燕麦を広めてみる
とくにモーガンのギャンブル依存症とレディ癖の悪さをマシにするのは、時間と根気を費やさねばならなかった。毎日、彼と衝突した。それこそ、暴力沙汰にまで及んだ。
つかみ合い、もみ合い、殴り合い、蹴り合いと。
向こうは、年齢はいっているといえど男性で元軍人。力やテクニックはある。が、わたしも負けてはいない。若さとテクニックがある。わたしは、レディでもどちらかといえば小柄な体格である。だらしのない生活を送る元軍人に、けっしてひけは取らない。
ある日、彼をこてんぱんにやっつけてしまった。
モーガンと勝負をしたのだ。彼が勝てば、今後一切わたしは彼のすることなすことに口を出さない。わたしが勝てば、ギャンブルもレディ遊びもいっさいやめてもらう。
勝負は、彼が元軍人らしく剣を選択したのでそれに応じた。
彼にすれば、「レディは剣を扱えるわけがない。刃物は、調理用のナイフぐらいしか使わない」という、レディをバカにした認識しかなかったはず。
が、そうはいかない。その剣での勝負は、一瞬だった。一合も打ち合わない一瞬で、彼の剣を彼ごと弾き飛ばしたのである。
ほんとうにあっという間の勝負だった。
意外だったのは、モーガンは潔かった。約束は、ちゃんと守ってくれた。
そして、モーガンの依存症の改善により、彼の妻アイラの浪費癖もある程度改善された。
彼らは、それ以降もあいかわらずわたしを嫌っている。だけど、ケンカや衝突をしながらでもなんとかやっている。
テコ入れは、まだ続く。
モーガンがまだ当主だった頃より、領地から一応報告書は届いている。管理人や彼の執事は、領地の経営状態や屋敷も含めた管理状況を帳面にまとめて報告してくるのである。
モーガンは、それらにいっさい目を通していなかった。管理人たちを信じ、経営を任せきりにしていた。呆れたことに、目を通すのさえ面倒臭かったらしい。
その末路は、裏切りだった。
最初は控えめに始められた不正や不祥事は、しだいにエスカレートしていった。当主がかわったにもかかわらず、それらはまだ続いている。あまりにも長期間行われている為、隠蔽は杜撰になっている。どうせバレるわけはない、というわけ。
当主の座を継いだフィリップは、軍での任務が忙しすぎる。したがって、わが家の経営状態を把握することはないとタカをくくっていたに違いない。
報告書や資料は、すべて目を通した。さいわい、ドナルドソン侯爵家の弁護士は、わたしの養子先のエドモンズ公爵家の弁護士と同じ事務所である。というか、上位貴族のほとんどが、その優秀な弁護士事務所に依頼している。
もともとエドモンズ公爵家の弁護士とは付き合いがあるので、彼を通じて熱意のある弁護士を紹介してもらった。その弁護士と「真実と事実」を検証し、突き詰めていった。
そうして、モーガンとアイラと弁護士に同道してもらい、ドナルドソン侯爵家領に突然おしかけ、管理人たちを糾弾した。
それからである。かなりヤバくなっていた領地経営の立て直し、軌道にのせるまでにじつに四年かかった。
その間、領地のある東方地域のみで生産されていた燕麦に目をつけたわたしは、それを領地の名産品としてこのカニングハム王国だけでなく、周辺の国々にも広めようと目論んだ。
燕麦は、通常水やお湯やミルクでふやかして食す。体の不調などで食べることが多く、一般的は好んで食されることはない。
燕麦には、食物繊維やたんぱく質やミネラルが豊富に含まれている。さらには、糖質が低い。体にいいだけでなく、太りにくい体質にすることが出来る。わたしは、こういうことに注目した。
そこで食べやすかったり、ダイエット効果をもたらす食べ方というのを考案した。それをレシピにし、体型や健康を気にしている上流階級や富裕層の人たち、一般の人たちでも食事制限や糖質制限に興味のある人たちに宣伝してみた。
あっという間に広がった。
いま、王都で燕麦を中心とする健康とダイエットのお店を三店舗経営している。
もちろん、それは他国にも提供している。燕麦の需要は大幅にアップ。いまや完全に供給が追い付かないほどになっている。
燕麦のお蔭で、ドナルドソン侯爵家の経営は徐々に戻りつつある。しかし、それだけでは物足りない。儲けた分は、様々な施設や機関に寄付や援助をすることにした。
もっとも寄付や援助については、ただ単純にわたしの趣味なのだけれど。