二度のはじまり
「親愛なる妻へ 」
その書き出しから始まった一通の手紙。
それは、一度も会ったことのない契約上の夫からのもの。
約五年前、彼は嫁いできたわたしに書き置きを残して出征していた。
『この結婚は、あくまでも体裁上のことにして欲しい。きみも仕方なく嫁いできたはずだ。おれには、『妻』という手札が必要だ。軍でさらに階級を上げるには、いまはなにかしらの手札がいる。というわけで、五年ほどでいい。つまり、五年間の契約期間をもうけたい。きみは、その間好きなことをしていい。おれも私生活ではそのようにさせてもらう』
その書き置きは、ひとりよがりでムカつく内容だった。
ショックだった? 悲しかった? 情けなかった? 不幸だった? 絶望した?
そんなわけある?
わたしは、社交界では有名な「暴走令嬢」なのよ。
フツーのご令嬢には衝撃的な内容であろうその書き置きは、わたしにとっては好都合。
すべてがさいわい。すべてオーケー。
五年前、その書き置きを前にしてひとりほくそ笑んだ。
そしていま、この手紙を見ている。
ちなみに、五年の間で一度も手紙はもらったことはない。たったの一度も、である。
もちろん、わたしから送ったことはない。
たったの一度も、である。
契約上の夫であり妻であることを、おたがい心得ている。そのようなやり取りは必要ない。
そう割り切っている。わたしは、すくなくとも五年前のあの日そう割り切った。
それなのに、ある日突然やって来たこの手紙。
そこには、契約上の見たことのない夫の筆跡でこう書かれていた。
「前線が落ち着いた為、いったん帰還する」
その告知だけである。
まだ見ぬ契約上の夫が戻ってくるという。
契約上の夫の名は、フィリップ・ドナルドソン。侯爵子息にして、このカニングハム王国軍の将校のひとり。
そして、わたしはその侯爵子息に嫁いだつもりだった。実際は、契約結婚で契約上の妻だったけど。
昔、このカニングハム王国から隣国ダウランド帝国に亡命した男爵一家のご令嬢がいた。が、男爵一家は亡命先でスパイの嫌疑をかけられ、両親は投獄されてしまった。ふたりは、投獄中に病死。ご令嬢は、命からがら母方のエドモンズ公爵家を頼って逃げ帰ってきた。
エドモンズ公爵夫妻は、赤ん坊のときに亡命して以来一度も会ったことのない孫娘を受け入れた。
エドモンズ公爵夫妻は、娘と息子の両方を事故で亡くしたところだった。タイミング的にはちょうどよかったというわけ。
エドモンズ公爵と公爵夫人は、その孫娘を養女にした。
が、その養女はちょっと癖が強かった。
ちょっと、ではないかもしれない。とにかく個性的だった。
社交界であっという間に有名になった。
もちろん、悪い意味で。
それがわたし。
このわたしなのである。