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【最終話】正式な結婚ですって? は? やはり、お断りよ

 フィリップは、ホーン山から一番近い軍の駐屯地に小隊を派遣するよう要請していた。


 彼は、その上で単身乗り込んできていた。


 あとの処理はイアンと小隊に任せ、彼とふたりで王都へ戻ることにした。


 途中、陽が暮れたので宿を取った。


 宿屋はいっぱいで、一緒の部屋で休むしかない。


「それで、あなたは何者なの?」


 狭い部屋に寝台はひとつ。彼とその寝台をはさんで立っている。


 寝台がふたつある部屋は、いっぱいだった。


 すくなくとも、宿の女将に談判した彼はそう言った。


「あー、そうだな。その前に、きみこそ何者なんだ?」

「あー、そうね。っていうか、わかっているのよね?」

「そういうきみもな。伝説の諜報員『黒魔女』とは、言いえて妙だな」

「失礼な。あなたも、そこそこの諜報員なのでしょう?」

「きみにくらべれば、まだまだ駆け出しさ」

「またまた。それで、侯爵家の人たちみんながそうなの? わたしも焼きがまわったものね。五年間もの間、みんなから監視されていただなんて。モーガンやアイラなんて、マジでろくでもない義父と嫌味な義母だったわ」

「まっ、両親は半分はマジだがな」


 苦笑する彼につられ、わたしも苦笑してしまった。


 フィリップ・ドナルドソン侯爵は、カニングハム王国で最高最強の諜報員だったのである。ドナルドソン侯爵家は、代々諜報関係に携わっている家系だという。


 すっかりだまされ、ごまかされていた。


 これは、ひとえにわたしの油断。わたしもまだまだ、ということね。


「それで、わたしをどうしようと?」


 彼らは、わたしを五年間監視してどうしたかったのかしらね?


「きみと正式に結婚したい」

「またそのこと? 断ったはずよ。冗談じゃないって言ったわよね? わたしは、何者にも縛られたくないの」

「では、組みたいと言ったら? フリーランスのきみと組みたい。おれもうんざりしているんだ。いろいろあって、このカニングハム王国で仕事を続けるのも限界にきている。が、生来面白いことが大好きだ。つねに刺激を求めている。だったら、フリーランスになってこの国だけでなく、いろいろな国で面白いことをやってみたい。きみのようにな」

「あのねぇ、わたしは引退したのよ。この国でサナ・エドモンズ公爵令嬢になるすこし前にね」

「あのなぁ、きみこそそれはムリだ。穏やかで平和な生活。面白いことや刺激のない日々。燕麦に携わり、ドナルドソン侯爵家の管理に躍起になる。きみがそんな生活を続けられるものか」


 彼は、鼻で笑いながら寝台をまわってこちらにやって来た。


「手を握っても? ああ、口づけくらいならオーケー? それ以上はガマンする。いまのところは、だが」


 気がついたら、彼に口づけされていた。しかも、熱く長く。


 右手は彼の左手に。左手は彼の右手に。それぞれがっしりと握られている。というか、つかまれている。


 わたしが動けないようにする為だ。というか、わたしが彼を殴り飛ばさないようにだ。


「サナ。それが、きみのほんとうの名ではないこともわかっている。五年のときを経て初めて会ったとき、仕事のパートナーというよりか、ほんとうに妻になって欲しくなった。これは、嘘じゃない。神にかけて誓う。一目惚れだった。ほんとうは、きみが信頼に足るレディだとわかったから、パートナーになって欲しかっただけだったんだがな。そんなことはどうでもよくなった。だが、ほんとうの妻を危険な目にあわせたくない。しばらくの間、葛藤したよ。が、今回の盗賊襲撃でよくわかった。おれの懸念は杞憂だったとな。きみのスキルは、おれの想像の上をいっている。おれの方が足手まといかも、とな。だったら、ほんとうの妻であり仕事上でもパートナーとなれば、最高だ。そう思わないか?」


 いったん唇が離れた途端、彼はいっきに言った。


 こんなに間近でキラキラされると目に悪いにきまっている。


 が、目を背けたくても背けられない。


「思わないわ。どれだけ言い募ろうが唇を重ねようが肌を合わせようが、わたしの答えにかわりはない」


 自分では不敵と思える笑みを浮かべてみせる。


 わたしの黒い瞳には、きっとなんとも表現のしようのない表情をしている彼の美貌が映っているに違いない。


「フィリップ、お断りよ。ほんとうの妻になどなるものですか。まぁ契約上の妻、なら考えてもいいけど。それから、契約上のパートナーのこともね」


 わたしがそう言った途端、彼の顔がさらにキラキラした。


「そうこなくてはな。では、さっそく仕事の話をしよう。寝台の上でゆっくりな」


 同時に寝台の上に押し倒された。そのときには、すでに粗末な部屋の灯りが消えている。


「ちょちょちょ、これは契約にないわ。契約違反よ……」


 最後まで言えなかった。


 もっとも、言ったところで火のついたフィリップを止めることは出来なかっただろうけど。


 そして、わたしもまた彼への想いをおしとどめることは出来ない。


 諜報員活動を引退したはずのわたしのふつうの生活は、これで終わりを迎えるのである。


 でも、フィリップとなら面白いことや刺激的なことを経験してもいいかも。


 妻としても諜報員としても……。



                            (了)

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