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一章 解決の方法

一章 解決の方法



 桜花雄一は無事に高校生になれた喜びを噛み締めていた。桜城高校入学式から1か月ほど遅れて彼の高校生活は始まる。多少なりとも期待を膨らませて入った教室では、すでにできていた友達グループやクラスの雰囲気にただ圧倒された。世話焼きなクラス委員長の長池が間に入り、桜花は学校やクラスの雰囲気を覚えていく。その時のある会話で長池が一方的な盛り上がりを見せ、数日の間、桜花は学校にいる時間を長池に拘束される状態となった。そんな日々を送る中、担当教師から義務的に教えてもらった試験範囲の説明のみで中間定期考査学年1位の成績を取ったのだから桜花は一躍学内の有名人となった。桜城高校は県内上位の進学実績のある公立高等学校。桜花は特別に頭の出来が良かった訳ではない。「運が良くて学年一位なった」クラスメイトに囲まれた中で桜花はそう発言した。この言葉が広く校内に伝わり、恨まれることも考えられたが、それは桜花にとって嘘偽りない言葉だった。


☆☆☆☆☆

 どこか壊れているんだと思う。1年C組の真ん中一番後ろの席に桜花雄一はいる。本日最後の6限の授業は特にやる気が出ず、黒板をただ眺めることにした。頭では放課後に行く定期健診で異常が見つからないことだけを願っていた。どうせ死ぬなら最期までほどほどには健康でいたい。広まってしまった噂を利用してお金にしようと桜花は企む。



「桜花雄一くん。俺のこと見てほしいんだけど良いかな?」

HR終わりに大柄なクラスメイトの男子に話しかけられ、桜花は止まる。目線は身長172センチの桜花より高く、185センチくらいはありそうだと桜花は男を見上げた。

「千円でお願いします」掌を合わせて、男は深々お辞儀する。この男は同じクラスの運動神経抜群かつ明るく爽やかな人気者。名前は山田春治。鍛えているのか長い手脚は引き締まり馬力が出そうな屈強な身体付きをしている。

山田も噂を聞いて依頼をしに来たとわかり「三千円なら見る」と桜花は返事をする。山田はひとしきり悩んだ後「次の蟹座1位まで待てないなぁ」とポツリと言い三千円を桜花の手に置く。契約成立と判断し、桜花は右手で右目を覆うようにし、そのまま掌底をぐりぐりと押し付けるように目を圧迫させた。数秒後に目を開き、目に映る光景を伝える。

「気まぐれな女神がついてる。良いことも悪いことも経験させて、それを見て笑ってる。今は背後にいる」

「その人って美人だったりする?」

「美人。穏やかな顔付きで、笑う時はクシャクシャに子どもみたいになる」

「良かったー。桜花君ありがとー。昔から人生プラスマイナス平凡だったから、逆に何か霊的に気になっててさ。本当にありがとー」

手を振ってすぐに教室を出て行った。支払額の分もっとちゃんと見ろと不満を言われることもあるが、必要以上に掘り下げないですぐ帰る彼は桜花にとって好印象であった。「桜花君、何かあったら俺に声かけてね。何でもOKだからね。今日はありがと。じゃあ」そう言って颯爽と山田は教室を後にした。続くように、目的を思い出した桜花も教室を出ていく。


 自分の視界にある情報、周りには見えず自分にだけ見える何か。その何かの意思は、見ただけで桜花に読み取れる。ただ、これが本当に実在していて生きている人間や周りの環境に影響を及ぼしているのかまでは桜花は考えない。確信を持っていいのかわからず答えを出さずにいる。あくまで桜花は自分の目で見たままを伝える。それだけだった。


