に控えている。
さらに森の奥へ進むと、ついにその姿が見えた。目の前に現れたのは、岩のような硬い鱗をまとった巨大な魔獣だった。その大きさは人間の数倍、背中にはいくつもの突起が並び、その全身はまるで自然の一部かのように色を変えている。まさに防御に特化した姿だ。
「いたか…」ゼノが低く呟いた。
バリストグラの巨体が眼前に立ちはだかり、俺はすぐに構えを取った。岩のような甲羅に覆われたその魔獣は、確かに防御力が高いと聞いていたが、いざ目の前にして、その圧倒的な存在感に少し息を呑んだ。
まずはシンプルに…!
俺は一気に距離を詰め跳躍してバリストグラの甲羅に飛び移った。そして、拳に魔力を込めて、全力で真下の甲羅に叩き込む。拳が甲羅に衝突し、鋭い衝撃が腕を伝ってくる。重い響きが周囲に響いたが、甲羅に入ったのはほんの浅いヒビだけだ。
かっった…!
バリストグラは巨大な体を揺らし、俺を振るい落とそうとする。おれは跳躍して地面に着地した。甲羅の硬さは予想以上で、表面的な攻撃では到底突破できない。バリストグラはゆっくりと動き出し、その巨大な体を揺らしながら俺に向かってくる。周囲の木々が揺れ、地面が微かに震える。
とてもじゃないが、あの防御を貫くのは難しいな…。
俺は魔力をさらに集中させ、再び拳に力を込めた。だが、ただ力任せに打ち込んでも、この防御は破れない。ならばどうするか?
あれしかないな…。
バリストグラは俺に向って口から粘液を発射した。
おれはそれを横によける。俺がいた場所に粘液が広まり、煙をあがった。先ほどと同じように一気に距離を詰め跳躍してバリストグラの甲羅に飛び移る。
「これでどうだ…!」
俺は拳を固く握る。拳に込めた魔力を柔軟に変化させ、振動を体の内部へと伝えられるよう調整した。そして、もう一度拳を甲羅に打ち込む。
『震虎!!』
拳から発せられる魔力の振動波が、甲羅をすり抜けて体の内部に伝わり、内臓や神経、筋肉を攻撃する。バリストグラの体がわずかに揺れる。そして、以前とは違う、確かな手応えが返ってくる。
バリストグラが苦しそうに体を揺らし、足元が少し崩れた。その瞬間を逃さず、俺はバリストグラの頭上に跳躍し、脚を振り上げる。
『鬼蓮墜!!』
最後の一撃を脚に込め、バリストグラの脳天に全力で叩き込んだ。魔獣の動きを完全に止める。巨大な体がゆっくりと倒れ込み、静寂が森に戻った。
「…ふぅ」
俺は荒い息を吐きながらバリストグラを見下ろす。まさか、ここまでの防御力とは思わなかったが、どうにか突破することができた。これで試験は終わり…なのか?
そう思った矢先、木々の間から攻撃を察知する。俺に向って光線のようなものが飛んできた。
俺はそれを身をねじって避ける。
「っぶね!」
おれは体制を立て直し、攻撃が来た方を見ると、なにか赤い水晶玉のようなものが浮いていた。
なんだあれ…魔獣…じゃなさそうだな、生物の気配を感じない。
俺が困惑している、ゼノが口を開いた。
「試験は終わりだ。」
「へっ?」
おれは思わず素っ頓狂な声を上げた。
「あの…あの玉みたいなのは…?」
「おれの刻印で作り出したものだ。おまえの反応速度を見させてもらった。」
なるほど…じゃあ当たってたら不合格だったのか?危なかった…
「実力は見させてもらった。」
ゼノが静かに言いながら、俺を見下ろすように立っていた。彼の声には淡々とした冷たさがあったが、その言葉には確かな評価が込められていることを感じた。
「合格だ。」
「えっ、これで終わりなのか? 他の魔獣とかは…?」
「必要ない。さっきのでお前の実力はわかった。これ以上ここにいる理由もない。帰るぞ。」
なんだ…あっけなかったな…俺は一瞬、戦闘の余韻を感じながらその場に立ち尽くしていたが、すぐに歩き出した。
ゼノはひびの入ったバリストグラの甲羅にそっと手を当てた。じっと見つめる彼の顔には、何か考え込むような表情が浮かんでいる。
(打撃でバリストグラの甲羅にひびを入れるとは…さっきの反応速度といい、これはセイントどころか…)
「おーい、帰るんじゃないのか?」
アレインが手を振りながら呼びかける。
「…なるほど、英雄の弟子か…。」
その言葉はほとんど自分に言い聞かせるような呟きだった。ゼノはアレインと共に歩き出す。
「行くぞ。」
彼の言葉に従い、アレインも足を早めて彼の後ろを歩いた。
おれとゼノは静かに帰路についていた。討伐任務を終えた後の沈黙が、森の中に広がる心地よい緊張感を持っていた。だが、ふと前方に妙な違和感を感じた。
「…誰かいる。」おれは足を止め、周囲の気配を探った。
ゼノもすぐに気づき、無言のまま顎で示してくる。静かに歩みを進め、物陰から覗くと、黒いローブを纏った集団が、森の奥へと進んでいくのが見えた。その動きには隙がなく、一定のリズムを持って進んでいる。
誰だあいつら…どう見ても一般人には見えないけど…
「ヴァルディス教団だな…」ゼノが静かに囁いた。
ヴァルディス教団…!あいつらが灰狩りを…
「奴らがこの森にいるとはな。悪いが、試験はまだ続行だ。」
おれは黙って頷き、2人で黒いローブの集団を尾行することにした。森の奥へと進んでいくと、やがて洞窟が見えてきた。黒ローブの集団はその洞窟に入っていく。
ここがやつらの本拠地…?
「どうする?」ゼノに目で問いかける。
「しばらく様子を見る。」ゼノが冷静に答えた。
おれたちは洞窟の入り口近くに身を潜め、慎重に観察を続けた。しばらくすると、周囲から、かすかに歌のようなものが聞こえてきた。低い調べの歌声が、静かな風と共に外へと流れてきた。
「歌…?」
おれは不思議に思った。だが、その瞬間、視界が一瞬揺らぎ、おれが瞬きをした瞬間には、周囲の光景が一変していた。
「…な、なんだ?」
周りは森なんかではなく、古い建物に囲まれている。俺以外にも何人か古い服を着た人たちがおり、みんな表情は暗い。
ここはどこだ。なにかの建設現場…?おれは森の中にいたはずだ。隣にいたゼノまでいなくなってる。
だが、おれはしばらくして気づいた。
…いや、間違いない、見覚えのある景色だ――だがそれは、過去の記憶。おれが幼少期に過ごした、あの奴隷時代の光景だった。
粗末な作りの柵、冷たく厳しい監視の目、そして遠くから響く鞭の音…。
「嘘だろ…これは…」
おれは目の前に広がる不気味な既視感に立ちすくんだ。手錠が重く、冷たい鎖が足元に絡みついている感覚までもが鮮明だった。
「ここは…ファナスティア王国…!」
それはおれが生まれてから9歳まで奴隷時代を過ごした王国だった。
周囲の雰囲気があまりにも現実的だ。空気の冷たさ、地面の感触、どれを取っても現実と区別がつかないほどの精密さだった。いったい、どうなってる…
「なにを呆けてるの?アレイン?」
その瞬間、背後から声が聞こえた。
おれは聞き覚えのある優しいその声に振り向いた。長くきれいな黒い髪、黒い目、優しい笑顔…間違いない。
「…母さん?」