第10話ー四面楚歌
レオンが四人に分身した光景を見て、俺は一瞬、これはただの幻影かと思った。
幻影か?分身の魔術なんて聞いたことない…詠唱した様子もなかった…となればこれがレオンの刻印の力か。
しかし、直感はすぐに間違いを知らせた。その全ての姿が俺を取り囲むように位置を取り、一気に攻撃が始まった。
こいつら…!四人とも足音が!
分身たちは全て実体を持っている。これはただの幻ではなく、全てがレオンだ。
「どうした、無能者?幻影じゃないぞ、これが俺の“鏡像の刻印”だ!」
四人のレオンが、にやりと不敵な笑みを浮かべながら、同時に動き出した。
「くっ…!」
俺はすぐに身構えたが、四方向からの攻撃を前に、どう動けばいいか一瞬迷った。
まず、一人目のレオンが俺の右側から迫る。斧を横から振りかぶり、低い位置から俺の胴を狙ってくる。俺はそれを瞬時に読み取り、足元を滑らせるようにして後方へ飛び退く。だが、次の瞬間には二人目のレオンが後方から迫り、すでに斧を頭上から振り下ろしていた。
読んでたのか…!
俺は魔力を鋼のように固く纏い、両腕を交差させてその一撃を受け止めた。鋭い衝撃が全身に伝わり、足元の地面が軽くへこむほどの圧力だ。
この感触…斧の性能まで同じなのか!
俺がその攻撃を防いだ瞬間、左右から同時に光が瞬き、残り二人のレオンが遠距離から魔術を放ってきた。
「ファイア」 「ストーンショット」
片方は火の玉のような魔術、もう片方は石の塊が飛び出してくる。
まじかよ…!
俺は前蹴りで正面のレオンを押しのけた後、魔力を鋼から水のように流動的な状態へと変化させる。瞬時に体を捻り、石の弾を受け流すと同時に、火の玉を斜めに滑らせて避ける。熱風が頬をかすめるが、直撃は免れた。
だが、その一瞬の回避の間にも、近接の二人が追撃をかけてくる。今度は一人目のレオンが真正面から突進し、斧を振り上げて俺の胸元に叩き込もうとしていた。斧が地面に着く直前、俺は横にステップを踏み、ギリギリでかわす。
「ふっ…!」
俺は攻撃をかわし、そのまま回し蹴りのカウンターを打とうとしたが、もう一人のレオンがすでにその後方から迫っていた。左側から素早く近づき、すばやく斧を回転させながら、斜めに振り上げる。この連携は完璧に仕組まれている。
おれは攻撃を中断し、大きく飛んでそれを回避した。
「このままじゃ、ジリ貧だな…」
一人目のレオンが後方へ下がり、二人目のレオンがすぐに俺に斧を振りかぶる。そこに遠距離から魔術の攻撃が重なり、まるで俺を捕らえようとするかのように包囲されている感覚だ。
この四人の連携は完璧だった。近接と遠距離のタイミングを狂わすことなく、一方的に圧力をかけてくる。俺が一撃を防ぐとすぐに別の攻撃が迫り、回避する暇もない。何度も斧が掠り、俺の傷は増えていく。
防戦一方じゃ、このままじゃダメだ…反撃のタイミングを…
俺は心の中でそう叫びながら、隙を見つけるため、さらに集中して相手の動きを見極めるしかなかった。
レオンの分身が四人になり、四方から繰り出される攻撃が俺に迫る中、闘技場の観客席も息を呑むような緊張感に包まれていた。
「なんだあれ…レオンが四人に!?話には聞いてたけど本当に分身するとは…!」
「ただの幻影じゃない、実体がある…あれが“鏡像の刻印”の力か…!」
驚愕と興奮が交じり合った声が観客席から次々と上がり、場内は一気にざわめきに満ちていく。誰もが予想していなかった光景に、戦況が一気に変わったことを誰もが理解していた。
ルーカスは立ち上がりかけて、拳を握りしめながら声を絞り出すように言った。
「アレイン…まずいぞ!あの連携じゃ、いくらアレインでも…!」
リリアも不安げに彼の隣で声を震わせながら叫んだ。
「だめ…アレインさん、一人であの四人を相手にするなんて…絶対に危険です!」
彼女の目は焦燥感に満ち、アレインが防戦一方に追い込まれる様子を見て、何もできない無力さに押しつぶされそうになっている。
その一方で、レイナは冷静に状況を見つめていた。だが、その表情の奥には明らかに焦りが感じられた。
「アレインは防御に徹しているが…このままじゃ、いつか限界が来る…」
彼女は心の中でそう呟きながら、拳を握りしめた。レオンの力を知る彼女には、今の状況がどれほど厳しいか分かっていた。
「頼む…耐えてくれ。アレイン…」
次々とアレインが窮地に立たされているのを見て、レオンの圧倒的な優位に観客たちも騒然としていた。
「やっぱりレオン様だ!あの分身で完全に勝負は決まったな!」
「無能者って言われてたやつ、もう終わりだろ…」
観客たちの嘲笑が聞こえる中、俺は鋭い視線を保ち、必死に攻撃を受け流し続けた。四方からの攻撃を鋼のような魔力で防ぎ、流動的な魔力で受け流す。だが、次々と押し寄せる連携攻撃に反撃の余地は少ない。
なにか穴は…!
