1.幽霊の噂
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泥木町鱒浮の定点よりX110Y77の地点に「幽霊」の目撃情報あり
至急調査を開始せよ
僕は時田衣名とともに泥木町鱒浮の住宅地に来ていた。
彼女は「怖い」と「帰ろう」を交互に繰り返していた。
夜の一時をまわった頃だった。
「嵯蛾」の表札のかかった民家とシャッターのしまった商店の間の路から「幽霊」が現れた。
それは「大量の水」に見えた、嵩は僕の胸ほどある。
スポイトで点したように奇妙な膨張を遂げた「幽霊」は、不快な音を立てながらそこかしこから「水」を噴きだし、やがて嵩が減ってその場に潰れるように倒れた。
僕は気絶した衣名を置いて確認すると、水たまりには小動物の死骸、植物の枝や葉と、何故か剥がしたかさぶたらしき物体が沢山浮いていた。
そのかさぶたには全て赤い糸くずが埋まっていた。
次の日に衣名と共に昨日の地点を確認すると、「水」は影も形もなかった。
恐慌状態になってまたしても気絶した衣名を置いて少し近辺に聞き込みをしてから、僕は彼女を背負って帰った。
調べてみると泥木町鱒浮には溜め池が二つあり、そのうち一つはいつの間にか枯れていたらしい。
興味深いことにその溜め池には十数年前に溺死体が上がったことがあり、それは数十キロ離れたN市に住む「嵯蛾壮文」という人物であったという。
さらに聞き込みをしてみると、「嵯蛾家」は一週間ほど前にあの商店の隣の家に引っ越してきたそうで、しかし近所の人は誰も嵯蛾家の人間を見ていないとのことだった。
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「嵯蛾家はまだN市に所在しているようだ。あの家自体には誰も住んでいない」
オンラインミーティング中、僕の上司である神谷にそう聞かされた。
「気をつけろよ。連中を追うのは逆に連中に追われることにもなり得る危険な行為なんだからな」
わかっています、と言って、僕はミーティングを終えた。
部屋の金魚鉢の中には金魚が二匹と…どこかから入り込んだのか、黒ずんだかさぶたのような物体が浮いていた。