☆☆☆☆☆

 ある種、校内で有名人となった桜花は教室外で指さされることがある。ある時は電波君と呼ばれる。ある時は宇宙人と交信をしていると言われる。それに加え、守銭奴とも言われる。周りが桜花に対して下した印象は、学力優秀キャラではなく、オカルト陰キャラというものになっていた。この不名誉とも思えるような噂の発信源は同じクラスの委員長なのだから世の中はどう転ぶのか見当もつかないのだろう。委員長の長池は、世話焼きな女生徒。真っ黒で艷やかなポニーテールの髪型が特徴で、誰にでも親しみを持って話しかける。親友が100人いると言われても信憑性が勝るような人間。二人でした心霊的センシティブな会話が彼女の琴線に触れ、彼女を介し、瞬く間に校内に話の種が広がったのだろう。彼女は彼女自身の影響力の強さを実感していないらしい。この噂が広まった件で長池に謝られたこともあった。それに対して桜花は「まぁいいけど」でその場を済ませた。長池は悪い人間ではないことはわかっていたし、むしろ学校での立ち位置がわかりやすくなったことに感謝することにした。1年C組のクラスメイトは他のクラスや学校内の生徒とは違い、桜花に対して開闢稀有な視線は送らない。長池が桜花の入学が遅れた理由を誤解ないよう真摯に懇切丁寧に伝えてくれたのだろうか。彼女のそういった、人を思いやれる人間という部分も桜花は好きだった。「えー、桜花くんにご相談したいという方がおります」ボーッとしていたところに、長池のよく通る声が耳に入る。桜花が声の方を向く、その一瞬、今日は変なこと起きないといいな、なんて思った。


 桜城高校は創立から120年を越える地元から見ても歴史ある高校。質実剛健、文武両道を掲げ広い敷地と多くの有名OBを輩出している高校である。創立百年を記念して建てられた講堂は7時から19時まで生徒は使用できるというものであり、その片隅に3人はいた。


相談相手は1年D組の早崎という女生徒。桜花から見て、引っ込み思案のありそうな大人しそうな少女という第一印象。「誰が私の母方の祖母かわかりますか?」少女のはっきりとした口調から真剣度の高いことが桜花にも伺えた。机の上に提示された3枚の写真は、家の中で撮影したのであろう背景に高齢の女性がそれぞれ映っていた。桜花は既に目は見えるようにして準備万端の体勢。問いに答えるように「これ」と桜花は1つの写真を指を差す。早崎はポツリと「……正解」の一言。写真に映る女性の首から胸部が、黒く渦を巻いて桜花には見えていた。自分への相談とあるので目が反応するものが答えだと考え、結果それが当たっていた。見た写真の特徴は覚えておく。与えられたものを隅まで見るのは桜花の癖の1つだった。早崎は正解の写真を食い入るように見て、その後に聞く。

「祖母はあなたの目にどう映って見えるの?」

再度桜花の元に写真が渡る。

「白髪の60歳は越えてる女性。見た目は…」

「「見た目は?」」

早崎と長池の声が重なる。大人しく横で勉強していた長池も興味深いのか会話に入ってきた。もったいぶる訳ではなかったのだが声が出せなかった。瞬時に理解した。発言を止められている。早崎の祖母が映る写真から伸びた黒い2本の手に自分は首を締められている。目を2人の方へやると、一方は顔が曇っている、もう一方は桜花の発言を期待して少し下品にも見える笑みを浮かべていた。

桜花は初めて心霊現象と呼べる経験をした。今までは見えるだけ。だが今回は見えるものが自分へと干渉してきた。おそらく2人とも自分が首を締められていることには気づいていない。桜花は頭の中で冷静さを欠かないよう意識して念じる。「あなたのことは話さない。だからこの場を許して離してくれ」黒い手は首から手を離しゆっくり写真の中へと戻る。初めて相対する心霊現象に対して、これが依頼に関係するなら自分に解決なんてできるのだろうか、そんな思いが桜花に湧いた。

「どうしたの? 黙ったまんまだけど。そんなにヤバいのが見えたの?」

好奇心を抑えられない少女は写真を覗く。

「んー、この写真の女性、笑顔だけど、少し顔が強張っているような……」

その言葉に反応してか黒い手が再び発言する者へ伸びている。桜花が遮ろうと手を前に出すも、黒い手は桜花の手をすり抜け少女の首へと進む。最悪を想像し反射的に「おいっ」と大きな声が出た。

講堂内に突如響く声。黒い手は煙のようにふっとその場から消えた。暗く俯く少女は写真をしまっており、明るい少女は呑気に頭の上に?マークを浮かべたような顔をする。嫌な汗が止まらない。動悸が早くなる。