俺はさらに集中して攻撃の隙を探っていた。
だが、レオンの猛攻は終わる気配を見せなかった。彼の分身たちは、容赦なく次々と攻撃を繰り出してくる。
「おい、どうしたアレイン!逃げるばかりか!これじゃつまらねえぞ!」
レオンの冷酷な声が響き渡り、四人全員が俺に笑いを投げかけるような目を向けてくる。
次は三人のレオンが同時に俺の前方から迫ってくる。足音が重く、三方向からの攻撃に対処するために、俺は一瞬、動きを見極めるしかなかった。だが、すぐに気づく。
後方で残りの一人が立ち止まり、詠唱を始めている。
「魔術か…!」
明らかに強力な魔術を準備していることがわかる。三人が俺を足止めし、その間に一人が大技を決める算段だ。
「これで終わりだ、無能者!」
前方のレオンたちがニヤリと笑みを浮かべ、さらに近づいてくるが、俺は後方の詠唱しているレオンに注意を向ける。
「焔の螺旋、猛き炎よ、破壊の律を奏でよ。全てを焼き尽くす灼熱の槍となりて、我が敵を滅ぼせ――!」
レオンの詠唱が進むにつれて、空気がピリピリと震え始める。火の魔術特有の熱気が周囲を包み込み、後方にいるレオンの手元に火の玉が渦を巻きながら巨大化していき、炎の槍が形成される。その赤い炎が不気味に輝き、いつ爆発してもおかしくないほどの魔力が集まっていた。
「――『フレイムジャベリン』!」
詠唱が終わり、その瞬間、強大な火の魔術が俺に向かって放たれる。
どの方向に回避しても、その先を三人のレオンに狙われる。
ここは…受ける!
俺は全身に魔力を纏い、魔力を鋼のように固くして防御の姿勢をとった。
『玄武!』
瞬間、驚くべき光景を目にした。三人の前方のレオンたちが、後ろを一度も振り返らずに、その火の魔術の軌道を察知したかのように一斉に左右に散り、道を開けたのだ。
後ろを見ずに避けた…?
次の瞬間、炎の槍がおれに直撃して砂埃が舞い上がった。
「レオン!!!」
リリアが叫んだ。
「馬鹿が、受けやがった。」
三人のレオンが立ち止まって様子を見ている。
砂埃が消えていき、服がところどころ焼けている俺の姿があらわになった。
(火の中級魔術を食らってその程度のダメージだと?どんなからくりだ…?)
レオンは、アレインのダメージの少なさに少し驚く。
なるほどな…レオンの分身たちは、単に独立して動いてるんじゃない。彼らは視覚、聴覚、そして恐らくあの連携からして思考まで完全に共有している。それによって、三人のレオンが後方の状況を見ずに避けたんだ。これが「鏡像の刻印」の本当の力なのか――すべての分身が一体となり、完璧な連携を取ることができる。だとしたら…
「わかってきたぜ、「鏡像の刻印」…視覚や思考まで共有してんだろ?」
レオンの目が少し開かれた。
「種がわかったところで、お前にはなにもできねえ」
「さーて、それはどうかな」
「なら教えてくれよ、その対処法ってやつを!」
レオンの笑みが鋭さを増し、四人全員が息を揃えたかのように同時に動き出した。前方の二人のレオンが一気に接近し、右からは斧を振り上げ、左からは素早く突き刺すような斬撃が迫る。
まずは接近戦で勝てないと話にならない!
俺は瞬時に動き、右側のレオンの斧をかわしながら、左のレオンの斬撃を防ぐため、腕に魔力を纏わせて弾き返す。
『飛天』
おれは足に纏った魔力をバネのように変化させ、爆発的な瞬発力を生み、レオンの後ろに移動した。
目の前で俺が消えたように見えたレオンは、完全に俺を見失っている。
ひとりめ…!
