第13話ーセイント昇格試験
次の日、授業が終わり荷物をまとめていると、担任のグレン先生に呼びとめられた。
「アレイン。学長がお呼びだ。今から学長室に向いなさい。」
え、学長室?
「あ、はい、わかりました…」
俺は戸惑いながらも了承した。グレン先生はそれだけ言い残し教室を出ていった。
「学長に呼ばれるなんて、なにかしたの?アレイン」
隣にいるルーカスがそう疑問を口にする。
「いや、特に何もしてないと思うけど…」
おれはそう言いながら、学長室へむかった。
学長室の前に立つと、俺は軽く息をついた。
ノックをして扉を開けると、室内には二人の姿があった。広々とした学長室の中にある重厚なデスク、その向こう側に座るのはこの学園の長であるハインリヒ・レグナード学長。そして、その隣にはオルフェウス先生が腕を組んで立っていた。
学長は初老の男で、白髪が肩まで流れるように伸びており、深い知性と威厳を感じさせる目をしている。彼の背筋はまっすぐで、その姿勢はまるで長い歴史の一部を背負っているかのようだ。落ち着いた口調で、しかしその声には力強さがあった。
オルフェウス先生もいたのか…
「ようこそ、アレイン・インフェルナス君。待っていたよ。」
学長は微笑を浮かべながら立ち上がり、俺に優しく手招きした。彼の手には魔力の流れを感じさせる古びた指輪が光っている。
アレイン・インフェルナス…フルネームで呼ばれるのは久しぶりだな…。
「君の名前はすでに学園中に知れ渡っているが、こうして話すのは初めてだな。まずは自己紹介をさせてもらおう。私はこの学園を統括する学長、ハインリヒ・レグナード。かつては灰の盟約の魔導士として前線に立っていたが、今はこうして学園で若い才能を育てている。よろしく頼む。」
「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします。」
俺が礼儀正しく挨拶を返すと、学長は深く頷いた。
「君の実力は話に聞いている。特に、レオン・アルシードとの決闘は見事だった。セイントクラスの魔導士が使うほどの実力を見せつけたのは、さすがガルディンさんの弟子だな。」
「師匠の…弟子、ですか。」
その言葉を聞くと、オルフェウス先生が少し口元に微笑を浮かべて口を開いた。
「そうだ、アレイン。君の実力は、まさにガルディンさんの教えを受け継いだ者に相応しいものだ。それに君は、刻印を持たない者として、格闘術でこれまで誰も見たことのないような戦い方を見せてきた。実際、あの決闘は多くの生徒に衝撃を与えた。」
「ありがとうございます…でも、まだまだです。」
俺がそう言うと、学長はさらに優しい表情で続けた。
「謙虚さは美徳だが、君が実力を示したことに違いはない。今回君をここに呼んだのは、ただその実力を褒めるためではない。」
学長は再び椅子に座り、俺を見つめた。
「アレイン君、君にはセイント昇格試験を受けてもらう。」
「セイント…昇格試験…?」
俺は少し驚き、言葉を繰り返した。
「そうだ。」学長はゆっくりと頷きながら、続けた。「セイントという称号は、灰の盟約において重要な地位だ。学園ではその資格を持つ者は限られているが、今、学園内では30名弱がその資格を持っているが、君もその一人になり得る。アレイン君、今の君にはその資格がある。」
「30名弱…セイントの資格を持つ者がそれだけいるんですね。」
セイントと言えば、灰の盟約の中でも中堅の階級。いわば本物の魔導士の資格だ。ルーンとはわけが違う。
「そうだ。今の君以外のランカーは全員セイントだ。もちろん、君が勝ったレオンもな。」
レオンも…。そうだったのか。
俺はその言葉の重みを感じながら、次の言葉を待った。
「君が学園内で二位になったことで、その実力を正式に評価する必要がある。セイントに相応しいかどうかを判断するためには、試験を受けてもらう。その内容は、セイント相当の任務をこなし、それを成功させることだ。」
任務をこなす…
「その試験の際には、カオスの称号を持つ魔導士が君に同行し、君の行動や戦闘技術を評価する。その結果をもって、君がセイントに昇格できるかを決定することになる。」
「カオス…ですか。」