「試すようなことをしてごめんなさい。本当にごめんなさい。それでもお願いしたいことがあるの」

顔を上げた早崎の目に不安と心配、それと1つの希望にすがるような、そんな光りがあった。


☆☆☆☆☆

 知らなかったことがある。お父さんとお母さんから私は生まれたのだから、その親に当たるおじいちゃんもおばあちゃんも私には2人ずついる。こんなことすら意識しないと私は忘れてしまう。お母さんのお母さんはどんな人だったのだろう。物心ついてからを思い出すとおばあちゃんは話すら出てこない。母方の祖父母は既に他界しているからか、話題に出そうものならすぐはぐらかされ、それでも追求しようものなら私が理不尽に怒られる形で会話は終了される。おばちゃんの話は家族から絶対に出てこないのだ。なぜ私にはおばあちゃんの顔が見えないのだろう。なぜ皆は話してくれないのだろう。疑問に気づいたのは私が15歳になった頃だ。大切なことを忘れている気がする。どうすれば知ることができるのだろう。時間が経っても胸につかえているような感覚は消えそうにない。こんなことを、打ち明けられる唯一の友達に相談すると、「それは心霊現象かもね。オカルト少年を紹介しましょう。あ、お金は取られるよ」

ポニーテールをピョンピョン跳ねさせながら、彼女は暗いもの全てを吹き飛ばすような笑顔でそう言った。



 早崎の祖母について、どう解決するか桜花は考えた。祖母について知りたい、だが家族は何か隠しているから真実を聞けない。祖母の情報を早崎へ伝えようとするとそれが伝わらないように黒い手に妨害される。桜花は遠回りな方法を思いついた。長池がスマホを取り出して電話をする。

「もしもし、お願いがあるんだけど〜」

どんどん人が巻き込まれていく。長池の交友の広さとフットワークの軽さには驚かされる。ただ会話の中で自分の名字が何度も出ているのが少し気になるところではあった。

「オッケー。勉強会ね、じゃあそっちもよろしく」

なんとなく桜花が察する部分はあったが、解決に向かうと信じて良しとした。次の土曜日に桜花、早崎、長池の3人は会う約束をしてその日は別れた。



約束の土曜日 川上田霊園

午前9時、早崎の祖母が眠る霊園に3人はいた。まず霊園の方にできるだけ省いた事情を話し、園内を周ることについて許可をもらう。事務所の方から「故人を困らせたり怒らせるようなことはしてはいけないよ」とだけ注意を受ける。早崎は線香と供える花と茶菓子を売店で購入。桜花は広い園内でお墓を探すためにマップを見て集中。山田は掃除のための桶と柄杓と束子を借りる。約束した3人のうち長池が来れなくなったこと、代わりに山田が来ることを早崎は知っていたようだった。山田は桜花と長池と同じクラスで屈強な体をした大柄な男子。早崎と山田は同じ小中学校出身でさらに母親同士が友達とのことだった。「さぁ、今日は頑張りましょう。そして勉強も頑張りましょう」山田の底抜けに明るい一言。先日の長池の電話相手が山田だったと確信。親同士のやり取りなども含めて霊園まで調べてくれたのかもしれない。そして勉強も一緒にやるのだろう。今日長池が来ないことの連絡が自分に来ていないのは、さすがにどうかと思い、桜花は後で本人に言及してやることにした。


半袖でも歩き続ければ汗ばむような5月の陽気。先頭に早崎、その後ろを写真とマップを持つ桜花が続き、最後尾を山田が掃除道具とともに歩く。「霊園はきれいきれい」と山田の鼻歌交じりの声が聞こえる。目的まで長くなるかもしれないし、気が参るよりは明るい方がいいな、なんて桜花は少し耳を澄ませることにした。

そこから3時間かけ園内を丁寧に一周りしたが、早崎の祖母のお墓は見つけられなかった。早崎の祖母の名前もお墓参りの記憶も残っておらずわからない状況。桜花は眉間と目頭を押さえ続け、いつでも見える状態にしていたが、早崎の祖母と感じ取れるものは何も見えなかった。山田の言う掃除が行き届いていないところも最悪想定しようとしたが、すべての区画にあるものが掃除され綺麗な状態で保たれていた。

