表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/11

襲撃される

 後悔したのは、フィリップの忠告を無視したことではない。彼の忠告通り粗末な馬車で来たとしても、目をつけられた。


 ひとりで来なかったことに後悔したのだ。


 わたしひとりなら、なんなく切り抜けられた。その自信はある。が、イアンがいる。相手は、想像以上の人数と組織力がある。わたし自身のスキルや力をセーブしつつ、イアンを守りながら切り抜けるのは難しい。


(仕方がない。いったん麓の町に戻ろう。というか、どうせ町も危ない。いっそ町も抜けて王都に引き返した方がいいわね)


 盗賊たちも王都近くまでは追ってこない。途中で諦めるはず。


 そう決心するとすぐに実行に移すことにする。


「イアン」

「奥様っ!」


 すぐうしろにいるイアンに声をかけたとき、彼もわたしの名を呼んだ。そう認識するまでに、彼は馬首を並べていた。


「盗賊が迫っています。包囲されるまでに引き返しましょう。いまならまだ、包囲されるまでに町にたどりつけるかもしれません」


 なんと、彼が提案してきたのである。


 衝撃的だった。


 盗賊たちが迫っているのは、わたしだからこそわかること。ただの雑用人である彼に、この独特の気配がわかるなどと思わなかった。


 ただの雑用人なら、わかるわけがない。察知出来るわけがない。


 ただの雑用人なら……。


 馬の走る速度は落としてはいない。盗賊たちそうと悟らせてはならない。


「イアン、残念だわ」


 蹄の音に紛れるような声量で、彼に視線を向けずに言った。


「遅かったみたい。わたしたちの読みは、わずかに甘かった。町まで間に合いそうにないわ。とにかく、馬たちにがんばってもらい、あとは祈りましょう。どこかにいるであろう神に、ね」

「奥様?」

「さあ、行くわよ」


 馬首を返した。それでも「ブラック・ウルフ」はもちろんのこと、「レッド・ノーズ」もその急すぎる動きに抵抗することなく従ってくれた。


 イアンは、やはりただの雑用人ではないかもしれない。


 彼は、わたしの動きに合わせてきた。つまり、馬首を返して同時に拍車をかけたのだ。


 そして、わたしたちは必死に馬を駆った。馬たちは、死ぬ思いで走ってくれた。


 が、それも長くは続かなかった。


 盗賊たちの包囲網がずいぶんはやく完成したのだ。


 ほどなくして包囲され、じょじょにそれが狭められていく。


(どうする? ここは従うふりをし、彼らの油断を誘う? それとも、いっそ戦う?)


 迷った。が、急にバカバカしくなった。


 わたし自身のスキルや力を隠し通してイアンを死なせてしまうような事態に陥るより、正体がバレてこのカニングハム王国からおさらばした方がずっとマシだわ。


 領地にはいつでも行けた。それを忙しさにかまけ、このタイミングで来てしまった。フィリップやイアンの忠告に聞く耳を持たずに。そのせいでイアンを巻き込んでしまった。


 イアンを死なせてはならない……。


 と言いたいところだけど……。


 もしもわたしの勘が鈍っていなければ、彼の心配はしなくてよさそうね。


「イアン、もういいわ」


 すぐうしろで必死に馬を駆っている彼に声をかけた。それと同時に、「ブラック・ウルフ」と「レッド・ノーズ」に速度を落とさせ、ついに止めた。


 頭上を見上げると、陽は西に傾きつつある。


 街道の左右には、さまざまな種類の木々がずっと向こうまで広がっている。


「奥様……」


 イアンが馬首をよせてきたので、無言で頷いてみせた。


 そのタイミングで、木々の間から盗賊たちが現れた。ザッと見まわして三十人強いる。


 最近、噂になっている盗賊集団にまず間違いない。



「ガッ!」


 その瞬間、この一団を統率しているであろう男の脇に馬を立てている男がふっ飛んだ。その不運な男は、近くにある木にぶつかって地に落ちた。


 動かない。気の毒にも気を失ったのだ。


「き、貴様っ!」


 この一団を統率する男が自分の部下の末路を見るまでに、その首筋に細身の剣「レイピア」の刃がピッタリと吸い付いていた。


「ブラック・ウルフ」の背から、この男の馬の背に飛び移ることなど造作もない。飛び移る前に、彼の部下を蹴り飛ばすこともである。


 馬上、統率者の背から彼の首筋を脅かしつつホッとした。


 どうやら、わたしの勘と腕は鈍っていないみたい。


「話し合いなんてする気がないでしょう? だったら、このまま殺っちゃった方がいいわよね? あなた、どう思う?」


 うしろからささやくと、統率者はゾッとしたみたい。


 大きな体が震えた。


「イアン。あなた、何人殺れる? ああ、いいのよ。あなたもそのフードの下に得物を隠しているでしょう?」


 驚きの表情でこちらを見ているイアンに声をかけると、彼は苦笑した。


 やはり、わたしの勘は鈍っていなかった。


 イアンは、ただの雑用人ではない。わたしがただの侯爵夫人、いえ、ドナルドソン侯爵のただの契約上の妻でないということと同様に。


「そうですね」


 イアンは、さきほどまでとはうってかわってさわやかな笑顔で周囲を見まわした。


「おれの腕なら七、八人ってところが限界でしょうか?」

「そう。じゃあ、わたしは残り全部片づけないといけないのね」

「いや、愛する妻よ。その必要はない」


 そのとき、あらたな騎影が現れた。


(フィリップ? なんてこと。この連中を相手にしていたとはいえ、彼の気配にまったく気がつかなかっただなんて……)


 彼が現れたことはもちろん、その気配に気がつかなかったことに衝撃を受けた。


「どうだろう。おれが半分を引き受ける。まぁ、全部引き受けてもいいがな。ここは、夫婦仲良く半分ずつ、だろう? やはり夫婦は、楽しみや苦しみや悲しみ、ついでに怒りも共有すべき。もちろん、しあわせもな。もしかして、おれはまた空気を読んでいないか?」


 彼はゆっくり馬を歩ませつつ、その馬上でおどけてみせた。


 その言動は、この場にまったくそぐわなかった。それがまた、かえってめちゃくちゃ面白い。


 フィリップは、あいかわらず空気をよまなさすぎる。


 あっという間だった。


 フィリップとイアンとわたしとで、三十人強いた盗賊たちは馬上から地に落ちて動かなくなっていた。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