煮物の「偽物」の物の怪の話
俺がぼんやりしていたのか、彼女の話が唐突過ぎたのか、全く聞き取れなかった。
煮物の……何?
「ごめん、もう1回言って?」
「だからね、煮物の偽物の物の怪の話」
俺は思考する。
煮物の、偽物の、物の怪の、話。
煮物の、偽物の、物の怪の、話。
煮物の、偽物の、物の怪の、話。
煮物の偽物の、物の怪の、話?
煮物の、偽物の物の怪の、話?
煮物の、偽物の、物の怪の、話……。
偽物はどちらか?
煮物?
物の怪?
煮物が偽物の場合、料理サンプル的な?
お粘土上手で「うふふ♪」な女性による粘土細工的な?
物の怪が偽物の場合、つまりは生身の人間?
それか、見違えとか勘違いとか気のせいとか?
煮物の偽物の、物の怪の、話、の場合。
煮物の料理サンプルが物の怪という話。
粘土細工で作られた煮物が物の怪である話。
要は付喪神の話?
煮物の、偽物の物の怪の、話?
煮物の生身の人間の話?
煮物の生身の人間って何?
人間の身体の60%は水分らしい。
人間の身体の60%は煮汁で出来ている?
血液の50%は水分らしい。
血液の50%は煮汁で出来ている?
水分ではない残りの50%は……煮られた具材?
固形物だと血管が詰まるだろうから、ペースト状の煮物?
「そんなに見詰める? 恥ずかしいよ」
彼女が頬を赤らめる。
煮物の人参?
人参の色素……カロテン。
金時人参なら……リコピン?
彼女の60%が煮汁で、残り40%が煮られた具材……?
いや、煮物の見違え……。
「ごめん、美味しそ……じゃなくて、可愛くて。それよりも、さっきの話は?」
「肉じゃが擬きのお化けの話?」
ん? そんな話?
「昨日ね、夕食はじゃじゃーん『肉じゃが』って母さんが言ったから、私、期待して大皿見たら、肝心の『じゃが』が無くて里芋入りで。じゃが芋が特別好きとかじゃないんだけどね、『じゃが』じゃないじゃん、って。味は美味しかったんだよ? でも、やっぱり『じゃが』じゃなかったら『肉じゃが』って言うの変!『肉じゃが』の偽物じゃん。『肉じゃが』擬きじゃん。まぁ、里芋がねっとりして美味しかったんだけど。でも、やっぱり頭の中で、芋が『じゃが』じゃないのにって。食後もずっと気になって、寝付く前もずっと気になって。そしたら煮物の物の怪が夢に出て来て、『じゃが』を出せぇー、『じゃが』を出せぇーって。私、怖くて、大皿の縁でずっと震えていて。あ、お化けの正体は薩摩芋で。肉に邪険にされたと思ったみたい」
予鈴が鳴った。
彼女とキスをして、教室に戻った。