休憩スペースで昼食を済ませて3人はマップを囲い作戦を立てる。冷房の効く館内は熱くなった体も頭も冷ましてくれる。ふと山田を見ると、背後には女神がいた。女神は元気一杯の山田を微笑みつつ、疲弊してるこちらサイドを見て心配しているようだった。早崎も疲れているようだが諦めは毛頭ない顔付きだ。「故人を怒らせちゃいけないか」最初に事務所から言われたことを桜花は一人呟く。なんてことない瞬間、ふと聞き慣れたような格言が頭を過ぎる。目には目を、歯には歯を、桜花は続きをぽつり呟く。「霊には霊を」

「賭けをしよう。これで出てくれると思う」

早崎と山田がこっちを見る。思いつきだが、できると思う。並び順を早崎を先頭、次を山田、最後を桜花にして再度霊園を周る。追加変更点は3つ。①早崎は何も持たず、すぐ後ろを歩く山田と、祖母についてどんな内容でも会話する。②山田は早崎の祖母の写真を持ちながら、早崎との会話に加えて、桜花の合図で2つ特定の行動を取る。③桜花は2人の声が届く少し後ろを全員の荷物を持って付いて歩く。


 休憩を終え、作戦を纏めた3人は14時再始動する。


 3人は午前中よりさらにゆっくりと歩く。前を歩く2人の会話は途切れない。山田が祖母についての質問をする形で早崎との会話をしている。後をつく桜花は女神と山田の手にある写真を目で追い続ける。最高気温は24℃を記録、5月にして気温が高い。桜花は些細な変化も見逃さないよう暑さを気にも止めず集中。歩き始めて2時間。このペースだと全部周って4時間くらいだろうと桜花が想起したところに、変化があった。ある区画に入った瞬間、空気が変わった。じっと見られるような、気味が悪くなる視線を感じる。女神も周りをキョロキョロ見回している。近くに早崎の祖母の墓があると桜花は確信する。

「山田・イチ!」

桜花の1つ目の合図に対し、素早く反応した山田が口にする。

「早崎のおばあちゃんは白髪で60歳以上、優しい笑顔をしている。きっと…」

山田の言葉が止まる。彼の手に持つ写真からあの時と同じように口封じの黒い手が山田の首を締めた。桜花は信じて待つ。「…きっと恵美のことを大切に思ってるから、ずっと忘れないで」

続きの言葉が山田から聞けた。女神が黒い手を掴んで山田の首から離していた。写真から出ていた黒い手がふっと消えると、視界の隅から新たな黒い手が鋭い爪を立て山田の首元に目掛けて襲いかかろうとしている。ここで2つ目の合図を桜花が出す。

「山田・二!!」

「あとは任せた」

そう言って山田は予め決めていた通りに一目散に後方へ駆け出した。黒い手はその場をあまり遠くには離れられないようで、出てきた墓へと戻っていく。桜花は黒い手が伸びてきた1つの墓を指で示し、残った2人はその方へと向かう。


「ここなの?」

「ここだね」

「おばあちゃんはここにいるの?」

「いるよ」

2人は墓の前に立ち、墓石に掘られた名前を見る。その後2人は見たもの感じたことを言葉にすることなく行動に移す。桜花は周りの疎らに生えた草を毟る。早崎は近くの水道から水を汲み、束子で墓を磨く。2人の掃除が終わる頃には空はオレンジ色に染まり、園内を一周したような滝のような汗をかいた精悍な男も合流。優しい時間が流れる中、早崎のつけた線香から出る小さな煙は空へと溶けていく。長い1日も終わりへ向かう。3人は墓前に手を合わせた。



 桜花が手を合わせて目を瞑り、早崎の祖母にどんな言葉を紡げば良いか頭で考えようとした時、突如頭に響く女性の声。

「霊能者モドキ。お前を見ていると私は苛つきを覚えるよ」

その声に反応し目を開けると、つい先程まで居た霊園ではなく、暗闇の中に自分1人がいる。音のない世界。一度だけ来たことがある空間。桜花の前には写真で見た老婆が立っている。賭けは勝った。会えたのだ。ここからは自分だ。両手を開いては閉じ、身体の自由を確認しつつ自分を鼓舞する。

目の前の早崎祖母は口を開く。

「しつこい男ね。この前と今日でお前は恵美に何をしてあげられた? お前に何ができた?」

「俺は……相談を聞いてやれた。答えを見つけられるように一緒に考えた」

「お前一人じゃ何もできなかったくせに、恵美が求めていた答えっていうのはわかったのかい?」

「答えは今もわからない。俺一人じゃここまでたどり着けなかったのだって痛感してる。答えは……ずっと考えても、考え続けても絶対に見つからない。あなたが何を隠しているかなんて俺達にわかるはずがない」桜花は少しばかり感情的に言葉に変換する。

