まだまだ契約結婚中
フィリップに興味を持ち、と言っても夫としてでの興味ではない。彼はいったい何者なの? という意味でである。とにかく彼の正体を探りたい、調べたいと思ってはいるものの、日々の生活に追われてなかなか探りを入れることが難しい。
「サナ。一号店のミリーが、子どもの具合が悪くて今日も休みが欲しいって。今日は、伯爵夫人たをはじめレディたちの会合があるの。完璧にしておかないと、あとで面倒くさいことになるかもしれないわ」
「わかったわ、アイラ。わたしが行くことにする」
「おいおい、サナ。三号店の分の燕麦がまだ届いていないぞ。今日は、施設で行われるバザーにクッキーを運ぶんだろう? どうする、他の店から融通してもらうか?」
「モーガン、そうだったわね。あなたに任せていい? 一号店には、わたしが行って手伝うことにする。あなたは、一号店と二号店をまわって必要な数だけ揃えてちょうだい。アイラ、あなたにも手伝って欲しいの」
「わかった」
「わかったわ」
そんなふうに、結構忙しい。
燕麦の供給が追い付かず、近々領地に行かねばならない。差し当たって、王都での用事を急ピッチですませてはいるものの、店が繁盛しすぎていてそれもなかなか追いつかない。
「奥様、おれも行きましょうか?」
「わたしたちも行きますよ」
料理人や使用人たちも、屋敷の仕事を急いですませてから協力してくれるのでおおいに助かっている。
「奥様、わたしたちも参ります」
そして、執事たちや庭師や雑用人たちまで。
最近、執事と話し合ったところである。
屋敷の使用人全員の賃金を大幅にアップし、一時金を出すことに決めたのだ。
「サナ、おれとのデートは?」
わたしだけではなく屋敷の者全員がバタバタしているというのに、空気を読めない男がいる。
というか、彼は屋敷に戻ってきてからというもの、やたらとわたしに絡んでくる。
ことあるごとに「正式な結婚」を推してくることも鬱陶しいのに、捨てられた小犬みたいにわたしのあとを追いかけ回す。鬱陶しいのを通り越し、辟易としてしまう。
好きなことをさせてもらってはいるものの、邪魔をされていることにかわりはない。
「デートですって? お断りよ。言っているでしょう? あなたに付き合っている暇はないの。お店が忙しいし、燕麦の生産が追い付いていないことで、早急に手を打たないといけないの。あなた、将校なのでしょう? もっとこう空気を読むとか、状況を把握するとか、どうにかならない?」
ついついきつくなってしまう。すると、彼はきまって悲しい顔をする。すねたりいじけたりする。
(いやいや、大人でしょう?)
美しいのにそんな子どもっぽい仕種が残念でならない。
まぁ、可愛らしいともいえるかもしれないけれど。
とにかく、彼を拒否り、突っぱねる。が、彼はめげない。
彼は、この日も一号店についてきた。
もはや、彼はわたしにつきまとう変質者にしか思えない。
とはいえ、彼はこの日に予約が入っていた貴族の奥様方を相手に燕麦の紹介などのプレゼンをやってくれた。
わたしが教えたわけでも頼んだわけでもないのに。
彼は、わたしの虎の巻を読んだのかもしれない。他の資料を盗み見したのかもしれない。
彼は、燕麦について広く深く見識があることに内心で驚かざるを得なかった。
付け焼刃などではない。完璧に身につけている。
その証拠に、奥様方のどのような質問に完璧に応えたばかりか、さらに奥の深い知識を披露していた。
意外すぎた。すこしだけ彼のことを見直した。
とはいえ、これで彼と「正式な結婚」をするわけではないし、寝室を一緒にするというわけでもないことは言うまでもない。