「そうだ。灰の盟約の中でも上位に位置するカオスは、実力が保証されたエリートだ。彼らの評価を得ることができれば、君の実力はさらに認められることになる。」
オルフェウス先生も頷きながら言葉を添えた。
「君がこの試験を通過すれば、灰の盟約の一員としての地位も向上し、さらなる任務に就くことができる。それだけの力があることを、君自身が証明する機会だ。」
特に階級には興味はないけど、受けといて損はないか…
俺は少し考え込んだが、すぐに決意が固まった。
「ぜひ、試験を受けさせてください。」
学長は満足そうに頷き、笑みを浮かべた。
「いい答えだ。君の力を存分に見せつける時が来たな。試験の準備が整い次第、詳細を伝える。心して挑んでくれ。」
「はい、ありがとうございます。」
オルフェウス先生も微笑みながら一言。
「期待しているよ、アレイン。」
俺は深く礼をして、学長室を後にした。背後から学長とオルフェウス先生の視線を感じながら、次なる戦いに向けて心を奮い立たせた。
翌日、俺は中庭でレイナ、ルーカス、リリアたちと顔を合わせていた。昨日の学長室での出来事を彼らに話すと、意外にも皆驚いた顔を見せた。
「セイントの試験を受けるって、むしろ、あの実力でルーンだったのが驚きだよ。」ルーカスが目を丸くして尋ねた。
「そうか?」
「全く、ルーンで学園二位なんて、前代未聞だよ。」ルーカスが呆れたように言葉を続ける。
「いや、本当にすごいことですよ、アレインさん。私たちが目の前で見たあの戦いを見れば、誰もがもうセイントだと思いますけど…」リリアが興奮した様子で続けた。
レイナも俺の話を静かに聞いていたが、少し頷いて口を開いた。「それだけ、アレインの実力が評価されているということだ。私もセイントだが、試験はそれなりに厳しいぞ。」
「え、レイナもセイントなのか?」
「知らなかったのか?ああ、そうだ。私もセイント試験を受けて合格している。」
「そっか…レイナの場合、試験はどんな感じだったんだ?」
俺が尋ねると、レイナは少し考え込んだように眉を寄せてから答えた。「私の場合は魔獣討伐が試験だったな。山岳地帯に巣食う強力な魔獣を一人で討伐するという内容だった。だが、人によっては試験内容が違う場合もある。犯罪者のような人間を相手にすることもあるって聞いたことがある。」
「犯罪者か…人間相手になることもあるんだな。」俺は少し驚きつつ、その話に耳を傾けた。
「そう。魔獣よりも人間相手の方がずっとやりにくい。魔獣には感情はないけど、人間にはあるから、対処が難しい。特に犯罪者と対峙する場合、ただ倒すだけではなく、捕らえるか、場合によっては様々な判断を求められることもある。」
レイナはその言葉を静かに言いながら、遠くを見つめるようにしていた。
「なるほど…それぞれ違う試験が課されるのか。気を引き締めて挑まないとな。」
「アレインさんなら大丈夫ですよ。きっとどんな試験でも乗り越えられます!」リリアが明るい声で励ましの言葉をくれる。
「まあ、アレインならいけるよ。あのレオンを倒したんだからね」ルーカスも拳を握って自信満々に言う。
俺は仲間たちの応援に、少し照れながらも頷いた。セイント試験がどういう内容かはまだ分からないが、必ず合格してみせる。
「ありがとう、みんな。必ず合格してみせる。」俺はそう誓い、次の試練に向けて心を引き締めた。
一週間後の朝、俺は再び学長室に訪れた。
「失礼します。」
扉を開けると、室内には学長、オルフェウス先生、そして見慣れない男性が立っていた。男性は学長の隣に立っていて、無表情でこちらを見ている。彼は、どこか冷たさを漂わせ、鋭い眼光が俺を鋭く見据えていた。彼は黒を基調としたシンプルな魔導士の装束を身にまとい、その姿勢からは隙のなさが感じられる。長身で引き締まった体つき、鋭い青い瞳が冷静さと緊張感を漂わせていた。彼の短めの茶髪は整っており、表情には感情の起伏がほとんど見られない。彼はポケットに手を突っ込みながら俺を見ている。
「来たか、アレイン君」と学長が微笑みながら声をかける。「わかってると思うが、君のセイント昇格試験についてだ。試験に同行する者を紹介しよう」
学長がその男性に目を向けると、彼は無言のまま頷いた。オルフェウス先生も軽く目を細めながら、その男性を指さした。