早崎祖母の呆れるような目。桜花は続ける。

「何度でも言う。あなたが話さなければわかるはずもない。なぜ隠す? なぜ知ろうとするたび邪魔をする?」

目を合わせた互いの顔は真剣そのもの。早崎祖母に余裕があるように見えるのは生きた時間の違いか。桜花は返答を待たず更に続ける。

「早崎の気持ちはどうなる! あんたは逃げた。早崎を見ろ。向き合え。あんたの孫だろ。大切に思うなら、こんなふうに話ができるなら、今みたいに答えてくれ、話をしろ」

緊張で体が強張る男とは対照的に、女は冷静に、1つ溜息をついた後に答える。

「霊能者モドキのくせに、生意気を言う。私はもう死んでる。この世に残って恵美の側にいるのは怨念成就のためさ。このイカれた世界にいる本物の霊能は全てを憎む。恵美は私の血を能力を濃く引く才能だ。いずれ念じるだけで人を殺せるようになる。私は私の念願を見守るだけさ」

開いていく彼我の温度差を気にせず、桜花はただ昂りに任せる。

「……何を言ってるのか全然わからねぇよ。怨念? 憎む? 未練たらしく留まるな。死んだあんたと、早崎がどう生きるかなんて関係ない。さっさと彼女の元からいなくなれ。干渉せずに消えろ。お前の建前なんか知るか。お前はずっと早崎を見ていたいから留まったんだろ。話せよ! お前だけなんだよ。隠したものを話せよ!」


「話ができないモドキだなぁ」

熱くなる少年を老婆は目を細めじっと見ている。

「行き当たりばったり。いずれ不本意な形で死ぬんだろうね。周りに看取られない惨めな最期になるんじゃないか? まぁ、せいぜい生きてるうちに生き方を変えることだね」

ゆっくりとした、何かを確認をするような、そんな話し方。桜花が持ちうる反論をぶつけようとするところに早崎祖母が発言を被せた。

「おいモドキ、私は消えてやることにしたよ。お前は恵美の力になどなれてない。覚えときな。生き方やその後の死に方なんてものは他人は関係ないんだよ。私も、恵美も、それにお前もな」

そう言うと、目の前の老婆はぼやけていき、明転とともに桜花は白い光に包まれた。

瞑った目を開けると、オレンジ色の空が視界を迎えていた。

隣では早崎が祈っている。合わせた両の手のひらは指を絡め握る形となっていた。強く握ったその手が開くまでの間、桜花はすぐ横の少女から目が離せなかった。



別れ際の彼の複雑そうな顔を見ると、私は何も言えないと思った。彼がいなければ、祖母の名前すらもこの先ずっと知ることができなかったと思う。だから寂しそうな顔をする彼に私の思いが伝わってほしい。「今日は本当にありがとう」と感謝の言葉1つだけを送った。帰り道は彼とすぐ別れてしまったので、隣にいる腐れ縁の春治に聞くことにした。なぜあの時、私の祖母の特徴を口にできたのか。彼は誇らしげに言う。「俺には女神がついてるからね。言葉が詰まることはない」隣にいる男はアホの子なのか。「マジだからね」と付け足すからこの男は本当にバカらしい。でも、私くらいは信じてやることにしようと思う。いつか、ふと思い出した時、今日のことを大切な日と思えるのだろうか。薄暗くなる空が少し名残惜しい。もうじき夜が訪れる。気分が少し浮つくような、今の早崎には言葉にし難い、そんな心地の帰路であった。


☆☆☆☆☆

懐かしい場所にいる。ずっと忘れていた祖父母の家の庭だ。春の温かい香りが鼻をくすぐる。ふと目の前が白一色に変わる。私は強く抱え込まれていた。前にいる人の腕の中に私はいる。顔を上げて前にいる人が誰なのか確認したいけど体は動かせない。それでも不思議と身動きの取れないこの不自由さに嫌な感じはしない。