おれはうしろから一人のレオンの首にめがけて手刀を放とうとした。
その瞬間、後ろの攻撃を「見ている」かのように、前方にいるレオンが屈んでよけた。くそ、他のレオンに見られてるか。
後方のレオンたちが詠唱し始める。二人で協力し、より高位の魔術を発動させようとしていた。
「炎よ、裂け、地を焼き尽くせ…!」
「大地よ、轟け、全てを砕け…!」
後方のレオンたちが同時に詠唱を続ける。魔力の波動が増し、俺の背後から強烈な熱気が押し寄せてきた。それはただの炎ではない、もっと強大な力を秘めた魔術が放たれようとしている。
「二人で上級魔術を使うつもりか…!」
俺は再び前方の二人と向き合いながらも、後方のレオンたちが発動しようとしている強力な魔術に警戒を強めた。これを受けたらまずい。
「時間がない…!」
だが、分身たちは俺を逃がす隙を一切与えないように動いている。前方の二人が再び同時に攻撃を仕掛け、片方は斧で叩きつけ、もう片方は素早いステップで突きを繰り出してきた。
俺はその場を離脱しようと、回避の姿勢をとる。だが、その瞬間――
『炎塵地獄!』
後方の二人のレオンが声を揃え、上級魔術が放たれた。巨大な炎の渦と、地を揺るがすほどの石の弾幕が俺に向かって突進してくる。
ここだ…!
俺は一瞬の判断で、斧による突きをよけ、伸びた手をつかみ、そのまま魔術の方に向って放り投げた。
投げられたレオンは、魔術に直撃してそのまま消滅した。
「てめぇ…」
レオンが鋭い目つきでこちらを睨む。
「視覚とか共有してるって言っても痛覚は共有してないのか。クソだな」
俺は汚れた頬を拭いながら言う。
「どうやらお前の『鏡像の刻印』には、弱点があるみたいだな。」俺はレオンに向けて冷静に言い放った。
「弱点?笑わせんな。お前はもう追い詰められてるんだよ、無能者が!」レオンはそう言って嘲笑を浮かべるが、その目にはどこか焦りが見える。
「確かに、思考を共有しているってのは厄介だ。だが、おそらく分身たちは全員が独立して動いてるわけじゃない。指示を出しているのは、本体なんだろう?」
レオンの眉が一瞬動いたのを見逃さなかった。
「思った通りか…。もし、本当に分身たちが完全に独立して自律行動できるなら、もっとバラバラな動きになるはずだ。だが、実際は4人の動きは連動している。その証拠に、あの完璧な連携は、まるで一人の指揮官が全てを操っているかのようだ。つまり、指示を出しているのは本体。お前なんだ。実際にお前が本体なのかはわからないけどな。」
レオンの表情が少し険しくなる。
「さらに、視覚や聴覚、思考まで共有しているとなれば、ただ指示を出すだけじゃない。お前は全ての感覚を同時に捉え、処理している。普通に考えても、相当な集中力と神経を使ってるはずだ。お前の本体ほどのキレが分身には感じられないのは、そのせいだろう。4対1でも俺を仕留めきれなかったのは、そこに原因がある。」
「黙れ!」レオンが激昂し、分身たちが一斉に動き出すが、俺は冷静に続けた。
「連携で誤魔化してただけだ。お前は本体が全てをコントロールしている分、感覚が混雑して、本体ほどの精密な動きができなくなってるんだ。そうでなければ、もっと早く俺を仕留められたはずだ。」
俺はその瞬間、レオンの攻撃の隙を狙いながら、反撃のタイミングを見定めた。
「つまり、お前の本体がどれだけ集中力を保てるかが勝負の鍵だ。…お前の限界が見えてきたな、レオン。」
レオンの顔に焦りが見える。おれは向かってきた1人のレオンを拳で弾き飛ばした。
「このままおまえの神経がすり減るまで耐えれば俺の勝ち…だが…」
おれは前に出して拳を解いて、手のひらを上に向けて来い。とジェスチャーをする。
「それじゃあつまらねぇ。おれもこれでも一応灰の盟約の戦士だ。分身を出せ。4人でかかってこい。まとめてぶっ飛ばしてやる。」
それを聞いてレオンは額に血管が浮き、奥歯を噛み締めた。
「なめやがって…」
レオンの周囲が光る。
レオンの分身が2人増え、全員で5人になった。
おいまじかよ、4人が限界じゃないのか。
「ぶっ殺す!」
俺とレオンの、最後の戦いが始まろうとしていた。