「アレイン、この方が君の試験に同行するカオスの魔導士、ゼノ・クロウリスだ。彼は非常に優秀なカオスの魔導士の一人で、上層部からも信頼されている」
ゼノは、軽く頭を下げ、淡々と自己紹介を始めた。
「ゼノだ。カオスの魔導士として、今回の試験に同行することになっている。君の実力を見極め、評価する役割を担う。」
彼の声は冷たく、無駄な感情は感じられない。それでも、その背後に隠れた圧倒的な自信がにじみ出ていた。
「ゼノは、今までに数多くの任務を成功させてきたカオスの精鋭だ」と学長が説明を続ける。「彼は厳格で無口だが、任務においては的確な判断を下す。今回の試験で彼と共に行動することで、君も多くを学ぶだろう」
「…よろしくお願いします」俺はゼノに向けて頭を軽く下げたが、彼は無言のまま頷くだけだった。
オルフェウス先生が静かに口を開く。「アレイン、君の昇格試験は簡単ではない。試験の内容はCランク相当の魔獣討伐だ。場所はリオンドール王国の南西部にある「ノアグレアの森」。ここからそう遠くはない。そこで最近暴れているCランクの魔獣を討伐してもらいたい。試験はいたってシンプルだが、時として予想外の事態に巻き込まれることもある。ゼノが同行するが、最終的な評価は君自身の力にかかっていることを忘れるな」
俺は頷き、内心で決意を新たにした。
ゼノは一歩前に出て、「俺がいる限り、君の安全は保証する。だが、俺の目の前で恥をかかないよう、全力で戦え」と冷静に言葉を続けた。
「もちろんです」と俺は力強く答えた。
「では、準備を進めてくれ。試験は予定通り、これから行われる。準備はできていると思うが、最終確認を済ませて出発してくれ」と学長が話を締めくくる。
俺は深く一礼し、学長室を後にした。ゼノという冷徹なカオスの魔導士と共に、俺の昇格試験が間もなく始まる――そう思うと、期待と緊張が入り混じった感情が胸に広がっていった。
俺はその後、俺はリオンドール王国の南西部にある「ノアグレアの森」へ向かうため、学園の前で準備を整えていた。昇格試験の場として指定されたその森は、魔獣が多く出没し、特にCランク相当の魔獣が頻繁に姿を現す危険地帯だ。
すると、ゼノ・クロウリスが静かに近づいてきた。彼は無駄な言葉を交わさず、すでに出発の準備を終えていたようだった
「準備はいいか」とゼノが静かに問いかける。声には冷徹さがあるが、その奥に強い決意が感じられる。
「はい、できています。」と俺は頷く。
ゼノはポケットから手を出すことなく、無言で前を向いた。「なら行こう。時間を無駄にできない。」
ゼノはそういうと歩き出そうとしたが、ふと止まって言葉を発した。
「それと、おれに敬語は不要だ。周りは知らんが、おれは敬語は余計な思考を生むと思っている。咄嗟の判断でうまくものを伝えられない可能性もある。なにより…無駄な習慣だ。お前が楽な話し方で話せ。」
「はい…じゃなくて、ああ、わかった。」
たしかに厳格そうだが、こういう人、嫌いじゃないな。
俺たちは共に出発した。移動には竜車を使う。竜車は小型の地竜が車を引く特殊な乗り物で、主に遠距離移動の際に使用する。地竜は頑丈で力が強く、悪路でも安定して走行できるため、険しい山道や森林地帯の移動にも適している。地竜は比較的温厚な性格を持っており、訓練を受ければ従順になることから、この大陸では人気の乗り物となっている。
車輪が砂利道を滑らかに転がり、竜車はゆっくりと進んでいた。外の景色は静かに流れ、遠くにはリオンドール王国の南西部の森が見え始めていた。竜車の内部は静かで、地竜が踏みしめる地面の振動がわずかに伝わるだけだった。
俺たちは特に会話することもなく、時間だけが刻々とすぎていった。何分、いや何時間経ったのかもうわからない。ガタゴトという車輪が動く音だけが聞こえる。
気まずい…
ゼノはしばらく車内の窓の外を無表情に眺めていたが、ふとこちらに視線を向ける。
「ガルディンさんの弟子だと聞いている。」
突然、ゼノが話しかけてきた。俺はその声に少し驚きながらも、軽く頷いた。
「そうだ。あの人はおれの師匠だ。…知ってるのか?」
ゼノは少し笑みを浮かべたように見えたが、すぐに真剣な顔つきに戻る。