「ごめんね」前の人の優しい声がする。「何が?」と私は素っ頓狂に聞いた。「私ね、心配のし過ぎで、恵美に過保護だったの。最初から話しておくべきだったね」

私を抱えているのは祖母であった。家系で霊感が強いこと、それによって家族が危険に曝されたこと、孫の私を避けるようになったこと、経緯を聞いた。

「私も桜花くんみたいに霊感が出てくるの?」

「あぁ、あの子は霊感があるというより見えてるだけだからね。いずれ見えなくなるか、ちゃんと霊感がついて見えるようになるかどっちかってだけ。将来的には恵美の方がすごくなるわ」

さらに強く抱きしめられる。

「それを不安に思うことはないわ。あなたは、ちゃんとした私の孫で、私とはちゃんと違うんだからね」

「……もう会えないの?」

「故人を想う時間はここまでよ」

少し間を置いて、ほんの少し恥ずかしそうに笑う声が聞こえた。

「じゃあ特別におじいちゃんの話でもしようかな」

そう言って祖父と祖母の馴初めを教えてくれた。それはありふれていてちょっぴり情熱的な愛の話だった。



 日曜日の朝、早く起きる必要もないのに私は起床した。目が覚めてからはじめて夢だったことに気づく。目頭が熱い。頬に温かなものが通った痕跡もある。

リビングルームに行くと既にテーブルに朝食が並んでいた。

父は急に仕事ができたようで早くに出勤したとのこと。珍しく母と2人並んで朝食をとる。コップに注がれたオレンジジュースの酸味が寝ぼけ頭の覚醒を手伝う。母が私の目を見て言う。

「お母さんが夢に出たの」

「私も会ったよ」

テレビから茶化すように笑う芸能人の声が部屋に響く。それを気にしない様子で母は続ける。

「恵美、お母さんの話をしようか」

朝食に並んでいた卵焼きは、おばあちゃんが好きな味付けらしく慣れない私には少し塩辛く感じた。



 月曜日

理由もないのに、2日続けて早く起きてしまったので、今日は早く登校することにした。週明けから梅雨入り前の寒さに戻るようで土曜日の暑さが少し恋しい。離れたところ、前を歩く彼は桜花雄一。隣のクラスの男子生徒。特に話しかけるような仲ではないので声はかけず、ただ目で追うだけにした。前を歩く彼が昇降口で私の靴箱を開けた。なんで私の靴箱の場所を知っているのか。彼の行動の意味がわからず自分が靴箱に到着するまでの間、歩きながらそれを考えた。漫画の話では恋文が置かれていたりなんてことがある。私は意識しないよう、いつものように内履きに履き替えようとすると靴箱の中に1枚手紙が置いてあった。


※※※※※


放課後17時、裏校門前の木陰まで

             桜花

※※※※※


17時5分前、大体時間通り木陰に彼はいた。

「どーも」

「土曜ぶりね」

土曜ぶりって私の発言はどうなんだろう。変なことを言った感じがして体がむず痒くなる。

「大事なものを渡すから、俺が離れるまで開けないでほしいし口外しないでほしい」

そう言うと、彼から私の手に封筒が渡る。私への用はそれだけのようで彼は帰るようだった。

私は小さくなる彼の背中をただ見ていた。


彼の姿が見えなくなり、自分自身を落ち着かせるよう一呼吸を置く。

思い切りよく素手で封を破り、ビリっと小気味良い音が鳴る。小さな可能性に賭けていた自分に気を落とす。中には一言「ごめん受け取れない」と書かれた紙と依頼料が渡した満額そのまま入っていた。「なんて男だ。ありゃー、モテないわ」なんて捨て台詞を独りごちる。綺麗に封を切ればよかったなんて後悔はかなり女々しい。


放課後の17時という時間。彼女にとって今抱いた感情は食欲を満たす形で埋めたかった。

「おごるから今すぐ裏門来てよ。甘味食べ放題行こう」

「超行く!」

「ところでさ、」

「なに?」

「今日、私の靴箱に手紙が入ってたんだけど心当たりある?」

「……あるかも」

「5分以内にここに来なさい」

「ひゃいっ!?」

スマホ越しにも、彼女のトレードマークのポニーテールが跳ねる様子が目に浮かぶ。

この際だ、色々聞き出してやろう。笑いが込み上げてきて自然と口の端が緩む。その瞬間、確かに人生が色付いたような気配がした。



一章 解決の方法 おわり


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