「彼のことは灰の盟約の者なら誰でも知っている。英雄であり、現最高司令官。まさに、灰の盟約を象徴する男だろう。」
「…たしかに、そうだな。」
師匠であるガルディンの厳しい訓練の日々が脳裏に浮かぶ。彼の元で鍛えられたことが、俺をここまで導いた。
「だが、弟子だというだけで他人が期待するのは、時に重荷になることもあるんじゃないか?」
ゼノの問いかけに、俺は少し言葉を探した。ガルディンの名は確かに重い。おれが彼の弟子だというのはあまり公になってないとはいえ、俺自身も、それが自分にかけられる期待と重圧を感じていた。
「…重いかもしれない。だが、師匠に教わったことを裏切るわけにはいかない。俺は自分の力で証明したいんだ。弟子だから強いんじゃなくて、俺自身が強くなったことを。」
ゼノはその言葉を静かに聞いていたが、やがて軽く頷いた。
「なるほどな。そういう考えは嫌いじゃない。だが…お前がどれほどの力を持っているか、今回の試験で俺も確認させてもらう。」
彼の言葉には、どこか挑戦的なものが感じられた。ゼノは単に試験の監督者として同行しているのではなく、俺の力を冷静に評価しようとしている。
「お前がガルディンの弟子であることを誇りに思うなら、俺の前でもその力を示してみせろ。」
俺はゼノの言葉に、軽く微笑んだ。
「もちろん、そのつもりだ。」
ゼノは再び窓の外に目を向け、車内には静けさが戻った。しかし、彼の言葉にはどこか尊敬の念がこもっていたように感じられた。
竜車はそのまま進み続け、目的地の森はますます近づいていく。
数時間後、ノアグレアの森が徐々に視界に入る。鬱蒼とした木々が生い茂り、森の奥深くからは不気味な気配が漂ってくる。
「この森には何体かの魔獣が潜んでいるが、俺たちが討伐対象とするのは、動きが活発化しているとある魔獣だ」とゼノが説明した。「俺は後方で君の行動を評価しつつ、万が一の時には介入する。だが、基本的には君の戦いだ」
ゼノは試験について改めて説明する。
「実際試験に入る前に、最近ヴァルディス教団の動きが活発になってきているという話は聞いているか?」
ゼノの言葉に俺は眉をひそめた。ヴァルディス教団、その名は耳にしたことがあった。だが、具体的な情報はあまり聞いたことがない。
「ヴァルディス教団…たしか800年くらい前に存在した、最悪の魔導士、ヴァルディスを信仰する教団だって…」
ゼノは短く息をつくと、視線を真っ直ぐ俺に向けた。
「彼らは灰の盟約に反旗を翻す過激な集団だ。特に最近、『灰狩り』という行動を頻繁に行っている。灰の盟約に属する魔導士たちを狙い、次々に殺害している。」
「灰狩り…か。」
聞いたこともない凶悪な言葉が口に出た瞬間、背筋に冷たいものを感じた。灰の盟約を直接狙い、命を奪う行為…。その行動がどれほど過激で危険なものかは、想像に難くなかった。
ゼノは少し表情を引き締めたまま続ける。
「教団の教義に従えば、灰の盟約は"偽りの平和"を保つための敵だ。特に、彼らの幹部である『八柱』が指揮を執っている。俺も詳しくは知らんが、教団はヴァルディスという伝説の魔導士が必ず復活すると信じていて、それに従って行動しているようだ。奴らは何よりも、強さと秩序を信奉しているからな。」
「灰狩りは今どれくらいの頻度で起こってるんだ?」
「ここ数ヶ月で、数人のカオスの魔導士がやられている。彼らは決して弱者ではない。だからこそ、教団の行動がどれだけ異常で、危険か分かるだろう。」
その言葉を聞いて、俺は改めて身の危険を感じた。教団がそこまで過激な行動を起こしている以上、俺たちも例外ではない。
「だから、今回の任務でも、警戒は怠るな。Cランク相当の魔獣討伐が目的だが、教団の動きがこの辺りに影響を及ぼしている可能性もある。」
ゼノの目は真剣そのものだった。彼は無口な人物だが、その言葉には確かな重みがあった。俺も緊張感を高め、頷く。
「わかった。気をつける。」
「よし、では降りるぞ。ここからは徒歩だ。」
ゼノは軽く頷き、竜車を止めるように言う。
俺はふと拳を握りしめ、心の中で決意を新たにした。この試験は単なる魔獣討伐だけではなく、教団の脅威がどこに潜んでいるかもわからない。
灰の盟約を狙う者たち…その恐ろしさが静かに胸に広がっていった。